もう一度あなたと・・・

作:ばてぃ@鬼 画:ばてぃ@鬼

 もうどれだけ長い間この仕事をやってきたんだろう。

ただひたすらに毎日似たようなことばかり繰り返してきた。
わがままなアイドルのご機嫌をとり、卑屈な態度を取るテレビ会社の社長に頭を下げ、
数多くのアイドルの誕生と引退を見守ってきた。

こいつに任せれば確実に売れるアイドルをプロデュースできる。
この業界でそう言われるまでに名声も得た。
でも、正直・・・疲れたんだ。
どれだけ有名なアイドルを生み出しても俺の心はあの頃から一度も満たされていなかった。
今プロデュース中のアイドルはソロが1つ。
このアイドルは間近に引退を控えている。
それならば俺も・・・。

「プロデューサーさん♪」

そう呼びかけながら彼女はソファーで寝転んでいた俺の顔を覗き込んできた。
彼女が今プロデュース中の三浦あずささん。

一番最初にプロデュースしたのが彼女であり、そして今再び俺は彼女をプロデュースしている。
一度引退してからその後は、のんびりとした性格のせいか色々な事務所を転々としていたようだ。
そのため気が付けばもうぎりぎりアイドルとは言えない年齢に差し掛かってきていた。

めぐりめぐって再び彼女に出会えた。 


実は彼女にはまだ引退してもらうということを伝えていない。
どう切り出せば良いのか悩んでいるところだった。

「あずささん、顔近いですよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい。」

あずささんは頬を赤らめながら顔を引っ込めた。
俺は起き上がりソファーにゆったりともたれかかるように座りなおした。
そしてもう一度天井を見上げると「ふぅ〜・・・。」とため息を大きく吐いた。
あずささんはソファーの後ろを回って俺の隣に座った。

「プロデューサーさん。ため息すると幸せが逃げちゃいますよ?」
「そうなんですか?」
「そうです〜。だからため息はついちゃだめなんです。」

初耳だ。
今事務所には俺とあずささんの二人きり。
引退を切り出すには今しかない、俺はそう思った。

「あの・・・あずささん?」
「はい〜、何でしょうか?」

あずささんの大きな綺麗な瞳が俺をじっと見つめている。
吸い込まれそうなその瞳は優しい色をうつしていた。

「大事な話があるんです。」

そう告げた次の瞬間、あずささんの表情が一気に曇った。 


「あずささん?」
「プロデューサーさんのおっしゃりたいことは・・・大体分かります。」
「・・・。」
「時間をかけすぎてしまったみたいですね・・・私。」

あずささんは涙を拭うことなく、その視線を足元に落とした。
あずささんの長い髪の毛が横顔を覆い隠して表情は良く読み取れない。
ただ、ぽたぽたと落ちる涙がスカートを濡らしていた。

「もうアイドルの頂点を目指すには時間が足りないんです。残念ですが・・・。」

あずささんは何も反応せずじっと固まったまま動かない。
俺はこのまま言葉を続けていいのかどうかわからず戸惑った。
しばらくの沈黙の後、ふいにあずささんは顔を上げた。
涙は止まっていた。

そしてあずささんはしっかりと、力強い声でこう言った。

「引退コンサート・・・やらせてください。」 


それから一週間、あずささんは失われた時間を取り戻すように
必死にレッスンに励み事務所に泊り込む日々が続いた。
自分も手伝いたかったのだが、あずささんは1人で全てやってみたいとのことで俺は何もできずにいた。
どこで引退コンサートをするのかも、その日歌うメインの曲も何一つ俺は知らない。
ただ事務所の椅子に座って目の前をいったりきたりするあずささんを眺める毎日。
もうすぐこの時間さえも消えていく。




引退コンサート当日、俺は普通に事務所に出勤した。
昼過ぎにも関わらずまだ誰も来ていない。
きっとみんな出払っているんだろうな
自分の机に向かうと一通の薄いピンクの手紙が置いてあった。
表には「プロデューサーさんへ」と書かれてある。
裏面を確かめてみるとそこにははっきりと「三浦あずさ」と書かれていた。
あたりを見渡してみるもあずささんがいるわけでもなく。
俺は手紙を開いてゆっくりと読み始めた。 


プロデューサーさんへ。

私とプロデューサーさんが出会って幾年の月日が流れましたね。
あの頃は私もプロデューサーさんもこの業界のことなんて何もわからなくて・・・。
右も左もわからないであたふたしていたのを思い出します〜。ふふっ。
どこに行くにも二人一緒で、とても楽しかったですね。

最初は私の実力も何もなくて早々と活動停止しちゃいましたね。
プロデューサーさんは責任感じてらっしゃったみたいで、目が真っ赤だったのを覚えてます。
その後私が事務所からいなくなったのには理由がありました。
その理由はまだ言えません。
ただ、私は見つけたんです。大事なものを。
私の引退コンサート、思い出のあの場所で。

待っています。


思い出の・・・場所・・・? 



