秋月律子の、夕焼けフルパワー!(春香編)

作:426

デビュー曲『魔法をかけて!』のBGMと共に、やや緊張しながらも、私は喋り始めた。

『皆さんこんにちはー、新番組『夕焼けフルパワー!』パーソナリティをさせていただきます、
アイドルの秋月律子でーす』

プロデューサーではなく、社長自ら取ってきたこの仕事……ラジオ番組のパーソナリティ。
何でも、知り合いのゲーム会社が出資してくれるから、
アイドル番組をやってみないかという話だとか。
で、765プロダクションの中で比較的トークの得意な私に声が掛かったというわけ。
雪歩も一度だけ経験あるって聞いたけど……

『ひうっ……ご、ごめんなさいぃ……私には向いていません!許してください……』
とか言って、断ったみたい。
また何か、トラウマ作るような事でもあったのかな?

ターゲットは主に学校帰りの大きなお友達。
時間帯は夕方(スポンサー時間枠が比較的安いらしい)
スポンサーとなるゲーム会社のCMを流す事が条件。
仕事自体は問題無い。むしろ、さすがは社長だと思う。
だけどね……唯一問題なのがこの条件。

『わが社のアイドル達をゲストに迎えて、トークやリスナープレゼントでイメージアップを図る』こと。

千早や真あたりは大丈夫だと思うけど、あずささんや亜美、真美あたりは正直怖い。
アイドルといえど、放送コード抵触や放送事故を起こした場合は……活動停止だろうし。
スポンサーにも気を使わなきゃいけないから、絶対に楽な仕事ではない。
労力の割にギャラも安いし。
しかも、ディレクターやADさんたちを雇うお金も無いから……
ミキサーに小鳥さん、構成作家兼責任者はプロデューサー。って、何この自家製番組?
しかも録音スタジオとかろくに借りるお金が無いから生放送だなんて、
何か間違っているとしか思えない。
元事務スタッフとして、わが社の台所が苦しいのも分かるけど……まぁ、仕方ないか。
受けちゃった以上は最後までキッチリ仕事するわよ。


『さて、この番組ですが、ぶっちゃけた話、わが社の宣伝ですよねぇ?
注目アイドル多数出演とか言っても?
しかもミキサーとディレクターが社内のスタッフでしょ。
仮にもアイドルメインの番組なんだから、もうちょっと予算回してくれてもいいですよねー。
……あ。ほら。横で構成作家兼プロデューサーが怖い顔してますよー。
あんまり正直すぎても怖いので、早速、番組一発目のゲストを紹介しますね』

軽くネタばらしを含め、笑いを取る。
ラジオは顔が見えないから、ビジュアルアピールが出来ないといっていい。
声やネタで少しでもリスナーを楽しませなくてはいけない。やっぱり大変だ。
『では、お入りください。期待の新人、天美春香ちゃんでーす、どうぞ!』
彼女のデビュー曲『太陽のジェラシー』をBGMに、春香が入ってきた。
一応彼女が転ばないように、コード類はテープで止めておいたし…大丈夫よね?
そして、春香がスタジオのドアを開けて入ってくると同時に……
私は、ミネラルウォーターを吹いてしまった。 


『ゲホッ!……ごほっ、ゴホン……す、すみません……はる、か、何それ……その格好!』
『あ。これですか?……やっぱり出てくるときは何かインパクトがあったほうがいいかなって思って、
曲にあわせて【私、マーメイド】なーんて格好に合わせて、
コスプレしてみたんですけど…面白く無かったですか?』

となりで慌ててプロデューサーが指示を出す。『番組を進めて』の合図だ。
春香の人魚のコスプレに気を取られて、素で突っ込んじゃったなぁ…いけないいけない。

『言いたい事は山ほどあるんですけど…まずは紹介します。アイドルの天海春香ちゃんです』
『あ、あの……こんにちは。天海春香です……えーっと、すみません』
『あのね、春香……頭をひねって考えたところ悪いんだけど、ラジオはコスプレしたって見えないから。
私が説明しないと、スタジオで何が起こってるかさっぱり分からないでしょ?』
『あああぁっ!……そうでしたっ!せっかく社内の倉庫から持ってきたのに……』

まぁ…彼女なりに面白いラジオというものを考えての結果だ。これ以上いじるのは止めておこう。
『えーと……今ので大体分かったと思いますけど…おっちょこちょいな娘なんですよー、もう』
『ごめんなさい……コンサートでも1回はかならず転んじゃってます』
『そんなところもファンには好評みたいよ。こんなメールも着てるし……読みますね。

【律子さんこんにちは。新番組一発目で天海春香ちゃんが出ると聞いてメールしました。
ボクも慌てもので、よく転んで怪我をしてしまいます。春香ちゃんみたいに転んでも怪我をしないように
なるには、どうすればいいんでしょう?】

