望んだカタチ

作:名無し

1

アリーナからの帰り道。
別離の時にお互いにはじめて告げた想い。

『・・・して欲しかったです』
『・・・欲しかったかな。そうすれば・・・』

ボクは・・・
俺は・・・

だが時計の針は戻らない。
眩しい季節は還らない。
観覧車のネオンの煌めきの白々しさが
これが不変の真理というものだと諭しているように、彼の眼に映る。

彼女が駆けてゆく。

別れの言葉が響いて残り
彼が知覚できる範囲の外に去り行く彼女。
藍色の闇のなかに、その華奢なからだが溶け込んだ。

出逢ってからずっと見守ってきた彼女。
プロデューサーとしてはじめて世に送り出した彼女。
自分を変えたい。自分らしくありたい。
そう熱っぽく語った彼女は、もう、いない。

彼女は再び、頂を目指す。
このまま終わるわけにはいかないと
力強い瞳で彼女はいったから・・・

あの歌声が。
あの躍動が。
あの微笑みが。
彼以外の誰かの手で、世に問われる・・・

「くそ・・・っ!」
彼は傍らの街灯を手も砕けよとばかりに殴った。
それでも小揺るぎもしない街灯は、今まさに眼前に広がる現実のようで。

悔しかった。許せなかった。
己の無力を嘆いた。運命を呪った。
彼女と共に歩むのは、自分でありたかった・・・

どれくらい、彼はその場に立ち尽くしていただろう。

「・・・行こう。
 真に笑われないように、俺も先へ・・・」
ふたりのあいだに、こころに
穿たれた間隙の冷たさに耐えて、彼はそう口にした。
自分のための、誓いを。 


2

月日は流れる。
とめどなく、淡々と。

「あらら、真じゃない」
事務所の壁に掛かった液晶の画面を見て彼女は呟く。
少女のあどけなさと、高尚な大人の女性の雰囲気を併せ持つ彼女。
今、彼が手掛けているアイドルだ。

黒のジャケットに紅いシャツを纏った真が画面の中でくるくる回る。
その出で立ちは、よくいえばボーイッシュ。
そう形容しないのであれば、男装の麗人。
彼女の知らない真が、そこにはいた。

「敷かれたレール、か。しかも単線の・・・」
彼女の瞳に浮かんだのは、親友に対する憐憫か。

それを受けて、彼・・・プロデューサーはいう。
「世間がそれを支持しているということさ。
 真の意志とは、関係なしにね・・・」
ビジネスとして捉えればそれが正しい、と付け加えるのを彼は忘れなかった。
「それがアイドル・・・『偶像』ってものなんだろうけど」
理解はできる。でも感情は否と叫ぶ。
彼と彼女の面持ちは、晴れやかではない。

「実際自分自身アイドルとして売り出すまで、わたしもそう思ってた。
 大衆の求めるモノが第一義、それが正道だって」
おもむろに視線をプロデューサーに投げる彼女。
物憂げな視線が、絡まる。
「でもプロデューサーは、そういうスタンスじゃない。
 大衆はもちろん、アイドルが求めるモノも高い次元で満たす道を・・・探す」
それがどれだけ難儀なことか。知っているからこそ彼女の言葉には重みが備わる。
彼は、低く唸る。
「・・・アイドルに入れ込みすぎるのさ、俺は。
 人生の貴重な一瞬を、夢や希望を託されている。
 そう思うと、とてもビジネスライクに考えられなくてね・・・」
そう答えたが、表情から憂いは消しきれない。

「アイドル冥利に尽きますなぁ。
 まぁ、そんなプロデューサーだから、安心してついて行けるんだけど?」
彼のそういった姿勢を、好ましく思う。
彼女・・・秋月律子はそういって、ごく軽く笑った。

画面に映る真は、彼と彼女の哀は知らない。
ただ世間のマヌカンとして、在るだけで。 


3 

ある日のこと。
テレビ局のエントランスホールに、厳しい面持ちで佇むプロデューサーの姿があった。
彼はそこで律子の挑んだ高峰、ダンスマスターの結果が伝えられるのを待っているのだが・・・

