秋月律子の夕焼けフルパワー!(雪歩編)

作:426

「本番5分前ー。2人とも、準備OK?」

構成作家兼プロデューサーがこの場をまとめている。
何とか3回目の放送を迎えた我が765プロのラジオ番組、
『秋月律子の夕焼けフルパワー!』今週のゲストである雪歩を前にして、
私達はスタジオで最終打ち合わせをしている最中だ。

それにしても…第2回は、いや、第2回『も』酷かった……
結局小鳥さんは収録が終わると同時に倒れちゃうし。
あれから……千早と折半とはいえ、お詫びにご馳走した高級イタリア料理店は、
本当に美味しい店だった。
お財布大減衰と同時に小鳥さんのテンションを回復させて…千早のケアもしながら、
今回の構成を考えて、なおかつ雪歩と打ち合わせ。
プロデューサーの苦労をちょっとだけ身体で感じながらも、休む事は許されない。

繰り返すけど、今週のゲストは雪歩。
彼女は別に、放送コードに引っ掛かったり行動が読めなかったりという危険は無いんだけど…
落ち込みやすいため、扱いがとにかく難しい。
ラジオは声が聞こえないと、いないと同じ事だから……
本番中に穴に埋まらせないように、必死に場を繋ぐ必要がある。
幸いにも、雪歩の声は男性受けする可愛らしいモノだし……
この番組のターゲット層にはピッタリ合致する。
上手く行けば、TV放送並みとは言わないまでも、固定ファンが沢山付いてくれるかも。

「構成表は見ても良いけど、見ながら喋っちゃダメよ。自然な感じにならないから」
「は、はいっ……よろしくお願いしますっ!」
「ほらほら、そこでもう硬くならない。ラジオのゲストだって、何度もやってるでしょ?」
「うぅ……そうなんですけどぉ、出演のたびに新たなトラウマができて…」
「はいはいはい、そこで掘らない!埋まらない!
今日はわたしがパーソナリティやるんだから、ね。
雪歩の好みも性格も分かってるし、酷い事もしないから、安心しなさい。
とにかく、元気良く、自然に行きなさい。雪歩の声なら、それで十分聴取率が取れるんだから」 


さて…今日の構成をおさらいしておこう。
まずはゲストの紹介トーク。
ここで雪歩を多少いじらせてもらって、リスナーを引き付ける。
雪歩の唯一の制限、【家のことは一切喋らない】を守りながら、
できるだけプライベート像をアピールして、雪歩の魅力を引き出す。

そして…スポンサーとの連動企画【パワーチャージのコーナー】で、
雪歩の声を最大限に堪能してもらおう。
大まかにこの二つが、今日のメインコーナー。
雪歩だから、暴走して失敗することは無いと思うけど……
やはり、一番の不安点は、番組中に穴を掘って埋まってしまう事。
それだけは避けるようにしないと。リスナーにも雪歩にもマイナスになるし。

「ま、わたしにどーんと任せなさい!何があってもフォローしてあげるから」

…雪歩を安心させるために、わざと大げさに強がって見せる。
本当は、私自身を奮い立たせるためでもあるんだけどね。
ほら、なにぶん前回、前々回ともにかなり大変なオンエアだったから。

さて、そうこう言ってる間に本番一分前だ。
まず、私とプロデューサーだけがスタジオに入ってスタンバイを整える。
マイクのスイッチを確認して、今日読むハガキやメールをチェック。
プロデューサーは進行を確認し、小鳥さんとCMや曲のタイミングを合わせる。
もう3回目だけあって、この辺の作業は実にスムーズになってきた。

『本番行きまーす。4、3、……」
プロデューサー(ディレクターと構成作家も兼ねている)がキューを振る。
いつものオープニング、『魔法をかけて』のBGMとともに、
気を引き締めて私は喋り始めた。 


『みなさーん、こんにちは。夕方のひととき、いかがお過ごしでしょうか?
アイドルの秋月律子でーす♪さて、今週で早くも3週目でしょうか。
はじまりましたよ、【秋月律子の夕焼けフルパワー】が。
先週はまたも大変なことになっちゃいまして、お見舞いのメールを沢山頂きました。
リスナーのみなさん、ありがとうございます』

