バレンタインの思い出

作:ドタキャンSS書き

千早ちゃんと私。
ユニットを組んでからあっという間に半年が過ぎました。
なんとこの半年間で、アイドルランクBになったんです!
あっという間であんまり実感が沸かないけど、これはすごいことだと思います!
これも千早ちゃんとプロデューサーのおかげだと思います。
私は歌もあまり上手ではなく、どじばっかりしていたから……
私一人だけでは駄目だったと思います。
だから二人にはすっごく感謝しています。
もう感謝しても感謝しても足りないくらい!
そんな私はある計画を思いついたのです。
千早ちゃんともっと仲良くなると同時に、プロデューサーに感謝の気持ちを伝えられる計画を。
私はそれを思いつくと、早速実行に移しました。
「千早ちゃーん! ちょっとお願いがあるんだけど……」
私は千早ちゃんに話し掛けると、千早ちゃんはいつもの顔で私の方を向きました。
「どうしたの? 春香?」
「明日なんだけど……私の家に来てくれないかなぁ?
 レッスンはプロデューサーに頼んで休みにしてもらったから」
千早ちゃんは不思議そうな顔で私を見ています。
「春香の家……? そこで何をするつもりなの?」
「それはまだ秘密なんだけど……お願いっ! 来てくれないかなぁ?」
私が手を合わせて力いっぱい頼み込むと、千早ちゃんは「はぁ」とため息をつきました。
どうやら私の熱意が伝わったようです!
「ふぅ……どうせ私が聞くまで引き下がらないんでしょ?
 分かりました、明日春香のお家に行くことにします」
「やったぁ!」
私が飛んでガッツポーズをすると、千早ちゃんはまたため息をつきました。 


2月13日午前10時。

私は今日のレッスンを休みにしてもらい、千早ちゃんを私の家へと誘いました。
何故かというと、明日のバレンタインのチョコレートを千早ちゃんと作るためです!
千早ちゃんにこのことはまだ伝えていないけれど……どんな反応するかなぁ?
うーん、千早ちゃんのことだから……
「レッスンを休んでまでお菓子づくり? 春香はプロの意識が低すぎです」
とか言われそうだから覚悟しておかなきゃ。
でも、一緒にお菓子を作ればもっと仲良くなれると思うし!
それに千早ちゃんはお菓子作りなんてあんまりしたことないと思うし、
私がたっくさん教えちゃいます!
プロデューサーもびっくりするだろうなぁ……
私がお菓子作るのはいつものことだから、あんまり驚いてくれないかもしれないけど……
千早ちゃんがチョコレートを作ったなんて知ったら、驚きのあまり倒れちゃうかも!
ふふふっ、今から楽しみです!
あー、早く千早ちゃん来ないかなぁ……
「よーしっ、昼まで時間もあるし、お菓子作りの準備してよーっと!」
そうやって意気込むと、私はステップを踏みつつ台所へと向かいました。
途中転びそうになりましたが、なんとか踏ん張りました。 


2月13日午後12時30分。

千早ちゃんとの約束の時間は1時です。
私の家の場所を書いた地図は渡したけど……大丈夫かなぁ?
私は落ち着かず、玄関の前でウロウロしていました。
まるで恋人を待っているかのように、私はどきどきしていました。
朝からずっとこんな調子です。
千早ちゃんは仕事の時は時間厳守で、常に15分前には仕事場に着いていました。
私はいつも時間ぎりぎりでプロデューサーに怒られるんだけど……
千早ちゃんは私の家に来るのも15分前にくるのかなぁ?
とか思っていたら「ピンポン」と、玄関の呼び鈴が鳴りました。
時間は……12時45分。予想していたとおりでした。
私は何故か嬉しくなって、勢い良くドアを開けて挨拶しました。
「千早ちゃんっ! こんにちはー!!」
「わっ!……春香?」
千早ちゃんは私の大きな声にびっくりしたようです。
だけどすぐいつものクールな顔に戻りました。
「春香。あまり大きな声を出すと近所迷惑になると思うけど」
クールな顔というより……呆れた顔かも。
っていうか、テンション下がっちゃったみたい。
なんだかプロデューサーの気持ちが少しだけ分かったかも……
「そ、それはともかく……千早ちゃん! 来てくれてありがとうっ!」
「それはいいんだけど、わざわざレッスンを休んでまで春香の家でやることって……何なの?」
千早ちゃんは不思議そうに私を見ています。
私は一度深呼吸してから、覚悟を決めて話すことにしました。
「実は……今日は二人でお菓子作りをしようと思って、千早ちゃんを呼んだのっ!」 


