Shake it!

作:167

都内某所。
冬場にしては割と暖かいこの日に、765プロの玄関をくぐる
秋月律子の姿があった。事務所へ入る彼女を出迎えたのは小さな二人組。
「あ、律っちゃんだ!こんばんは!」
「律っちゃん、こんばんは!」
「こん…じゃないでしょ。ハリセンで目、覚ます?」
律子の冷静なツッコミにも全く臆することなく、
屈託のない笑いを浮かべる双子の少女。
これまた765プロに所属するアイドル、双海亜美と双海真美だ。
「ねえ律っちゃん、コレ知ってる?」
「さすがの律っちゃんも知らないかな〜?」
コートをハンガーにかけるやいなや、亜美と真美が同時に話しかけてくる。
「いきなり何よ?」
見れば、亜美と真美が持っているのは白い液体が入ったペットボトルだった。
それを休みなくシャカシャカと振っている。 


「何かしら…手作りバター?」
「ピンポーン♪おみごとー!大正解ー!」
半分勘で言ってみたが、当たったようだ。
生クリームを容器に入れて振ると、やがて分離してバターができる。
小学生くらいの子供にはとても魅力的な現象かもしれない。
「やよいっちが教えてくれたんだよぉー!」
「おいしいバター♪できたてバター♪」
二人が手にペットボトルを持ち、マラカスでも振るかのように
振りまくっている姿は、なんだか変な儀式めいている。
「それ、振り方があまいと固まりにくいから、結構時間かかるわよ?」
なにをかくそう、律子も小さい頃に実際にやってみたことがあるのだ。
味はともかく、重い容器を振りまくって手首が痛くなったことだけは
覚えている。
「えー!なら、律っちゃんも手伝ってよ!」
「ええ!?何で私が」
「「律ちゃんオネガイ!」」
ステレオでお願いしてくる亜美と真美は、ご丁寧に瞳をウルウルさせている。
あからさまに演技くさいが、そうまでされて断るわけにもいかない。
なんだかんだでこの二人にはいつも無茶を通されている気がするが。 


「仕方ないなあ、もう」
やるとなったら徹底的にやるのが律子の性格だ。
ペットボトルを受け取ると、シャツの袖をまくり、
手首のスナップを利かせて勢いよく振りだした。
亜美と真美が驚嘆の叫びをあげる。
「おおおお〜!凄いっ!さすが律っちゃんだね、亜美!」
「うん、凄いね!私達とは全然違うね、真美!」
当たり前だ。律子は筋力に自信があるわけではないが、
さすがに小学生と比べたら力はある。
だが、亜美と真美のリアクションに何か不自然なものを感じて
律子は手を止めた。いつのまにか亜美がビデオカメラを回している。
「ちょっと、何撮ってるのよ?」
「気にしない気にしない。一休み一休み」
姑息にも、一休さんネタでごまかそうとしている。
「気になるに決まってるでしょ」
「あんまり凄いから記録しておこうと思っただけだよ!」
全然理由になっていない。 


と、事務所のドアが開き、これまた765プロ所属のアイドルである
三浦あずさが現れた。
途端に亜美と真美が顔を見合わせ、あずさに飛びつく。
「あずさお姉ちゃん、こっち!こっち!手伝って!」
「あらあら…これは、何かしら〜?」
いきなりペットボトルを渡されて、マイペースのあずさもさすがに困惑気味だ。
「あら、律子ちゃん。おはようございます〜」
「えーと、おはようございます。それを勢い良く振るとバターができるんです。
 で、この子達が疲れたから私が振らされてるんです」
律子があっという間に状況説明を済ませてしまうのは、のんびりした
あずさの会話のペースに付き合うといつまでたっても話が終わらないからだ。
「まあ、バターが?…こうすればいいのかしら?」
あずさはゆっくりとペットボトルを振りはじめる。
遅い。遅すぎる。あまりにスローな動きに、律子はズッコケかかった。
「あ、あずささん…そうじゃなくて、もっと、こう」
律子が、正しい振り方を指示しようとしたその時。
「すごーーい!!」
「すっごーーーい!!」
亜美と真美がそろって歓声をあげたのだ。目が輝いている。
というか、心なしか顔のあたりがキラキラと光っているようにさえ見える。 