にわかにいつもは静かなホールがざわめきに包まれる。
記者とカメラマンと脚立の群れが、彼の眼前を通り過ぎていく。
どうやら、オーディション会場に向かっているようだ。

何事か、起きたのか。

記者の一群の中に、彼の見知った顔があった。
駆け寄って、声をかける。
「こんにちは善永さん。何かあったんですか?」
善永と呼ばれた記者が振り返る。
「あら、高木さんの・・・いつもお世話になってます」
会釈の後、彼女は努めて小声でいった。
「・・・引退会見があるんですよ。
 今回のダンスマスター、獲れなければ引退だと喧伝した芸能プロがありましてね・・・」
何ということだ。露悪に過ぎると彼は内心憤った。
「誉められたものではありませんね。ファンやアイドル本人を蔑ろにして・・・
 正直なところ、気乗りがしない仕事なんですが・・・」
本音と共に、彼女は嘆息を洩らした。
「ところで、今日は何の収録でここへ?」
別の話題が欲しいですねと、彼女は話を振る。
「・・・実は我々も、そのダンスマスターにエントリーしていまして・・・」
苦笑して、プロデューサーはいった。
その瞬間善永の体を走ったものは、驚愕。
「ええっ!? まさか、秋月さんを・・・」
彼女がいいかけたその時、ふたりの背後から本人が現れた。

「・・・プロデューサー、善永さん・・・」
意気消沈という言葉が今の律子を的確に表現している。
プロデューサーも善永も、彼女のまとう雰囲気に呑まれて何もいえない。
突然、律子は口を開いた。
「・・・オーディションが始まる前、ある噂を耳にしました。
 あるアイドルが、このオーディションを落としたら引退するとか、しないとか・・・」

過剰なまでに快活な律子の語りは、止まらない。
「センスのないゴシップだと思って、聞き流してたんですよ。
 揚足取りが趣味の最低の人間がそんな噂を流布してるんだろうってね・・・ははっ」
律子はそこまでを一息で言い切り、俯いて善永に尋ねるように呟いた。
「・・・・・・本当、だったんですね」
苦渋に満ちた表情で、問われた彼女は頷く。

一瞬にして曇る、律子の表情。
「律子、オーディションで一体何があったんだ?」
話が読めない彼は、そう律子に問うた。

「・・・合格しましたよ、オーディションには」

挑みつづけたマスター系オーディション。
その全てを合格の二文字で飾り、タイトルを制する。
アイドルならば誰もが目指す大きな目標・・・

そうであるはずなのに。
律子は何かを堪えるように、固く瞳を閉じた。

「・・・今、引退会見してるのは・・・」 


4

合格者が告げられる。
誰もが望む至高の位に、新たに座すのは誰かと。

ただひとりそれを許された喜びを
エントランスホールで首を長くして待つプロデューサーに伝えたい。
余韻に浸るのは後で構わない。
そう思った律子は、合格のコメントもそこそこに会場を辞す。

だが会場の外で彼女を待ち受けていたものは
プロデューサーの笑顔でも、賞賛でも、ねぎらいの言葉でもなかった。

「秋月さん合格おめでとうございます!」
「事実上の同門対決でしたがご感想を!」
「これで・・・さんの引退が決まったわけですが!」
「今回の件についてどう思われますか?」
「ある意味貴方の合格が・・・さんの引導になりましたね?」
「以前同じ事務所にいた仲間としてコメント戴けません?」

・・・このひとだかりはなに?
・・・だれが、どうしたって?

矢継ぎ早の質問と、途切れることを知らない閃光の渦。
その激しさが、律子の思考に空白をもたらした。

今回開催されたダンスマスター・オーディションは
エントリーが異様に集中したために、何組かに分けて審査が行われた。
そうなると、当然ながら顔を合わせない参加者が出てくる。
幸か不幸か。律子が渦中の人物と顔を合わせることは、なかった。

そして今。
彼女は、噂の主を知る。

「やぁ、秋月君」

・・・だれ?
・・・・・・しって、いるはずだけど・・・・・・

男に思い当たるところがない律子。

今まで律子に向けられていたマイクとストロボの半数が、彼に逸れる。
「合格おめでとう。お陰でこちらの胆も決まったがね」
突然向けられた敵意と憎悪。
長居は危険だと、律子は即座に察した。
「どういったご用向きでしょうか? わたし、急いでいますので」
立ち去ろうとした律子を、黒衣の男は残酷にもその場に縫い止めた。
「つれないねぇ。こちらは引退を迎える羽目になったというのに」
男は薄く笑ったが、律子には嘲笑としか感じない。

・・・いんたい!?
・・・このオトコが、あのうわさの!?

