in the sun,in the shade

作:前スレ119

1

これといってする事がなくて暇だ。
ファーストライブを控えているというのに、何故か少女にはそんな余裕があった。
失敗なんてありえない、眩しいステージはすぐそこ・・・
その呟きは、誰もいない空間に広がって、溶けて消えた。

超高層ビルの最上階から、市街を俯瞰する少女。
いくつものテナントを抱えるビルではなく、自社ビルであるそれは
少女が・・・いや、少女とそのメンバーが
かつて成した栄光の、確かな証拠。

プロジェクト『Arm@da』
最高の歌唱力、最高の美貌、最高の嗜好性。
世を席巻するために生を受けた、神域のユニット。
彼女達の残した記録、伝説、金字塔は
枚挙に暇がなかったし、易々と塗り替えられるものでもなかった。



非の打ち所のないユニット。
まるでダイアモンドの様に美しく光り輝く彼女達。
だが、天然に産するもので最も固いとされるそれも、決して砕けないものではない。
まして、造られたダイヤモンドたるアイドルならば・・・

その危うさに気づくものは、誰もいなかった。
彼女達の煌めきが、総てを包んでしまうから。



ある日。
彼女達は、運命という名の鉄槌に
ダイヤモンドよりも貴いものを砕かれ、その輝きを・・・失うのだった。



超新星。
後日、世間から与えられたその評価をよしとしなかった彼女達。

あるものは、歌唱の更なる高みを目指して渡米し
またあるものは、次なる活躍の場所を
舞台の上ではなく、それらを仕掛ける側に移す。
それは、失ったものを取り戻し、過去よりも眩しく光を放つための一歩。

そして
分厚い硝子に己の姿を映す少女も・・・



「やっと見つけた・・・こんな所にいたの?」
探したわよ、と眼鏡を掛けたスーツ姿の女性はいう。
「社長室から見る景色がいちばん好きなのよ。
 目に映るもの全てわたしのもの! って感じがするじゃない?」
にひひっ、と呼びかけられた少女は笑って答えた。
両手を広げ、くるっとその場で回ってみせる。
たったそれだけのことで、辺りには華が咲く。

天賦の才。ふとそんな言葉が頭をよぎる。
『あなた』も、少女のそういったところを見抜いていたのだなと
少女のプロデューサーである彼女、秋月律子は思った。

『あなた』
少女が誰よりも心を開き、アメリカに渡った彼女が誰よりも慕い
そして律子が、誰よりも・・・

・・・思いを馳せるのは後にしよう。
律子はいま在るべき姿を取り戻す。
「時間よ。そろそろ現地入りしないと」
そういって社長室を後にした。

その場に残された、唖然とした顔。

「待ちなさいよ律子ー!
 このスーパーアイドルのわたしを置き去りにするなんてー!!」
うさぎの縫いぐるみを抱きかかえ、少女・・・水瀬伊織は駆けだした。 


2

ある日の昼下がり。
伊織はひとり、オープンカフェで寛いでいた。
テーブルの上には、橙色で満たされたグラスがひとつ。

ピリリリリ・・・

場の雰囲気に相応しくない電子音が響き渡る。
その元凶たる携帯電話を、伊織はポシェットから取り出して、睨んだ。

「・・・あら」
ディスプレイに踊る、よく馴染んだ名前。
伊織にとって、目の上のたんこぶで
最後まで越えることが出来なかったその名前。
歌姫という賛辞は彼女のためにあると、誰もが認めた
今は日本にいない・・・その歌姫から届いたEメールを、伊織は開く。

『そちらは今お昼ですね。こんにちは、如月千早です。
 お変わりありませんか?』
相変わらず固苦しい文章ねと、伊織は苦笑する。

『こちらで活動を再開したら、しばらくは誰とも連絡をとらないと決めていたのですが。
 ・・・そうも、いっていられなくなって。
 最近、自分の人付き合いの悪さを恨めしく思っています。
 言葉の壁だけじゃなく、わたしにはこころにも壁があるのかと・・・
 思う事、感じる事がうまく伝えられなくて・・・ひとり、浮いてしまっています』

