ある日の昼食

作:名無し

「そうだ!今度、皆でお弁当作ってピクニックとか行きませんか?」
「急に何を・・・大体、もう春香も忙しいんだし、スケジュール合わせるのも大変よ?」
「うーん、そっかぁ・・・でもでも、楽しそうだと思いません?」
「そうねぇ。なんだかんだでウチ、アットホームだからそういうイベントもありだとは思うけど」
「そうですよね!私と、律子さんと・・・あとはあずささんとかやよいに手伝ってもらって・・・」
「わ、私も作るの!?」
「そうですよぉ。喜んでくれますよ、律子さんのプロデューサーさんも」
「ど、どうかなぁ」
「きっと喜びますって!それで、デザートには果物か何か用意して、あーんって♪」
「あああああ、あーん!?しない、それは絶対しないから!」
「あはははは、さすがに私もできないかも」
「あははじゃないわよ、もう・・・」 



 平日の繁華街は、それでも人に溢れていた。
どこから集まってくるのか、どこへ行くのか、人はそれぞれにそれぞれの方向へと歩みを進める。
ふとした拍子に彼女に振り返る人もいたが、街に急かされるのか、
彼女の雰囲気がそうさせるのか、立ち止まる人はいない。
(うーん)
 彼は両手に大量の荷物を下げながら空を見上げた。
澄み切った空に浮かぶ太陽は既に頂点を過ぎており、
そろそろ昼飯を腹に入れてもいい時刻だと教えてくれる。
何より彼は、朝――といってもつい2時間ほど前の話だが――から何も口にしていない。
腹はさっきから抗議の声を何度も上げていた。
「律子ー」
 数歩前を進む少女に向かって、彼は呼びかけた。
おさげ髪を揺らしながら歩く彼女は、彼同様大量の荷物を両手に下げている。
「律子ー」
 聞こえていないのか、彼女の歩みは止まらない。
「りつこぉ〜〜〜」
「情けない声出さないで下さいよ、もう」
 やっと声を掛けられていた事に気づいたのか、立ち止まって彼に答える。
「いや・・・腹減って・・・」
「あ・・・もうそんな時間ですか」
 律子は腕時計に目をやって、そう呟いた。
「朝から何も食ってないしね・・・」
「朝食べてないのは私のせいじゃないですよ」
「いや、今日は休みだから・・・予定では午後まで寝てるつもりだったし」
「そんなことしてたら、生活のリズム崩れますよ・・・
 まぁ、いいです。起こしたのは私ですから。一旦車に戻りましょう」
「お、助かる。やっと一休みできるのか」
 二人はコインパーキングに停めてある車まで戻ってきた。
手早く後部座席に買って来た荷物を積み込む。
「後どのくらい残ってるんだ?」
「んー、半分くらいは終わりましたよ」
「・・・まだそんなに残ってるのか」
「皆ぎりぎりになってから、あれが足りないだの、これが足りないだのって言い出すんですから。
 それがなければ、私だってわざわざ休みを潰して買出しなんてしませんよ」
「休日にするショッピングが事務所の買出しってのも味気ない話だよなぁ」
「そう思うならプロデューサーも、手配は早め早めでお願いしますね」
「はーい」
 後部座席のドアを閉めながら、彼は答えた。
「で、昼飯はどこで食べる?」
「ここでいいんじゃないですか?」
「車の中で?ハンバーガーでも買ってくるか?」
「ああ、お弁当作ってきましたから」
「弁当?・・・俺の分もある?」
「あ、ありますよぉ。休みのところを呼び出したんですから、そのくらいは・・・」
「そっか、ありがたい」 


 彼はほくほく顔で運転席に乗り込むと、助手席のドアの鍵を開ける。
すぐに律子が乗り込んで、膝の上でトートバッグの中から
アルミホイルにくるまれた包みをいくつか取り出した。
そのうちの一つを彼に渡す。
「はい、どうぞ」
「ん、さんきゅ」
 直方体の形をした包みを開けると、サンドイッチが入っていた。
「お。ツナサンドと・・・タマゴサンドか」
「ツナでした?ってことはこっちがBLTとハムサンドかな」
「んじゃ、いっただきまーす」
 言うが早いか、彼はツナサンドを頬張り始めた。
「ちょ、ちょっと。そんなに急がなくても・・・飲み物もありますから」
 律子は水筒を取り出すと、紙コップへと中身を注ぎ始めた。車の中に柔らかい香りが充満する。
「カフェオレ?」
「です。私好みの味付けにしてありますけどね」
 彼はカフェオレを受け取ると、一口含む。そして、ふぅっと息を吐き出して、
「あぁ〜、染みるなぁ」
と呟いた。
 律子はその様子を横目で見ながらハムサンドを口にする。
「ふふっ」
美味そうにサンドイッチを口にする彼を見て、思わず微笑んだ。
「んぐ。何だ?」
「よく食べるなぁって。ツナサンド好きなんですか?」
「好きだよ。タマゴサンドも。タマゴサンドは、大きな欠片が残ってるのがまた嬉しい」
「手を抜いただけなんですけどね」
「何だ。俺の好みを知ってるのかと思ったよ。ありがとう、美味いよ」
「はい、どういたしまして」
律子は少しほっとしたような表情を見せた。
「しかしまぁ、あれだ。せっかくの休みなんだから、できればきっちり休んで欲しかったかな」
「でも、そうすると事務所が回らなくなっちゃいますよ」
「うーん。プロデューサーとしては、休みなしに動き回られて倒れられたりしたら困るからなぁ」
「分かりますけどね・・・」
「事務は増やせないのかな?」
「多少、余裕はあるみたいですけどね。一人、二人くらいは増やせるかも」
「今度社長に掛け合ってみるか」
「人数の問題だけじゃなく・・・」
「分かってるよ、発注のタイミングだろ?他のプロデューサーにも言っとく」
「そうして下さい。さすがに、私が言えることじゃありませんから」
「アイドル兼事務か。面白い組み合わせなんだけどな」
 笑いながら彼は次のサンドイッチに手を伸ばす。
「一応、デザートもありますから・・・って、
 ツナとタマゴばっかり食べてないで、こっちも食べてくださいよぉ」
「おっと、そうだった」
 そう言いながら、律子の膝の上の包みからBLTサンドを摘み上げた。 


