魔法少女捕獲大作戦(後編)

作:426

producer view

『もしもし……こちら【カラテ】レインボーブリッジ、閉鎖できませぇん、ボス!』
「そうか…じゃ、これでA地区はほぼ全滅だな。引き続きB地区を潰してくれ」
『プロデューサーぁ……せっかくのボクのギャグを、流さないでくださいよっ!?』
「あ…すまん。そろそろ社長への定期連絡の時期だから急いでるんだ。
とりあえず、他からの連絡でも、ターゲットは未だ未発見らしい。」

通行人は、他人の携帯会話なんて聞いちゃいないだろうけど…
俺達、けっこう素で恥ずかしい会話をしているんじゃないだろうか?

あれからそれぞれ電話を持って出かけた俺達は、いつのまにか
刑事ドラマのノリで千早の捜索を続けていた。
一見不真面目な行為にも思えるが…こうでもしてテンションを維持しないと、
やってられない事も出てくるというものだ。
最初は亜美、真美が勝手に他のアイドルを変なあだ名で呼び始めただけなのだが…
お互いに連絡を取り合っているうち、次第に定着してしまった。

「じゃ、次はB地区を潰してくれ。真が一番乗りだから、B-1からな」
『了解っ!』
真との電話が切れて、5秒もしないうちに、また俺の携帯から発信音が鳴る。
『兄…じゃなかった、ボス、こちら【☆ツインズ】容疑者、見つかりません』
「わかった…引き続き、A-8地区を探してくれ、それとな、二人とも。
千早は保護の対象であって、犯人じゃない。『容疑者』呼ばわりはやめなさい」
『はーい!じゃ、つづけて探すよー、逮捕だタイホだー、るーぱーんー!』

…どうやら、それぞれの脳内での刑事ドラマが展開されているらしい。
息をつく暇も無く、また携帯電話が鳴り始める。表のサブディスプレイを見ると、
コードネーム:『マイコン』と書いてあった。

『もしもし…こちら、【マイコン】A−11地区、異常無しです、どうぞ』
「了解。終わったら今度はB地区の捜査に入ってくれ。…それとな、律子。
いくらお前が物事を徹底する主義だからって、携帯の個人設定まで変えておくなよ。
一瞬、誰かと思ったじゃないか…」
『却下ー。わたしによりによってあんな古いあだ名を付けたのが悪いんですっ!
今の時代にマイコンって死語ですよ!死語!!』

そう言われても、つけたのは、俺じゃないんだけどな…
『とにかくっ、まだ見つかってないんですね?じゃ、捜索を再開しますから』
手っ取り早く、用件を伝えると律子の電話が切れる。
またもや、5秒と明けずに俺の携帯が鳴る。
…情けない話だが、仕事より大活躍してるよなぁ…俺の携帯電話。
『プロ…じゃなくって、ボスっ!こちら………あれ?……うっうー……っと、そうだ!
思い出したー。こちら【ホームラン】千早さん、まだ見つかりませーん…』
「OK。焦らなくていいぞ。人数もいるし、じっくりいこう。A-15地区、あとどれくらいかかる?」
『うーんっと…あと10分くらいです。これが終わったら何処を探すんですか?』
「そうだな…終わったらまた電話してくれ。そのとき指示するから。じゃ、頼むぞ」

無事でいるといいんだけどな……機密漏洩とかはそこからの話だ。
頼むぞ、千早……
俺は、社長に定期連絡を入れるために携帯を操作しながら、非常食のゼリーを一気に喉に流し込んだ。 


千早view

春香のポーチを持っていたのは、子供だった。
……それも、制服からみて幼稚園児らしい女の子。
赤い顔と泣き腫らした目が、誰かとはぐれて泣いていたであろう事を思わせる。
「あ…ありがとう。そのポーチ、お姉ちゃんのものだから、返してくれないかな?」
あくまでやさしく、春香が女の子に向かって…いや、ポーチに向かって手を伸ばすが、
彼女は、ポーチをしっかりと握り締めたまま、大きな声で泣き出してしまった。

