After Audition

作:Gogatea

3回目のオーディションは無事合格したがその後の撮りが押してしまい、TV局を出た時には
とっぷりと日が暮れていた。
「・・って訳でいまから戻るよ」
「あー、もしもし?社長が今日は直帰でいいって言ってます。報告は明日でいいそうですよ」
「ん、了解。小鳥ちゃんもお疲れ」
 社に電話を入れてから車に乗り込む。
「今日は会社に戻らなくてもいいって。遅くなっちゃったから家まで送ってってやるよ」
「えー、いいんですか?ありがとうございますー」
 やよいは携帯を取り出して電話をかけている。
「もしもし、カスミ?お姉ちゃんだよ。うん、今お仕事終わってプロデューサーに送ってもらうの。
うん、お母さんに言っといてね。ゴメンおみやげはないの。今度ケーキ買ってくるから今日は
カンベンしてね。事務所の先輩にすっごくおいしいケーキ屋さん教えてもらったの、えへへっ」
「私はこの時間まで出かけている事も多いし、親も心配していませんから、高槻さんから先に
送ってあげて下さい」
「悪いな千早」
 そう声を掛けてから俺は車を出した。

 路地の入口手前で車を止めると、今時珍しいような木造の平屋が並んでいた。
「こっちですー。ただいまーっ!」
 やよいが戸を開けると
「お姉ちゃんおかえりー!」
という合唱が響いた。
「あらあら、いつもやよいがお世話になっている上に送ってもらってすみません」
 エプロンをかけた母親の率いる子供達に頭を下げられ、
「いえこちらこそ、お嬢さんの頑張りに助けられる事も多いです」
 と返す。
「狭い所ですが、上がってお茶でもいかがですか?」
 千早と一瞬顔を見合わせた。彼女もちょっと戸惑っているようだ。これもいい機会だろうと
思った俺は
「じゃあご馳走になります」
 と会釈した。 


「帰って来るといつもお二人の話してるんですよこの子は。プロデューサーさんの事とか
如月さんの事ばかりで、やよいのお仕事はいい人に恵まれたって感謝してるんです」
「いえ、彼女が元気に仕事してくれますからこっちもはげみになります」
「高槻さんには私も良く助けてもらってますから」
「でもこの子がTV出るなんてねぇ、なんか皆さんにご迷惑おかけしていないか心配で心配で」
「おかーさん、余計な事は言っちゃだめよ?」
「なにしろ、小学校上がる頃までおねしょしてたような子ですからねぇ」
「おおおお、おかーさんっ!」
「この間も英語のテストで32点とか取ってくるし・・」
「おかーさんってば!うっうー、そんなコトまでバラさなくても」
 こらえきれなくなった俺はくっくっ、と笑いを漏らしてしまった。やよいは耳まで真っ赤になって
いる。
 ふと千早の顔を見た俺は意外な感じがした。彼女が表情の選択に困っている風だったから。
最初は無表情だった千早も最近は笑顔でいる事も多かったから、余計そう感じたのかも知れない。
少なくとも今の千早の顔は、可笑しさをこらえている、という感じではなかった。ネガティブな
感情を押し殺しているような、それが少し俺の気にかかった。

「プロデューサーさん、千早さん、次のお仕事もよろしくお願いしますー!あと、おかーさんから
聞いた話はナイショにしてくださいねっ」
「ああ、やよいも早く寝て次の仕事もがんばってくれよ」
「・・おやすみなさい、高槻さん」
 車を出してから千早の表情をうかがう。
「千早、どうしたんだ?さっきから・・」
 言いかけて言葉を呑んだ。千早の目がうるんでいるのに気付いたから。
「すみません、プロデューサー、別に・・」
「俺に気を遣う必要なんてないぞ?」
 深い意味があって発した言葉ではなかったが、千早の口を開く引きがねとしては
充分すぎる一言だったようだ。 