歌だけを信じています。他の事には興味はありません。
その整った顔に、何らの色も浮かべずに
かつて千早はそういってのけた。
ほんとうは、寂しくて、悲しかったのに。

千早があの頃に戻ってしまったのかと、伊織は顔を曇らせた。
画面をスクロールさせ、読み進める。

『そんな時、何故か水瀬さんのことを思い出します。
 誰であっても物怖じすることなく、自分を表現するあなたを。
 目標に向かってまっすぐに突き進む、自信に満ちたその眼差しを・・・』

「・・・あんただってそうじゃない」
何をいうやらと、伊織は嘆息を洩らした。
殊歌に関しては、一切の妥協を許さなかった千早。
自身を、歌を否定するような行為に対して毅然とした態度で臨んでいた彼女。
相手が誰であっても。周囲がどうあろうとも。



いや。
唯一の例外が、この都会の片隅に・・・ある。 


3

『片翼でも飛べると信じて、こちらへ活動の場を移しました。
 なのに・・・あのひとがいないだけで、わたしは・・・』

「・・・何よ、あんたらしくもない」
大げさなshrug。

千早と、伊織と、律子。
3人が抱えてしまった、空虚としか表現できないもの。
心に棲まい、数多の想いを抱かせるそれが
彼女達に投げかけたものは確かに大きかった。だが・・・

「・・・足踏みなんかさせないわ」
かすかなsigh。
意識せずに零れたそのことば。
伊織は、携帯電話を忙しなく響かせた。

カチカチ、カチカチ・・・

「・・・これってあんたの役目なんじゃない?
 まったくもぅ・・・使えない下僕だことっ・・・」
混じるrage。
誰にも届かずに霧消する、その愛しい悪態。

高圧的な態度と、他を圧する存在感。
それは似て非なるものだと、いつの頃からか伊織は悟った。
きっと今の千早に必要なのは、期待しているであろう叱咤ではなくて
包み込むような優しさと、そっと背中を押すようなきっかけ。
何となくだが、解るのだ。
空の蒼さに泣いているのだろう、千早の事が。

「・・・ま、こんなところかしらね」
祈りを込め、伊織は彼方の国へ返信した。

気高く、あれ。
乗り越えるに相応しい、最高のライバル・・・



真上にあった日差しがビルの群れに隠れる。
穏やかに時間が流れる。
とどまることなく。

手遅れになる前に、今できることを。
そう思った伊織は、携帯電話を再び手に取る。
「・・・ああ新堂? わたしよ。
 今事務所の前のカフェにいるの。迎えに来てちょうだい」

電話から5分と経たずに
伊織の前に、黒塗りのストレッチド・リムジンが横付けされる。
「お待たせしましたお嬢様。どうぞ」
新堂は、後席ドアの脇に退きながら恭しくそういった。
「あら、思ったより早かったわね。エクセレンっ!」
上機嫌で、クッションの効いた後席へ伊織は滑り込む。

「どちらまで行かれますか、お嬢様?」
パーテーションの向こうから、インカムで新堂は尋ねた。
問われた伊織は、目を閉じて。
「・・・いつものところまで。着いたら起こしてちょうだいね」
そういうなりレースのシェードを引いて、伊織は沈黙の世界の住人となった。



それから、いくばくかの時間が過ぎた。
太陽はもう西の彼方に傾いていて
暖かく、それでいて優しい光をブラインドに投げかける。
沈黙に包まれた室内。
時折、部屋の主の寝息と、規則正しい電子音が響いて・・・ 


4

面会謝絶と書かれた札の下がるその部屋の前に
純白に身を包む看護士と、モスグリーンのスーツを纏った女性がいた。
「短時間でお願いします。体力があまり戻ってはいませんので・・・」
そういって一礼し、看護士は去った。

入り口に備えられた消毒液で手を擦り、彼女はドアに触れる。



触れたまま、彼女は動きを止めた。



彼女は中にいるひとの親族ではない。
親族になる予定のニンゲンでもない。
一応の関係者という社会的立場で医療現場にモノをいい
内に秘めた恣意を欠片も見せることなく、ここにいる。

罪悪感。
公私混同。
ドアを開けようとする彼女を、いつもそれらが一度は制する。
その名にし負う、律の一文字が導くルーチン・ワーク。
だが、ドアはいつも躊躇いながらも開かれるのだ。
彼女の意志で。
その華奢な手で。