そうそう…ぶっちゃけ、普通のおたよりは置いといて、この番組に来るメールって、
『頑張れ』とか『くじけるな』とか…そんなのが多かったりする。
まぁ…それも仕方ないか。番組はじまって3週目なのに、関係者に頭を下げに行ったことが、
すでに5回目ってどういうこと?って思うしね。

『えーと、まずは先週の事後処理報告をしないといけませんよね。
まず、千早ちゃんですが……彼女からも番組リスナーさんに『ごめんなさい』と
謝ってましたね……ええ。反省しながら今日もしっかり頑張ってますから、
どうか暖かい目で見守ってあげてくださいねー。それと、こと……いや、先週ミキサーさんが、
収録終わりと同時に倒れちゃいましたし…そっちの方が事件ですよね。
結局、千早ちゃんと折半で高級イタリア料理をご馳走する事で許してもらいました。
今日もガラスの向こうにいますけど……大丈夫?あ。大丈夫みたいですねー。
……ていうか、この番組、毎回お詫びと愚痴でスタートしてない?
私、アイドルですよね?一応。…………って、そこの構成作家!黙るなー!?
そこは【アイドルですよ、間違いなく】ってフォロー入れるところでしょうがっ!』

……っと、こほん。失礼しました。
そんな番組ですが、今日もゲストの方に来ていただいてます。
本日のゲストは765プロに咲いた、一輪のたおやかな花、
守ってあげたい女の子ナンバーワン、萩原雪歩ちゃんですっ!それではどうぞ!』

雪歩のデビュー曲『First Stage』と共に、彼女がドアを開けてスタジオに入ってきた。
春香と違って動作が優雅というか…さすがに日本舞踊をやっているだけあるわね。

『あの……萩原雪歩、です。よろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いしますー。あぁ…安心できるっていいわぁ…』
『え?……律子さん、一体何を…』
『いや、あのね……春香も千早もコスプレで入ってきたから不安でさぁ。
これ、ラジオだからわたしが説明しないとはじまらないでしょ?
そりゃもう大変でね…と。話が逸れちゃいましたね。
今日の雪歩ちゃんは、ノースリーブのワンピースです。
膝が隠れるくらいの白が、清楚な感じを出してますねー。
風でわずかにスカートがはためいて、膝の裏側が見えたりするのが凄く『萌え!』なんですよね。
ね?構成作家の人。うなじと膝裏が大好きな構成作家の人!』

ここでちょっとプロデューサーに泣いてもらう。
個人の性癖をギャグで公開しつつ笑いを取って、雪歩の容姿と魅力を説明する計画だ。

『…さて、では雪歩ちゃんあてに来たメールを紹介していきます。まずは…この人。
千葉県の、アイマスネーム『A-13』さんからです』 


【律子さんこんにちは。今日は雪歩さんがゲストですよね?
僕、もうすぐ受験なので、雪歩さんに応援のメッセージが欲しいんです。
MDに録音して、試験会場で聞いたら勇気100倍で頑張れるので、是非お願いします!】

『……ということです。せっかくだからさ、全国の受験生に向けて、
雪歩ちゃんから応援のメッセージ、送ってあげてくれる?』
『わ、わかりましたっ!……えーっと、元気が出るメッセージですよね。うーん……』

と、悩んではいるけど……まぁ、これも構成の一部。
ちゃんと台本はあるんだってば。そりゃそうでしょ。今の雪歩は、いきなりネタを振られたって、
ただあたふたするだけで…上手い事を言えるほど場数を踏んではいない。

『うーん………【頑張ってください】だと普通過ぎますから…【気を引き締めて】とか、
【絶対受かりますよ】とか、【とにかく頑張って!】とか…』
『ゆ、雪歩ちゃん……それ何てアーケードゲーム?』
『はうっ!…すみません、冗談ですぅ……では、【受験なんて、かざりです!】とか…』
『あのね…それ受験生に向けての応援じゃないから。ついでに応援ですらないから』

『はうぅ…どうしましょう、律子さん…何か元気の出る言葉ってありませんか?』
『そうねぇ、雪歩ちゃんは『妹にしたいアイドル』ナンバーワン候補だから、
【お兄ちゃん】とか言ってみたら?こんな感じで……ごにょごにょ』