「胸中お察しいたします」
礼節を弁えない輩には皮肉で返しても構うまい。
そういい捨て、律子は男に背を向けた。

「まぁ待ちたまえ。今回引退するのは、君もよく知る・・・」

そういった瞬間、周囲の視線が一斉に外に向いた。
律子もつられてそちらに視線を向けた。
そこにいたのは小刻みに震える、髪の短い・・・・・・

・・・!!
・・・このオトコっ!!

目の前の男が誰であるか。
律子は悟ったが、遅きに失した。

「菊地、真だよ。秋月君」 


5

「何だって!? 真が?」
声を荒げるプロデューサー。目を閉じたままの律子。

二人の様子を、善永は見ていた。

今の真には、このオーディションを突破することは困難であろう・・・
第一線の記者として活躍する彼女は、そう予測していた。

確かに今の真を支持するファンは多い。
だがその支持層が以前とは異なることを善永は知っていた。
偏りが、激しいのだ。
以前の・・・『彼』がプロデュースしていた頃とは、真逆のベクトルに振れた今の真。
一部の支持しか取り付けられないようでは、アイドルとして大成するのは難しい・・・

そんな善永でも、予測しえなかった事。
その真に立ち塞がった壁が、まさか律子だったとは。

彼女は思う。
生き馬の目を抜くとか、サバイバルだとか表現される芸能界でも
この出来事はあまりに残酷で、出来すぎだと。

誰かが、何かを意図してこの構図を『描いた』。
同じ世界に生きる彼女には、そう思えてならない。

この件が好意的な記事になることはあるまい。
親友同士の骨肉の争い、事務所の対立、二人のアイドルの明暗・・・
そんな文字がきっと躍るのだ。
引退させた側の事務所には、大した痛手もなく
律子や765プロ、そして真には深手を残す・・・

卑劣だ・・・
志なき言論の暴力を思うと、善永は記者としての矜持を傷つけられたような気持ちになった。



悲痛な時間が過ぎる。

エントランスホールが、再び喧騒に包まれた。
それは引退会見が終わったという事を意味していて・・・

インタビュアー、意思なき機材、白い瞬き。
鯨波とはこのような時に使う言葉であったなと、善永はその端整な顔を歪めた。
本来自分もその一翼を担う身である事を、今だけは忘れたかった。
今必要なのは我々ではない。穏やかに流れる時間だ。
彼女はそう叫びたかったが、自身の立場が許してはくれない。
ただ、波と表現した迫り来るそれを睨むことしかできなくて。

「くっ・・・」
プロデューサーは、後ろ手で律子を庇う。
惨劇は最早避けられまい。
これから芸能界の暗部を見せつけられるのか・・・でも彼女は守ってみせる、そう決意した。
彼が身を固くした、その時。

彼らの間に、おおきな影が割って入った。

「仔細は聞いたよ。ここは私に任せて、諸君はこの場から去るのだ」
大地に深く根ざす大樹のような安心感を漂わせるその声の主は・・・

「高木、社長・・・?」 


6

高木は笑った。
「このような時に諸君を守るのは、社長たる私の役目だからね」
いつもの昼行灯のイメージなど、どこにもない。
数多の辛苦を潜り抜け、それに倍する偉業を成し遂げた辣腕たる彼の姿がそこにはあった。
高木の言葉が、窮地に立たされた彼らに光を投げる。
「もう時間はない・・・君も一緒に行きたまえ。
 この場に留まるのは、辛かろう」
ウインクを寄越す余裕まで見せる。
何という器の大きさか。善永は思わず感嘆した。