「高槻さんの家、とても居心地良くて、それでうらやましくなってしまって・・」
 千早は俺から顔をそむけ、コンビニと看板の明りだけが眩しい外に目をやっていた。
「彼女は私にないものをいっぱい持ってて、でもあんな素直ないい子で、まだ中学生なのにあんな
頑張ってて、家に帰ったらいいお姉ちゃんで、それで、それなのに、私は・・・!」
 千早は感情を激発させていた。
(ああ、こんな千早を見るのは初めてだな・・)
 俺の知っている千早はちょっと気難しいけれどいつも冷静で、大人びていて知的なシンガーだった。
でも今助手席で泣きじゃくっているのは、自分で自分の感情の整理もつけられない一人の少女に
過ぎない。困惑しながらも俺は、千早にもそういう一面がある事に心の片隅で安堵していた。
 もう閉店した酒屋の前で車を止め、自販機で二本の飲み物を買って戻る。
「どっちがいい?ああ、千早コーヒーは飲まないんだったな」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしてしまった千早にココアを渡す。自分のコーヒーを空けて一口すすると
窓を全開にして、ずっと我慢していた煙草に火を点けた。
(いけね、千早に怒られる)
一瞬そう思って苦笑する。当の千早は缶を握りしめて、まだ泣いていた。
「あんまり考えすぎないことだな。誰だって自分が欲しいものを全部持ってるわけじゃない」
「・・はい」
「やよいにしてみれば、千早なんて豪邸住まいだぞ?自分の部屋だってないんだからあいつは」
「分かってます、でも・・」
こういう時に上手い言葉が見付からない自分に腹が立つ。
「年寄りの説教みたいな言い方になっちゃうけど、自分の中になんでもかんでも抱え込んだら
大変だぞ?話を聞くくらいなら出来るから、俺に言ってこい。それだって大事な仕事だ」
「でも、でも、でも・・」
「♪泣きたい時には涙流してストレス溜めな〜い、だろ?」
 千早が目を丸くして驚いた。俺の歌なんか披露するのも初めてだからなぁ。
「プロデューサー・・」
「ん?」
「レッスンでは高い要求出してくる割に歌ヘタなんですね」
「千早より上手かったらプロデューサーなんてしないで自分でデビューしてるさ」
 千早がちょっと笑ってくれただけで救われた気になった俺は、ゆっくりと車を出した。 



 それから千早は、ぽつぽつと話を始めた。俺が千早から聞いた事のある話もあれば社長から
耳打ちされたような事も、全く初耳の話さえあった。
「そろそろ千早の家につくぞ」
「プロデューサー・・」
「どうした?」
「私・・・今夜だけは帰りたくないんです・・あの家に・・。あそこは空気が冷たすぎて・・
高槻さんの家見た後だと耐えられないんです、あそこは・・」
 それはまずい。非常にまずい。大体千早まだ15歳だろ、犯罪じゃないか。思いが空をよぎる。
が、千早はまた窓の外に目を向けていた。どうやらそういう意味で言ったのではないようだ。
「気持ちは分かるけど、どこで寝るんだ?」
「どこでも・・野宿でもいいんです、あそこでさえなかったら・・!」
「そりゃ俺が良くない。千早の身になんかあったら大変だ」
 ちょっと考えて、
「じゃ、事務所に泊まるか?どうせ俺は社長に報告書書くんで事務所戻るつもりだったし、
カギのかかる仮眠室もあるしな」
「カギ、ですか?」
 そう言ってから自分の発言の意味にようやく気付いたのか慌てた口調になる千早。
「あの、プロデューサー、さっきのはそういう意味じゃなくて」
「わかってるよ、事務所戻るぞ?ああ、その前にだるい屋で腹ごしらえしてくか。
おごってやるから、やよいにはナイショだぞ」

 食事を終えて、事務所に戻ってからも千早は話を続けた。
俺はと言うと、とっちらかったデスクの上のパソコンに報告書を打ち込みながら聞いていたから
話半分もいいところだったが、彼女はそれでも一向にかまわないようだった。
「済みません、こんなに一方的に話してしまって」
「いいよ、千早の話これだけ聞いたのも初めてだからね」
「私も、ひとにこれだけ自分の事話すのは初めてだと思います」
 そう言えば千早のこれだけリラックスした表情を見るのも初めてのような気がするな。
そう思いながら千早のほうを見ると、
いつの間にか座っていた来客用のソファにもたれかかって寝てしまっていた。
(起こして仮眠室に連れてくのもかわいそうかな・・)
 そう思った俺は仮眠室から毛布を持ってきて、千早の細い身体にかけてやった。 



「ちょっと千早、なんでこんな所で寝てるの?プロデューサー?納得のいく説明をしてほしいわね」
 律子が俺の目の前で腰に手を当て、仁王立ちになっている。
どうやら報告書を書いている途中で寝てしまったらしい。
うわ、報告書の末尾が【昨日のオーディションのけっかddddddd・・】になってるぞ。
「あー、えっと、俺の車の運転が乱暴だったのか千早が気分悪くなっちゃって、それで・・」
「それでアイドルをあんなトコに寝かせて、風邪でも引いたらどうするんですかっ!
千早も仮眠室あるの知ってるでしょ!全く二人とも、健康管理も仕事のうちなんですからね」
 律子は給湯室に行くと、緑茶の入ったカップを二つ持って来た。
「これ飲んで目覚ましてちょうだい。」
涙が出るほど濃く入れた日本茶を口に含んで千早と二人顔をしかめ、その顔を見合わせて笑ってしまった。
「あーもう、なんでいい雰囲気になってるかなこの二人は。
まさかスキャンダルになるような事してないですよね?」
 千早が真っ赤になって否定するのを横目で見ながら、
俺はこれ以上律子に怒られないよう首をすくめて報告書の打ち直しを始めた。

【昨日のオーディションの結果で如月千早と高槻やよいのユニットには○万人のファン増加が見込める。
メンバーと担当プロデューサーとの意思疎通もスムーズになってきており、
次回はより難易度の高いオーディションを受けて、更なるランクアップに挑戦するべきだと思われる。】 



上へ

inserted by FC2 system