耳打ちと同時に、進行を雪歩に伝える。
本当は、やよい、亜美あたりも妹候補の上位ランキングにいるんだけど…
何と言ったらいいんだろう?わたしが個人的に考えるに、雪歩は【大きなお友達】層が考える、
【現実的にありえないけど血の繋がってない理想の妹】なオーラがあるのよね。

上品な立ち居振る舞いに、おとなしそうでいて、守ってあげたくなる顔立ち。
細くて華奢な身体つきながらも、乙女としてちゃんと成長しているスタイル。
わたしが男性なら、こんな娘に甘い声で、

『おにいちゃん、朝、朝だよー。朝ご飯食べて学校いくよー』

なんて言われたら、テンションが上がる事うけあいだと思う。
……ついでに、この掛け声はおたくなお兄さん達の間でデフォルトの目覚ましボイスなんだとか。
男性ファンの中でも、こういう層は支持が厚い。
『……というわけで、雪歩ちゃん。言っちゃってください、どうぞっ!』
私の合図と共に、雪歩と昨日から練習したその声とは…… 


『お兄ちゃん……わたし、信じてるからね。
あ。でもでも、受験も大事だけど……それよりも、元気で帰ってきてね。
終わったら、一緒にプリン食べに行きたいから』


『……はいカット。雪歩ちゃんグッジョブ!萌えるわー、今の』
後半の台詞は、雪歩のアドリブだったけど……やっぱりこの娘、可愛いわね…
試験より、リスナーの身体を気遣うあたりがさすがと言うか。
男性ファンが多いのも納得する。私もそういうところは見習わないとね。

『あ、あの……こんな感じで良かったんですか?』
『OKOK。全国の受験生さん、今ので勇気が出ましたか?
Aー13さんも、合格したらハガキくださいね。頑張ってきてください!』

良かった……前の2人と違って今回ばかりは好調なスタートだ。
雪歩のアピールも上手く行ってるし、このままもう少しボイスアピールをしてもらおう。
今回のハガキ、メール紹介での雪歩のトークは、彼女の家については全く触れられないから、
こういう構成で番組を勧めるしか無いのよね。
アイドルのプライベート生活には、リスナー全員興味があるらしく、
そっち系の質問も多かったんだけど…さすがに雪歩との約束もあるから読めない。
リスナーのみんな、ごめんね……

『では、次のおたより行きましょう。これは…ハガキですね。岩手県のアイマスネーム、
【深度400M】さんからです』

【律っちゃん雪歩ちゃんこんにちは。
今日はゲストの雪歩ちゃんに質問です。趣味は詩をつくることだと聞きましたが、
一度見てみたいです。ちょっとだけでいいから、発表してもらえませんか?】

『…というお願いなんですけど、雪歩ちゃん……やってみない?』
『だだだ、ダメですよぅっ!?そんな、人様にお見せするほど大したものじゃないですからっ!』
『そう言って、一度も見せてくれたことがないのよねー…この娘。だから……』

そう言って、私はすっと、隠しておいたノートを取り出した。
ハードカバーで、ノートと言うには豪華なものだけど…彼女の詩をメモするノート。
今回の企画のために、ちょっと拝借したやつだ。
家の話題が出せないのだから、これくらいのドッキリは我慢してもらおう。
本当に恥ずかしいものは読まないし(というか、読めない)
彼女のリアクションだけで大いにアピールになるんだから…ここは飲んでもらうしかない。

『え……あの、律子さん…それ』
『うん。あなたの詩集ノート。発表するために借りたから』
『え…ええぇぇぇえっ!?』 


パイプ椅子が、がしゃんと大きな音を立てて倒れる。
うーん……さすがに驚いているし、嫌がってるわね。
まぁ、さっきも言ったとおり、これくらいは我慢してもらうしかないんだけど。

『いやぁ……お願いですっ、許してくださいよぉ…』
『まぁまぁまぁ、見られて減るものでもないんだし、皆見たがっているんだから』
『ダメですっ!自信ないし、とにかく恥ずかしくて死んじゃいそうですよぉ!』
『さ、開いちゃいますよー。あらあら…可愛らしい』

