魔法少女、街を往く

作:426

ある晴れた日の昼下がり。
所属アイドル達の頑張りによって、ようやく今は事務所らしい事務所を構えることが出来た、
我等が765プロダクション。
今日もレッスンに来ている千早と、あるモノを待っている皆の前で、その事件は起こった。

「あと1時間、待機……ですか?」
「ごめん千早!どうしても見ておきたいものがあるんだ」

現在俺は、複数のユニットをプロデュースするくらいのレベルに上がっている。
当然、スケジュールがぶつかる事もあって……
そんな時は、必要に応じてどちらかに自主レッスンや仕事を任せる事もある。
できるだけ不公平の無い様にはしているつもり。今回もそんな状況だ。

そんな中俺達は、今や遅しと業者からのバイク便を待っている状態。
とあるグッズの試作品が、もうそろそろ届くはずなんだ。

「この事務所なら、歌詞読みくらいは出来そうだからさ……すまないけど、
少しばかり時間を潰しててもらえると嬉しいんだけど」
「構いませんよ。プロデューサーがお忙しい身なのは分かりますし、
1時間くらいなら十分自主レッスンできますから」
「ありがとう!監修期間が2日しかないから本当に助かるよ」
「それにしても、プロデューサーってこんな仕事もするんですね……
玩具のデザインにまで関わるものだとは思いませんでしたよ」

千早の言うとおり、本来なら子供向け玩具のデザイン監修なんて、
芸能プロデューサーの仕事では無いと思う。しかし、今回ばかりは状況が違う。
元はといえば、亜美真美の無茶な提案に始まった事なんだけど……

『兄ちゃーん、亜美たちもそのステッキ作りたい!』
なんて亜美が言い出したのは、2週間ほど前だった。 


……社長のコネもあって取って来た仕事。
来期からはじまるアニメ新番組の魔法少女イメージキャラクターに、亜美が選ばれたんだ。
それで、仕事の第一弾としてやってきたのが『魔法ステッキのCM出演』というわけなんだが、
何せ今回はアニメオリジナルの魔法少女らしくて、キャラクターデザインは出来ていても、
主題歌やステッキの仕様はまだ未定らしい。
監修と言っても、勿論本格的なデザインや設計は玩具会社の人がするわけだから、
アニメ製作会社や俺達のような弱小プロダクションには、一応関係者として
意見を聞きたいということで……今からサンプルが送られてくるんだとか。
それにしても、試作品を見てから意見、要望の提出までたった2日とは。
アニメ企画は半年くらい前から準備するみたいなんだけど……本当に間に合うのか?

で、イメージキャラクターである亜美(真美も)と、担当Pである俺、
責任者である社長に、アドバイザーとして律子……で良かったはずなんだけど、
どういうわけか、『魔法少女のステッキをデザインする』という話を聞いて、
興味のある娘達が集まってきてしまった……というわけだ。
まぁ、みんなの方が魔法少女アニメは見ているだろうし、意見は多いほうが良い。
無理をしない範囲で集まってもらったわけだが……けっこうな人数になったなぁ。
一人でレッスンをする千早が、完全に浮いている。
彼女には悪いが、今はこっちの企画をまとめさせてもらおう。

「やっぱり、今は魔法少女リリカルリーフが一番ですよっ!レイジング・ランサーで
ドッカーンと撃ちぬくのはサイコーにカッコいいんですってー」

先陣を切って意見を述べたのは、やよいだった。
さすがに事務所の中では年少組なので、今の魔法少女に詳しいらしい。

「でも、どっちかって言うとあれは魔法少女じゃなくて、熱血格闘アニメだと思うよ。
ボクはやっぱり、少し前にあった「魔法少女プリティーミサ」が良いと思うんだけど。
あの、純和風のステッキは新鮮だったなぁ……」

ちょっと昔だけど、年齢的にはそれくらいだよなぁ…真の世代だったら。
ツインテールのヒロインが可愛かったっけ。

「魔法少女っていうジャンルも、歴史と共に変っていくものなのよね……
やっぱりお約束はかわいいペットと、変身する事によって認識する『もう一人の自分』
なんだと思うのよ。だから私は、『マジカルエイミー』を押したいわね。

…おいおい、その番組って俺が子供の頃、クラスの男子に秘密でこっそり見ていたヤツだぞ?
どうして律子がそんな事を知っているんだ……

「やあやあ律子君、さすがに勉強しているねぇ。私にとっても忘れられない作品だよ、アレは。
カタルシスを多分に含んだ、男の子にも勧めたい作品だと思うよ、うんうん。
かく言う私も、『ワンダーモモ』君というアイドルをプロデュースした事があってだね……」

うわぁ……あれ、社長がプロデュースしたアイドルだったんだ。
当時はけっこうドキドキしながら見てたんだよなぁ……短すぎるスカートに、
ちょっと邪な妄想を抱いてしまった記憶があるけど、社長の趣味だったのか!?