「おはようございます、プロデューサー・・・」
西日の作る影の中、零れる彼女たちの世界の静かなあいさつ。
沈黙を守る彼の隣に、秋月律子は座した。
寝具から出された彼の指先には、小型の脈拍計が付けられていて。
律子は、彼のてのひらに己のそれを静かに重ねた。

「ハリセンで目、覚まします・・・?」
勢いなく律子はそう洩らした。実行に移すことは、無論ない。
看護士に聞いた話では、彼は昼過ぎに一度目覚め、その後すぐにまた眠ったとの事だった。
だから、しばらくは眠りから覚めない。
話し相手になってはくれない彼を見つめるだけの、静かな時間。
第三者の目には、その様子は空しく映るのかもしれない。
だが、それでも。
ただこうしているだけでも、伝わるものはあると彼女は信じているのだ。

「伊織のランクが上がったわ・・・
 そろそろ、マスター系のオーディションを受ける時期よね・・・」
律子は、そういって彼に微笑みかけた。
新進気鋭のプロデューサーとしてではなく
世話焼きで優しい、素の彼女の顔で。

緻密なプランと、機を逃さない決断力。
彼と『Arm@da』の3人で築いてきたそれは、いつしか律子の中で美しく昇華していて。
それに気づいた時、律子は彼と同じ路を歩む事を決意した。
病床から離れる事のできない彼の代わりに、彼と仲間たちの帰る場所を守るために。
そして彼が復帰して、彼女達3人をもう一度プロデュースするその日のために。

「そうそう、この前善永さんから取材の申し込みがあったのよ・・・
 伊織にじゃなくて、わたしにだけど」
伊織が不機嫌になって大変だったな・・・律子は苦笑いしながらそういった。

一流芸能誌に、アイドルではなく裏方のプロデューサーの記事が載る。
それは律子自身の非凡さの証明に他ならない。
新米であるはずの彼女が、名だたるプロデューサー達と互角以上に渡り合う。
今回の取材は、律子がプロデューサーとして世間に認知されたということと・・・

「少し、近づけたかな・・・あなたに」
誰に聞かせるでもない、その呟き。
数多く寄せられる称賛や賛辞。顔にこそ出さないが律子は喜んでいた。
何故なら。
それらが彼女にとって、プロデューサーとしての彼の評価とイコールであったから・・・



どれだけの時間が、流れたのだろう。
宵に包まれて、彼の傍らで穏やかな吐息を洩らす律子の姿があった。 


5

話は遡る。



午後1時、山あいの野外演劇場。
客席との境界に水面を用い、涼しげな雰囲気を漂わせる夏のアリーナに
流行の最先端を駆けるユニット『Arm@da』のプロデューサーである彼がいた。

普段は地元の学生の演劇や合唱コンクール、能などが催されるこの場所を
彼は以前、朝のニュース番組で見た。
後日事務所に顔を出し、彼が『Arm@da』の面々とその話をすると
偶然にも、皆が同じ番組を見たとのことだった。
メンバーのひとりがいう。
「以前部活動で行ったことがあります。野外ですがそれほど音場は悪くなかったかと。
 時間の流れが緩やかで、とても心が落ち着く場所ですよ・・・ふふっ」
それを受けて口を開いたのは、三つ編みの彼女。
「涼しそうでいい場所よね。何かやるなら夏場かな?
 日中は暑くてバテそうだから、夕暮れ時にシークレットライブ的に・・・どう?」
提案しつつ、先方にオファーを入れるべく連絡先を探す彼女。
電子の世界に、彼女の指先が揺れる。
「相変わらず仕事の速いこと・・・ま、いいんじゃない?
 最高のステージにしてみせるわ、このわたしがね!」
うさぎのぬいぐるみを両手で抱きかかえた少女は、心底楽しそうに笑った。



午後2時、ステージ上。
『Arm@da』のメンバーが、プロモーション用の撮影から帰ってきた。
演劇場の近くにある湖で、「ボート遊びを楽しむ3人」というコンセプトで企画されたそれは
約1名が強硬に反対したため、撮影するのに相当苦労したらしい。
その苦労の甲斐あって、出来上がりは申し分なかったが。
画を見て、彼はひとり微笑む。
「・・・律子だろ、駄々をこねたのは。まぁ、湖に落ちたら大変だからなぁ・・・」
それは、彼と彼女だけの秘密。