「ぅあぅ……すっごい声…」
「春香…気持ちは分かるけど、まずは状況を良くみて話しかけないと。
迷子みたいだから、まずは警察かどこかに…あれ?」

この子が肩から下げているカバンに付けられた、アニメのキャラクターバッジ。
これ、やよいがさっき話題に上げた魔法少女『リリカルリーフ』よね……
それなら、一つだけだが……この子の不安を和らげるために、わたしにできることがある。

【♪遥か空 ひびいてる 祈りは 奇跡に………】
番組オープニングテーマを、ちょっとだけ歌ってみた。
あの子もそうだったけど……やっぱり、好きな歌を聴くというのは精神を落ち着かせる効果があるみたい。
女の子は、べそをかきながらではあるけど、もうわたしを怖い人とは思っていない。
「キミ……迷子?おかあさんか先生と、はぐれちゃったのかな?」
「千早、すっごーい!?一発で泣き止んだよ……わたしと同じ一人っ子なのに……」

……そう。あの子の話は、わたしと社長、あとはプロデューサーくらいしか知らない。
だから、皆の認識ではわたしは一人っ子と言う事になっている。
……別に、積極的に言うつもりはないから、それでも良いんだけど。

「…ちょっとだけ経験があるの。こういう状態の子に、先に自分の都合を押し付けては駄目。
まずは興味をかきたてるように話しかけるのが先決よ。それでようやく話が出来るようになるの」
どうやら、この女の子……近くにある幼稚園の園児らしい。
週に一度の【お出かけ】の時に、ふと余所見をしていたら、はぐれてしまったみたい。

「…場所が分かるなら、話は早いですね…送ってあげましょう。春香もいい?」
「あ、うん……でも、千早も行くの?わたしが場所わかるからわたしだけで…」
「気遣ってくれるのは嬉しいけど…わたしがこの子から離れるわけにはいかないでしょう?」

さっきの歌が効いたのか、女の子はポーチを片手で握りながらも、わたしにしがみついている。
…しかも、魔法少女コスチュームのスカートを掴まれているので、下手に動けない。
「…困っている子を、見捨てるわけにはいきませんからね。人としても、アイドルとしても」
「そうだね!……あと、正義の魔法少女としても!」
「……魔法少女は余計です」

幼稚園は、大通りに面している……さすがにちょっとまずいかもしれないけど……
この子が今、頼りにしているのはわたしなんだから、その期待を裏切るわけにはいかない。
多少通行人に見られようと、大事なことの優先順位はわかっているつもりだ。
一応は、見られてまずそうな人がいないかをチェックしてみる。
大学生っぽい若い男の人、買い物の途中であろう主婦の人たち、
お散歩中のお年寄り………平日のお昼だけあって、そこまで人は多くない。
なら、覚悟を決めて行くしかない。

私達は、女の子の手を取り、幼稚園へと歩き出した。 


「本当に、ありがとうございました……何とお礼を申して良いか」
幼稚園の先生とおぼしき女性は、申し訳無さそうに私たちに何度も頭を下げた。
一方で、私たち(おもに私のみだけど)の奇妙ないでたちを、不思議に思っているみたい。

「あの……それで、つかぬ事をお伺いしますが……何か、お仕事の途中でしたか?
最近はアレですよね……こういった華美なお洋服で、ビラを配るお仕事があるとかで…」
「あの…私たち、一応コレでもアイドル歌手なんですっ!ビラ配りとかじゃありません!」

……春香?

