魔法少女捕獲大作戦(前編)

作:426

SIDE VIEW(producer)

「さて……では、これから千早の発見と保護のため、手分けして捜索に入る!」

あれから俺達は、緊急チームを組んで千早の捜索と保護に全力を尽くす事になった。
それにしても、魔法少女服のコスプレをした千早を街中で探すなんて……
誰が今日、こんな事になるなんて予想したよ?
愚痴をこぼしてもはじまらないが、想定外過ぎるこの事件に、俺達は戸惑いを隠せずにいる。
下手をすれば、会社の存続にも関わる問題だから止むを得ないんだけど。
「はーい!兄ちゃん、しつもん!」
「亜美……いいけど手短にな。時間がたつとそれだけやりにくくなりそうだ」
「えーと、千早おねーちゃんを発見したら、どうするの?」
「あの服、見られてマズいんだったら…キギョウヒミツホジのために剥いちゃったほうがいいよね?」
「あ♪それいい!『このコスチュームは5秒後に自爆する』ってヤツだよね」

『いけま……』
『駄目です!』

俺より早く、社長が答えた。……さすがは社長。
「亜美君、さっきも言ったがあの服は、未公開の試作品だ。見られるのは勿論、
破損や汚れもあってはならない。もしもそんな事になったら……」
「この業界の場合、七掛けの買取りが普通よね。コスプレショップの普通の服で、
相場が3万円くらいだとして、アレだけちゃんとした試作品だと、多分10万円コースでしょ。
しかも、デザイン料とか色々コミでその4倍から5倍にはなるわね」
「えーっと……全然わかんないけど、真美のお小遣いだとどれくらいかかるの?」
「うむ。向こう半年以上お小遣い無しで、タダ働きだ」

「!?」
「!!」

これは説得力のある一言だったみたいだ。
亜美、真美の表情が一瞬にして真剣なものになる。
やよいに至っては、その前の『10万円コース』という単語ですでにKOされている。

「と、言うわけだから……各自、このコートを持っていくように。
千早を発見したら着せてやるといい」
「あとはそれぞれ携帯電話を持って……発見したら必ず連絡する事、ね」
「そう。あとは、そこの携帯食ゼリーも持って行った方がいいな。
腹が減って2重遭難はシャレにならないからな」
「社長は、事務所で待機しててください。もしも千早が戻ってきたら教えてくださいよ」
「うむ。任せておきたまえ。くれぐれも頼むよ」
「了解。各自の健闘を期待する」
「らじゃー♪」

今は信じるしかない。俺達は、一斉に事務所から散っていった。
千早のことだから下手に動き回ったりはしないと思うが…… 


千早VIEW

「……………」
事務所から飛び出して…どれだけ走ってきたのだろう?
気がつけば、わたしは見たことの無い場所まで来てしまっていた。

勝手に試作品の服を着て、主題歌を歌っていたところに……最悪のタイミングで現れたプロデューサー。
おちついて状況を整理してみると……全ての原因は、私にあるのよね。
この服、多分……試作品だから、企業秘密扱いだと思う。
あまり大勢の人に見られたら、まずいよね……

(それ以前にっ!企業秘密とか抜きにしても、この格好を見られるのは恥ずかしいってば!?)

胸元は大胆に開いたデザインだし、スカートは亜美、真美用に合わせたミニだから、
私が着ると大変な事になる。駅の階段なんて絶っっ対に登れない。
偶然衣装に合わせて、下着もおそろいのピンクだから、レオタードに見えなくも無いけど……

(下着がほとんど丸見えなのは、変わってない……よね。他人の印象は誤魔化せても)

携帯電話も財布も、脱いだ服のポケットに入れてある。
つまりは、歩いて会社に戻るしか無いということ。
一応私の仕事柄、多少はTVに出ているし……この街中なら、どうやっても数人は気がついてしまう。
それ以前に、まずこの衣装で注目を集めてしまう。
そこで、多少TVに詳しい人が私の顔を見たら……チェックメイト。
まして、悪徳記者にでも見つかったら、アイドル活動に致命的なダメージになるだろう。