私は覚悟を決めたつもりでいました。
千早ちゃんが私に辛口で注意してくるというのは、大体は予想していたつもりだったんです。
だけど、それは私の予想を遥かに越えていました。
「それだけの為にレッスンを休んだの?」
千早ちゃんは冷たく私に言い放ちます。
「そうだよ。ほら、明日はバレンタイ……」
「そんなことの為にレッスンを休んだと言うのですか? 春香はふざけすぎです」
千早ちゃんは、私の言葉を遮りました。
千早ちゃんの目は「あきれ」を通しこして、「怒り」が混ざっているように見えます。
「私たちにお菓子を作っている暇なんてないです。私達はプロなんです。
 遊んでいる暇があるなら、その時間をレッスンにつぎ込んだほうがいいかと思います」
「でも、たまの休みなんだから……今日だけってことでっ!」
私は手を合わせてお願いをしましたが、千早ちゃんの表情は変わりませんでした。
「……今までもずっと思っていたのですが、春香はたまにお菓子を作って来ていましたよね?
 それで仕事に遅れたり、寝不足になったりしていて……
 パートナーの立場から言わせて貰えば、そんな無駄なことはやめてほしいんです。
 そんな暇があるなら、不足しているボーカルレッスンでもしたらどうですか?」
千早ちゃんの流れるような言葉に、私は何も言い返すことができませんでした。
なんだか、今まで楽しみにしていた気持ちが全部無駄になったみたいで、悲しくなりました。
私がずっと俯いて黙っていると、千早ちゃんはため息をついて後ろを向きました。
「……私、自主レッスンしてくるので、ここで」
千早ちゃんは私の家から離れて行きました。
私は少し間を置いたけれど、急いで千早ちゃんの後を追いました。
「待ってよ、千早ちゃん!」 


私が追いかけて千早ちゃんの肩を掴むと、千早ちゃんは振り向きもせずに言いました。
「……何か用?」
「千早ちゃん、一緒にお菓子作ろうよっ!」
私は思っていた言葉をそのまま口に出しました。
それが千早ちゃんをさらに怒らせてしまったようです。
「……嫌です」
「私、楽しみにしてたんだよ? 千早ちゃんと遊べるって……」
「……私は楽しみではなかったです」
私はその言葉を聞いて、さっきまで溜まっていた悲しみが溢れてしまいました。
目から涙が溢れ出てきたのです。
「何で……? 何でなの……!? 私、千早ちゃんともっと仲良くなりたかっただけなのに……
 私、本当に楽しみにしてたのに……ぐすっ」
私は声をあげて泣いてしまいました。
千早ちゃんは私の鳴き声に驚いたらしく、私の方に振り返りました。
「春香? 泣いて……るの?」
「だって……だって……私っ……!」
私は言いたい事が言葉にならなくて、ただその場で俯いて泣いていました。
「……春香。……言い過ぎました、ごめんなさい。だから泣き止んで?」
千早ちゃんの言葉が聞こえますが、私の涙は止まりませんでした。
私はただずっと、涙をながしていました。
すると突然、歌が聞こえてきたんです。

『ほんのささいな言葉に 傷ついた だけど甘いもの食べて幸せよ』

「……千早ちゃん?」
私がゆっくりと顔を上げて千早ちゃんを見ると、千早ちゃんは一生懸命歌っていました。
なぜ歌い始めたのか分からなかったけれど、千早ちゃんは歌っていたんです。
私はその歌を黙って聴いていました。 


