Fight!

作:涼 夕夏

 右足をくじいた。よりによって、ライブの一曲目で。恐るべきは春香のドジか。
「だ、大丈夫?」
 心配そうに春香が訊いてくるけど今は無視。
 次は「Here we go!」。ステップだらけ。正直キツいけどしかたない。
大好きな曲だから気合だけでカバーできる。いや、する!
「衣装、次のはこれよね?」
「そ、そうだけど……伊織、さっき私が転んだとき、足変な風に曲がってなかった?」
「そうね。にひひ、捻挫してるかも♪」
 できるだけ軽く聞こえるよう冗談めかして言うと椅子に座って着替えに集中。
ブーツを脱ぐ時、思わずうめきがもれた。
「ちょ、ちょっと伊織! ホントに大丈夫なの!?」
 慌てたまま駆け寄ってくる春香に苛立ちが募る。
「大丈夫よこのくらい。ライブ、残り四曲でしょ? アンコール入れても五曲だし、そのくらいもつわよ」
 そう、あと五曲。それだけもてばいい。そのあとは救急車でも何でもあの下僕に呼ばせたらおしまいだ。
あのバカは怪我を押して出るなんてってお小言を言ってくるだろうけど、
そんなのあとからいくらでも聞く。 


「うそ! ブーツ脱ぐだけでも痛い怪我がそんな軽いわけないよ!」
 ここにもバカがいた。別に心配して欲しいわけじゃないのに、心配して足首診に来るなんて。
とっさのことに立って逃げることも出来ず、足首を触られて激痛が走る。
「伊織……これ、ひどい怪我だよ! 私、プロデューサー呼んでくる!」
「余計なことしないで!」
 背を向けて走り出そうとした春香に投げつけた声は思ったよりも冷たく響いた。
先生にでもしかられたみたいに春香が止まる。ほんと、これでも私より年上なんだろうか。
「で、でも、怪我したのならプロデューサーに言って……」
「言って、どうするの? 『怪我しましたからライブを中止してください』? 私はそんなのまっぴらよ。
だいたい、せっかくライブにきてくれたお客さんには何て言うの?」
 春香の言葉をさえぎるとまくし立てる。
 春香はわかってない。ここは仕事場なんだ。
プロデューサーに言えば確かにこの場は何とかなるかもしれない。
でもその次は? 一度そんなことをやったアイドルに次以降があるなんて思えない。
 一流アイドルならともかく、まだそこそこに過ぎない私たちなんだから。
「で、でも、これで体壊しちゃったら意味ないよ!」
 春香が涙声になってきた。泣きたいのはこっちのほうだ。怪我をして、相方はこんなに情けなくて。
「はぁ……ならいいわ。次の曲は私だけでやるから。
春香、そんな状態だとまたミス連発でライブにならないでしょ? 涙拭いて、次の次からまた戻ってきて」 


着替えを再開。春香がこれじゃほんとに私だけで頑張らないと。
それぞれが個別で活動することも多いから、ソロで歌ってもあまり不審がられないのは不幸中の幸いか。
「その足でソロなんて無理だよ! ソロやるなら私が行くから、伊織はここで休憩してて!」
 とうとう泣き落としにきた。ほんとに、ずれてるというかなんというか。
こういうところが春香のいいところでもあるけど、今は邪魔なだけだ。
心配してくれてるのはうれしいし、ありがたいと思うんだけど。
「あのね、春香。今は仕事場なの。さっき、春香は体壊したら意味がないって言ったけど、違うのよ。
体を壊してもちゃんとやらないとダメなのよ。これは仕事なんだから」
 なんで私は年上に仕事の覚悟を教えないといけないのだろう。
こういうのはプロデューサーの仕事でしょうに。あとで絶対懲らしめてやるんだから!
「で、でも……」
 ここまで言ってもまだ納得しないとは。もういい加減言う言葉も見つからない。
「あーもう、怪我した私が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なの!
デモもストも終わってからいくらでも聞くから! お客さんが待ってるんだから、早く着替えて!」
 お客さんは錦の御旗。これを持ち出したら春香もさすがに引き下がるだろう。
だいたい、こんなやり取りをしてる間にだって時間は無情に過ぎ行くのだ。
さっさと着替えてステージに出ないと。
「わ、わかった。でも、無理そうだったらいつでも言ってね? 私がソロでも何とかするから」
 ほらね。
「うん、さすがの私もホントに危なくなったら言うわよ。じゃあ、時間も押してるし、先に行くからね!」
「え、ちょ、ちょっと……わきゃああ!」
 痛むのを無理に押さえ込んで、はねるように扉を出るとステージへの階段を駆け上がる。
後ろの悲鳴は無視だ、無視。
 目の前には私の戦場。負傷兵だからって手加減してくれるわけなんてない。
それでも私はここで輝くって決めたから。
深呼吸を一つすると右の足首をにらみつける。
……負けないからね? 



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