フラワー・パニック

作:167

3月もそろそろ半ばというのに風の冷たい都内、765プロダクションにて。
「う〜、寒っ…そろそろコートいらないかと思ってたのになあ。
 こりゃ、まだまだ必要になりそうね」
独り言をいいながら事務所のドアを開く秋月律子の姿があった。
「おはよーございま…あれ、雪歩1人?みんなお昼に出ちゃったの?」
事務所の中には、ボブカットの少女が1人でぽつんと座っていた。
律子と同じくこの事務所に所属するアイドルの萩原雪歩だ。
しかし、律子が呼びかけたのにまったく返事がない。
よく見ると雪歩は小さな植木鉢を手にしていた。
「ちょっと雪歩ってば。その花、どうしたの?雪歩?」
やはり返事は無い。どこを見ているのか焦点が曖昧で、しかもなにやら
ぶつぶつ呟いている。完全に自分の世界に入っているようだ。
じれったくなって、律子はとうとう指で雪歩の頬をつついた。
「ひゃあっ!?」
ようやく正気にかえったらしい雪歩は、器用にも椅子に座ったまま
凄い勢いで後ずさりして壁際まで逃げた。
「り、律子さん!いつの間に!」
「いつの間にじゃないわよ、ぼーっとして。何かあったの?」
腕組みした律子が尋ねると、とたんに雪歩はみるみる顔を曇らせて
泣きそうな声を出した。
「うう…律子さん、私…プロデューサーに嫌われちゃったんですぅ…」 


「えっ?何でよ。何か怒らせるようなことでもしたの?」
「わからないですけど、このお花が証拠なんです。
 プロデューサーがこのお花を私にぴったりだって言ってたんですよぉ」
「あのね雪歩…ちっともワケがわからないんだけど。
 順を追って説明してくれる?」
律子は、自分も椅子を引いて腰を下ろした。
どうやら話はそこそこ深刻なようだ。ちゃんと聞かなければなるまい。
雪歩は、ゆっくりと事情を話し始めた。

…話は3日前にさかのぼる。
雪歩とプロデューサーは仕事から事務所に帰ってくる途中で、
最近、近所にオープンした花屋の前を通りかかったらしい。
色とりどりの花を前に、雪歩は
「わあ、いいなあ。きれいなお花」と、思わず口に出していた。
するとそれを聞いたプロデューサーが
「最近雪歩は頑張ってるからな。どれか買ってあげようか?」
と尋ねてきたのだという。
「えっ…?い、いいですよぉ。早く事務所に戻らないといけないですし」
物欲しそうに見えたのかと思って雪歩が慌てて断ると、
「じゃあ、今度雪歩にぴったりの花を選んでプレゼントしてあげるよ」
と約束してくれたのだそうだ。 


「へー、じゃあ、それプロデューサーからのプレゼントなわけね。
 あの野暮天にしちゃ気が利いたことするじゃない」
辛辣な律子の言葉に、雪歩は首をかしげた。
「ヤボテン…サボテンさんの仲間ですか?」
どうも言葉の意味を大きく勘違いしているようだ。
「いや、違うってば。えーと…まあ、それはいいとして」
近づいてよく見てみると、雪歩が持っている鉢植えの植物はスズランだった。
「何でそのスズランが雪歩を嫌ってる証拠になるわけ?」

小さくてかわいらしいその花は確かに雪歩によく似合っているし、
特に問題は無さそうに思える。
事情を聞いてみても、一番肝心な事がわからないままだ。
しかし、雪歩はまたしても泣きそうな表情に戻ってしまった。
どうやら話にはまだ続きがあるらしい。

「それで、昨日事務所に来たら、机の上に私宛の手紙と
 このスズランが置いてあって…私、嬉しくなっちゃって、
 ちょうどそばに居たあずささんに見せたんですよぉ」

三浦あずさ。これまた765プロ所属のアイドルの1人だ。
喋りも動作も少々スローなのがネックだが、最年長の彼女が放つ
大人っぽい魅力には律子も一目置いている。
どうやら、そのあずさの一言が雪歩を混乱させているらしい。 


「…スズランには毒があるって?ああ、そうらしいわね」
スズランは全体に有毒物質を含み、特に根の部分には強い毒性がある。
律子は何かの本で読んだ覚えがあった。
あずさも花についてはそこそこ詳しいようだから知っていたのだろうか。
「だからって、イコール雪歩を嫌ってることにはならないでしょ。
 プロデューサーは単にそのこと知らなかっただけなんじゃないの?」
そう考えるのが自然ではないだろうか。だが、雪歩はぶんぶんと首を振った。
「それが、その…うう…プロデューサーは一昨日、あずささんと
 スズランの話をしてたらしいんです」
「ええっ?」
「あずささん、プロデューサーに"スズランに毒があるって本当ですか"
 って聞かれて、はっきり答えたらしいんです…
 だからプロデューサーは知ってたんですよぉ!」
「そ、そうなの?」