そして。

「お待たせしましたっ! 首尾は上々ですっ」
取材陣と別の方向から息を切らせて駆けてきたのは、音無小鳥と・・・もうひとり。
「いいタイミングだ小鳥君。後は任せたぞ?」
高木はそういい残し、取材陣に向かって歩を進めた。

「さぁ皆さん、エントランスまで急いでください!
 車を横付けしてありますから、それでっ!」
皆、小鳥の後をついて走る。



銀色の車がエントランスの真正面に鎮座していた。
ボンネットに妙な突起があって、トランクルームの上には大仰な羽がついている・・・

「小鳥さん、この車は一体・・・?」
事務所では見た事がない車だ。律子は思わず尋ねる。
問われた小鳥は、明るく答えた。
「私のですよ。買ったばかりですけど、早速お役に立ててよかったです」
ドアは開けてありますから早く乗ってくださいねと、彼女はいった。
プロデューサーは助手席に収まった。
後席には律子、善永、そして長髪の少女が乗り込む。
「では行きますっ! 掴まっててくださいね!」
アスファルトにはブラックマーク。漂う白煙。
そして甲高い音を残して、銀の矢は放たれた。



事務所に戻るのは危険この上ない。
車は都心部を避けて、郊外へ進路を取った。

沈黙が占めていた車内で、プロデューサーは口を開く。
「・・・小鳥さん。なぜ、こうなる事が解ったんですか?」
前方を見据えたまま、小鳥は答える。
「内部告発、といえばいいんでしょうか・・・」
私から説明するよりも、と彼女はルームミラーから後席を見やる。
「もう外しても大丈夫ですよ。後席は外からは見えにくいですから」
そう、小鳥はいった。

皆、一様に訝しむ。
いわれて少女は、亜麻色の髪と眼鏡に手を遣った。
「・・・!」
ウイッグだったのか。
気づかないようではまだまだだなと、善永は思った。

ネットで抑えられた本来の髪を解き放つ。
そうして現れたのは。
黒く艶やかな髪、ここにいる誰もがよく知る・・・

「・・・まこ、と・・・?」
呟いた彼がその名前に込めた響きは。

「・・・ぅぅ、ぷ、プロデューサー・・・!」
張り詰めていた糸が、切れる。
ない交ぜになった想いが溢れて零れる。
真の嗚咽が車内を満たすのに、そう時間は掛からなかった。 


7

「雑誌に、律子がマスター系のオーディションを獲りにいくって記事が載ったとき
 ボク、今の事務所の社長に呼ばれたんです・・・」
そう語った真の目は、まだ紅くて。

自分の名前が話題に上って、律子は真を見やった。
「『出る杭は叩く』って。『それが出来ないなら君には用はない』って。
 そういわれました・・・」
一連の出来事の筋書きが、見えはじめた。
「だからあの噂を故意に流したってわけね。
 合格すれば良し、不合格でも765プロの勢いは削げる・・・と」
もうひとりの冷静な自分が・・・律子にそういわしめた。

真の頬を伝うもの。
「違うよ律子・・・あの社長はそんなこと考えちゃいない」
震える声で、彼女はいった。
「落ち目のアイドルを、事務所の利益になるように始末したかっただけなんだ。
 大体ボクが律子に敵うわけないじゃない・・・」

ここにいる誰もが、真に抱いていた違和感。
その正体が露呈する。
「ちょっと・・・一体どうしたっていうのよ?
 ダンスマスターよ? 真の得意分野じゃない!」
エントリーが決まってからずっと、律子とプロデューサーはダンスの特訓に明け暮れた。
ふたりの瞼に焼き付いて離れなかったもの。
それは、誰よりも輝いてステージを舞う真の姿だった。
自身のなかにある真に追いつけないようでは、ダンスマスター合格は夢のまた夢・・・
ふたりにとって真は、目指すべき頂だったのだ。

なのに。

「・・・ボクは・・・ボクは、もう・・・」
今後席で小さくうずくまる真には、風に揺らめく蝋燭の火のような弱々しさしかなくて。

彼女の煌めきを、躍動を、華やかさを奪ったのは誰だ。
自信を、プライドを砕いたのは誰だ。
ここにいる誰もが、憤りと共にそう思った。

あの頃の自分にもっと力があればと、プロデューサーは悔やんだ。
真の笑顔を奪ったりなんかしない、離れたりなんかしない
事務所のみんなと一緒に頂点を目指せたはずだ・・・と。

