v.d.eve

作:名無し

 TVに映る可憐なアイドルも、それを支えるプロデューサーも、元は同じ人間である。
 泣いたり、怒ったり、笑ったり。
 そんなアタリマエの事は、アタリマエでない毎日を過ごす彼女達にも等しく訪れているわけで。
 ……いや、回りくどい言い方は止めよう。
 ここは素直に、本能の赴くままに。
「……嗚呼、平日に布団の中でゴロゴロ出来るって、素晴らしいなぁ」
 俺はカーテンの隙間から射し込む陽光を枕で遮りながら、布団の中で呟いたのだった。
 二月というのは、思いの外イベントが多い。
 炒った豆を投げ一年の幸せを願う、節分。
 建国記念日に、学生さん達の受験シーズン真っ盛りナドナド……。
 そんな中でも一際大きなイベントとなるのが、二月十四日に行われるバレンタインデーだ。
 古代ローマの結婚禁止令が様々な策略によって
好きな人にチョコレートをプレゼントする日となったこの日に合わせて、
様々な業界が様々なイベントを仕掛けてくる。
 それは、俺達が日々活動に勤しんでいるアイドル業界にも訪れているワケで……。
 昨日まで特番だのフェアのゲスト出演だのの為に文字通り馬車馬の如く働いていた俺が、
バレンタイン前日の月曜日に休みをもらう事が出来たという事を、
運が良いと捉えるのは前向きな意見なのだろうか。
 ともあれ、俺は久しぶりに訪れた休みを満喫すべく、布団の中で惰眠を貪っているのであった。
 ……だが。
ちゃららっちゃららっちゃちゃっちゃ〜♪
 平穏とは破られる為に存在していると言わんばかりに、
軽快な音楽と共に枕元に置いてあった携帯電話が振動を始める。
「……んぁあ? なんだよ……今日はゆっくり休ませてくれ……ぐぅぅ……」
 俺は枕ごと布団の中に潜りこみ、そのまま亀のポーズを作り始める。
 昨日も終電ギリギリまで事務所に残って仕事をしていたのだ。
その功績を称えて今日は電話を一切取らなくても良い日に……なるわけは無いか。
 それに、今鳴っているのは仕事用の携帯電話だ。
「……だぁぁぁっ! 出ますよ、出ればいいんでしょう……ぐぅぅ……」
 俺はあっさりと負けを見とめ、携帯電話の液晶に目をやった。
そこに浮かび上がるのは、見なれた名前。
「えーと……誰だ、『水瀬……』」
ぴっ
「あさ〜、あさだよ〜、あさごはん食べてがっこういくよ〜」
「……はぁ?
 えっと……プロデューサー、よね?」
 むぅ、まだオコサマな伊織には高度なギャグ過ぎたか。
「…………」
「………」
「……」
「……ゴメンナサイ」
「わかればよろしい♪
 で、プロデューサー、起きてる? 頭、大丈夫?」
 スピーカーの向こうから聞こえてくるのは、毎日聞いているはきはきとした少女の声だった。 