「まずは、会社の方角を把握しないと……どうしよう」

少しでもいいから、大通りに出れば、おそらく道は分かるはず。
しかし、人目に触れるのは出来るだけ避けたい。
かと言って、このままの姿で建物の影に隠れていたら、それこそ怪しい人だ。
どうしようもなく迷っていると……すぐそばを、見たことあるシルエットが通り過ぎた。

特徴ある両サイドのリボンに、どこか都会慣れしていない隙の多い歩き方。
鼻歌と共に、幸せ一杯な表情で街を歩くその姿は……間違いようも無い。

天海春香。私と同期のアイドルであり、同じ事務所の仲間、そしてライバル。
確か彼女は、今日直接地方周りに行く予定だったから…その帰りかな?
いずれにせよ、今の私にとって、彼女は救いの女神にも等しい存在だ。
呼び止めたら携帯を貸してもらって……プロデューサーに迎えに来てもらえば事件解決。
私は、心の中で安堵の溜息をついた。 


「はる……」

そこまで出掛かった声を、私は瞬時に飲み込んだ。
そこにいたのは、良く見ると春香だけではなかったから。
彼女の後ろを、一定の距離を保ちつつ付いてゆく影が一つ。
今時刑事さんでもかぶらないような、古いタイプの帽子に、
裾がよれよれになった安っぽいコート。
なにより分かりやすいのは、その猫背のシルエットライン。
何度かオーディション会場で見たことがある。きっとあれ……悪徳記者だ。

(よりによって、何て最悪のタイミングで狙われているのよ…もう!)

などと恨み言を言ってもはじまらない。
それよりも、今は狙われている春香の方が心配だ。
別に彼女が何か問題行動を起こすとは思わないけど、一番心配なのは……

「きゃうっ!?」

これだ!…春香はどこでも転べる不思議な体質の持ち主だ。(言いすぎかもしれないけど)
こんな時に悪徳記者に狙われていたとしたら、やられる事は一つ。

今、こんな格好でわたしが出て行ったら、事態は悪化する。それは分かる。
でも……春香を見過ごす事はできなかった。
半ば自棄気味に春香と記者の間に割って入る。
遠くから見ていた分、動き出すのはわたしが一番早かった。

シャッターチャンスに気付いた記者のカメラが春香を捉えた……けど、
ファインダーに映ったのは、魔法少女コスチュームで春香の前に立ちはだかる私だった。 


「………」
「………」

あぁ。さっきの765プロでの皆のリアクションが繰り返されているみたいだ。
何が起こったか分からないような…いや、分かってはいるんだけど。
普通ありえないだろそれ。という感じの視線。
もはや、今の私にできることは、テンションでこの場を押し切る事だけだった。

「街中でアイドルの…いえ、乙女の恥ずかしい写真を撮るなんて迷惑千万です!
この娘に何もやましい所はありません。立ち去りなさいっ!」

「………えーと、誰?アンタ」
「………あれ?もしかして千早じゃない?」
「えぇっ?あの如月千早かよ!?クールビューティーと本格的シンガーで売ってる?」

二人とも、かなり遅れて気がついたみたい。
…ていうか春香、あなたはすぐに気付いてよ!?

「何かすっげぇレアなもん見た気がするな。アンタ、そんなイメージで売ってたっけ?」
「こ……これも仕事ですっ!あなたには関係ありません!」
「あれ?魔法少女のイメージキャラって…亜美だよね?どうして千早が…」

ああもうこの娘はっ!?悪徳記者がいるのに、どうして流してくれないかな!

「麗しき友情だねぇ……仲間のハプニング写真を死守するために身体を張る魔法少女か?
これはこれで、いい記事になりそうだな」

一番痛いところを突かれた気がする。
未発表のコスチュームが写真週刊誌に載ったりしたら……きっと、相当まずい。
それに、真っ先に大衆の目に触れるのが私では、亜美、真美の顔を潰す事にもなりかねない。
未公開情報を悟られたら、本当におしまいだ。これだけは何としてでも誤魔化さなくては。

