これから始まる2人の伝説

作:龍牙

「お疲れ様、さすがは伊織ってところかな?」
そう言いながら青年はステージから下りた少女にタオルを渡す
「あったりまえじゃない、私を誰だと思ってるのよ!?」
彼女の名前は水瀬伊織、アイドル事務所765プロダクション
に所属する最近人気急上昇中の注目株なアイドルである
そしてタオルを渡した青年は彼女を担当するプロデューサーだ
「今日の収録はこれで終わりだから撤収準備していいぞ」
「わかったわ、着替えてくるから車の準備お願いね」
そんなやりとりをしながらスタジオを後にする2人を遠くから睨む影・・・
これが後々大きな事件に発展することをまだ誰も知らない・・・

「伊織ちゃんのテレビ見てたよ、やっぱりいつ見てもすごいね〜」
「にひひっ、この私が出てるんだから当然でしょ」
事務所に戻った伊織に嬉しそうに近づいた少女は『高槻やよい』といい
伊織とほぼ同時期にデビューした同じ事務所のアイドルであり
この2人は765プロで双璧を成す屈指の人気ユニットなのだ
同年代の割りにまったくと言っていいほど共通点のない2人だが
フィーリングは高相性なのかデビュー前からいっしょにいることが多く
互いにソロで活動している現在でもこうやってよく事務所で話している
「まぁやよいだってこの前のオンエアは中々いい感じだったわよ」
「うっう〜、伊織ちゃんに褒められちゃった♪」
人気が上がり忙しくなってきたこともあってゆっくり話す時間がなかったので
久しぶりに会った2人は近況などを話しながら盛り上がっている
「お、やよい来てたのか。丁度新しい衣装が届いてるから試着してみてくれ」
「は〜い、じゃぁ伊織ちゃん行ってくるね」
「はしゃぎすぎて誰かみたいに転ばないでよ」
やよいを見送るとプロデューサーは数枚の資料を伊織に渡した
「律子からこれからのスケジュ−ル試案がきたから目を通しておいてくれ」
「わかったわ、とりあいず明日はオフなのね」
目を通しながら伊織はほっとしたような笑みを浮かべる
「あぁ、ここ最近収録やら取材やら忙しかったからそろそろ休まないとな」
そう言いつつもプロデューサーには休みがあるわけではなかったりする
「ということは明日はやよいの方に同伴するってことね」
「そう言うコト、今回は遠方でのロケだから俺が行かないとならないし」 


彼は伊織と同時にやよいのプロデューサーも兼任しているのだが
これだけ人気なアイドルのスケジュールを1人で管理するには限界があり
雑誌取材や近郊でのロケなどは代理を律子に頼むことも少なくない
それでも常に頼めると訳でもないのは当然なので
定期的にオフを入れることでそのバランスを調整しているのである
「久しぶりの休みだしゆっくりさせてもらうわ」
「そうだな、来週はロケや収録が多いから今のうちに休んでくれ」
打ち合わせののち迎えに来た新堂さんに伊織を預けた後
やよいと明日のスケジュールを確認してから家まで送り
再び事務所に戻った彼はとある案件の資料を持って社長室に向かった

翌日のロケは何事も無く順調に進行し終えることができ
伊織も久々のオフでリフレッシュできたようで順風満帆と言えた
そんな2人にプロデューサーからとある企画が持ち出される
その企画書をみた伊織とやよいは驚きを隠せない
内容は2人を一夜かぎりのデュオユニットとして特番を組み
大型の野外ステージでのライブ中継を行うという奇抜なものだった
「アンタいったい何とんでもないこと考えてんのよ!」
「プロデュ−サー私自信ないですぅ〜」
膨大なスケールの企画にたじろぐ伊織とやよい、しかし彼はいたって自然に
「今の2人の実力ならまったく問題無いはずだが?」
「うぅ、そうよ当然じゃない!この私に出来ないことなんて無いわ!」
「い、伊織ちゃんがそう言うなら私もやります!!」
プロデューサーの軽い挑発にあっさり乗ってしまう伊織ではあるが
自分の力を認められていることにどこかしら嬉しさを感じ
そんな強気の伊織に引っ張られるようにやよいも付いて来る
「この企画用に新譜を用意してるから時間を合わせて練習してくれ」
「ふん、私の実力見せてあげるわ。覚悟しておくことね」
「わ、私もがんばります!!!」
こうして企画は順調に進行、そして本番を1週間後に控えていたある日
誰もが予想もしなかった事件が起きてしまう・・・・・ 


その日やよいは律子同伴で雑誌取材とラジオ収録の仕事
伊織はプロデューサー同伴で都内の歌番組スタジオに来ていた
無事収録が終わり伊織がステージを下りようとしたその瞬間
警備員の制止を振り切って刃物をもってフードに身を隠した何者かが
その刃物で刺さんばかりの勢いで伊織に向かって突進してきた
突然の出来事とその威圧感に圧倒され立ちすくんでしまう伊織
このままでは刺されると誰もが焦ったその刹那、誰かが伊織をかばう
伊織が我に帰ると目の前にはかばって刺されたプロデューサーがいた
痛々しく刺さった刃物と目を覆いたくなるような血の跡・・・
すぐに救急車が呼ばれ、犯人は現場にいたスタッフに取り押さえられ
その後駆けつけた警察官に現行犯で逮捕された