私達のデビュー曲「THE IDOLM@STER」が終わるころには、私の涙も止まっていました。
今の千早ちゃんの歌は、いつもの力強く伸びがある声ではなく、
どこか優しさに溢れていて、暖かい歌でした。
まるで、お母さんが子供をあやすときに歌う歌、見たいな感じがしました。
「……泣き止んだ?」
千早ちゃんの問いかけに、私は小さく「うん」と頷きました。
「よかった」
千早ちゃんの表情は今まで見たことがないほど、優しい表情でした。
少し悲しそうな感じがするのは気のせいかな……?
そんなことを思っていたら、周りからざわめきが聞こえてきました。
千早ちゃんの歌声を聞いた人が集まってきたんだと思います。
それを見て千早ちゃんは私に声をかけました。
「春香、人が集まるとまずいから……家に入れてもらってもいいですか?」
私はその言葉を聞くと嬉しくなって、大きな声で「うんっ!」と言いました。
さっきまで泣いていたのが嘘のような笑顔だったと思います。
人が集まる前に、私たちは急いで家へと入り込みました。
家に入ってすぐに扉を閉めると、外からはたくさんの人のざわめきが聞こえてきました。
なんとか騒ぎにならずに済んだようです。
「ふぅ……。春香、ごめんなさい。私が言い過ぎました」
千早ちゃんは頭を下げました。今までにないその行動に私は困惑しつつも返事をします。
さっきまでは悲しみでいっぱいだった私の心は、今は千早ちゃんへの感謝の気持ちでいっぱいでした。
「全然平気だよ。っていうか、ありがとうっ!」
「えっ? 私誉められるようなことはしてないけれど?」
「さっき私が泣いてたとき、歌ってくれたでしょ?私すっごい嬉しかったんだ。
 千早ちゃんが私のために歌ってくれてるって。だから、ありがとうっ!」
私がそう言うと、千早ちゃんの顔が真っ赤になりました。
「そ、そう? で、でもあれは私が悪いから……」
照れている千早ちゃんって、可愛いです。
私がそれを見て笑っていると、千早ちゃんは恥ずかしそうに「こほん」と咳払いをしました。
「せっかくだから……お菓子作り、やらないですか?」
千早ちゃんの口からその言葉が出てきて、私は飛び跳ねて喜びました。
「いいのっ? やったぁ! 本当にありがとうっ、千早ちゃん!」
私が千早ちゃんの手を取って飛び上がると、千早ちゃんは笑ってくれました。 


「お邪魔します」
千早ちゃんは玄関にきちんと靴をならべ、私の家へと入りました。
「こっちこっち」
私が先導すると、千早ちゃんはおどおどしながらついて来ます。
何故か落ち着いていない様子です。
「どうしたの? 千早ちゃん。何か気になることある?」
「な、何でもないです。ただ、こうやって人の家に入るのって久しぶりで……」
千早ちゃんは相変わらずキョロキョロと目を動かしています。
「今日は私しかいないし、緊張しなくていいよっ!」
「わあっ、ちょっと春香……!」
私は千早ちゃんの後ろに回り、肩を押して無理やり台所まで進みませました。
台所には、私が今日の朝頑張って用意したお菓子作りの道具が並んでいます。
「……すごい」
千早ちゃんは台所の入り口で、ぽかんとしています。
私は千早ちゃんが驚いているのが、何だか嬉しかったです。
「ふっふっふー! 朝がんばって私が用意したんだよっ! すごいでしょ?」
「はい、素直に驚きました……春香、そんなに楽しみにしていたの?」
「うんっ、もちろんだよっ!」
「……春香。……ありがとう」
千早ちゃんは顔を俯けて小さな声で、私にありがとうと言ってくれました。
「えへへっ、どういたしましてっ!」
私はそんな千早ちゃんの顔を覗き込むようにして、言いました。
私が笑うと、千早ちゃんも笑ってくれます。
こんなに笑っている千早ちゃんを間近で見るのは初めてかもしれません。
「よーし、それじゃあ早速、始めよ〜!」
私は両手をあげて、気合を入れました。
千早ちゃんは片手を小さくあげて、応えてくれました。 