アイドル、と言う単語に園児達が反応したようで、誰かがわたしを指差して、こう言った。
「あーっ!千早ちゃんだー!蒼い鳥の千早ちゃんだよー!?」

その言葉が、場の空気を変えた。
TVで歌っているおねえさん……幼稚園児たちからすれば、ソレはもう珍しいのだろう。
私たちは一斉に囲まれてしまい、歌やダンスをせがまれるようになってしまった。
困り果てる先生に、子供達を一旦お願いすると、わたしは春香を引きずって園児達の教室を出て、
廊下へと足早に移動した。

「ああもうっ……春香!ああいう場面はどうして流してくれないんですかっ!?
騒ぎが大きくなって、何かしないと帰れない空気じゃないですか!?」
「あぅ……ごめんなさい。でも……わたしはともかく、千早をそこらのビラ配りの人と一緒にされるのは、
何となく悔しくて……あ、いや……あれはあれで大変で立派な仕事だとおもうんだけどね、
765プロで一番歌が上手くて、アイドルのオーラを持ってる千早が認識されてないって……
やっぱり何だか納得行かなくて……つい……」
「気持ちは嬉しいけど、たとえ【国民的アイドル】の地位にいても、知らない人はいて当然なんだから……
まして、わたしがこんな格好をしていたら間違われて当然かもしれないわ。
でも……どうしましょう?この状況」
「うーん……どさくさで、わたしまで正体バレちゃってるみたいだし……
そっと逃げ出したりしたら、イメージ下がるかも知れないよね。でも…」

「ええ、社長やプロデューサーからも普段言われているからね。
コンサートやライブ以外で、芸の安売りはしてはいけないって……」 


そう。アイドルは、客商売。
だから、オフで街中を歩いている最中でも、サインや握手を求められたら、出来る限りは対応する。
しかし、よくある事ではあるんだけど……街中で【ちょっと歌ってみてくれますか?】という要求。
これだけは、社則でもあるけどそれ以上に、アイドルとして軽々と応じるわけには行かない。

わたし達の歌は、765プロにとって利益を生み出す原石でもある。
ライブやコンサートなど、仕事として決められた場所以外で、勝手に歌うようなことは良くない。
お金を頂いて歌うCDやコンサートの価値を下げてしまうことになるし、
街中で、無料だからと軽く歌うような程度の芸を披露してしまうのは、身の破滅に繋がりかねない。
だから、プライベートで身近な知人に披露するだけならまだしも、
不特定多数の人たちの前で勝手に歌うようなことは原則として社長やプロデューサーに禁じられているし、
わたしもその通りだと思う。

…でも、今回ばかりは状況が違うみたいだし……なにより、純粋に目の前にいる【アイドル】という、
憧れの存在に対して、ただただ歌を聴いてみたい……園児達の心は、そんな感じだと思う。

「ちはやー、おうた、うたってー」

先生のブロックを潜り抜けて、一人の男の子がわたしの前に駆け寄ってきた。
その光景に、わたしはしばらく時を忘れてしまうほどのショックを受けた。

あの時と同じ目。
あの時と同じ、期待に満ち溢れた顔。
あれから7年……いや、8年近く経とうというのに、こんなにも鮮明に覚えているなんて。 


今からずっと昔、わたしは普通の子よりも歌が下手だった。
当時のわたしは、もっと活発でよく笑う子だったと思うけど、
歌が下手なことだけはいつも気にしていた。
お遊戯の最中でも、できるだけ声を小さくして、周りに聞こえないようにしていたっけ。

そんな下手なわたしの歌を、【好き】と言ってくれて、いつも聞かせてくれとせがんだのが……
今はもうこの世にいない、あの子だった……
上手下手より、必要とされているか。そっちの方がわたしにとって大事な判断基準だった。
わたしの下手な歌でも、あの子はよろこんで聴いてくれた。
面白かったところや、良くなった部分があればいつも言ってくれた。
それが嬉しくて、だんだん歌い方や声の出し方、節回しなどを試していくうちに……
いつのまにか、わたしの歌はクラスで【上手】と言われる様になっていた。

月日が流れ、技術が上がっても……わたしの原点は変わらなかった。
わたしの歌を、いつも喜んで聴いてくれる一人の大事な子のために………


気がつけば、わたしの周りにはほとんど全員の園児達。
先生一人の力では、到底止められなかったみたい。
わたしを取り囲んで歌をせがむ子供達には、当然何の邪念も企みも無い。
この状況下で、子供達の期待を裏切れるような娘は……アイドルなんて仕事は出来ない、そう思った。