プロデューサーは一命を取り留めたものの余談を許さない状況が続いていた
伊織は自分が襲われたことよりもかばって刺されたことにショックを受け
病院の廊下で1人ただ泣き続けるばかりになっている
「どうして・・・、どうしてあんな無茶したのよ・・・」
「それは本当に伊織ちゃんのことを考えてるからじゃないかな?」
何も考えられずそうつぶやく伊織に1人の女性が声をかけた
「あ・・・、音無さん・・・」
彼女は音無小鳥、765プロの事務員で皆のよき理解者でもある
「ほら、これを見て。多分それで判ると思うけど」
そう言って彼女が伊織に渡した数枚のファイリングされた資料
そこには『水瀬伊織・高槻やよい、デュオユニット化プロジェクト』
と見出しが書かれており、さらに極秘の重要書類扱いになっていた
「これってどう言うことなの・・・・?」
その意味を上手く理解できない伊織、すると小鳥はこう切り出す
「黙っててくれって言われてたんだけど状況が状況だから話すわね
プロデューサーがね、ここ最近気にしてたことがあったの
屋外ロケとかで時々伊織ちゃんが寂しそうな顔してることがあるって」
それを聞いてはっとする伊織、そしてさらに小鳥は語る
「よく見るとその目先にいたのが楽しそうな親子連れとかだったり
仲よさそうに話しながら歩いてる同年代の子たちだったとも言ってたわ」
「アイツ・・・・そんなところまで見てたんだ・・・・」
「そう、最初は理由が判らなかったけど色々話してて気づいたのよ
伊織ちゃんが本当は人一倍寂しがりで虚勢を張ってるんじゃないかって」
小鳥から語られた話にただただ唖然とするしかない伊織
「だからプロデューサーはやよいちゃんとのデュオにしようって言い出したの
あの明るさは絶対伊織ちゃんの支えになるって譲らなくて・・・・・・
それに社長の反対にも特番の話を出して無理矢理納得させたのよ」
伊織は隠していたつもりだったが結局は全てお見通しだったのだ 


自分の虚勢を隠しきれなかったことへの悔しさの反面
本心を理解してくれたことへの嬉しさもあり心中複雑な伊織
「プロデューサーが自信満々に言うから私も気になって聞いてみたの
やよいちゃんは伊織ちゃんをどう思ってるのかなって・・・・
そしたらね、お姉ちゃんみたいなんだって笑顔で返されたわ」
「そうなんだ、私もやよいは手のかかる妹みたいだとは思ってたけど・・・」
「自分が失敗したときとか挫けそうなときにちゃんと叱ってくれる
そうやって引っ張ってくれるからがんばれるってね・・・・」
「私も・・・、私も元気が無いときはやよいの笑顔に励まされるわ
やよいは私に無いものを持ってるような気がするし」
「人は十人十色、まったく同じなんてありえないんだから当然よ」
どうやら少しずつ伊織も落ち着きを取り戻しつつあるようだ
すると廊下の奥から駆け出してくる人影が見えた
「ね、ねぇプロデューサー大丈夫なの?!」
収録後に事件の一報を聞き慌てて病院へと向かっていたやよいは
伊織以上にパニックになっているらしくまったく落ち着きがなかった
「大丈夫よやよい、プロデユーサーがこの程度のことで負けるはずないでしょ」
さっきの落ち込みぶりはどこへ行ったのか自信を取り戻した伊織は
「絶対帰ってくるって信じて待っていればいいのよ」
「うん、きっとそうだよね!」
いつもの調子になり、やよいもそれに呼応するように笑顔になる

翌日目を覚ましたプロデューサーは小鳥に厳重注意されてしまう
「まったく・・・、伊織ちゃんを大事に想うのはいいですけど
本人を悲しませるような無茶は控えてくださいよ?」
「ええ、以後肝に命じておきます」
注意はするもののその表情は柔らかく、やれやれといった感じだ
しばらくしてそこに伊織とやよいがきたので小鳥は席をはずす
泣きながら喜ぶやよいとは対照的に伊織はいつものつんけどんだが
迎えにきた律子に呼ばれてやよいが部屋から出て行くと
伊織は彼に抱きつき泣きじゃくりながら罵倒するのだった
でもそれは怒りではなく本当の嬉しさからくるもので
愛情に飢えがちだった伊織とっていつも近くにいる彼の存在は大きく
お嬢様扱いせず普通に接してくれることが次第に安堵感を持てるようになり
いつのまにか家族を超えるほどの信頼を寄せるようになっていたからだ 


数日後プロデューサーも無事退院し、イベントを控え皆大忙しだった
本番に向けた厳しいレッスンに耐えた2人のステージは予想以上の大成功
そしてその舞台で公表されたデュオユニット化デビューの公式発表
もう伊織は1人じゃない、応援してくれるたくさんのファン
いつも傍で支えてくれる仲間、いつも暖かく見守ってくれる大切なヒト・・・
多くの存在に支えられさらなる成長を遂げることができた伊織
新たな道を歩き出した2人の伝説はまだ始まったばかりである・・・

FIN 

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