『……以上、東京都、Pネーム【覇王ツヨス!】さんからのメールでした。どう?春香ちゃん』
『えーっと……怪我は確かに大変ですけど、
それ以前にお互い、そんなに頻繁に転ばないようにしましょう』
『あっははは……確かにその通りなんですけどねー。せっかくメールをくれたリスナーさんのためにも、
もうちょっと応えてあげてね』
『うーん……どうなんでしょう?
私の場合、転んでしまったら、もう諦めてすってーんといっちゃいますから…
下手に転ばないように手をついたり身体を捻ったりすると、
余計危なくなって怪我をするんじゃないかな』
『あー……それはあるかもね、ある意味潔いというか』
『そういうわけで、もし転んだら、諦めて思いっきり行っちゃってください!』
『そんな答え方もどうかと思うけど……あまり参考にしなくていいですからね【覇王ツヨス!】さん。
では、次のメールです。岐阜県のPネーム【アイマスの鉄人】さんからです。 


【律っちゃん春香ちゃんこんにちは。
地元のゲームセンターに『太陽のジェラシー』太鼓の鉄人Verが入りました。
曲自体は何度も聴いているのに、ゲームが難しすぎてなかなかクリアできません。
春香ちゃんは自分の曲、ちゃんとクリアできますか?】

『……以上です。どう?それ以前にちゃんとこのゲーム、プレイしてるの?』

……実は、このメールは業界で言うところの【仕込み】なのよね。スポンサーがゲーム会社だから、
少しくらい宣伝になるように話を持っていかないと。
言っておくけど、メール自体は本物よ。構成を考えて選んだだけ。
メール内容の選択は私たちの自由であって、ハガキを捏造してるわけじゃないから……
これくらいは許される範囲。それが私の中のルール。
勿論、春香の応えも確認済み。『ちゃんとプレイできますよ♪あのゲーム、大好きですから』
という内容で、構成が出来ている。

『勿論、ちゃんとプレイできますよー♪あのゲーム、大好きですから』
『あ、以外ー。春香ちゃん、こういうリズム系は苦手なのに』
『もーう、酷いなぁ律子さん……自分の曲どころか、いろんなジャンルも制覇してますよ!
【ドラグーンクエストメドレー】なんか、特に好きで毎回叩いちゃってますよー』

『!?』
『他にも、【デビル城ドラキュラ】とか【ファンタジー空間】とか…ゲーム音楽っていい曲が多いですよね』
『え、えーっと……では、ここで一曲お聴きください。
【アイマスの鉄人】さんも参考にしてくださいね♪天美春香ちゃんで【太陽のジェラシー】です!』

すかさずマイクスイッチを切って、曲を流す。さすがにプロデューサーも小鳥さんも手際が良い。
あたふたする私たちをよそに、春香だけがきょとんとした顔でこっちを見ている。
マイクが入っていないことを確認して、私は春香に詰め寄った。

「はーるーか……あなたがしっかり勉強してるのは分かったわ。でもね……あんたが好きな曲、
全部スポンサーのライバル会社の曲だって知ってた?」
「あああぁぁっ!!……そ、そうでしたっ!スポンサーさんに悪い事しちゃいました…
じゃ、曲明けたら早速、スポンサーの会社の局も褒めなきゃっ!?」
「いや……そこで慌ててフォローすると、泥沼になるわ。この話題はおしまいにするから、
今後は気をつけてね」
「は、はい……ごめんなさい」
「じゃ、曲が明けたらメインの企画ね。春香の手作りチョコレートをプレゼントするやつだけど……
生電話だからね。慎重にやりなさいよ。放送コードとか、ちゃんと分かってるわよね?」
「だ、大丈夫ですっ!チョコもしっかり味見してあります!」
「じゃ、行くわよ……これで最後だから、気を抜かないでね」
「はいっ」

曲が終わって、マイクのスイッチを入れる。
まだ半分しか終わってないのに、ここまで疲れるとは。
パーソナリティって、ほんっとに大変な仕事よね…… 


『番組スペシャルプレゼント企画、春香ちゃんの手作りチョコレートあげちゃいましょうー♪』
『いぇーい!』
軽い拍手と共に、スタジオを盛り上げる。なにしろこのプレゼントの告知で、
結構な数のハガキやメールが来ているのだ。リスナーが一番ドキドキするコーナー…失敗は許されない。

『では、まずはこの箱の中から当選ハガキを選んでくださいっ!』
『はーい!取りますよ……上かな?下のほうかな……えいっ!……これですっ』
『はい。では、春香ちゃんの声でその幸せな人の名前を読み上げちゃってくださいっ!』
『えーっと………島根県のPネーム【本名OK、小島太郎】さんですね。おめでとうございます!』
『では、生電話で喜びの声を聴いてみましょう、春香ちゃんお願いね』
『はーい。えーっと、0、8、5……』
『番号言わないっ!公共電波で個人情報流したら大変なことになるでしょっ!?』
『あ……す、すみませんっ!えーと……あぁっ、番号どこまで打ったか忘れたー!?』
『ああもうっ……私がやるからっ!……ぴ、ぴ、ぴ……と、ほら』
『ご、ごめんなさいぃ……本当にすみません』
『いいから、ほら!話す準備っ!』
『あ、そ、そうでした!……も、もしもーし。小島さんですかー』
『はい、そうですが』
『えーっと、ハガキには『熱烈なファン』ですって書いてあったから、声で分かりますよね?
あたし、誰だか分かりますかー?』