善永は自分の芸能記者としての直感に自信を持っていた。
はじめて真に出逢ったあの日・・・
彼女はルーキーズで他を圧倒してみせた真に思わずその場で取材を申し込んだ。
それは芸能界という広大無辺の砂漠できらりと光る、ダイヤモンドの原石を見つけた瞬間だった。
今の真を見て、彼女は思う。
ダイヤモンドを磨くには、同じくダイヤモンドをもってしなくてはならないと。
彼女にとっての、ダイヤモンドで・・・

765プロが初めてデビューさせたアイドル・菊池真。
当時その後方支援に当たっていたのは、事務職とアイドル候補生の二足のわらじを穿く律子だった。
デビューからお別れコンサート、移籍まで・・・真を影から見てきた律子には
真を真たらしめる輝きを奪ったあの事務所の遣り口を、どうしても許すわけにはいかなかった。
一矢、報いてみせる・・・
瞳の奥で、炎が揺れた。

そんな時。
コンソールに備え付けてあったテレビに、見慣れた顔が映った。

「社長?」
視線が、小さな画面に集まった。

高木は、その小さな画面の中でいう。
『・・・秋月律子の芸能活動は、今月をもって終了とします』
と。 


8

一度は落ち着きを取り戻した車内に、再び響く悲痛な声。
「ボクのせいだっ・・・ボクのせいで律子がっ!」
それを受けて、律子は優しく諭すようにいう。
「大丈夫よ。あの社長が『任せろ』って啖呵切ったのよ?
 額面通りに受け取っちゃダメ。ね、小鳥さん?」
千載一遇のチャンス! と活動停止宣言をされた本人は何故かご機嫌だ。
「さすが律子さん、もうバレちゃいました?」
小鳥は、くすりと笑った。
「ふふん、当然ですよ。だって・・・ねぇ?」
楽しくて仕方がないとばかりに、律子は破顔一笑した。
まさか、と善永は呟く。
状況を飲み込めていないのは、プロデューサーと真だけだった。

ピリリリリ・・・
鳴り響く電子音。

小鳥はオーディオのソースを『phone』に切り替えた。
「はい、音無です」
携帯電話に着信があったようだ。
音声入力は、彼女のトレードマークのヘッドセットから。
出力は、オーディオのスピーカーを通すシステム。
車内は、モバイルオフィスの観を漂わせた。

『やぁ小鳥君、わたしだ』
電話の主は、高木だった。

『テレビは、皆見たかな?』
プロデューサーは堪らず口を開いた。
「どういうことです社長? 律子を活動停止にするなんて!」
その叫びを、小鳥の口元のマイクは拾った。
『そう興奮しないでくれたまえよ君・・・敵を欺くにはまず味方からというじゃないか』
まだまだ若いな、と高木は電話の向こうで笑った。
『君は律子君のお別れコンサートの準備に入ってくれたまえ。
 ・・・まぁ、お別れするつもりは更々ないがね?』
高木はいった。律子はにやりと笑う。
「え・・・? それって・・・」
ようやくこの一連の謎めいた発言の真意が見えかけたプロデューサー。
善永の推察は、確信に変わった。
「クロスカウンターというわけですか・・・いい記事になりそうですわ、高木さん」
『ふふ、是非大々的に頼むよ善永君。わたしはこれから方々に出向くよ。
 最後の仕上げに、ね』

朗らかだった高木の声が、穏やかになる。
『菊地君、聞いているね?』
真は、雷に打たれたように顔を上げた。
「は、はい・・・」
『もうひとりで苦しむことはない。
 その苦しみを分かち合う仲間は、今君の目の前にいるのだから』
彼女の瞳に、映るのは。