「ねぇ、春香……」
「OKだってさ♪今、社長に電話して聞いてみた」

普段はぼーっとしているのに、こういう時だけは妙にカンがいいんだからっ……
まぁ、手間が省けた事は事実だから、ありがたくもあるんだけど。
かくして、幼稚園の講堂を借りた緊急ミニコンサートがはじまった。
スピーカーやマイク、ステージの準備全てを園児たちと先生方、参加者全員で用意したりと、
いつもと違うところが新鮮な気がする。
……そういえば、デビューしたてのライブハウスでは、スタッフさん達と一緒に椅子を並べたり、
場所が無いからってステージの真ん中で、屋台で買ったタコ焼きを全員で食べたりしたなぁ…
春香は相変わらずコードに躓いて、大変だったり……
そんな出来事の数々を覚えているけど、感覚として味わうのは久しぶりだ。
きっとこういう感覚も、普段の練習と同じで……
分かっているつもりでもだんだん薄れていくのかもしれない。 


「ねぇ、千早……曲の構成ってどうするの?」
「そうね……女の子達がこの服で期待してると思うから……リリカルリーフの曲を中心にして、
あとは持ち歌を少しだけ入れてのミニライブ形式で行きましょう」
「うん、短いと物足りないし、長いと飽きると思うから…それでいいと思う。
わたしは普段着だから、コーラスとバックをやるから…千早、お願いね」
「………ええ、やってみるわ」
準備を追え、証明が落とされた講堂では園児達が今や遅しとはじまりを待っている。

「ちはやちゃーん、がんばれー♪」
……何処かで聞いた様なフレーズ。そういえば、いつか市民ホールでのコンサートで、
30代中盤くらいのおじさんらしき人がそんな声を上げていたけど……
わたしの記憶が確かなら、この女の子……市民ホールにいたような気がする。
あのおじさんの娘さんかもしれない。
あの時は、集中力を乱されて嫌な感じがしたけど……ここにいるのが娘さんだとすれば、
きっと悪い人じゃないんだろうな。
あの人なりの精一杯の応援だったのかもしれない。

「……ますます、気が抜けないわね……いつも以上の出来でいかないと」



まずはリリカルリーフのオープニングテーマ、さっきの迷子の前で歌ったあの曲……
神経を集中して、大きく息を吸い込むと……曲に沿ってわたしは歌い始めた。

リリカルリーフは今回のシリーズで2期目の放送。
前回のライバルである黒い衣を纏った少女と、かけがえの無い親友となった主人公の魔法少女は、
さらなる強大な、謎の敵を前にふたたび闘いに赴く。
でも、今度は心強い味方がいる。
ライバルであると同時に、大切な仲間になった、黒衣の魔法少女と共に……

この曲は……壮大な戦闘シーンとそれぞれの事情で闘う登場人物の気持ちを表現したものだ。
正体の分からないものに、戸惑いながら……でも、自分の信じる大切な人のため、
全力で戦う魔法少女たち……本編を思い出しながら、アーティストの気持ちを重ねる。
…そういえば、この歌を歌っている人は、ライバルの女の子役で声もあててるんだっけ。

1曲歌い終えたところで、曲変更のために少しだけ時間が空く。
ステージの裏で汗を拭いているときに、春香がどうも不安な顔で話しかけてきた。

「……千早……ステージの反応、今ひとつみたい……」
「……!?」 


言われて、恐る恐るステージを覗いてみる。
すると、本当に……リリカルリーフを知っているであろう女の子達でさえ、
『何か、違う』そんな声が聞こえてきそうな雰囲気だ。

「あの……わたし、その…リリカル何とかってアニメ、全然見てなかったんだけど……
千早の歌、アニメの人に似すぎてるんじゃない?」
「え……勿論、歌い手の水城菜々さんを意識したけど……」

「わたし、思うんだけど……いつもの千早の歌い方や息使いじゃなかった様に思った。
千早がいつものペースを乱すとは思えないから、きっと元の歌い手さんを意識したのよね?
……でも、きっとあの子達はそっくりに歌うことを望んでるわけじゃないと思うの……
子供達は歌の技術を見るわけじゃないから……千早が頑張って意識したところは、
今、ここにいる子供達には必要ないんじゃないかな?」