私は用意してあった青いエプロンを千早ちゃんに渡しました。
「はい、これも!」
千早ちゃんの頭に、青いハンカチで三角巾を作りかぶせてあげました。
「春香、一人で出来るから……」
照れる千早ちゃんをよそに、私は構わず勧めました。
いつもの服にエプロンと三角巾をつけた千早ちゃんが誕生しましたっ!
「うんうん、とーっても似合ってるよ、千早ちゃんっ!」
私がそういうと、千早ちゃんの顔が真っ赤になりました。
「千早ちゃんって分かりやすいなぁ」
「……もうっ、春香ったら」
千早ちゃんには青い色が良く似合うと思います。
イメージカラーっていうのかな? 青というか……蒼がぴったりだと思うんです。
そんなことを思っていると、千早ちゃんがずかずかと近寄ってきました。
「……春香のも私がしてあげます」
「きゃあっ、千早ちゃんっ!?」
赤いエプロンを持った千早ちゃんは、それを私に無理やりに着させました。
すると赤いハンカチを不器用に三角にし、私にかぶせてくれました。
「春香もとっても似合っていますよ?」
私も何だか恥ずかしくなって、顔が熱くなっちゃいました。
「えへへっ、ありがとう、千早ちゃんっ」
赤と蒼の私達。
なんだかぎくしゃくしてるようだけど、とてもいい感じになってるような気がします。
「それじゃあ、まずはチョコレートから作ろう!
 明日はバレンタインだから、プロデューサーにあげないとね!」
「……あ。明日はバレンタインだったんですね……」
千早ちゃんはどうやら忘れていたようです。
相変わらずそういうことには興味がないんだから…。 


私達は生チョコを作ることにしました。
千早ちゃんは始めてなので、簡単にできるものを私が考えておいたんです。
まずは千早ちゃんと二人で、市販のチョコレートを細かく包丁で刻みます。
「じゃあ、千早ちゃん。このチョコレート細かく切ってね」
私は千早ちゃんに包丁を渡して、チョコレートを切る作業に入りました。
私がスパスパと切っていると、千早ちゃんのほうからすごい音が聞こえてきます。
コンコンコン!
包丁でまな板を力強く叩く音。
千早ちゃんは包丁をすごい持ち方でまっすぐと何度も振り落としていました。
「ち、ち、ち、千早ちゃん! 危ないよっ!」
「え?」
千早ちゃんが私の声に気づき、私の方へ向きました。
包丁は、依然として強くまな板とチョコを叩いています。
「そ、そんな風に切ったら危ないよっ!」
「大丈夫、私は怪我なんてしません」
そう言った瞬間、千早ちゃんの手から包丁がすっぽ抜けました。

ストン。

私の顔の横をまっすぐと飛ぶ包丁。
髪の毛が少し切れたような気がします。
包丁が通る風の音がした後、私の後ろの壁に包丁が刺さりました。
「……あ。失敗しました……」
「……も、も、もしかして千早ちゃんって……料理苦手だった?」
私は顔を真っ青にしながらも、何とか聞きます。
「大丈夫、家庭科の授業で何度か触ったことがあります。
 何故か先生に止められてしまったけれど……」
私はその先生の気持ちがすっごく分かりました。
死の危険を感じた私は、千早ちゃんに包丁を持たすのは止めようと心に決めました。 