そうよ、と微笑む律子。
忙しくなりますね、と相槌を打つ小鳥。

「あの時叶えられなかった夢・・・今度こそ掴むぞ、真!」
狭い車内で振り向いて、拳を突き出すプロデューサー。

前が見えなくなる。
でもそれは、悲しいからではなくて。

真は自分の拳を、彼のそれと合わせた。
あの日と同じように。

「・・・はいっ、プロデューサー!!」
真は、ようやく心から、笑った。 


9

菊地真の引退会見と、秋月律子の活動停止宣言から2週間が過ぎた。
週刊誌や芸能誌には様々な憶測が乱れ飛んだが
世間はそれに呼応せず、むしろふたりに同情的ですらあった。

そして
秋月律子のお別れコンサートは、当日を迎えた・・・

「・・・・・・という流れで頼むぞ、律子」
楽屋での最後の打ち合わせで、プロデューサーはいった。
「大丈夫、任せなさいって!」
律子は纏ったエメラルドブルームのスカートをなびかせる。
これ、いちばんのお気に入りなのよねと彼女は笑う。
「アルファであり、オメガでもある・・・か」
律子は、ひとりごちだ。
疑問符を浮かべるプロデューサー。
「ん? ああ・・・ある物事の終わりは、他の物事にとって始まりでもあるって意味よ。
 秋月律子はひとまずお休み、そして・・・ってこと」
希望の色で満たされた彼女の視線の先にあったのは・・・

「じゃ、行ってくるね、プロデューサー!」
光溢れる舞台へ、律子は駆け出した。




夢のような時間は、今終焉を迎えようとしていた。

「みんな、今までどうもありがとう!!
 わたしがこうしてここにいられるのは、みんなのお陰です!!」
両の手を、天に届けとばかりに律子は伸ばす。
熱狂が、舞台を満たした。

いつの日にかと夢みた、ドームでのコンサート。
例えそれがお別れコンサートであっても、律子は嬉しかった。

「・・・秋月律子の芸能活動は、今日ここで終わります・・・」
ドームが闇に包まれる。
漂うのは非常灯の緑の光と、か細いサイリューム、どよめきのみ。
「ラストソングだけど・・・『魔法をかけて!』は、歌いません・・・」
その一言で、会場を驚愕が占めた。
「いつか必ず、みんなの前で歌います! だから今は・・・」
律子は、一呼吸置いた。

「この歌を、みんなに捧げます・・・」

ドームに鐘が鳴る。
「この鐘の音は、秋月律子との・・・お別れの鐘の音・・・」

りん・・・ごぅん りん・・・ごぅん

何度も、何度も。

りん・・・ごぅん りん・・・ごぅん りん・・・ごぅん

静まり返る会場。
すすり泣く声が、聞こえる.
その声に反応したように、ステージに蒼く暗い光が灯った。
数人の人影が、浮かび上がる。

「・・・聴いてください」
どこかで聞いた事のあるハスキーな声がそういった。
「・・・アルファであり、オメガでもある。
 わたしの・・・いいえ、わたしたちのはじまりの歌・・・」
律子の澄んだ声は空気を薙ぎ、静寂を呼んだ。

ガシャッ!!

まばゆいカクテルライトに照らされたステージにいたのは
ゴシックプリンセスを纏った律子と・・・

同じくゴシックプリンセスを纏った、真だった。

「ボクたちは!!」
「わたしたちは!!」
心揺さぶる、魂の叫び。

「今ここから、世界を駆ける『嵐』に変わるっ!!!」

りん・・・ごぅん。

鐘の音は、止んだ。

「エージェント、夜を往くっ!!!」
大地を割らんばかりの絶叫が、ドームを震撼させた瞬間だった。 


10

お別れコンサートと、デビューライブ。
そのどちらも喝采をもって幕を閉じた。
その立役者たる彼女達の楽屋からは、いまだに興奮と感動が流れ出ている・・・

「どぉむで♪でびゅう♪ ですよ! 豪華ですねぇ!」
ラストソングでバックダンサーを務めたひとり、天海春香はそういって笑った。
ありがとね春香、と律子も笑う。
「ですが、ステージで歌えないというのがあんなに辛いものだとは・・・
 ちょっと欲求不満になってしまいました・・・」
誰よりも歌に愛された彼女、如月千早にはあのステージは少々酷だったようで。
「ははは・・・今度ボクも千早のバックダンサーになるからさ、許してよ」
本当にごめん、と真は手を合わせる。
「まぁまぁ千早ちゃん、あの後アンコールで歌えたんですから〜」
そう、三浦あずさのいう通りだった。