「そ、それは……!?」
「それとね、きっと……千早、子供達じゃなくて、別の方向を見てたような気がする。
わたしも、よくプロデューサーさんに注意されるんだけどね……レッスンの時に、
お客さんをちゃんと意識しろって。
早く合格を貰いたくってプロデューサーさんの顔色を窺ったりすると、大抵コケちゃうんだよね……
【どんなに技術が高くても、目的がずれてしまったらアイドルの神でも落ちるんだ】って。
よく分からないけど、いつもプロデューサーさん、そんな事言ってたから……」

やはり彼女は、わたしの最大のライバルと言える存在だと思い知らされる。
こういう大事なところがしっかり見えているから、たとえ技術が未熟でも、
不思議とオーディションで合格を勝ち取って来れるんだ。
天運を勝ち取るのは、技術だけじゃない……この娘は、それを無意識に分かっている。

「……ありがとう、春香。確かにわたしはここにいる子供達が見えてなかった……」
あの子は確かに、わたしに歌うきっかけをくれた、何よりも大事な存在だ。
でも、それに囚われてここにいる子供達の期待を蔑ろにしては、あの子は一番悲しむだろう。
今、出来る全てを目の前のステージにぶつける。それだけでいい。
それ以外を見ては、かえって失敗する。

「準備はいいですか?2曲目……いきます」
そう。すべては目の前にいる子供達のために。
わたしの歌を待っていてくれる、その瞳に応えるために。 


リリカルリーフのエンディングテーマは、本編の主役でありヒロインの声優、
多村よかりさんが歌っている。
彼女のキュートな歌声は、声優でありながら十分にアイドルとしての資質を秘めていると思う。
プロデューサーは、【ほら、彼女はビジュアル面が厳しいから(笑)】とか失礼な事を言うが、
コンサートでアリーナを埋めるクラスの声優って、下手なアイドルよりずっと凄い。
……まぁ、プロデューサーもソレを認めたうえで弄ってるとは思うけど。

この歌は、オープニングと違って落ち着いた、癒し系の曲。
振り返ると、何気ない日常がいつの間にか変わっていて……
今まで出会えた人たちに、忘れずに感謝したい。
たとえ大人になっても、あの時の笑顔を、気持ちを、ずっと忘れない……そんな曲。

ステージ前で体育すわりをする、園児達の顔を見る。
やんちゃそうな子、おとなしそうな子……よく見れば、プロデューサーがそのまま子供になったような、
そんな感じの子もいて、面白い。
一人一人の顔を見ながら、こんなステージで歌えることに感謝する。

マイクスタンドを運ぶわたしに、手を貸してくれたあの子。
春香が転んだ時に、やさしく手を差し伸べてくれたあの子。
一番にわたしの元へ駆け寄って、歌ってくれとせがんだ、あの子……
みんなの、これからの生活が幸せなものになりますように……と、感謝と祈りを込めて。
よかりさんの、キュートで可愛らしい声の雰囲気を意識しながらも、自分流に。

次の曲を歌い終えたとき……自然と、ステージの子供達から拍手が溢れていた。


「凄い……凄いよ千早!まるで自分の曲みたい」
「それは言いすぎだと思うけど……ありがとう、春香。あなたが注意をくれたおかげです」
「じゃ、次は持ち歌を含めて後半戦、行ってみようー♪」

春香は、まるで自分の事のように喜んでいる。
きっと、こういうところもわたしには無い魅力なんだろうなぁ……
ともかく、まだステージは終わりじゃない。
わたしは、春香に釣られるように次の曲を披露するために、ステージに戻って行った。

立て続けに、【太陽のジェラシー】と【蒼い鳥】を歌い。幼稚園でのコンサートは、
大盛況のうちに終幕となる……はずだったんだけど、
何か、わたしの記憶を嫌な意味で掘りかえす戦慄が聞こえてきた。

……これ、わたしがさっき楽譜からイメージした、あの魔法少女の曲!? 