雪歩って、本当に字がちっちゃくて可愛らしいのよね…ちょっと開いただけでは全然読めない。
彼女に背中を向けて、ノートをブロックしながら適当なページを開けてみる。

『本当に見ないで下さいよぉ!本気で恥ずかしいんですから…』
『大丈夫だって、可愛いと思うから自信を持ちなさい!
折角作ったのに、人に見せないなんて…それこそ詩が可哀想だと思わない?』
『あぅ、それは……』
『ね。読んだ人がどう思っても受け止めてあげるのが作った人の責任よ。
それに……その恥ずかしさを越えたところに、モノを作る事の歓びがあるんだから』
『で、でもでも……やっぱり読めないかも』
『あーもう、構成さん、そこの分からず屋を抑えて!時間も無いから読むわよ!』
『えー!?ちょっと律子さ……あうっ、プロデュ…いや、構成さん、放してー!?』

もう、こうなったら勢いで進めてしまうしかない。
気分はアレね。同級生の部屋へ上がりこんで…友達皆で本人を抑えて、
部屋の中にあるえっちな本を探しちゃうイベント。
本人には可哀想だと思うけど……なんとも言えず、ドキドキするのよね。
ページをぱらぱらとめくりながら、比較的面白そうな場所をさがして……
さがして……って、これ…詩と言うより、日記みたいね。
いつも仕事の事とか、プロデューサーの事とか、プロデューサーの事とか……

……プロデューサーの事ばっかりじゃないこれ? 


そこまで認識した瞬間、私は真っ赤になってノートを閉じた。
何これ……とてつもなく見てはいけないものを見てしまった気がする。

ほんの一部だったけど、プロデューサーへの感謝と、想いと……
あと、女の子特有の妄想というか…プロデューサー本人に見せたら、
トラウマになりそうな文章が見えた…ような気がする。
冷や汗を流しながら雪歩に目線を送ると……あ、いけない、穴掘ってる。
しかももう300Mを越えそうな勢いだ。

『えーっと…申し訳ありません。ノート間違えちゃったみたいです。
詩集じゃなくて…メモ帳取ってきちゃいまして、これは読めませんよね…
では、ここで一旦CMですっ!』

私は、マイクがオフになったのを確認してから、雪歩に声を掛けた。
「雪歩…本当にごめんなさい!ほとんど見てないから、忘れるから!」

必死に雪歩を穴から引き上げるも、効果は薄い。
…やっちゃったかもなぁ。
「石油、掘り当てるかもしれません……あ。粘土の層に達しました……」
「番組、番組ー!私はあとでいくらでも穴掘りに付き合うから!
リスナーを置いていくのだけは辞めなさい、ね!あなたのために聞いてくれる人なんだから」

横で、プロデューサーがCM明けのサインを出す。
何とか引きずり上げる事はできたけど…雪歩、明らかにテンション落ちているみたい。
まずはファンの為、そして雪歩本人のためにも…番組内でだけはしっかりアピールしなくては。

『では、メインコーナー【パワーチャージ】でプレゼントのお時間ですっ!
えーと、このコーナーは、スポンサーさんの会社と連動したゲーム企画でして…
【夢エリア】というゲーム内で、女の子の身体に触れてパワーをもらうと言うのがあるんです。
で、わたしが今から雪歩ちゃんの身体にさわりますから、リスナーのみなさんは、
何処をさわったかをハガキに書いて、当ててください。
見事、当たった人に豪華な賞品を差し上げちゃいます!』

…そう。今回もスポンサーから入った注文企画。
なんでも、スポンサーの会社が、3Dで萌えギャルゲーを作ったというから、
その宣伝も兼ねて、番組内でもパワーチャージをしちゃおうという趣旨らしい。
でも、女の子の身体に触ってパワーを貰うだなんて…セクハラよね?普通。
まぁ…この企画では、彼女にさわるのは私だし、リスナーの皆さんには、
その場面を想像して、めいっぱい喜んでもらおうという意図。

『雪歩ちゃーん……では、そっちに立ってね。ミキサーさん、音楽どうぞ!』

BGMとともに、わたしと雪歩が席を立つ。
良かった……テンションは低いけど、一応企画には参加してくれるみたい。
さて、それじゃとっておきのサービスといきますか。 


『ほら、まずは脱いでねー♪それだとさわれないから』
『え?え……律子さん、何を…やだ、ちょっと…』
『まーまーまー、いいからいいから。ほら、リラックスして』

そう言って、私は雪歩の靴下を脱がした。
身長の割にはそこそこある……22.5センチくらいかな?
雪歩の足は、名前の通り白くて、綺麗な形をしていた。
倒れないように、テーブルに手をついてもらって…足の裏をマッサージする。