「BLTもいいが、ベーコン使うならあれだな」
「あれ?」
「そう、あれ。トーストにマヨネーズをたっぷり塗って、
 半熟の目玉焼きとカリカリベーコンを挟む。うまいぞ〜」
「なんか、手がべとべとになりそうですね」
「なるよ。で、皿にこぼれたタマゴをパンで拭いながら食べる」
「お弁当にはできませんねぇ」
「ああ、それは無理だなぁ」
 彼はペースを落とさずにいくつものサンドイッチを胃袋に収めていく。
「結構作ってきたつもりだったんですけど・・・よく食べますねぇ」
「腹減ってたからな。美味いし。律子、料理できたんだな」
「料理って・・・まぁ、このくらいなら・・・」
「そっか」
「デザート、食べられます?」
「食えるよ。何?」
「まぁ・・・リンゴを切ってきただけなんですけどね」
「へぇ・・・うさぎさん?」
「そんなの、しませんよぉ」
「やっぱり」
 彼は微笑んで見せた。
 律子はタッパーを開け、プラスチックの小さなフォークをリンゴに刺す。そして、それを・・・。
「?」
 彼は怪訝そうな顔で律子を見た。
何故か律子は、リンゴを自分の目線まで持ち上げて、そのままお見合いの状態になっている。
そして、何度か口を開こうとするが・・・その度にまた、口を結んでしまう。
悩んでいるのか、怒っているのか、照れているのか、複雑な表情で。
「リンゴ、嫌いなのか?」
「ふぇっ!?あ、ああ、いや、そんなことはないですよ・・・」
 答える律子は何故か顔を赤くしていた。
(もう、この間春香があんなこと言うから・・・変な事考えちゃったじゃない・・・)
「それじゃ、定番のやつでもやる?」
「定番?」
「そう。ほら、口を開けて、あーん♪って・・・」
 スパーン!
「うわ、いってぇ!」
「そそ、そんなこと、や、やりませんからっ!」
 律子はハリセンを振り抜いた姿勢のまま、真っ赤な顔でそう言った。
「毎度毎度、そのハリセンはどこから出て来るんだ?」
 彼は苦笑していた。
「細かいことは気にしないで下さい」
「はいはい」
「まったく、もぅ・・・」
 二人はリンゴを食べながら道行く人を見ていた。
「まぁ、アイドルがこんなところで弁当パク付いてるなんて、誰も思わないよな」
「でしょうね。逆に、こういうことしてるはずないっていうのが盲点なのかも」
「街歩いてても声掛けられなかったしなぁ」
「私、歩くの早いですから。気づいたときには通り過ぎてたりするんじゃないですか?」
「なるほどね・・・。で、買出しの後は?」
「特に予定はないですけど」
「自分の買い物とかないのか?」
「私は、特に。欲しい物は・・・あんまりないですから」
「そうなのか?アクセサリーだの、服だの、結構ありそうな気もするが」
「うーん・・・あんまりそういうのは・・・。ああ、でも、そろそろ新しい眼鏡は欲しいかも」
「へぇ。見に行ってみるか?」
「・・・プロデューサーと一緒に、ですか?」
「そう」
「・・・買出しが終わって、時間があったらっていうことで・・・考えておきます」
「ん、了解」
 カフェオレから立ち上る湯気が時間の進む様子を教えてくれる。
それはひどくゆっくりなようだった。 とは言え、いつまでも車の中で寛ぐ訳にもいかず、
「そろそろ・・・行きませんか?」
律子は恐る恐る切り出した。この時間を終わらせてしまうのが惜しいかのように。
「腹いっぱいになったら眠く・・・」
「行・き・ま・せ・ん・か?」
「行きます、行きます。・・・ハリセンは、しまってくれ」
「ふふっ」
 車から出ると、空は相変わらず高く、澄み切っていた。
「んじゃ、さっさと済ませようか」
「何ですか、急にやる気出しちゃって」
「眼鏡見に行く時間がなくなるぞ」
「ふふっ、はいはい」
 二人は足取りも軽く、再び街へと繰り出していった。 


「あ、律子さん眼鏡変えたんですか!」
「え、あ、うん・・・」
「うわ〜、なんだかイメージ変わりますねー。よく似合ってますよ♪」
「あ、ありがと、春香・・・」
「そうだ、皆を呼んできますね。お披露目しなくっちゃ」
「い、いや、いいから。あ、ちょっと春香、待って・・・」
「あずささーん、亜美ー、真美ー、律子さんが――」 



上へ

inserted by FC2 system