『存じませんが、どなたでしょう?』

……何だろう?この空気、ものすごーく嫌な予感がするんだけど…

『もーう、忘れちゃったんですかー?あんなにいっぱい熱いメッセージをくれたじゃないですかー』

春香はまったく気が付いていないみたいだけど……そうだ、これ、携帯じゃなくて自宅番号だ。
つまり、本人以外が出る可能性もあるわけで……

『プレゼント、あなたに当たりですよー♪おめでとうございますっ』
『高級布団や健康器具なら、間に合っておりますが……』
『違いますよー。まだ分かりませんか?あたしですよ。あたしの手作りの……』


……何か、会話の流れが変な方向に行ってない?
しかも、相手の人、こっちを変な詐欺まがいの販売業者と思ってるかも!?
春香を止めて、受話器を奪うように取ってから、慌てて対応すると…… 


『失礼します、お電話代わりました。
私、ラジオ番組『夕焼けフルパワー!』パーソナリティの秋月律子と申します!
番組にお葉書をいただいた、小島太郎さんのお宅でしょうか?』
『太郎は息子だが……息子とどういう関係の人かね!?』

うわぁ……やっちゃった。まさに今、修羅場キターーーーーーーーーって心境かも。

『あ、あのですね……太郎さんが番組に応募なさったプレゼントの件で……』
『む、おい太郎!?あの尻の軽そうな女は何だっ!貴様いつからそんなふしだらな……』
『女?電話……父さん、何言ってるの?……ぐほぁっ!?』

あぁっ!……電話の向こうで、人を殴るような音と家具が倒れるような音が聞こえる!?
とにかくご家族に説明を……いや、番組もなんとかしないと!

『春香!プロデューサーと一緒に謝りにいきなさい。番組はわたしが何とかするから』
『は……はいっ!ごめんなさい、行ってきます!』
『待てっ!ちょーっと待てぇーっ!そのコスプレで行くなっ、話が悪化するからっ!?』
『ああぁっ!そうでしたー……って、きゃあっ!』

人魚のコスプレということは、当然足は普通に動かない。
春香は思いっきり派手に前につんのめって……
ケーブルをまとめてあったテープごと、身体を引っ掛けてこけた。
ブツッという音と共に、スタジオが静かになり……
マイクのスイッチも勿論入ってない。

「ぷ、プロデューサー!どうなってるの?」
「まずい!機材がエラー起こしてる。再起動まで待ってくれ、5秒間!」
「放送事故って、何秒無音でアウトだったっけ……」
「8秒でプロデューサー、15秒でパーソナリティと放送局長の首が飛ぶ………な」

目の前が、ぐにゃぁ〜っと揺れる。どっかの鼻とアゴがとんがった漫画みたいな描写って、
現実にあるんだなぁ……と思いながら、私はもう祈ることしか出来なかった……… 


「あー……収録お疲れ様。番組、聴いていたよ」
さすがに今回は、社長もこちらに気を使ってくれている。労るような口調が今は辛い。

結局、あれからリスナーさんのお宅に謝りに行って……放送局からは思いっきり怒られた。
スポンサーからも、抗議とは言わないまでも何か言われたんだろうな。
そっちは社長が何とかしてくれたけど、めずらしく胃薬なんて飲んでいるのを見ると、
何かあったのは明白だ。……幸い、局にもスポンサーにも、注意程度で片付いて、
番組打ち切りにはならなかったみたい。
でも、打ち切りにならないって事は、あと8週はやるのよね………この仕事。

唯一良かったのは、番組が好評だった事。
やらせ疑惑も少なくないけど、大体のリスナーはガチンコだったと信じてくれている。
番組に来た私へのお見舞いメールの多さを見ると、聴取率も悪くないみたい。


『では、来週は765プロの誇る未来の歌姫、如月千早ちゃんがゲストです。お楽しみに!』

……半ばキレ気味に押し通す私の声が、反省会用に録音したMDから聴こえてくる。
「来週は千早、か……春香よりは無事に終わってくれそうかもね」

そう。どっちにしろ一度引き受けた仕事だ。やってやろうじゃないのさ!
社内の電気を落として鍵をかけると、私は一度、大きく背伸びをした。
正直きついし、胃もちょっと痛いんだけど……この仕事、結構面白いしやり甲斐もある。
わたしがやるからには、ただ可愛かったり癒し系だったりだけで終わったりしないわよ。
あの子達の魅力、ぜーんぶ引き出して、リスナーを大満足させてあげるんだから。
次は千早の週。どんな風に盛り上げるか……今から考えなきゃ。見てらっしゃい。

たとえラジオ界でも、私の伝説は始まったばかりなんだから!


おしまい。 





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