チョコを切る作業は私が全部終わらせて、千早ちゃんには生クリームを暖めてもらいました。
ある程度温まったところにさっき切ったチョコを入れて、よくかき混ぜます。
千早ちゃんにゆっくりゆっくりかき混ぜてもらいました。
「このチョコって……プロデューサーにあげるのですよね?」
「もっちろん! 他にも、事務所の皆にも配るけど…
 プロデューサーには特にしっかりしたものをあげないとねっ!」
「そう……ですよね」
千早ちゃんは穏やかな顔で、かき混ぜています。
愛情を込めてかき混ぜているようにも見えました。
「……春香。さっきは怒ってしまって、ごめんなさい」
千早ちゃんが最初、何を言っているのか分かりませんでした。
さっき千早ちゃんが怒ったことなんて、とうに忘れていたからです。
「そんな、全然気にしてないから大丈夫だよっ!」
「……私、嫉妬していたんです」
「え?」
いきなりの千早ちゃんの言葉に、私はびっくりしました。
「……春香がいつもお菓子を作ってきていて、プロデューサーが喜んでいて。
 私にはそういうものはないから……春香が羨ましかったんです。
 レッスンが終わったあとも、プロデューサーは春香にばっかり構って。
 それでさっき、そのやつあたりをしてしまったんです……」
私は、そんな千早ちゃんの気持ちに初めて気づきました。
私がお菓子を作っているとき、千早ちゃんがそんな風に思っていたなんて。
でも、私にも似たような気持ちがありました。
「そんなことないよ! ……私も、千早ちゃんのこと羨ましいって思ってたんだ。
 いつもレッスンでプロデューサーに褒められてて、私はどじばっかり。
 千早ちゃんばっかりにレッスンして……私にはあんまりないんだもん。
 それに、千早ちゃんの歌声は、私には到底真似できないよ……」 


千早ちゃんと私は、しばらく黙っていました。
千早ちゃんも驚いたんだと思います。
すると突然、千早ちゃんが笑いました。
「……ふふっ」
私は千早ちゃんが笑ったのが何故だか分かりませんでした。
千早ちゃんの手はしっかりとチョコレートと生クリームを混ぜていました。
「……千早ちゃん?」
「春香も、私と同じようなことを考えていたのが……何だか可笑しくて。
 私だけが悩んでいたんじゃないと分かったら……今までの私が馬鹿みたいで」
千早ちゃんは自分に呆れたかのように、言いました。
「千早ちゃんは馬鹿じゃないよっ! 馬鹿なのは私だよっ!
 千早ちゃんの気持ちも考えずに……お菓子を作ったりして来て。
 今まで本当にごめんっ!」
「そんな……私のほうこそ、今までたくさん辛く当たったりして……ごめんなさい」
「いやいやっ、私が悪いんだよっ! 本当にごめん!」
二人して頭を下げて謝っていました。
ずっと二人して頭を下げてたら、なんだか私まで可笑しくなってきて……
二人そろって笑ってしまいました。
「ふふっ、春香ったら謝ってばっかりです」
「あはははっ、千早ちゃんだって謝ってばっかりだよっ」
「私達って、こんな風に話したこと……今までなかったですね」
「そうだね。でも……これで千早ちゃんのこと、いっぱい理解ることができて嬉しいなっ!」
「私も……嬉しい、です」
私達は初めて、お互いを理解しようとしたのかもしれません。
今まではプロデューサーを通して、なんとか繋がっていただけかもしれません。
だけど今日、私達に深い絆ができたと思いました。
「私、もっと千早ちゃんのこと聞きたいなっ! いっぱい話そうよっ!」
「私も、もっと春香と話がしたいと思ってました」
「うん、いっぱい話そうっ! お菓子作りもしながらねっ!」
千早ちゃんが混ぜていた生クリームとチョコレートは、すっかり混ざり合っていました。 