そうなると、これは確かに妙だ。
プロデューサーは、スズランが毒を持っていることを確認した上で、
雪歩にぴったりだと言ってプレゼントしたことになってしまう。

「うーん、あずささんの記憶違いとも考えにくいわね。何かワケが…
 って、ちょっと雪歩!こら!しっかりしなさい!」
律子は、またしても焦点がズレはじめた雪歩の肩を揺すって強制的に
こちら側に引き戻す。雪歩はもはや半ベソをかいていた。 


「ううう…きっとプロデューサーは私の事が嫌いなんですよぉ。
 ひっく、私なんて、私なんて毒のあるの花がお似合いなんですぅ」
人の話を聞いているのかいないのか、雪歩のテンションは急降下している。
今にも口癖の「穴掘って埋まりますぅ」を言い出しかねない勢いだ。
何だかんだと言いつつ、しっかり植木鉢を抱いて離さないあたりが
かわいいと言えばかわいいのだが。
「え、えーと…まあ落ち着いてよ雪歩。
 うだうだ悩むよりプロデューサーに直接聞いてみればいいじゃない?」
「そんな…直接聞いて、直接嫌いだって言われたら耐えられませんっ!」

(気持ちはわからないでもないけど、それじゃどうすればいいんだか…)
律子は、腕組みして考え込んだ。
(うーん、どうしたらいいのかしらね。
 あのプロデューサーは確かに頼りなくてガサツでおっちょこちょいで、
 その場凌ぎにテキトーなこと言ったりはするけど…自分の
 プロデュースしてるアイドルには愛情持って接してるはずなんだけどなぁ)
その点に関してだけは、律子はプロデューサーを信頼しているのだ。

「雪歩、あずささんは今日は来てないの?」
とにかく今は情報が足りない。プロデューサーから直に話が
聞けないのであれば、少しでも関係する人物から情報を得なければならない。
「えっと…今日は、プロデューサーとお仕事に…あわわわわっ!」
今日の予定が書き込まれたホワイトボードを見て、雪歩が悲鳴をあげた。 


プロデューサーとあずさの予定欄に「CM撮影(直行)〜13:00」
と書かれている。現在の時刻は12:58分。撮影が予定通り進んだなら、
そろそろ会社に出てきてもおかしくない時間なのだ。
「う、うう…どこか、どこか隠れるところは」
「こらこらこら、隠れてどうなるのよ!何のために事務所まで来たの!」
植木鉢を抱えたまま机の下に潜り込もうとする雪歩を必死に引っ張りながら
律子は考える。
(えーい!何か、何か理由があるはずなのよ。毒があるのを知ってて、
 プロデューサーが雪歩にこの花を渡した理由が!)

間の悪いことに、事務所のドアが開いて先ほど話題になったばかりの
三浦あずさが姿を現した。
「おはようございます〜。…あら、二人でお相撲ごっこ?楽しそうね〜」
全く空気が読めていない、和やかな口調。
律子は、ズレた眼鏡を必死に上げながら尋ねる。
「あ、あずささん、プロデューサーはっ?一緒じゃなかったんですか!?」
「ええと…コンビニで買い物するそうなので先に帰ってきたんです。
 きっと、もうすぐ上がってきますよ〜」

最悪だ。もはや一刻の猶予も無い。なんとかして理由を突き止めなくては…
(この花を雪歩に渡す理由…花を渡す意味…ん!?)
ふと、律子の脳裏にある考えがひらめいた。
その推理を裏付ける証拠は無いが、今は可能性に賭けるしかない。
こうなったら雪歩にも覚悟してもらおう。 


「雪歩!とりあえず、ここに座って!」
律子は、半ば無理やり雪歩を椅子に座らせる。
「あずささんはこっちにお願いします」
雪歩と向かい合うようにあずさを椅子につかせて、律子自身は
立ったまま腕組みして胸を張った。
「はい、それじゃああずささん。
 昨日雪歩とした話を、もう一度再現してもらえますか?」
「ふええええ!?ひ、ひどいです律子さん!」
「あずささん、お願いします」
雪歩が涙目で悲鳴をあげたが、律子はあっさりと無視する。

突然せっつかれたあずさは、困惑しつつも記憶をたどって話し始めた。
「ええと…そうですね〜。何からお話したかしら?
 確か〜、最近コンビニで新しく出たお茶がおいしくて…
 そうそう。そのお茶のマスコットキャラが、かわいくて。
 名前、何ていったかしら〜?」
「い、いや、その辺はいいですから!スズランの話からお願いします!」
あずさの最大の欠点というか特徴というか、話の本題に入るまでに
やたらと時間がかかる。
「あ、そうですか?ええと…
 そうそう、雪歩ちゃんの持ってる、そのスズランです。
 スズランってとっても可愛いけど、実は毒があるんですよ〜…
 っていうお話を、一昨日プロデューサーさんにしたんですよね」 


「に、二度も聞きたくなかったのにぃ…うううう…」
またも現実逃避し始める雪歩の頭を、律子が鷲掴みにして現実に引き戻す。
「ほら雪歩、ここよ!ちゃんと最後まで聞いて!」
「ふぇ!?」
目を丸くする雪歩をよそに、あずさはうっとりしながら続けた。
「うふふ…でも、スズランの花言葉って”幸せが訪れる”なんですよ〜。
 毒があるのに幸せを運んでくるなんて、ちょっと不思議ですけど、
 ステキねって、そういうお話をしたのですけれど…」