「なぁ。その服、どのシリーズでもないよな。春の新番アニメの試作品か?」
「!?」

どうして?
何でここまでスルドイのこの人?
しかも、この口ぶりからすると、魔法少女のシリーズを知っていることになるから…
ええい、とにかく今は話を逸らさないと。

「解釈はご自由に。でも、憶測だけに基づくような記事は、貴方の信用を落とすだけですよ」
「へへ…今のリアクションで大体分かったさ。ズバリだな。」

くっ……やはり腐ってもプロのジャーナリスト。ハラの探りあいでは分が悪いみたい。 


「ゴシップ記事ばかり書いて人を貶めることを喜ぶなんて…恥ずかしくないのですか?」
「奇麗事だけ抜かしてんじゃねぇよ。ゴシップが怖けりゃアイドルなんて辞めちまいな。
転んでぱんつ見られるくらい、むしろご愛嬌じゃねぇか?
未成年喫煙発覚で謹慎処分とかに比べりゃ、イメージなんてそうそう変わんねぇよ」

「そんなのは、男性側の意見でしかありませんっ!アイドルとはいえ、恥ずかしい写真を
公開されるなんて事が許されるわけないでしょうっ!?」
「ま、否定はしないよ……だがな。それくらいのリスクは背負ってもらわないとね。
アンタ、スキャンダルのリスクが無いアイドルがどんな風になるか、知ってるか?」

「どういうことですか?」
「ゴシップに狙われている緊張感をなくしたアイドルが、どうなっていくか、って事だよ。
本人の資質にもよるけどな…ほとんどの人間は、リスクがなけりゃ腐っていくのさ」

オーディション会場で見る、いつもの彼の表情……そう、人を小馬鹿にしたような様子が消えている。
ただの言い逃れや詭弁を語っているわけじゃ無さそうだ。

「たとえば、罰則が無ければ人は犯罪を犯す。
法律が出来た理由を考えてみ?悪い事をするヤツが増えたから、
法律と罰則を作って取り締まるわけだろ」
「話を摩り替えないで!春香が転んだ場面の下着写真を撮る理由にはなりませんよ!?」

「理由はある。そんな事でも気をつけろってことだな。
公の場所では、僅かな気の緩みも許されない。それがアイドルってやつさ。
どじっ娘属性、結構じゃないか。それで一部のマニアから支持をもらってるんだから。でもな…」

いつの間にか、ネタに上げられているのに春香も真剣に聞いている。
彼女も分かるんだろうな…この人が真剣だってこと。

「アンタ、【アイドル天使ウェルカムようこ】って番組、知ってるか?」
「今から15年以上も前のTV番組ですよね……アニメは見たことありますよ」
「え?え?全然わかんない……それに私、話が見えないんだけど?」

「昔…俺が、初めてハマったアイドルが、あれだったんだよ。
リアルのアイドルと連動するよう、アイドルとアニメ業界両方に、新しい流れを呼ぶ目的で
作られた力作だったのさ。アニメスタッフからファンまで。そりゃ盛り上がったんだぜ」
「……全然知りませんでした。わたしが見たのは後にDVDになってからだったから」
「ま、あの時の状況をリアルタイムで知っている人間以外は、サッパリだろうな……
だがな、そのプロジェクトは、早々に破綻しちまったんだ。現実のアイドル本人のせいで」 


「まさか……スキャンダル?」
「ご名答。本人の素行不良で事務所から抹消されたのさ。
最後の方は、大遅刻やドタキャンしまくりで、関係者がどれだけ迷惑したか……
所属事務所の創立30周年記念で、目一杯予算も手間も掛けたプロジェクトだったのにな。
その原因の一端は、事務所が甘やかしたせいでもあるのさ」

「まさか……さっき言ってた?」
「そうだ。僅かなスキャンダルも許されないってんで、徹底して事務所から守られた。
超望遠カメラを使っても、撮影は難しかったんだ。……それで気を抜いちまったのかもな。
それから、彼女の素行がだんだん悪くなっていった。
遅刻してもお咎めは無いに等しいし、スキャンダルも上げられない。
何かミスをしても、責められるのは彼女の周りの人間だったりした。
そして彼女は……【罰則が無ければそれに甘んじる側】の人間だった。
もう事務所でもかばい切れないくらいのわがままと、素行不良を抱えてな。
事務所が契約を切って、一斉にゴシップが載って、彼女が堕ちていくまで、ほんの4週間。
今で言う『カリスマアイドル』から『一部で人気のアイドル』くらいまでは下がったかもな。
あれは凄かったぜ。今の三流ゴシップ週刊誌なんて、比じゃないくらいの叩かれ方だった」