「全然わっかんないー!今はゼッタイ【フタコイ姫】が一番に決まってるじゃんかー」
「そうそう。あの【イヤイヤダンス】のへにゃ〜っとしたカンジが面白いYOー」

こっちはこっちでやはりそう来たか……
同じ双子だけに、思い入れも強そうだ。今更ながら、双子である事が秘密なのが悔やまれるな。 


「兄ちゃんは、どんなのがいいの?」
「そうだよー、兄ちゃんが好きだった魔法少女おしえてよー!」
「うーん……俺はそうだなぁ、何かイメージはあるんだけど…何だっけ?あれは…
ステッキらしきものが剣にもリボンにもなって……たしか【ドキドキゲージ】ってやつを回転させて
変身するんだったよな……【ビートフェアリー】エスカレ………っと!?
待て!今のなし!?忘れてくれ」

途中まで喋って、俺は慌てて言葉を取り消した。
やっぱり、あてずっぽうな記憶を頼りに喋るのは良くないな。第一アレは魔法少女じゃ無いし。

丁度良いタイミングで、事務所のインターホンから呼び出し音が聞こえてきた。
どうやら時間通りに例のものが到着したらしい。
宅配のお兄さんに礼を言い……みんなの期待に満ちた目の中、俺は段ボールの梱包を解いた。

厳重に包装されている箱の中には、全長50センチほどのステッキが入っていた。
先端には大き目の宝玉。これは多分アクリル製だろう。中には星がいくつも入って、
天井の蛍光灯を反射してキラキラと光っている。
サイドに付いた羽飾りもなかなかに豪華で、綺麗にまとまったデザインに見える。

「うわぁー!可愛いですね、これ。ボクも欲しいなぁ」
「でも……思ったより重いわよ。電池内臓でギミックを仕込むなら、もう少し軽い素材を
使ったほうがいいんじゃないかしら」
「そうだな……しかし律子君、プラスチックではこの高級感は出ないと思うぞ。かと言って、
PL法の手前もあるし、まずは安全なデザインを心がけて、だな」
「えぇっ!?PL学園って、法律になってるんですかっ?さすが強豪校は違うなぁ…」
「……やよい。PL法については後でゆっくり説明してあげよう。
まずはこの試作品を元に、カッコいいものを一緒に考えような」
「はーい!真美はやっぱり光るのがいいと思う。悪を倒すホーリーライトをヒョウジュンソウビ!」
「それチョーいい!亜美はトリガーと弾丸も欲しいし、これで無敵のステッキが出来上がるYO」

ガタンッ!

席を立つ音とただならぬ空気に、俺達は会話を止めた。

一瞬、周りの空気が凍りついたような気がした。
まずい……魔法少女談義が盛り上がりすぎて、千早が横で歌詞読みをしているのを忘れていた。 


「あ……ごめん、千早。その……うるさかったよな」
「構いません、これも仕事ですから。……私は下の部屋でレッスンしてきますから、続けてください」
そう言うが早いか、千早は階下へ行ってしまった。
千早に悪い事をしたが、会議も進めなきゃならないしな…どうしようか……と思っていた矢先、
昼の事務所に、俺の腹の虫が鳴る音がこだました。

「…そういや朝から何も喰ってなかったな。腹へった…」
「もう……仕方ありませんね、プロデューサーは。会議が良い所だって言うのに」
「まぁまぁ…私も昼飯はまだだったし、丁度良いさ。近くの中華料理屋にでも行って、
円卓を囲みながら話そうではないか。美味い物を食べると、アイデアも出るかも知れんぞ。
無論、仕事の必要経費として私が持とう。沢山食べて良い案を出してくれたまえ」
「ちゅっ……中華ですかっ!?あの、えびのチリソースとか、アヒルの卵とか、うっうー……
ど、どうしよう……心の準備が出来てないですよぅー!」
「やよい…エビチリやピータンはそこまで高級じゃないから安心しなさい。
ツバメの巣とか、サルの脳味噌とかになったら6ケタコースだけど」
「でも、円卓の中華ってあんまり行かないから楽しみだなー!ボクなんていつも、
キムチ炒飯の大盛りとスープで終わりだったし」
「まこちん、激辛料理得意だもんねー。早食い勝負も765プロで一番だし」
「そうそうー、フードバトルの仕事来てたもんねー。そんな事してるから、
男の子だって言われちゃうのに」
「なっ……こらぁっ!待て二人ともっ」