 水瀬伊織。
 765プロダクションの売れっ子にしてアイドルにして俺がプロデュースを行っている、女の子。
 見た目通りのお嬢様気質がこちらを毎日悩ませてくれるのにも、だいぶ慣れてきた。
 そんな彼女がわざわざ俺に電話をかけてくる、というのは、意外にも珍しい事だった。
 まあ事務所へ行けば嫌でも毎日顔を会わせているんだし、
筆まめというかちょこちょことメールを送ってくれているから、
嫌われているとかそういう事は無いのだが……。
「珍しいな、伊織の方から電話をかけてくるだなんて。
 というか、学校はどうしたんだ? まだ授業中じゃ……」
「……本当に頭、起きてる?
 学校なんて、もうとっくに終わってるわよ」
 おや、と俺はTVを付ける。
 画面に映し出された再放送の時代劇。
 カーテンを明けてみると、さっきまで既に陽は西の方へ落ち始める準備をしていた。
「まあ、起きたのなら問題は無さそうね。
 今すぐ、ウチに来て」
「……何だって?」
「あれ、電波悪かったかしら……?
 だから、今から私の家へすぐ来て頂戴。
 そうね……三十分以内に♪」
「……じゃ、そういう事で」
ぷつっ
ちゃららっちゃららっちゃちゃっちゃ〜♪
ぴっ
「なんでいきなり切るのよっ!」
「いや、つい指が赤いボタンを押してて」
「じゃあ、今度そのボタンを黒く塗っておいてあげるわ。
 ……じゃなくて、プロデューサー、起きてるんでしょ?だったら、今すぐウチまで来て頂戴。
 急いで!」
「まず何で呼び出されるのか理由を知りたいんだが……。
あと、伊織の家までって、それなりに時間がかかるんだけど?」
「いいわよ。半日かかるとかそういう距離じゃないでしょ?
 だったら、今すぐ来る! なるべく早く、三十分くらいで!」
「……判った判った、なるべく早く行くから、少し我慢しててくれよ?」
「絶対よ? 絶対来てよ!? 待ってるから!」
ぷつっ
 一方的に切られた携帯電話を耳にしたまま、俺は少し、考える。
 仕事以外の、プライベートな事での呼び出しというのは、何もこれが初めてという事ではない。
 けれど、大抵は事務所で待ち合わせをしていた。
 それが今回、伊織の自宅へ呼び出し、しかも少し焦った様子というのは……。
「何か、厄介事が起きていないと良いんだけど」
 我侭で生意気で人使いが荒いけれど、俺がプロデュースをしている大切なアイドル。
 そんな彼女に何かあったとなれば、プロデューサーとして、
いや、水瀬伊織という一人の女の子の人生を任された者として失格だ。
 俺は布団から抜け出すと、寝癖を直す為に洗面所へ小走りで向かうのだった。 


「……圧巻だなぁ」
 目の前に広がる、人、人、人の波が発するオーラに気圧されて、俺は思わず呟いてしまった。
「やっぱり、前日となると混んでるわねー。
 ……こーなったのもアンタのせいだからね、プロデューサー?
 車だったら、あと一時間早くは着いていたはずだわ」
 そう言いながらも、ピンク色のコートに隠れた喉がごくりと鳴った様に見えたのは、気のせいか。
「いや……これも俺のせいにされると困るんだけど。
 というか、これは流石に俺の責任範囲外だと思うんだが」
 俺はいつもように、一応の反論をしてみせた。
「男だったら細かい事でうじうじしない!
 さ、行くわよっ!」
 いつものように、伊織は俺の意見なぞ右から左へ。
 そのまますたすたと、歩き始める。
「ちょ、ちょっとまった……」
「もーっ、早くしてよね?
 こんな人ごみの中じゃ、迷子になっちゃうわよー」
 俺は、慌てて伊織を追いかける。
 左手にはいつものうさぎのぬいぐるみ。
 右手には俺の左腕。
 それをきゅっと抱きしめながら、伊織は人ごみの中へと足を進め始めたのだった。 


 結局、電車とタクシーを駆使して俺が連れてこられたのは、
テーマパーク型ショッピングモールの一角にある、チョコレートショップだった。
 先日発売されたティーンズ向け雑誌に紹介された事もあり、しかも明日は二月十四日。
 店内にあるのは色とりどりに装飾された様々なチョコレートと、そこに群がる女の子、女の子、女の子。
「伊織ー……うわっ!? だ、だいじょうぶかー? あ、スミマセン……おーい、いおりー!?」
「えっと、これ……わわっ! あ、あれ? ……きゃぁっ!」
 左手にぬいぐるみを抱えている、伊織。
 そうなると、商品を選ぶには右手を使うしかなくなる訳で。
 入る時までは繋いでいた手が無い今、俺は必死になって伊織の姿を目で追いつづけていた。
 幸いというか、ピンク色のコートが目印となって何とか見失わずに入るものの、
 男の俺でもやっと立っているような場所では、いつまで持つか。
「伊織、一度外に出よう。
 これじゃ探す物も探せないよ」
 俺は何とか伊織の手を繋ぎ直し、そう提案した。
「な、何言ってるのよ! それじゃ、ここへ来た意味が無くなっちゃうじゃない!」
「そうは言うけどな、この人の量は……何かあると危ないし」
「だったら……危なくならないようにしなさいよ!?」


・伊織を外に出す

・伊織を引き寄せる





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