生チョコを冷やしている間、私達はクッキーを焼くことにしました。
クッキーを作っている間も、私達は話すことを止めませんでした。
自分のこと、プロデューサーのこと、アイドルのこと。
取り留めのない話をたくさんしました。
一番盛り上がった話は、やはりプロデューサーの話でした。
「プロデューサーってば、いつも千早ちゃんの話ばっかりしてるんだよ?
 千早ちゃんに直接言えばいいのに、私に言うんだよっ」
「えっ? そうなの? 私はレッスンのときに春香の話ばかりされていたけれど……
 春香のレッスンを手伝ってくれ、春香のレッスンを見てやってくれって」
「ええっ! そうだったんだ!」
私と千早ちゃんは自分達の意見が反対のことに驚きました。
そして、プロデューサーの意図が分かったんです。
「プロデューサーは私達ユニットのことを、ずっと考えていたんだ……」
「……今考えれば、そう分かります。
 私達二人のことを同じように大切にしてくれていたんですね……」
私達はプロデューサーに、やっぱり感謝しています。
でも、何かがおかしいことに気づきました。
「でも、レッスンもその後も……三人でやればよかったんじゃないかな?」
「確かに……そうですね。個人でやっていたから、遠回りした気がします」
「明日、二人で講義しちゃおっか?」
「そうですね。プロデューサーには、私達の気持ちを理解してもらわないと」
私達はそう言って、また笑いました。
そういう話をしている間に、あっという間にクッキーも焼けあがってしまいました。
私はハートマークのクッキーを。
千早ちゃんは星型のクッキーを。少しいびつな形をしてるのもあるけど……
私のクッキーは少し甘く仕上げて、千早ちゃんのクッキーは少し苦めに仕上げました。 


生チョコを冷蔵庫から出し、ココアパウダーをまぶしました。
これで生チョコも完成です。
明日配るために、作ったチョコとクッキーを包装します。
「千早ちゃんは、プロデューサー以外に配る人っている?」
「……? プロデューサーだけにあげるつもりだったけど?」
「ってことは、プロデューサーが本命なんだねっ!?」
私がそういうと、千早ちゃんは全身が真っ赤になって、ゆげを出し始めました。
「ななな、何を言うのっ、春香っ!?」
「ふふふっ、千早ちゃん、か〜わいいっ!」
千早ちゃんが赤くなるのを見るのが、実は少し楽しみだったりします。
「そそ、そういう春香はどうなの?」
「わ、私? ……私は、プロデューサー以外にも配るよ!
 事務所でお世話になってる皆とか……社長とか」
「春香、ずるいです! そういう話をしているわけでは……」
「私は、皆大好きだよ! 事務所の皆も、プロデューサーも……
 もちろん、千早ちゃんも大好きだよっ!」
「え……!?」
千早ちゃんは少し戸惑った後、私に向かって言いました。
「……私も春香のこと……好き、ですよ」
「えへへ〜っ」
私の顔が熱くなっているのが分かりました。
千早ちゃんからこんな言葉が聞けるとは、本当に嬉しいと思います。
実は、さりげなく話をそらせたことが嬉しかったり。
私の本命はもちろん……
でも、ちょっと複雑な気分になりました。 


私達は使った食器や道具を、すべて片付けました。
そのときふと外を見たら、もう日は暮れかけていて、辺りは赤く染まっていました。
「ふぅ……これで終わりっと!」
私は額にかいた汗を拭い、満足感に浸りました。
この疲労感は充実の一日の意味を表していると思います。
「どうだった? 千早ちゃん?」
千早ちゃんも疲れているようで、額に汗が浮かんでいますが、
顔はとてもすがすがしくて、凛々しいです。
「お菓子作りって……思っていたよりずっと面白いんですね」
「本当っ? よかったぁっ!」
私は飛び跳ねて喜びました。
千早ちゃんが面白そうにやってくれて、本当に嬉しかったです。
ただ……千早ちゃんは相当料理が苦手なようなので、怖かったのも確かだけど。
でも、意外な一面が見れたことも嬉しかったです。
「……春香。もしよかったら、また私を誘ってくれませんか……?」
「もっちろんっ! むしろ私からお願いしたいくらいっ!
 ……千早ちゃん、また私とお菓子作りしよーねっ!」
「……はいっ!」
私と千早ちゃんの間には、深い絆ができたと思います。
まだ思い出は少ないけれど、これからたくさん作っていきたいと思いました。