真が二人を追いかけて、事務所を走り回る。
また千早のレッスンを邪魔するわけには行かない。俺は慌てて3人を止めた。

「わかったから、まずは外に出よう。千早のレッスンを邪魔するんじゃない」
「そうね……でも、食事なら一緒に誘ったほうがいいんじゃない?」
「あぁ……しかし、千早は一度集中すると地震が起きても気づかないくらいだからなぁ……
今は邪魔するべきじゃない。美味しいものをみやげに持って帰る事で許してもらうさ」
「うむ。では、決まりだな」

一応、千早に置手紙を残して俺達は立ち去った。
戻ってきた頃には、彼女の機嫌が直っていることを祈って。 


(ここから千早view)

(私は飛ぶ……未来を信じて……)

歌詞読みを終えて、私は一息ついた。
部屋に入ってから、30分。集中すると、相変わらず時間が流れるのが早い。
集中を乱されるのがイヤでこっちの部屋に来たけど、みんなどうしているだろうか?
そういえば、事務所内はやけに静かになっている。私に気を使ってくれたのかな?
丁度良い。レッスンも一区切り付いたところだし、皆の所へ行ってみよう。
私は階段を上り、会議室のドアを開けた、が………

「いない……」
あったのは、プロデューサーの書いた置手紙。

【千早へ。さっきはうるさくしてごめんな。会議も兼ねて皆で1時間くらい飯食って来るよ。
美味しいみやげ持って帰るから、待っててくれ。〜プロデューサー〜】

手紙に書いてあった時間を見ると……なんだ、あれから10分も経ってない。
もうちょっと早く上がれば、一緒に行けたかもしれないけど……

「まぁ、いいか♪」
プロデューサーは、ちゃんと私のことを分かってくれている。
レッスンの邪魔にならないように、ここを空けてくれたんだろう。
昼食の心配までしてくれたのも、ちょっと嬉しかった。
とはいえ、あと50分……どうしようかな?

……ふと、机の上にある魔法のステッキに視線が行った。
一見豪華ながらも嫌味の無い装飾。そして、女の子が好きそうな可愛らしいデザイン。

「懐かしいなぁ……」

手にとって見た瞬間……私の思い出が急速に流れ込んできたようだった。
8年以上前……幸せな時、幸せな場所。
明るい家族、可愛らしい兄弟。そして……ステッキを振り回して遊んでいる、私。 


幼い頃から好きだった、魔法少女。
大きくなったり、色んな職業の人になったり。
そういえば、唯一母さんにおねだりして買ってもらったのも、魔法のステッキだった。
嫌がるあの子に無理を言って、魔法少女ごっこをしたっけ……
あの時だけは私、わがまま言ったなあ。

「…………」
ちらり、と事務所の時計を見る。
あれからまだ10分と少々。皆が帰ってくるまでまだまだ掛かるはず。
私は、ちょっとだけ開発中のステッキを持ってみた。ズシリと重さが伝わってくる。

「これ……電池か何かが内蔵されているのね。スイッチみたいなものがあるし…」
恐る恐るスイッチを押してみると、突然大きな音が鳴った。

「きゃっ!?」

慌ててステッキを落としそうになる。試作品なんだから、壊したら大変だ。
危ないので、元の場所に戻そうとしたけど……段ボールの中に、まだ何か入っている。
2重底になっている段ボールを空けてみると、中にはこれも試作品なのだろう、
作品中で使う、ヒロインの衣装が入っていた。

「……綺麗」
おそらく、イメージキャラクターに抜擢された、亜美(真美)に合わせてあるのだろう。
透明素材をふんだんに使った魔法服。お姫様を連想させるきらびやかさと、
妖精を連想させる可愛らしさを併せ持ったデザイン。
それは、女の子なら誰もが憧れる、ほぼ完成された仕上がりになっていた。

私の心の中で、ある願望がうずく。
いつもなら無視してしまうような、ささやかなものだったが……今日の状況はかなり特殊だった。
なんとなく、鏡の前で衣装を合わせてみる。
意外にも、私にピッタリのデザインだった事に驚いた。
サイズ的には、ウェストはそんなに変わらないのね…あの子達とは。