もう、イントロは始まってしまっている。
わたしは、春香に目線で抗議を兼ねて合図を送ってみた。

(春香っ……あの曲、どうしたのっ!?どうしてCDが…)
(え……だって、千早のその服のポケットに入ってたCDだから……
多分、プロデューサーと仕事してたときに使ってたものだと思って、コンサートの構成曲に入れちゃった)

そういえば、コスチュームにも関わらずポケットがついていて、何か入っていた気がする。
まさか、楽譜と一緒に曲データまで入っていたとか!?

目の前には、最後の曲として最高潮にテンションを上げている子供達。
ここでやめる、という選択肢はすでにわたしの中に無い。
迷いが消えたわけじゃない。恥ずかしささえも内包したままだ。
でも、覚悟は決まった。

普段のクールなイメージも、シンガーとしてのこだわりも、今は必要ない。
みんなの笑顔を想像して、心の中でわたしは一人の魔法少女へと変身した。

『我、契約を受けし者……その魔力、解き放て……星と共に、光と共に……』
演技だとしても、心の中では本気で魔法少女へと変身できる。
ならば、ここにいる子供達に一時の夢を見せよう。
本当に魔法で何かしたりは無理でも、魔法少女アニメを見たときのドキドキは、きっと真実だ。
伝えるべきは、その期待感。
これからも、期待と不安に満ちた、ドキドキするかけがえの無い人生を生きて欲しい……
歳を取って振り返ったとき、皆に感謝できる生き方をして欲しい……

この歌はまだ未公開。ゆえに、伝えたい事はわたしのオリジナルになってしまう。
なら、わたしに出来る最高の仕事を。

『マジカルパワー……乗着!』
ステッキを回し、短いスカートを翻し……夢の舞台へと、わたしは舞い降りた。 



Aメロでは、魔法少女の日常を。ありきたりだけど、何より大切に思う日々を歌った。

Bメロでは、魔法少女の変化を。偶然手に入れた魔法の力で、変わり往く不安を歌った。

サビでは、魔法少女の闘いを。迷いながら、傷つきながらも全力で進む……
そんな魔法少女の心の強さを歌った。

間奏からエンディングでは、魔法少女の恋を。
魔法のおかげでもたらされた出会い。でも、正体を打ち明ければ終わってしまう関係。
人生の一部と化した、魔法少女としての2面生活。
嫌な事や、負担に思うこともあるけれど……それでも、魔法少女としての出会いに感謝したい。
全てを受け入れた上で、明日へと進みたい……そんな気持ちを歌った。




最後に、目一杯明るく、ステージ前の皆に向っての決めポーズ。
『貴方のハートに……直撃よ♪』

やはり、BGMがあれば歌の完成度も段違いだ。
最高の終わりと共に、講堂全体に照明が点る……と、見慣れた感じの人影が、
いつの間にかひとり、ふたり………いや、結構な数がいる。

5人目辺りを数えた時点で、わたしは固まった。
文字通り、わたしのハートを直撃したプロデューサーの存在に。 


「えーっと……千早?とりあえずお疲れ……汗、拭いた方がいいぞ」
「ぷっ、プロデューサー……あの、その、どうしてここにっ…!?」
「どうしてって……そりゃ、社長から電話を受けたから、皆に連絡してだな」

そうだ。春香が社長に電話したと言う事は……当然、皆にも居場所が知れると言う事。
765プロからこの幼稚園まで歩いて10分ほど……つまり、2曲目の途中辺りにはもう……

「うっうー…千早さんっ!リリカルリーフ、最高でしたっ!!よかりんの可愛さに負けてませんっ!」
「それも良かったけどねーやっぱ最後のアレでしょ」
「亜美たちも練習しないとねー♪『貴方のハートにぃ……』って」
「うんうん、あ、でもそしたら千早おねーちゃんの真似して、
パンツも全開にするの?それはさすがに真美、恥ずかしいかも…ふむぅ!」