『律子さん、やめ……痛っ!』
『あら……華奢な身体つきのわりに、結構あるじゃないの?立派なものよねー』
『そ、そんなぁ…恥ずかしいことを言わないで下さいよお』
『はーい、引き続きさわりますよー、ふにふにふに』
『やぁっ……そこ、くすぐったいっ…あっ!』
『わぁ、柔らかーい、ずっとさわっていたいかも。ふにふにふにふに……』

…ちょっと変な会話に取られそうな気もするけど……
別にやましいことをしているわけではない。単に足裏マッサージをしているだけなんだから。
漫画でいうお約束テクニックかもしれないけど…こんな風に紛らわしい描写で、
リスナーをひきつけるのは、昔からある事だ。
万が一抗議が着ても、本当にやましいことはしていないのだから心配ない。
幸い、雪歩は男性ファンが多いし、この作戦に一番向いている娘だし。

だけど……雪歩って、本当に可愛い声してるのよね。
こんな娘が悩ましげな声をあげていたら、私も複雑な気分になってきそう。

『はぅ……あっ!そん…な……ダメ、ですぅ…』
『大丈夫だって…痛いのは最初だけだから。健康にもいいのよー』
『で、でもぉ……恥ずかしいし、まだ痛いし…あうっ!?』
『あ。ここ気持ちよかった?じゃ、もう少し強くいくからねー』
『や、それは止めて……くだ…くぅう…ぅあっ…ダメ…』

私の直感で、何かまずいと思ったんだけど…
雪歩、多分意識してないと思うけど、そういう声、似合いすぎ。
アレなゲームの声を当てたりなんかしたら…間違いなく大人気になりそうな。
そういえば、今度『TO HAT2』っていう人気ギャルゲーが出るんだけど…
そのヒロインとかやったら、ベストチョイスな気がするのは、気のせい?

そんな事を考えながら、私はいつのまにか、ずっと雪歩の足の裏をもみ続け、
雪歩は気持ち良さそうに声をあげている……
ふと横を見ると、必死にストップのサインを出しているプロデューサーに気が付いた。

【やりすぎ】【抗議の電話が鳴ってる】【BGM終わってる】

それらのサインを読み取って……やっと私は事の重大さを自覚した。

『えー……いかがでしたでしょうか。それでは、リスナーのみなさんは、
わたしが雪歩ちゃんの何処をさわったかをハガキかメールに書いて送ってください。
あて先は、郵便番号●●●……』

あとは事態を収集して、エンディングを迎えるだけなんだけど……
今回ばかりは、私の暴走が招いた失敗だった。
番組終わったら、私も穴掘って埋まろうかな……
エンディングトーク中、私はそんな事を考えてしまっていた。 


そして、番組明けて数日……ここは、765プロダクションの事務室。
プロデューサーと私は、封筒を厳重にチェックしながら開封している。
「すみません……プロデューサーにまでこんなことさせてしまって」
「べつにいいさ、これも裏方の仕事なんだから。
律子こそ、アイドルがそんな事しなくていいのに。怪我でもしたら大変だぞ」
「うん…でも、これだけはやらせてください。私の責任でもありますから」

そう。765プロにしては珍しいけど…芸能事務所の裏方では、こんな仕事もするんだ。
剃刀、爆発物系の郵便物処理。

先週の放送では、番組が夕方の時間帯にあるまじき方向性になってしまい……
リスナーのご両親や、なにげなくチューニングを合わせた主婦層にも、
この番組はもちろん聞こえてしまっていた。
あとで反省用の録音素材を聴いてみたけど…あー、こりゃ駄目だわ。
雪歩というキャラが上品なので何とか助かってはいるけど…
これ、わたしが雪歩をいじめたり、セクハラしている風にしか聞こえてない。

幸い、ターゲット層には大人気で、雪歩のファンはラジオと思えないくらいに増えた。
CDの売り上げも好調で、睨んだとおり、ゲームのヒロイン役の仕事なんかも来ている。
会社や番組的には、大成功なんだけど……
その代わり、わたしの元には大量の抗議が。その内容は