胸のサイズも違和感なし。……それはそれで悲しいけど。
あとは、スカートだけはどうしても短いわね……まぁ、それは仕方ないか。
そういえば社長が言ってた。今回は気合を入れた企画だから、大きな仕事になると。
亜美も真美も、そんな仕事を任されるようになったのね……私も負けていられないなぁ。
こんな衣装を着て歌ったら……どんな風に見えるんだろう?
いつものステージ衣装とは、明らかに違うデザイン。
【可愛い】イメージのみを思いっきり具現化した、夢の世界の服…… 


「……ちゃんと畳んで返しておけば、大丈夫かな……」
どうかしているとは思った。でも、私の心は、あの日の思い出から離れられなかった……

普段着のシャツとジーンズを脱いで、一式を身に着けてみる。
腰のリボンは思ったより大きくて、着るのも一苦労だったけど……

「うわぁ……」

衣装自体の出来は、かなり良いほうだと思えた。
普段の自分とはかけ離れたイメージ。文字通りの魔法少女。
本当に変身したみたい……今なら、表現できるかもしれない。
心の奥底にいる、もう一人の自分を。
自然に、心の中に湧き上がる言葉を紡いでみる。

『我、契約を受けし者……その魔力、解き放て……星と共に、光と共に……』
あの子と遊んでいた時、私が勝手に考え出した変身の呪文。
『マジカルパワー……乗着!』
そして、勝手に考えた振り付け。

幼い頃に、見よう見まねで身に着けた、バトントワリング。
ステッキを勢い良く回転させ、私はステップを踏む。
ダンスレッスンが生きているんだろう。何度回転しても、目が回ることが無い。

『魔法少女、マジカル・フェブラリー……降臨!』
……調子に乗って、ポーズまで作ってしまったけど……なんとも言えず気持ちが良い。

「あの子がいたら……私はまだ、こんな風に明るく笑えたのかもしれない…」
わざと口に出して呟いてみる。勿論そんな仮定に意味は無いと分かっていながら。
過ぎた時間は、戻りはしない。だからこそ、人は必死に生きていくんだ。

さっきの会話には入れなかったけど……実は、皆が言った魔法少女アニメは全部見てるし。
プロデューサーの言ってた、エスカ……何とかは知らないけど。
最近そんなアニメがあったのかな?後で調べてみよう。

まぁ、ソレは置いといて。私が今まで見たどのヒロインも、色んな悩みを抱えて生きていた。
迷いながらも自分の信じる道を行く。
その姿に、私は何度助けられた事か。
このステッキを持つことになるヒロインも……見る人の心を救ってくれるようなアニメになるといいな。
そろそろステッキと服を片付けようと思って箱を良く見ると、まだ何か入っていた。
これは……紙? 


それは楽譜だった。
きっと、番組のオープニングテーマ曲……どんな歌なんだろう?
歌の譜面と分かってしまった瞬間、私の気持ちは止まらなかった。
目を通して、大体の曲調を把握する。

「……この辺でかなしく、で……ここで一気に盛り上げて、サビに入る、と…」
けっこう音域は広い。亜美、真美だとちょっと高音が辛いかもしれないけど……

イメージを探りながら、私はいつの間にか歌っていた。
魔法少女の夢、戸惑い、現実……それぞれのパートに込められた感情を読み解いて。
私のデビュー曲『蒼い鳥』にコンセプトが似ているから、わかりやすい。

どんなに傷ついても、明日へ向かって歩き続ける……
魔法の力を手に入れても、自分が変わるわけじゃない。
私は、私。本気で望めば、きっと……大好きな自分になれる。そう信じている。
その気持ちを……みんなに、伝えたい。

『あなたのハートに……直撃よ♪』

気が付けば、ヒロインが曲の最後に喋る決めゼリフまで言ってしまって…初めて気が付いた。
私の視線を、文字通り直撃したプロデューサーの存在に。


(千早view END) 


俺と千早は、15秒ほど何も言わず立ち尽くしていた。
……いや、普通引くだろ。あの千早が、魔法少女の服を着て、
番組主題歌を完璧に歌いこなしているんだから。
物凄く似合わないものと、物凄いレベルのものを同時に見せられて、どうリアクションするよ?
そんなことを考えていると、表情を動かさずに千早が先に口を開いた。

「……プロデューサー。いつからそこに?」
「あ、……あぁ、今さっき。ほんの5秒くらい前……」
「えーとね、Aメロの辺りからすでにいたYOー♪」
「そうそう。すっごい上手いからみんなで聴いてたのー♪」
「うわ、バカ!お前達、こういうときは……」
「え、えーっとね、千早。ボク達、料理屋に行く途中でバッタリ善永さんに会ってさ……」
「企業秘密に触れない程度に、今回の企画をバックアップしてくれるって言うからね、その…」
「ステッキと企画書を見せようと思ってわが社に戻ってきた、というわけでな……」