その話を語る彼……悪徳記者の顔は、何とも言いがたいほど寂しそうな様子だった。
アイドルという仕事をしている以上……私たちは、ある程度世間のイメージを考慮して
話したり、動いたりを余儀なくされる。そこまで込みでの仕事がアイドルだ。
社長や律子、そしてプロデューサーも言ってたっけ。
『家に帰るまでどころか、プライベートも含めてがアイドルとしての仕事です』と。

「本人は自業自得だとしても、その時一生懸命に動いた会社関係者と…なにより、
『裏切られた』と感じるファンの心境はどんなもんか、分かるか?」
「分かるかも……素敵な歌を歌う人には、やっぱりいつも素敵な人であって欲しい。
ファンのわがままと分かってても……そう思います」
「春香は安易に説得され過ぎです!確かに一理ありますが、感心できる行為ではありません。
大体、たやすく転んでしまう春香にも原因があるんですから!」
「あぅ……ごめんなさい」 


「ま、かいつまんで言うなら油断すんなって事かな。俺だって記者としてのルールは持ってるさ。
誇張はするけど、ゼロから事実をでっち上げるような捏造はしてねーぞ。
あくまで解釈は読者に委ねているわけだし、下世話な想像をするのも読む人の自由だからな。
そこまで規制するような社会になったら、ジャーナリズム自体が成立しねーし。
…だから、別にあんたのその服だって載せやしないさ。未公開がルールなんだろ?」

「え……?」
「何驚いてんだよ……それとも記事にして欲しいのか?」
「あ、いえっ……その、助かる、けど……」

「今日は何だからしくない事をペラペラと語っちまったからな……
仕事する気分じゃなくなっちまったし、もう引き上げるさ。お互いこの件は忘れるって事でOK?」
「あのー…記者さん、ひょっとして…かなり良い人?何かイメージ違うって言うか…」
「ええ…問答無用である事無い事でっち上げる人かと思ってました…すみません」

何だろう…この人。かなり本気でジャーナリズムに対して向き合っているんじゃないだろうか?
善永さんも、彼のことはよく知っていたみたいだし。
普通、本当にイヤだったり嫌いな人のことなんて、知ろうともしないはず。
それはもう真剣に、ジャーナリズムを語り合ったような関係だったりしてね。…あくまで想像だけど。

「別に謝ってもらうこっちゃねーよ。だけどな…マジで上に行っても油断するんじゃねーぞ。
素行が乱れて人に迷惑掛けて平気だったりとか、自分の地位を守るために新人を潰したりしたら…
包み隠さず暴いてやるからな。2度と復帰できないくらいに容赦しねーぞ」
「…結構です。そんな事をするアイドルなんて、芸能界から消えて然るべきですから!」
「わ、わたしもそう思う……気をつけます。はい……」 


「………ただ、見逃す代わりといっちゃ何だけどな…一つ、頼みがあんだけどさ」
「え?なんでしょう……スリーサイズは教えてませんよ」
「あんたじゃねーよ。如月千早、ちゃん、さぁ……その服での全身写真、撮っていいか?」

「な……!?」
「誓って公開はしない!俺のプライベート用の名刺をやるから、もし俺が変なことしたら、
そいつを証拠に訴えても良い。その……個人的に、その魔法少女服での、
アンタの全身写真を撮っておきてー……と思っただけだが」

「ぷ……あはははははっ……記者さん、かわいいー……あっはっはっは…」
「よ…余計なお世話だ!?アンタにゃ関係ねーだろ!」
「そうよ…春香。笑うのは失礼だわ。人の趣味をとやかく言うものでは無いでしょう。
それに……この人、別に私に許可なんて取らなくても、好きに撮って逃げればいいのに…
身分を明かして頼んできたということは真摯な態度と受け取ります。
見ての通り、試作段階の服ですから、公開しないと言う事を守っていただけるならいいですよ」