「じゃあ、また明日っ!」
私は玄関の外まで千早ちゃんを送りました。
「また明日。今日はありがとう、春香」
「うんっ! 私もありがとうっ!」
千早ちゃんは帰るとき一瞬だけ悲しそうな表情を見せましたが、笑顔で挨拶してくれました。
その日は明日が楽しみで、少し眠るのが遅くなりました。 


2月14日午前8時45分。
私と千早ちゃんは合流して、一緒に事務所のいつもの部屋の戸を叩きます。
コンコン。
ドアを開くと、プロデューサーがいつもの席に座っていました。
「おはようございますっ、プロデューサーさんっ!」
「おはようございます、プロデューサー」
私達は元気一杯に挨拶をしました。
するとプロデューサーも笑顔で元気に挨拶を返してくれました。
「おっはよっ! 春香っ、千早っ!」
そこですかさず私は、言葉を返します。
「プロデューサーさん、事務所で大声を出すのはちょっと……」
「ああっごめん、千早……? って、春香!?」
プロデューサーは私の言葉に驚いているようです。
今朝、私と千早ちゃんでプロデューサーをからかおうって決めたんです。
案の定、プロデューサーは引っかかってくれました。
千早ちゃんは少し複雑な表情を浮かべていますが。
「ごめんよ、春香。……そんなことより」
プロデューサーが話を進めようとした瞬間、千早ちゃんがすかさず話しに割り込みます。
「そんなことよりプロデューサー。今日は何の日か知っていますか?」
プロデューサーは話を絶妙なタイミングで切られて調子が狂っているようです。
しかも千早ちゃんから話を切られるとは思ってもいないでしょう。
「今日って、2月14日のバレンタインデーだよな。
 だからバレンタインのコンサートをしようと思っていたんだけど……」
「そうですっ! バレンタインなんですよ!」
私は千早ちゃんと一緒に、プロデューサーに綺麗に包装されたチョコを差し出しました。
「はい、プロデューサー! バレンタインチョコレートです!」
「私達二人で作ったんです。……受け取って下さい」
そうやってチョコレートを差し出すと、プロデューサーは難しい顔をしました。
そして静かに私達に近寄ってきたんです。
「二人とも、まさかこのために昨日のレッスンを休んだのか……?」
プロデューサーは静かに手を上げて、私達の上で止めました。 


「プロデューサー! 私達は何も悪いことはしてません……!」
千早ちゃんがそういっているのですが、プロデューサーは聞いていないようです。
「二人とも……!」
すると、手はゆっくり頭の上に下ろされました。
私はびっくりして、目をつぶってしまいました。
「……二人とも、本当にありがとう。……本当に嬉しいよ」
プロデューサーは、私達の頭を大きな手で撫でていました。
その大きくて優しい手で撫でられて、私はとても幸せな気分になりました。
千早ちゃんもそれは同じようです。
「えへへっ、いつもお世話になってるプロデューサーに、感謝の気持ちですっ!」
「よかったら食べてくれませんか?」
「おう、わかった!」
プロデューサーは私達の頭から手を離し、チョコレートを手にしました。
頭の上のプロデューサーの手の感触が名残惜しかったけど、
私達はチョコレートを食べるプロデューサーをしっかりと見ていました。
「……うん! 生クリームとチョコレートとココアがいい感じで混ざってる。
 この生チョコ、すごく美味いよ!」
私と千早ちゃんは二人で「やった」とガッツポーズをしました。
プロデューサーはパクパクとチョコをあっという間に全部食べてしまいました。
結構な量があったのに……そんなに美味しかったのかと思うと、嬉しいです。
「……春香、千早。チョコもっとないかな?」
「もう、プロデューサー……一気に食べると体に悪いですよ?」
千早ちゃんは苦笑しながら、また次のクッキーを取り出しました。
「クッキーも焼いたんですっ! ぜひぜひ、食べてくださいっ!」
「おおっ、やった! ではいただきます!
 ……このハート型のは春香が作ったのかな? それで、こっちの星型のは千早のか」
私達は言わずに当てたプロデューサーをすごいと思いました。
プロデューサーは、すぐにクッキーを口へと運びます。
「……うん! 春香のは甘くて……美味しいし、千早のは少し苦味が利いてて美味しいよ!」
その言葉を聞いて、私達は手を取り合ってはしゃぎました。 