午後3時、控え室。
リハーサルから戻ってきた約1名が、冷蔵庫を覗くなり叫んだ。
「きぃーっ!! いっつも100%のにしてねっていってるのにー!!」
幼さの残る、よく通るその声。
開演前の忙しい時に、他のスタッフを買出しに行かせる事はできない。
だから、彼は麓の商店街まで出向くことにした。
適任者が彼しかいなかったし、それに・・・
「俺のミスだしな・・・伊織がへそを曲げたら後が怖いし・・・」
頭上の陽光を手で遮って、彼は呟いた。

午後4時、客席・最上段。
諸々の準備が予定より早く済み、彼はそこで寛いでいた。
そんな彼に忍び寄る約1名が「お疲れ様です」と歌う。
彼女は、露に濡れて冷たそうな缶コーヒーを彼に差し出した。
彼はありがとうといってそれを受け取り、こう続ける。
「だけど・・・ライブを成功させるまで『お疲れ様』は、おあずけだよ」
悪戯をした子供の顔で、彼は笑う。
「・・・まぁ、成功するけどね。千早達のライブだから」
すると彼女は嬉しそうに、期待に応えられるようがんばりますと宣言した。



午後6時、舞台袖。
彼はそこから観客席をちらりと覗いた。
押し寄せる歓声が、ステージを取り巻く水面を震わせているかのようだ。
その様子から、彼には確信めいたものを感じた。

規模は小さくとも、このライブは後々の語り草になるライブだと・・・

そして、その予感は現実のものとなる。 


6

ラスト1曲。千早の声がそう告げる。
曲は勿論、蒼い鳥。
会場のボルテージが最高潮に達したその時、異変の片鱗が姿を見せた。

スタッフが駆け寄る。
「プロデューサー。天井のライト・・・光軸、ブレてませんか?」
そういわれ、彼は視線を上に向けた。
ステージを上から照らすスポットライトは、確かに小刻みに揺れるひかりを投げている。
「トラブルか・・・しかし今からでは手が打てないな・・・」
腕組みをして、彼は軽く唸った。
この曲を歌い切れば、その後のアンコールの時間までにライトの整備は可能か・・・
彼はそう判断し、スタッフに伝える。
「トラブったライトは切りましょう。場の雰囲気を壊したくないですから」
指示通り、彼女達の頭上のライトはその明度を徐々に落とした。
替わりに客席後方から彩度の高い光線が飛ぶ。

急場は凌いだ。
スタッフの誰もがそう思った。

しかし。



前奏が厳かに空間を占め、未来を切り拓くように千早が歌いだしたその時
名状しがたい不安が、何故か彼の胸の裡を占めた。
不安という単語に導かれるように
ふと、彼は天井を見た。
その視線が捉えたものは・・・

『だけど』
千早と伊織、律子が最接近したその時――



「――――っ!!」
鬼気迫る叫びと、人影。
3人はそれを認識した。だが・・・



ずどぉぉぉ・・・・・・ん。



耳朶に残る轟音と、突き飛ばされた痛みに呻きながらも
律子はその身を起こした。
「あいたた・・・何が起こったのよ・・・」
彼女の問いかけに答えてくれそうな千早は、立ち上がって無言のまま何かを見ていた。

自身の置かれた状況。
それを知ったとき、律子の顔から血の気が引いた。

千早の目に映ったもの。
それは地に伏せたままの伊織と、彼女に覆い被さる何者かの姿。

やがてその場から伊織は這い出し、いつものように小言を洩らそうとした。
「何するのよあんた・・・・・・って!!」
たちまち言葉を失い、伊織は凍りつく。



「・・・みん、な・・・ぶじ、か・・・・・・?」



荒い息を吐きながら、彼・・・プロデューサーは呟いた。
彼がその背で負っていたもの。
それは、物言わぬくろがねの、巨大な残骸・・・

見開かれた瞳、感覚のない両足、わななく唇。
目の前の世界が揺れる。
それでも。
彼女達は、素の自分をさらけ出さないように意志の力を束ねた。
プロとして、アイドルとして舞台の上にいるのだから・・・と。