もう、すっかりおなじみの連携なのかもしれない。
真と律子が双子の口を塞いで場を取り繕う。
「え!?千早、そのピンクのあれ、レオタードじゃなかったの!?
だって街中で、悪徳記者さんに対してあんなに…」

あぁ……亜美真美を止めても、まだ一人、空気の読めない危険人物がいたじゃないの。
ライバルとして尊敬するけど、きっと春香のこういうところは一生相容れない部分になるんだろうな。

「……ちょっと待って。千早の気持ちも分かるけど、悪徳記者がいたってのは聞き逃せないわ」
「ああ、律子の言うとおりだ。それと、この幼稚園でのコンサートだって、お咎め無しとは行かないし」

「えぇっ!?プロデューサーさん…それってどう言う事ですか?社長は問題ないって…」
「そこが、あの人の一筋縄じゃ行かないところだ。条件がしっかり付けられていてだな……
事後承諾でもいいから、主題歌オーディションに勝って名実共に千早の持ち歌にしてしまえ、だってさ」

「……じゃ、亜美と真美のオシゴトはー?」
「千早と亜美、真美のコラボになるって事?やーりぃ♪765プロの一大プロジェクトですよそれって!!」
「ああ……まぁ、これで千早を説得する必要もなくなって俺も一安心だけど…
明日から大変だぞ。アニメ関係者達に挨拶回りして、オーディションにエントリーして……
俺と社長で走り回るから、千早はしっかり練習しておいてくれ」 


「……一件落着、ですか?子供達も凄く喜んでますし、765プロとしても最高の結果になりましたわね」

ああ、こうして子供達や善永さんがいる手前、さっきみたいに切れて出て行くわけにもいかないし……
確かに、子供達は喜んでくれたし、プロデューサーも迎えに来てくれて、万事解決、なんだけど……
何か大切なものを無くした様な気もする。

「うふふふ……勝ったら主題歌の仕事……シリーズ放映中、この服をずっと……」
空にいるあの子は、こんなわたしでも受け入れてくれるかな?
わたしはこれからも、力の限りあなたの為、そして、今周りにいる人たちのために歌い続けたい……
でも、なんて言ったらいいのだろう?
さっき、覚悟する事で一時封印した恥ずかしさと迷いの気持ちが戻ってきたような。
しかも、追いやった分勢いをつけて大きめに。

「穴、欲しい……今なら木でもコンクリートでも掘れるような気がします……うふふふ…」
「お、おい千早!気を確かに持て……アレはアレで可愛いから大丈夫だって」
「はぁ…プロデューサー。火に油と言うか…地雷っぽいですよ。今の千早にそんな事言うと」
「あのー……千早?汗でコスチューム透けてきてるから着替えた方が…」
「春香……ボクが言うのも何だけど、もう少し空気読む練習した方がいいよ」
「えぇっ!?あたしのせい!?……でも、お洗濯って結構大変だし…」

「はいはい、とりあえず撤収しますよ!わたしと春香で千早の着替えを手伝うから、
残りはステージの片付け。はい、ちゃっちゃと動く!」
律子の小気味いい仕切りも、半分くらいしかわたしの耳には届いてこなかった。

半分薄れゆく意識の中で、あの子の幸せそうな顔が見えたような気がした。
きっと今は、それだけでいい。
それだけで明日からもアイドルとして生きていける。
わたしは、誰に聞こえるでもなく、あの子に向かって感謝の気持ちを口にした。




まだ、そっちへ行くのは当分先かもしれないけど……
本当に、辛い事や悲しい事もあるけど……
でも、全部受け入れて、それでも歌い続けたいと思うから……

ちょっと頼りないけど、心から信頼できるプロデューサーもいるし、
ライバルでもあるけど、かけがえの無い仲間と呼べる人たちもいるから、
お姉ちゃんはもう、一人じゃないよ。

だからお願い。お姉ちゃんの歌……ずっと、ずっと聴いててね。
銀色のティアラをくれた人よりもずっと先に、第一号の、わたしのファンになってくれた、
大切な人……あなたのためにも、わたしは生き続けます。

 歌が、わたしと共にある限り。


END 



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