私達はクッキーを事務所の人たちへと配ってきました。
プロデューサーが全部食べてしまいそうな勢いだったので、早めに配りました。
すると、皆が皆よろこんでくれて、とても嬉しかったです。
千早ちゃんも満更ではない様子で、照れながらも嬉しそうでした。
いつものの部屋へと戻ると、プロデューサーが仕事の準備をしていました。
「春香、千早! 早速だが、仕事の話をしたいと思う!」
さっきまでチョコレートとかを食べていた時間の分だけ遅れているので、
プロデューサーは急いでいるようだった。
「さっきも言ったけど、今日はバレンタインコンサートだ!
 早速だけど、移動しようっ!」
「はい!」
私達は声を合わせて返事をしました。
「っと、その前に……二人とも、本当にありがとう。
 本当に俺嬉しかったから」
「……はいっ!」
私達はひときわ大きく、返事をしました。

その後、会場まで移動すると、客席はファンで埋まっていました。
昨日お菓子作りをしていたのが嘘のようで、今ではアイドルの姿になっています。
今回の衣装はバレンタインらしく、チョコレートが衣装についている可愛らしい衣装でした。
千早ちゃんは相変わらず恥ずかしそうでしたが……ステージが始まりそうになると、
すぐにいつもの冷静な表情へと戻りました。
「春香、千早。今日も結構な人数がいるコンサートだが……
 今のお前達二人なら絶対に大丈夫だ、頑張って来てくれっ!」
プロデューサーのいつもの激励です。
いつも以上に落ち着いている私達を、さらに自身つけさせてくれました。
「はいっ! 春香とプロデューサーがついているなら……
 私、絶対に失敗なんてしません。見ていてください!」
「行ってきます、プロデューサーさんっ!
 本当の私達の力、見ていてくださいねっ!」 


その日のコンサートは、今までで一番の出来だったと思います。
私と千早ちゃんの息もぴったりで、ファンの盛り上がりも最高でした。
コンサートが終わると、プロデューサーも最上級の褒め言葉をくれました。

その後、私達は常に3人でいるようになりました。
レッスンも3人でやり、私の足りないところは、千早ちゃんとプロデューサーが
すぐにバックアップをしてくれたし、千早ちゃんが苦手なところは、私とプロデューサーで、
カバーしました。レッスン効率はとても上がったと思います。
その後のコミュニケーションの時間も3人で過ごすようになりました。
千早ちゃんは、私にも家族の話や、自分の話をしてくれて、私もアイドルになったきっかけや、
お菓子作りの話など、たくさん話しました。
プロデューサーは私達2人を大切にしてくれています。
もうすぐアイドルランクもAになるって言っていました。

私は今、とても充実しています。
もし許されるなら、このままずっと3人一緒にいれたらと思うくらいです。
ですが、それはきっと不可能だと思います。
だから、今このときを目一杯楽しんで、皆で頑張っていきたいと思っています。
プロデューサー、千早ちゃん、これからもよろしくねっ!


「うーん、今日はこれでおしまいっ!」
春香は日記帳を閉じた。
「嬉しかったから、これくらい書いてもいいよね!」
10何ページにも及んで書いた日記を誇らしげに見つめ、春香は日記をしまった。
ベッドの中に入ると、春香は目覚まし時計をセットする。
「明日もがんばろーっと!」 



上へ

inserted by FC2 system