・『ゆきぽんをいじめるな!』
・『雪歩ちゃんにあまり酷い事しないで下さい』
・『真面目な委員長的キャラかと思っていましたが…品性を疑います』

主にこんな内容。
それと同時にこの大量の剃刀封筒。
剃刀入りの封書なんて、昔のコントでしか使われないものだと思っていたけど…

「世の中には、コント脚本家が200人以上もいたのね…びっくりだわ」
「ま、すぐに収まるさ。お、シックのウルトラ製刃発見!」
「何ですか…それ」
「ああ、有名なメーカーのやつでな、良く切れるし剃刀でも高級品だぞ。
悪いな、全部俺にくれるなんて。髭剃り買ってないんで助かるよ」
「それくらいは当然ですよ。でも、ほんとに怪我、気をつけてくださいよ」
「おう、大丈夫大丈夫。慣れてるしな。律子こそ…ショック受けてないか?
不幸の手紙みたいなのがこれだけ来てるのに」

…まぁ、落ち込んでないと言えば嘘になるけどね。
ファンを失うわ、抗議が事務所に殺到するわ、ラジオ局からはまたも怒られるわ。
でも、雪歩のファンが増えた事と、事務所の仕事が増えた事、なにより、
私以外にも、プロデューサーや社長、小鳥さんが番組を支えてくれる事。
これが今回よく分かった。
なら、やることは一つじゃない?
最後まで、我が事務所のアイドル達のイメージを最高に高める事。
アイドルしながら、プロデューサーと似たような仕事が出来るんだ。
こんなに幸せな仕事は無いんじゃないかと思う。 


「来週はやよいの番だからねー。どう番組盛り上げるかで頭が一杯ですよ」
「お、強気だな……テンション落ちてないな、さすがは律子」
「そうね……うん。やっぱり、私はこういう仕事が向いてるのかも。
でも、本来の仕事も手は抜きませんから、ばんばん入れちゃってくださいね。
あ、それと……」

そう。雪歩だけはもうちょっとケアしてもらわないと。

「プロデューサー。それが最後の束よね。これ終わったら、雪歩の様子見に行って来て」
「え?でも…雪歩はまだ仕事だし、律子と事務やってた方が効率がいいぞ」
「ああもうっ!雪歩の気持ち考えてあげなさいよね。いい?
事務作業は私や小鳥さんでもできるでしょ、雪歩を迎えに行って『お疲れ様』って、
言ってあげられるのは、プロデューサーだけなんですからねっ!
あの娘のテンション大幅に上がったら、そっちの方が仕事が効率的に回るでしょ!?」
「……そ、そうか?」
「そう!だから、ここは片付けてさっさと行って来なさい」

半ば追い出すように、プロデューサーを向かわせて……私は一息ついた。

「ふぅ……」

封筒の危険物確認を終わらせて、天を仰ぐ。
替えたばかりの蛍光灯がまぶしい。
いろんな人に気を使い、頭を下げ……この番組はじめてから、そんな事ばかり。
でも…不思議とイヤじゃないのよね。
昔…子供の頃なら、100%間違いなく、ステージでライトを浴びながら歌うアイドルの方が、
楽しい仕事だと思っていたんだけど……

人を輝かせるために頑張る仕事。さらにそれを支える仕事。
誰が欠けても、この業界は成立しない。
春香や千早…事務所のアイドル達は、皆それを知っている。
ひょっとして、私は……一番贅沢な位置にいるんじゃないだろうか?
アイドルをやらせてもらいながら、ある程度、裏方や事務処理をこなす事で…
何となく見えてくる世界がある。

『来週はやよいの番よね……彼女のアピールは、やっぱり元気だから…』

後片付けをしながら、来週の構成を考えてみる。
今は考えがまとまらないけど……きっと、この答えが出た果てには、
私は、アイドルか経営……どちらかの道を決めているんだろう。
それだけははっきりと分かった。

だから。

今は…もう少しだけ、この位置にいたい。

それが、長くは続かない事だと分かっていても。

魔法を解いてもらうのは、少しだけ……待って欲しい。


「さあ、穴掘りモード終了!本格的に構成まとめるわよっ!」
わたしは、気合を入れなおして資料のチェックをはじめた。
楽しいだけではすまない……そんな仕事の側面を忘れるように。

765プロダクションの昼下がり。
気のせいか、わたしはそのまぶしい日差しを、妙に寂しく感じていた……


おしまい。 



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