「……全部、見たんですね……」
「うん!『直撃よ♪』まで、ぜーんぶ。」
「短すぎるスカートも、可愛すぎる笑顔も、ぜーん……むぐぅ!?」

真と律子が、亜美真美の口を押さえる。さすがに判断が早い。
このままあいつらを野放しにしておいたら、やぶへびどころの話じゃない。

「素晴らしいですわ、如月さん!クールなあなたにそんな一面があるなんて、初めて知りました!
感情の込め方から、まぶしい笑顔まで……さっきの歌、そのままCDにしたいくらいの出来ですわ!
まだ記事には出来ないでしょうけど…もしもあなたがこの曲を歌ってくれるなら……
私、全力で応援記事を書かせていただきますっ!感動しました」

善永さんは素直に感動してるし。
……でも、さっきの歌は本当に凄い出来だった。
ある程度千早と一緒にいる俺でも、あんな表情で可愛らしく歌う千早は見たことが無い。
正直……大ヒットシングルになるぞ。あそこまでの表現力があったら。

「千早さん、すっごいですっ!私や亜美、真美よりも魔法少女してますよ!」
「うむ、素晴らしいの一言だな。是非ともCDに収録したほうが良いと思うよ。なぁ?キミ」

社長……千早の歌は俺だって感動したけど、よりによって最悪のタイミングでパスを寄越してくれたな。
千早にかける言葉が3通りほどあるけど……今回は何を言ってもテンションが激しくダウンすると思うぞ。
だが……爆弾だろうが地雷だろうが、このまま千早を固まらせておくわけにもいくまい。 


「あー……千早。そのアニメの主題歌オーディションが2週間後にあるけど……やってみる?」



ぷちん、と、千早の中で何かが切れるような音がした……と思う。

「〜〜〜〜っ!?」
千早の顔がみるみる赤くなって……震えが頂点に達したかと思ったら、
俺達を全員弾き飛ばして出て行ってしまった。
あの細い身体の何処にそんなパワーがあるんだ?

「お、おい!千早…待てってば」
思わず飛び出しそうになる俺を、律子が制する。
「今行っても泥沼よ。言うなれば……母親にえっちな本を見つけられた息子ような心境だからね。
プロデューサー、そんな時はどうして欲しい」
「………放っておいて欲しい。何を言われてもイヤだから」
「はい、良く出来ました。とはいえ、あの子に番組OPテーマを歌って欲しいのは私も同感だから、
来週までに彼女を説得しないとねー」
「うぐ……また超難関のコミュニケーションになりそうだな」
「まぁ、千早はしばらく戻ってこないでしょうね…だからボク達も、再びご飯に行きません?」
「そうだな……いきなり修羅場を迎えて空腹を忘れていたよ」
「何を言っておる?如月君を連れ戻すまで食事はできんぞ!彼女は、あの服を着たまま出て行った。
それがどう言う事か分かるかね?」

「うっうー……全然わかりません。どうなるんですか?」
「あのコスチュームは、まだ極秘扱いなんだぞ!アイドルが街中であんな服を着て歩いてみなさい。
注目を集めるどころか、企業秘密漏洩で仕事が御破算どころか、スポンサーに訴えられてしまう!?」
「うわぁ!そりゃ大変だ」

「E−−−っ!?亜美たちのお仕事はー?」
「無論、取り消しだ!そうなりたくなかったら、全力で如月君を保護したまえ!」
「また、あの雑居ビル暮らしはイヤよねぇ……行くしかないか」
「千早も心配だよ!あんな格好で街中をうろついたら、誰かに狙われるかも!?」
「及ばずながら、わたくしも手伝いますわ。悪徳記者にでも見つかったら一大事ですものね」

「とにかく行くぞ、千早のためにも、会社のためにも!」

そう言って、俺達は一斉に新しいオフィスから散った。
きっと、自社ビルを構えるような会社になっても……俺はずっと、
彼女達に振り回され続けるんだろうな。
社長には悪いけど、そんなトラブルも含めて、やっぱり……この仕事は楽しい。
こんなに魅力的な娘達を、すぐそばで見守り、育てていけるのだから。

俺は、最高の笑顔で番組主題歌を歌う千早を想像しながら、
千早の行きそうな場所へと走り出していった……



おしまい。 



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