しかし、無情にもその努力は水泡に帰した。

彼の髪に、頬に伝いはじめた深紅の糸。
刹那、千早の目には彼に亡き最愛の弟の顔が重なって
そして、彼の瞳から光が消えた――ように見えた。

信じたくない認めないそんなことはありえない・・・・・・



「――――――――――――――――――――っ!!!!!」

蒼い鳥の慟哭が、真夏の空に響いて消えた――― 


7

―――・・・・・・。

「何やってんのよ律子っ!?」
静謐を尊ぶ病室に飛び込んだその声。

「・・・・・・ん」
呼ばれた律子は夢と現の境を漂ったまま。
それは柔らかく握られた手から伝う、彼の温もりのせい。

「こんなとこゴシップ記者に見られたらどーすんのよっ!
 まったく迂闊なプロデューサーねっ!!」
両手は腰に、その視線は険しく。
その激しい剣幕に、律子の意識は緩やかに今を捉えはじめる。
「・・・・・・・・・い、伊織っ!?」

跳ね起きる、という表現がいちばん相応しいだろう。
けたたましい音と共に椅子を倒し、律子は彼から離れる。
律子は頬を朱に染めながらも、素の自分を仕事の面で覆うべく努めた。
その様子を見て、伊織は肩を竦める。
「いまさら取り繕ったって、遅いわよ・・・」
声のトーンが若干落ちた。
「ま、ゴシップ記者なんか入れっこないけど。
 水瀬家お抱えのこの病院にはね」
倒れた椅子を起こし、ちょこんと座ってみせる伊織。

そして、瞳を閉じて。
「久しぶりね。わたしね、最近仕事の調子いいのよ。
 あんたの愛弟子、あんたより優秀だから」
律子と同じように彼の手に触れて、伊織は笑った。
ただ、その笑い声にはいつもの覇気はなかったけれど。
「悔しかったら早く復帰しなさいよ。
 じゃないとわたしたちが先に世界の頂点に立っちゃうんだから・・・」
その様子を、鼓動を落ち着けながら律子は見ていた。
やはり伊織も寂しいのだろう・・・彼がいないと。

伊織は続ける。
「・・・ここに来る前、メールが来たの。
 『独りじゃ飛べない』って泣き言がずらずらと並んだヤツ」
そういって、伊織は意図的に間を置いた。
ことばに、勢いをつけるために。

「わたしたちはいいのよ?
 あんたがいなくても、うまくやっていけるから。
 でも、今あんたがいないとダメだってニンゲンもいるの。ホント物好きよね・・・」
精一杯の虚勢と本音が形になって表に出た。
普段は伊織の胸の裡にしまってある、相反する気持ち。

彼の手を握る力を、意志の力を強めて伊織は叫んだ。
「・・・あんたに寝てる暇なんてないのよっ!
 さっさと帰ってきなさいよ! あんたじゃなきゃ・・・」



その時。

苦悶の表情で、彼は魘された。
歌姫の名を、繰り返し呼びながら・・・ 


8

ここがどこだかは、解らない。
深淵の只中で、ひかりの差さない場所だという事だけは解る。
叫びは吸い込まれるように空間に消え、駆け出しても果ては見えなくて。

その様な場所にいるのに、彼には怯えも恐怖もなかった。
彼だけに見えるものを、視線の先に見つけたから。
かつて「翼」と形容した、大切な少女。
その翼で、ここから飛び立てる・・・そう思っていた。

でも。

その少女は、うずくまって震えていた。
自分の肩を抱き、声もなく涙を流すばかりで。
何がそんなに悲しいのだろう・・・
そう思って、彼は彼女に声を掛けようとする。

その時、彼は彼女のせなに違和感を感じた。

・・・ない。
旋律の空を翔ける、彼女の命ともいうべき蒼い翼が・・・ない。

彼は彼女の名を呼んだ。
でもその声は届かない。
彼女には、彼は見えてはいない・・・

彼女の姿が水晶のように青白く透ける。
シャープなラインでありながら、しなやかさと強さが宿るその肢体。
きらりと輝いて宙を泳ぐ、黒髪。

「・・・わたしは・・・もう・・・・・・」
はらはらと舞い散る花びらのように。
さらさらと流れる、言の葉。

銀色の淡いかがやきが、彼女のか細い指に灯る。
それは、彼女の深奥に刻まれた至福の時間の証拠。
求めて止まなかった確かな絆が、形を成したもの。
ひかりの環に触れ、彼女は呟く。 