社長やプロデューサーの許可はないけど……これは、私個人としての、彼との約束。
今回は、この人を信用してみても良いと思った。
もし、それで最悪の結果になっても…後悔はしないと思う。

「恩に着る。こんなに良い素材に出会ったのは、【ウェルカムようこ】以来だな。
番組始まったらチェックするから。イメージ壊すような事するんじゃねーぞ」
「言われなくても、そのつもりです。イメージキャラは別の娘だけど、その娘にも言っておきます」
「記者さんも、……立場上『頑張って』って言っちゃダメだけど…気をつけて下さいね」
「アンタに『気をつけて』とか言われちゃおしまいかもな…ま、何とか生きて行くさ」
「あぅ……酷いですそれ」
「写真、ありがとよ。仕事がらみでは容赦しないけど…個人的には嫌いじゃないぜ。
そんなイメージのアンタも」

最後まで憎まれ口をたたきながら…彼は私の写真を慎重に撮って、帰って行った。
もしかして、あの記者さん…プロデューサーと同じように、魔法少女アニメに詳しいのかも。
まぁ、いずれにせよ心配の種は消えたし、春香とも会うことで連絡手段も出来た。 


「ありがとう…千早がいなかったら、ピカーネズミのぱんつを撮られちゃうとこだったかも」
「別にそんな事言わなくていいですっ!…大体、その歳でキャラクターのプリント下着なんて
はいていると、世間から子供に見られますよ!」
「……千早さっき、【人の趣味についてとやかく言うのは】とか言ってた……」
「趣味は自由だけど、見られた時のことは覚悟しなさいという意味です!
ただでさえ、春香は転びやすい人なんだから!」

春香と話していると、いつまで経っても話が進まない気がする。
とにかく、早く携帯電話を借りて、プロデューサーに連絡しないと。

「あのね…春香。それで、もし良かったら携帯電話を貸して欲しいんだけど…」
「うん、いいけど千早……そんな服でなにやってたの?」
「う……まぁ、話せば長くなるかもしれないけど、
仕事でこの服を着たまま、プロデューサーと離れちゃって」

「へぇ……千早はそんなアニメのコスプレなんて絶対しない娘だと思ってたのに、
プロデューサーさん、さすがだね♪千早をその気にさせちゃうなんて」

う……まさか、皆の目を盗んで、自分で着ましたなんてとても言えないかも。

「あの…出来れば早くお願い。街中でこの格好は、やっぱりその…恥ずかしいし」
「あ。ごめんね…じゃ、上着貸すからスカートに巻いておけばいいよ」
「……ありがとう」
「えーと……あれ?ポーチどこやったっけ…記者さんと話す前はあったんだけど」
「……春香?」

何か、嫌な予感がする。まさか…

「……ごめん。転んだ拍子にどっか行っちゃったかも」 


私の目の前が、急速に歪んでいった。やっとの思いで砂漠の中で見つけたオアシスが、
蜃気楼だと分かった時のような絶望感。
それに……記者とのやりとりで、多少は通行人がこの姿は見ているかも知れないし。

「ああっ!本当にもう…何をやっているのですか春香はっ!」
「あう…ごめんなさい。何か、今日の千早っていつもより怖い……」

事態は、急遽振り出しに戻った。
春香といういささか頼りない仲間が増えたけど、プロデューサーに連絡する手段は、
未だ見つかっていない。
それどころか、春香だってお財布と携帯の入ったポーチを落としているんだから大ピンチだ。

「まずは、ポーチを探さないとね…転んで落としたなら、遠くへは行ってないはずよ」
「うん。ほんとにごめんね、千早。大変そうなのにわたしが助けてもらっちゃって」
「困った時はお互い様です。いいから探すのに集中して」

気のせいか、今日はやたらと一日が長く感じられるような気がする。
こうなったら、必死で春香のポーチを探す以外に無い。
彼女が転んだのがこの辺で、飛んでいったとしてもせいぜい数メートルだから…

果たしてそれは、意外なまでにあっさりと見つかった。
……ただし、人の手に握られて。



後編へ続く。 



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