その言葉を聞いた雪歩はしばらくポカンとしていたが、
やがて律子を見つめ、あずさを見つめ、つぶやいた。
「幸せが、訪れる?」
ニヤリと笑う律子が、その肩に手を置く。
「そーゆーこと。日頃、何かとついてない雪歩にはピッタリじゃない?」
雪歩は、抱えているスズランの花を見つめて微笑んだ。
「えへ…そっか…幸せが訪れるんだぁ…嫌われたんじゃなかったんだぁ…」
雪歩の幸せそうな顔を見ていると、こっちまで幸福が伝わってくるようだ。

スズランの花言葉については律子も知らなかったが、花を贈る意味として
”花言葉”を真っ先に思いつくべきだったのかもしれない。
(まったく…あのプロデューサーにしちゃ気の利いたプレゼントね。
 ちょっとツメが甘いけどね)
おかげで律子は無意味に振り回されてしまった。 


「雪歩。あんた、毒の話にショック受けて、そこからあずささんの話
 ちっとも聞いてなかったんでしょ…」
「あうっ!?ご、ごめんなさいごめんなさい!あずささん!」
ぺこぺこと小刻みにお辞儀する雪歩に、あずさは首をかしげている。
「まあ…雪歩ちゃん、どうしたの?新しい体操かしら?」
新たな誤解が生まれつつあるものの、事件は一応の解決を見せたようだ。

しかしそこへ、廊下から響いてくる能天気な口笛の音。
ある意味今回の事件の真犯人、全ての元凶たる男がドアを開けて登場した。

「おっはよーん。みんな今日の調子はどう?絶好調?」
「…」
そのあまりの空気の読めなさに、口のよく回る律子もさすがに呆れて
言葉が出ない。
「え?な、何だよ律子、その目は。何がどうしちゃったの?」
おぼろげながら自分が”何かやらかした”事を悟ったのか、
プロデューサーはしどろもどろになって後退する。
しかし、同時に雪歩が一歩前に進み出た。
「あのぅ…プロデューサー、お花ありがとうございます…
 私、このお花大切にします」
「おお、雪歩!気に入ってくれたら嬉しいよ。
 本当は直接渡したかったんだけど、忙しくてな。ごめんな!」
話題の転換を天の助けと見たか、とたんに饒舌になる。調子のいい男だ。 


完全に調子付いたプロデューサーは、人差し指を立ててポーズをとった。
「ふふふ、知ってるか?雪歩。スズランの花言葉はな」
「もう知ってますよ、全員」
ノリノリのところを律子に遮られ、プロデューサーは目を瞬かせた。
「え…知ってるの?」
頷く律子、雪歩、あずさ。
プロデューサーは立てた指を下ろすこともできない。完全にピエロだ。

若干イライラしてきた律子は、追い討ちをかけることにした。
「しっかしねえ、雪歩には頑張っているご褒美に花をプレゼント?
 で、私達には何も無しですか?何か愛情の差を感じちゃいますねー」
「あら、そんなことありませんよ」
意外にも、そう言ったのはあずさだった。
「私、この前プロデューサーさんにケーキをおごってもらっちゃいました♪
 おいしかったです〜」
「あ、あずささん、それは内緒って言ったのにー!」
口から泡を飛ばして慌てるプロデューサーに、律子の視線が突き刺さる。
「へえ〜?そうですかそうですか。
 プロデューサーが私の事をどう思ってるのか、よーっくわかりましたよ。
 それともアレですかね、私の頑張りが足りないってことですかねー!」
どうやら1人だけないがしろにされたことが、完全に怒りのツボに
入ってしまったようだ。 


「ち、違うんだって律子…その、ええと…律子にもちゃんと、ね?
 何かこう、凄いプレゼントとか用意しようと思ってたわけで、多分。
 いや多分じゃダメか。絶対!」
プロデューサーは額に汗を浮かべ何とか取り繕おうとしているようだが、
完全にしどろもどろになっている。
「いーえ、おかまいなくっ。プロデューサーにご褒美貰いたくて
 仕事してるわけじゃないですし!さーて伝票の整理しよっかなあ!」
「律子ー!ちょっと待ってくれって!」
引きとめようとするプロデューサーの足を思い切り踏みつけて、
律子は足早に事務室へ歩いていってしまった。

「あらあら…ひょっとして私、まずいこと言ってしまったかしら?」
おろおろしているあずさをよそに、植木鉢を抱えたまま微笑んでいる雪歩。
「えへへ…」
その笑顔は本当に、スズランのように愛らしく、とても幸せそうで。
…床を転がりながら痛みに耐えているプロデューサーすらも
目に入っていないようだった。

「律子〜!」

春の足音はすれどもまだまだ肌寒い空の下、765プロダクション。
プロデューサーが許しを請う叫びは、いつまでも響き続けたのであった… 



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