「あずさお姉ちゃんの方がすごいね、亜美!」
「うん。律っちゃんよりすごいね、真美!」
律子はあぜんとした。
「ちょっとちょっと…それはないでしょ?」
どう見てもあずさの動きは遅く、律子の半分程度のスピードしか出ていない。
それなのに亜美も真美も嬉々としてビデオカメラを回している。
(どうなってんの…?)
わけがわからず首をかしげたその時、律子ははっと気が付いた。
亜美のビデオカメラが追っているのはあずさの、
ペットボトルを握っている手元ではなくて、胸元…
「あーっ!?あんた達、まさか!」
「ヤバッ。バレちった!」
「でもお宝動画ゲトー!ずらかれー!」
亜美と真美は二人揃って一目散に逃げ出した。
「こらあーっ!!待ちなさい、亜美!真美!」
怒り心頭の律子も後を追って外に飛び出し、残されたのはあずさ1人。
「…あら?皆さん、いつの間に居なくなってしまったのかしら」
ようやく気が付いてあたりを見回していると、事務所のドアが開いて、
あずさを担当するプロデューサーが姿を現した。 

「おっはよっ、あずさ」
「おっはよっ、プロデューサーさん。うふふ、マネしちゃいました〜」
「ははは、似てましたよ」
親しげな挨拶で、一転して事務所内に和やかな空気が流れる。
「プロデューサーさん、律子さん達とすれ違いませんでした?」
「ええ、なんか表で亜美と真美が”うpしちゃうぞー”とか言ってて
 律子に追っかけまわされてましたが…ところでそれ、何ですか」
あずさが手に持った物を目ざとく見つけて、プロデューサーは首をかしげた。
「これですか?凄いんです。こうして振るとバターができるんですよ〜♪」
そう言ってあずさはペットボトルを軽く振ってみせる。
プロデューサーの視線が一点に集中した。
「あずささん。もうちょっとこう、激しく振ってもらえませんか」
「?…はげしく、ですね?えいっ」
プロデューサーの要求に素直に答えるあずさ。
「イイですね!もっと!もっと激しく!」
「こ、こうですか?」
もはやあずさは額に汗をかくほど必死になって振っている。
拳を握り締めて食い入るようにそれを見つめるプロデューサーの背後に、
ゆっくりと近づいてくる影があった。 


「楽しそうですね?プロデューサー」
背中に氷の塊をつっこまれたようなプレッシャーを感じて、
プロデューサーは恐る恐る振り返る。
声の主はもちろん、仁王立ちの、憤怒の律子。
「…やあ律子。こんばんは」
スパァン、と良い音がして律子の平手打ちがプロデューサーの頭部に命中した。
「痛いよ律子!」
「痛くしたんですよ、このスケベプロデューサー!
 だいたい今何時だと思ってるんですか!遅刻でしょうが!
 締め日も近いっていうのに領収書の提出も済んでないし!
 昨日出すって言ってた書類は出来たんですか?まだなんですねっ!?」
亜美と真美を取り逃がした腹いせも混じってか、律子は物凄い剣幕でまくし立てる。
未だに状況の飲みこめないあずさは、成り行きを見守ることしかできない。
「ちょ、ちょっと落ち着けってば…落ち着いて、とりあえず」
「とりあえず何ですか!」
窮地に追い込まれたプロデューサーは気が動転して、目を泳がせ…
「と、とりあえず…律子もコレ振ってみない?」
さわやかな笑顔を浮かべつつペットボトルを差し出す。

…本日二度目の平手打ちは、より高らかに765プロに響き渡った。 



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