しばらく考えた後ある場所が思い浮かんだ。
初めての仕事でコンサートを行ったライブハウス。
暗い雰囲気の中あずささんは「お化け屋敷みたいです〜。」ととても楽しそうだった。
自分はめちゃくちゃ緊張していて、がっちがちに固まっていたのをあずささんにほぐされたっけ。

『ふふっ、プロデューサーさん。お人形さんみたいに固まっちゃってますよ?』
『あ・・・あ、あずささんは緊張してないんですか?』
『緊張〜?あぁそうですねぇ、そういえばしているようなしていないような〜。』

あの時は大器の貫禄を感じたなぁ。

あずささんはそっと俺の手を取って、じっと見つめてこう言った。

『私、プロデューサーさんを信じてます。ここから二人で始めましょう、夢をかなえる道。』

そう言うとあずささんはにこっと笑ってステージに出て行った。


「・・・あずささん。」

俺は手紙を机の上に置いて一気に駆け出した。
タクシーも電車も使わず自分の足であの場所まで。
ここから走ってどれだけかかるかはわからない。
ただ、今彼女は待っている。
途中派手に転んでジーンズが破れたり、危うく車に轢かれそうになったりしたが
無事にライブハウスへとたどり着いた。

日はだいぶ傾いてきていた。 



ドアを開けて中に入ると中は真っ暗で何も見えなかった。
走ったせいで息が上がり、その音だけが響いていた。
しばらくたつと暗闇に目が慣れて少しずつ奥へと歩き出した。
廊下の突き当たりを右に曲がり、すぐのドアをゆっくりと開いた。
ネジがきしむ音がして広い空間へと出た。
そこにはステージとホールがある部屋だった。
ホールにはぽつんと1つパイプ椅子が用意してあった。
あたりを見渡すが人の気配は無い。
俺は椅子に腰掛けるとステージをじっと見つめた。

ガシャッ!

突然ステージ中央にライトが集められそこだけ明るく照らし出された。
暗闇に突然現れた光に俺は一瞬視界をさえぎられた。
右手で影を作るように光をさえぎり、もう一度ステージに視線を戻すとそこにはあずささんが立っていた。

「あずささん。」

あずささんはマイクを手に持ちゆっくりと喋りだした。

「今日は来て下さってありがとうございます。
 きっと、プロデューサーさんならこの場所がわかってくれるかと思いました。
 私にとって忘れられない場所。
 私にとって忘れてはいけない場所。
 そこがこのライブハウスなんです。
 ・・・覚えていますか、プロデューサーさん?
 あの時プロデューサーさんはものすごく緊張してましたね。
 でも私だってすごく緊張してて逃げ出したかった。
 でも・・・プロデューサーさんと二人なら乗り越えられると思ったから、頑張れたんです。
 今日でアイドルは引退します。
 だから私の最後の歌・・・聴いてください。」

一呼吸置いて、あずささんは力強く言った。

「私の大事な人へ捧げます。曲は9:02pm。」 

外はすっかり日が暮れて、夜空を染めるようにネオンが瞬いていた。
吐息も白く凍っている。
俺はライブハウスの外であずささんが出てくるのを待っていた。

「あずささんの曲、ファンの立場としては初めて聴いたな・・・。」

夜空を見上げながらコンサートの余韻に浸っていた。
9:02pm。あずささんのために書き上げた曲。
切なく、そして力強くあずささんは完璧に歌い上げた。
いつ歌ってもどこか物足りなかったのに。

「お待たせしました〜。」

ふいに横からあずささんが声をかけてきた。
あったかそうなコートをはおり、マフラーを首にまいて暖かそうだ。

「お疲れ様です。コンサートは大成功でしたね。」
「そう言ってもらえると嬉しいです〜。」

あずささんは頬を赤らめて照れくさそうにしている。

「あずささん、立派なアイドルでしたよ。素敵でした。」
「そ、そんなに褒めないでください。・・・恥ずかしいです〜。」
「あははっ。・・・結局アイドルは・・・。」
「はい、引退することにしました。」

返ってきた言葉はやはり想定できた言葉だった。
そして内心少しほっとしていた。

「あずささんと一緒にいれた時間、俺は幸せでした。楽しかったし、何より心が満たされた。」
「私もプロデューサーさんとのお仕事楽しかったです。」

言葉が続かなかった。
彼女の気持ちはプロデューサーとしての俺に感謝して”大事な人”なのか。
それとも・・・。
しばし沈黙が続いた。 


「はっくしょん!」

驚いた顔であずささんがこちらの顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか、プロデューサーさん?風邪引いちゃいました?」
「いや、汗が引いて少し寒くなったからかな?大丈夫で・・・。」

言い終わるより早くあずささんは俺の首にマフラーを巻いてくれていた。
ほんのりあずささんの香りがする。
「私のマフラーで良ければ使ってください。」
「でも、それだとあずささんが寒くなっちゃいません?」
「私なら大丈夫です。耐えられますよ。こう見えても強いんですから〜。」

あずささんはそう言いながら俺を見上げた。
目と目が合い、手の動きが止まる。
マフラーを巻くあずささんの手が俺の胸の上でぎゅっと握られた。
ゆっくりとあずささんは体を俺に預けてきた。
どちらのものかわからない鼓動が大きく脈を打っているのがわかる。

「ごめんなさい、何て言ったら良いのか・・・。」
「あなたを信じられる言葉で・・・。ね?」

ぎゅっとあずささんを抱きしめて耳元でこう囁いた。

「愛してるよ、あずさ。」 


街灯が照らす夜道を俺はあずささんとゆっくり歩いて帰った。
帰り道で手紙に書いてあった”理由”を教えてもらった。
運命の人を探して芸能界を転々としていたらしい。
あずささんらしいといえばあずささんらしいけど。
そのとき彼女はこう言った。

「運命の人ってすでに出会ってたりするんですね〜。
 めぐりめぐって・・・『鼠の嫁入り』みたいです〜。」



街の灯りのせいで星は見えない。

ただ、俺にとっての大切な星はいつまでも俺の隣で輝いてくれる。
ずっと・・・永遠に・・・ 


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