Mr'シンデレラ

作:ばてぃ@鬼


最近のボクの王子様は全く相手をしてくれない。
まぁボクはトップアイドルだし、
今王子様には他にもプロデュースしているアイドルがいるから仕方ないけどさ・・・。
でも、もうデートしなくなって三週間だよ、三週間。
暇を見てはメールを送っているけど、返事が返って来たのはごくわずか。
それも「頑張るよ」とか「ありがとう」とか素っ気無いものばかり。
本当にボクのこと・・・好き・・・なのかな?
苦しいのは顔を枕に突っ伏しているだけじゃないのはわかってる。
・・・わかってる。





体が重い。
無理も無いな。
ここんところろくに寝てない・・・。
今ならみのもんたより忙しい男だと堂々と言える気がする。
目の下のくまはちゃんと隠れてくれただろうか。
手袋をはめた右手で目の周りを触ってみる。
軽く猫背のまますっかり葉を落とした並木道を歩いていく。



気が付けば事務所にたどり着いていた。
歩きなれた道だけに無意識のうちに俺の足は勝手に歩いてくれるらしい。
いつものようにドアを開け、タイムカードを押す。
それを元の場所に戻すと壁にかかっているホワイトボードを見上げる。
このホワイトボードには所属アイドルとプロデューサー、社員のスケジュールが事細かに書かれてある。
目で自分のの名前を探す。

”○○プロデューサー スタンバイ”(○○のところにはあなたの名前をどうぞ

ほっとしたため息と一緒に顔がにやけるのがわかる。
スタンバイ、つまり特にやることは無いので事務所待機ということだ。
ようやく一息つけることができる。
何かから解放されたように足取り軽く、自分の机へと向かう。
解放される。
今の自分にはぴったりの言葉だと思う。
真の活動に一旦の区切りをつけた後にプロデュースした子が・・・ひどい性格なのだ。
言うことは聞かない、ドタキャンは繰り返す、レッスンはさぼる。
唯一オーディションにだけは真面目に取り組んでくれているのが救いか。
そのことで連日高木社長からも説教を食らっていた。
あと少し説教が短ければ俺ももう少し暖かい布団の中にいることができるのにな・・・。
今日はそのアイドルはお休み。
安堵のため息を吐きながら椅子に座り、背もたれに体重を預ける。
すっかり猫背になることを覚えた背骨を伸ばすように軽くストレッチをする。
ポキポキッと背骨が音を立てた。

「さて・・・今日は何をしようか?」

溜まった領収書の整理。
新曲作成の依頼。

「・・・あ」

何より優先してやるべきことを思い出した。
俺はおもむろに携帯を取り出して大事なお姫様宛にメールを打った。



一時間ほど経って真が事務所へと姿を現した。
彼女は一度荷物をロッカールームに置いてから俺の机のところへとやってきた。
・・・が、どうも様子がおかしい。
今なら誰がどう見ても”不機嫌”だとわかるほどに彼女はむすっとした顔になっている。
眉間にしわを寄せて、口をとがらせて、冷たい視線を俺に向けてくる。
いや、向けるというよりは突き刺すという言葉が正しいか。

「おはよっ、真」
「・・・おはよーございます」
「・・・あのさ・・・何かあったか?今日はやけに不機嫌にみえるんだけど」
「・・・別に」

そう言うと真は視線をそらした。

「本当に大丈夫か?体調でも悪い?」
「・・・別に」

埒が明かない気がする。
俺は椅子から立ち上がった。

「ちょっとレッスンルームまでおいで」 


真を先に部屋に入るように促し、自分は後から入る。
ドアにかかっている札を”使用中”に変えて鍵をかけた。
部屋の中には二人きり。
いつもはボーカルレッスンで使っている部屋だけに外部からの音は全て遮断される。
静か過ぎて真の息遣いまで聞こえてきそうなほどに。
俺はおもむろに部屋の真ん中あたりに座り込み、あぐらをかいた。

「とりあえずここに座れよ」

そう言って右手で隣に座るように真を促す。
しかし彼女は呆れたようなため息をつくと、俺から少し離れた正面に背中を向けて座り込んだ。
そう来ますか・・・。
俺は一つ咳払いをして真の背中に話しかけるように問いかけた。

「何で怒っているのか・・・教えてもらわなきゃわからないんだが」
「・・・別に怒っているなんて一言も言っていません」
「だから、その態度が怒っているようにしか思えないんだってば」
「怒ってません。だから放っておいてください」

こんな感じの押し問答が小一時間続いた。
真は意志が強いし、目標に向かってまっすぐにガンガン突き進む長所があるんだけど・・・
裏を返せば頑固一徹というか、走り出したら止まらないというか。
こんな性格に育てた真のお父さんを少し、恨んだ。
いくら男の子がほしかったからって・・・女の子を男の子みたく育てるのは無理だろう。
さて・・・本格的にまいった・・・な。
どうしよう・・・。
妙に頭も重く・・・なって・・・き・・・。



ドスン

背中の向こうで何か重いものが倒れる音がした。
そして続けて聞こえてくる静かな吐息。
・・・吐息?
ボクはゆっくりと肩越しに、後ろにいるはずのプロデューサーを振り返った。

