秘密のレシピ

作:ざき

「お疲れさまでした」
  一日も終わりに差し掛かかり、少しずつ事務所内に静けさが漂う
  アイドル候補生達も仕事を終え、事務所に少し顔を出してから帰って行く。
「春香ちょっと待ちなさいよ」
  うさぎのぬいぐるみを抱えた少女が、明らかに年上の少女を呼び止める。
「何、伊織」
  春香は帰ろうと、事務所のドアを開け様としたが立ち止った。
「今週の土曜は空いているわよね」
「んー、確かに土曜はオフだけど?」
「なら得意のお菓子の………作り方教えなさい」
  うさぎのぬいぐるみで口を隠し、伊織らしからぬ、か細い声で。
「えっ、始めの方聞こえなかったよ、何のお菓子の作り方が知りたいの?」
  何か見当が付いているのか、悪戯めいた表情で聞き直す。
「にぶいわね、この時期にお菓子って言ったら決まってるじゃない!
2回も言わせる気なの?!」
「ふふっ、バレンタインチョコでしょ、…伊織も?」
  思わず、春香の顔に笑みがこぼれる。
「何よ![も?]って、引っかかるわ!!」
  伊織も、いつもの調子に戻り言い返す。
「この時期って増えるのよ、私に[レシピ教えて〜、手伝って〜]って子」
  春香の声のトーンが上がる、よく解らないが、テンションが上がっている。
「当然協力してくれるわよね」
「どうしよっかなー、伊織、それは誰用なの?」
「…誰でもいいじゃない」
  伊織は少し横を向き頬を赤くしているのを隠そうとする。
「誰にあげるのか教えないなら、私もレシピ教えないゾー」
  春香の会話の返し方が手馴れているのは、学校の友達にも同じ様にしているのからだろう。
「なっ!?…解ったわよ、プr…pu…プァ、パパ、と兄さん達に決まってるでしょ!!」
「…プァパねぇ」
  春香は、チョコを誰に渡すかは解っているが、伊織本人の口から聞きたかった様子だ。
  そこを言い切らない、切れない所が伊織らしい…のか?。
「これで、文句はないでしょ!」
  伊織は上手くごまかせたと、納得の表情。
「ありませーん」
  少しがっがりした返事を春香は返した。
「じゃあ決まり!、私の方で場所と道具の手配はしておくから。早い内に、要る材料も
メールで送って。じゃあね、にひひっ」
  用件を済ませ、意気揚揚と伊織は事務所から去っていった。
  残された春香は事務所でつぶやいた。
「…高い材料で良いよね」

「本当にここなのかな?」
  春香が訪れた場所は閑静な住宅街、高級〜やセレブの冠の付きそうなマンションだった。
  伊織に言われた通り、管理人に事情を話すと部屋に通された。
「遅かったっじゃない!」
  ドアを開けて出迎えた伊織の言葉はこれ。
「だって渡された地図、半分暗号化された物だし…」
  春香は、同じ場所を2回周るなど、書き込まれた地図を伊織に突きつけた。
「仕方ないでしょ…トップシークレットなんだから」
  春香が部屋に入ると厳重に鍵をかけた。
「伊織ー、秘密にしたいからってやりすぎだよ。このマンションもそうだし」
「やりすぎかしら、マンションは今日一日借りてるだけだけど?」
  伊織は当り前だと言いたそうな表情で。
「いや、一日だけ借りられるのも凄い話な気が…」
  春香は半ば飽きれた表情で。
  二人はキッチンの有る部屋に移動する。
「一通り道具と材料は揃えたわ」
  ずらりと並べられたチョコの材料に道具。どれも高級品の風格を称える。
「凄い…」
  春香のお菓子作り心に大きく火を付けた。
「これで…あとこっちを使って…」
  嬉しそうに、春香は道具を手に取り、様々なお菓子の思いにふける。
「春香ー、まず私に教えてからにしてよ!」
  明らかにうわの空の春香を見て、ふてくされた声を出す。
「あ、うん、いや良い道具そろえたなーって、関心してただけで…」
  名残惜しそうに、手から道具を放す。
「はいはい、じゃ、ガリガリやるわよ」
「ええ…って、教えるのは私の方だから」 


  順調にチョコ作りは進む。
「思ってたよりも伊織、手際良いね」
  伊織のチョコ作りは安心して見ていられる。
「春香、[思っていたよりも]が余計。私に出来て当然じゃない」
「やっぱり私の教え方が良いから」
  そのため実際に、何もやっていないに等しい春香だった。
「百歩譲ってそう言う事にしておくわ」
「ねえ伊織、チョコ作った事が有るでしょ」
  伊織の無駄の無い動きから、チョコ作り経験者だと春香は感じ取っていたのだ。
「…昔はね、パパや兄さん達に作ってたけど」
「どうりで、本当に私が居なくても良いくらい上手いけど?」
「久しぶりだから、失敗したくないのよ!!」
  唐突に、伊織は大声を出す。
「びっくりしたぁ、いきなり大声出さないでよ。もしかして何か訳有り?」
「大した訳なんて、ないわ。パパも兄さん達も忙しいから、チョコの返事も
 連絡も無しが続いて…何か、私も馬鹿馬鹿しくなったから作るのやめたのよ」
  伊織は何時もより沈んだ口調で淡々と話した。

「…伊織、お菓子作りに大切な物を教えとくね」
「大切な物?」
「それは自分の気持ち、食べてくれる人に対しての思い。
 確かに、伊織の父さんや兄さんがチョコ作っても何も言ってくれないのは
 寂しいけど、伊織から貰えた事は、みんな嬉しかったと思うよ」
「………」
伊織は複雑な表情を浮かべる。
「どんなきっかけかは良いとして、チョコを再び作るんだから伊織
これでもかっ!!、って位の思いを込めて作り倒すの」
  春香なりの、精一杯の励まし方。
「…何となく、解ったわ」
  ほどなくチョコは完成する。ただ…
「伊織、これチョコの数、多くない?確か三人用だよね」
「…材料が余ったから…よ」
  途端に伊織の発言の歯切れが悪くなる。
「余り物の割には気合の入ったチョコに見えるけどなぁ」
「気のせいよ」
「いい加減、白状しなさいよー」
「だっ…誰だって良いじゃない!!」
                  終わり。

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