バックダンサーを買って出た彼女達。
ふたりのカラーに合わせて、黒のステージ衣装に『H、M、D』のヘッドセットで臨んだ。
だが、当然といえば当然か。
トップアイドルである彼女達の正体は、すぐにバレた。
あずさに至っては、なぜバレたのかが今でも解っていないのだが・・・

結局、5人でアンコールに応えてしまったのだ。
太陽のジェラシー、蒼い鳥、9:02pm
そしてTHE IDOLM@STER、計4曲も。

この歴史的ライブの舞台裏を追い続けた記者は、善永ただひとり。
彼女は、その幸運に感謝した。
始動したばかりの真と律子の新ユニット『STORM』は
後日、彼女の記事によって一躍スターダムに押し上げられることになる・・・

「おお諸君、最高のコンサートだったよ!」
高木はいまだ興奮冷めやらぬ様子だ。
アイドルたちは皆「ありがとうございます!」と返した。
「うんうん、菊地君も帰ってきてくれたことだし
 これでわが765プロも益々安泰だ!」

そこでプロデューサーが口を挟む。
「社長・・・お訊きしたいのですが・・・」
高木は振り向いた。
「ん、どうしたのかね?」
「真の移籍の件ですが・・・よくうまくいったな、と」
にんまりと高木は笑った。
「フフフ・・・蛇の道は蛇、という奴だよ。
 先方も、世間を敵に回す恐ろしさを知ったと見えるな」
安心してふたりのプロデュースに励んでくれたまえといい残し、高木は歓談に戻った。 


11

あの日、白々しく見えた観覧車のネオンの煌めきが
何故か今日は優しくみえる・・・

ドームからの帰り道。
プロデューサーは、先を行く真と律子を見やった。

「どーしたんですかー、プロデューサーっ?」
真が手を振った。
「んー、別に何でもないぞー!」
笑みが零れる。

はくしょんっ!
プロデューサーは、思わずくしゃみをした。

「何でもないって感じじゃなさそうですよ? 風邪でもひいたらボク達困っちゃいますっ」
真は彼のところへ戻ってきて、おもむろに腕を絡めた。
「へへっ、暖かいでしょ?」
軽くうろたえるプロデューサー。律子の視線は・・・冷ややかに見える。
「・・・役得ね、ダーリン?」
律子は、真の反対側で腕を絡めた。
「おいおい律子、からかわないでくれよ・・・」
ふふっ、と彼女は笑う。
「あら、わかった?」
絡めた腕を・・・名残惜しそうに律子は解いた。
誰にも、気づかれなかったが。

「じゃ、わたしはここで。
 これからもよろしくね! お疲れ様、プロデューサー、真!」
駅前で、ふたりは律子と別れた。



街灯の下を、ふたりは歩いた。
真が口を開く。
「・・・プロデューサー。あの日の事、覚えてますか?」
彼の胸に去来したのは、悲しいあの日の情景。
「・・・忘れたことなんて、ないよ」
立ち止まって、彼は真と距離を置いた。
それは、視線が絡み合う距離・・・

「ずっと、後悔してた。
 真の夢も願いも、中途半端に投げ出してしまったから・・・」
真はただ、熱いまなざしで彼を見つめていた。

「でも、こうしてまた真と夢を追いかける事ができる。
 とても、嬉しいよ・・・」
彼の視線は、揺らぐことなく真に届いた。
あの日の真の告白が、頭のなかで綺麗に揺れる・・・

彼は自然に、利き腕を彼女に差し出していた。

「真・・・・・・一緒に行こう」

彼女の返答は
彼の、腕のなかに。

「はいっ、プロデューサー・・・・・・じゃなくて・・・」
まわした両手をほどいて、真は頬を紅く染めた。

「・・・ついて行きます、ボクの・・・王子様・・・」
きらりと光る、清らかな涙の粒・・・

背伸びした影が、彼に重なり
やがて、ひとつに溶けた。

それは終わりのない物語のはじまり。
とこしえに続く、彼女のシンデレラ・タイムだった・・・ 



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