「プロデューサー?」

案の定返事はない。
視界の隅にぐったりと横たわったプロデューサーがいた。
倒れた?
もし何かの病気とかで倒れたのなら・・・。
一瞬にして血の気が引いた。
すぐに反転すると、膝で歩くようにして横たわる彼に歩み寄る。

「ちょっと?プロデューサー?大丈夫ですか?」

返事はない。
ただ静かに呼吸を続けるだけの彼をじっと見つめる。
顔色はさほど悪いわけではなさそう。
どこか苦しそうでもない。
かといってボクは医者でも看護士でもない。
本当にプロデューサーが大丈夫かって尋ねられたらきちんと「大丈夫です」って言える自信は無い。
どうしようかと迷っている間にも時間は少しずつ流れていく。

「社長か小鳥さんを呼ばなきゃ・・・」

そうつぶやいて立ち上がった瞬間だった。

「・・・んごごご・・・」

んごごご?
まるでかかりの悪いエンジンを始動させようとするときのように、
低く、何度も聞き覚えのある音が聞こえてきた。
いびき、だ。
プロデューサーの軽くあいた口の奥深くからいびきが聞こえてくる。
呆れた。
いや、それ以上にムカついた。
人をレッスンルームに呼んでおいて勝手に寝るなんて・・・。
そのままずっと寝ていれば良いんだ。
プロデューサーがボクを放っておいたのが悪いんだから。
今度はボクが・・・。
眉間にしわを寄せ、怒りに満ちた表情のままボクはレッスンルームを後にした。 


「あら、菊地さん、今日はもうレッスン終わり?」

レッスンルームから出てきたボクを見つけて小鳥さんは話しかけてきた。
後ろ手に閉めたドアに寄りかかり、ため息をつく。

「レッスンなんてしてません」
「え?じゃあなんでレッスンルームに?」
「プロデューサーに呼ばれて入ったんですけど・・・急に眠っちゃって。最悪ですよね、勝手に寝るなんて」
「まぁ、眠って・・・」

ふふふ、と小鳥さんは微笑んだ。

「まぁしょうがないんじゃないかな?プロデューサーさんの場合は」
「しょうがないってどういうことですか?」

何か特別な理由があるのだろうかと思い、小鳥さんに問いかけてみる。
彼女は何かを思い出しながらゆっくりと話し出した。

「私は事務員だからいつも事務所の戸締りをして帰るんだけど、ここしばらく・・・二週間くらいかな、
事務所の戸締りはあなたのプロデューサーさんがやってくれていたの。
 とはいっても実質戸締りなんて必要無かったんだけどね」
「必要無い?」
「そう。なぜならプロデューサーさんはずっと事務所に泊りがけで仕事していたんだから。
 さすがに土日は家に帰っていたみたいだけど・・・
あなたの次にプロデュースする子があの水瀬さんでしょ?」

水瀬伊織・・・。
確か事務所一わがままで高飛車で傲慢で、まだ会ったことは無いけど良い噂は聞かない。

「噂よりも問題児ぶりを発揮してね。
 プロデューサーさんは人一倍優しい性格だし、
なんとか彼女がちゃんとアイドルとして活動してくれないか模索していたのよ。
 それで毎日不眠不休で一人挨拶回りをしたり、仕事のオファーを探したり・・・
一週間で15時間も寝ていたら良い方なんじゃないかしら?」

15時間・・・?
一日平均2時間弱?!

「毎日口癖のように言ってたなぁ。『今のうちに土台を作っておいてあげたい。
そうすればすぐに伊織はトップアイドルになれるし、何よりまた真と一緒に活動できる』って。
 どんな時もあなたのことを必ず考えていたのよ」

ボクは小鳥さんのその言葉を聞いてすぐにレッスンルームに戻った。 


相変わらず彼はいびきをかいて寝ていた。
何にも言わないんだもんなぁ・・・この人。
ゆっくりと彼の側に近寄り、顔をじっと見つめる。
今まで気づかなかったけど、目の下には少し肌の色とは違うファンデーションが塗ってあった。
人差し指で恐る恐るそれを拭い取ってみる。

「・・・本当に寝てないんだ・・・」

『また真と一緒に活動できる』
その言葉が何度も頭の中で繰り返される。
ボクは・・・最低だ。
メールが返ってこないだけで子供みたいに拗ねて、プロデューサーに背中を向けた。
理由も何も知らないで。
ただ忙しいだけかと思っていた。
ただ新しくプロデュースした子のためだけに必死に頑張っているのかと勘違いしていた。
でも、違ったんだ。

「ごめんなさい、本当に・・・ごめんなさい」

気が付いたら愛しい彼の唇を奪っていた。
少し冷たくて、乾燥して荒れた唇。
それを潤すように、ゆっくりと舌でなぞっていく。

「・・・」

顔を離すと同時に「はぁっ」とため息が漏れる。
緊張して息をするのを忘れてた。
自分の心臓がまるで耳のすぐ横にあるように脈打つ音が聞こえる。
顔は焼けるように熱い。
起きる気配の無い彼の顔を見ていると、なぜだか涙がこぼれた。
頬をゆっくりとつたう涙を手の甲で拭い取ると、彼の頭を両手で抱えボクの膝の上に乗せる。

「やっぱりお姫様のキスじゃ王子様は目覚めないのかなぁ?」

そう小さくつぶやいた時、彼のまぶたはゆっくりと開かれた。




完 



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