「・・・ああ・・・プロデューサー・・・わた、し・・・」

瞳を閉じる。
眠りに落ちるように。

彼は崩れ落ちた彼女に駆け寄って、肩を揺さぶろうとする。

そして、愕然とした。



そのあまりの冷たさに。
眼前の身じろぎしない彼女であったモノに・・・



「――――――――――――――――――――っ!!!!!」 


9

―――・・・・・・。

「ちはっ・・・うぐっ・・・」
彼は苦痛と共に意識を外へ向けた。

見開かれた2対の瞳、不安げな顔。
その視線の先にあるのは、自分。
「はぁっはぁっ・・・りつ、こに・・・伊織・・・? 今のは・・・夢・・・?」
体を起こそうとする彼を制し、撥ね上げられた寝具を整える律子。
「無理しちゃダメよ・・・落ち着いて」
暫しの静寂が流れ、彼の呼吸は整った。



「で、誰の夢を見てたワケ?」
何故か伊織は仏頂面でそう問うた。
律子は微かに笑った。
それは、重ねてきた年輪の差。

例え夢であったとしても。
いや、夢であるからこそ伊織にはそれが許せない。
無意識の内に、自分以外の女の名前を口にするなんて。

「千早が・・・いや、その・・・」
夢とはいえ、話すことが憚られる。
話せばそうなってしまうような恐怖が彼にはあった。
だから、口をつぐむ。

ふぅっ・・・

高まった内圧を逃がすように、伊織は深く息を吐いた。
幾分か、その表情が穏やかになる。
「いいたくないならそれでもいいわ・・・どうせ夢だし。
 でもあんた次第でその悪夢、正夢になるかもしれないわよ」

刹那、怒気を帯びた彼の視線が伊織を貫く。
「・・・あんたにもそんな顔ができるのね」
伊織は怯むことなく、彼に正対してその感情を受け止めた。
懐の深さと、意志の強さ。
伊織を伊織たらしめるその美点・・・

低い声で伊織は呟いた。 
「いいから黙って聞きなさい!
 千早がわたしにこんなメールを寄越したのよ。
 『今の自分は片翼だ』って」
彼と律子は、押し黙って話の続きを待った。
「あんたの期待に応えられる歌手でありたい。
 そういって向こうに行った千早が今どうしてるのか、あんた知ってるの?」
彼は無言で頭を振る。
思わず律子が口を挟もうとするが、それを伊織は制した。
「わかってるわよ律子、わたしにだって。
 このダメプロデューサーに、心配かけたくなかったからでしょ・・・」
伊織の双眸に宿った憐憫は、誰に対してのものであったろうか。
「あんたは、今の千早を知らなきゃいけない・・・」

無茶な事をいっている。
伊織にもその自覚はあった。
それでも。
憎まれ役だと解っていた。
それでも。
千早のために、彼のために・・・
いや、みんなのために今告げねば。

「千早には、プロデューサーはあんただけなの!
 千早を歌が上手いだけのマネキンにしたくなかったら、さっさと立ちなさいよっ!」
伊織は、ただそう叫んだつもり・・・だった。

その昂ぶり故に、自身に起こった事象に気がつかない伊織。
彼と律子は、それを目前にした。

彼女の頬に伝う何かと、その熱の意味するものを。





暫しの後。
己の身がどうなろうと千早に会う・・・彼はそう決意した。 


10

純白でコーディネートされた殺風景な控え室に
彼女、如月千早は独りで佇んでいた。

かつて至高のアイドルの座を争った好敵手、ジェニー・モルガンとの競演のために。

日本で彼がプロデュースしていた頃に、千早は彼女と出逢った。
日米対決と銘打たれた番組で、千早は勝利を収めたが
今の千早には、その事実は重荷でしかなくて。

今の彼女は、あの頃の彼女ではない。
着実に歌唱力に磨きを掛け、今や世界に知らぬもののない真のトップアイドルに成長していた。
実力をよく知る親友であるからこそ、その凄さが実感できる。
今の千早も、あの頃の千早ではなかったが
それでも、以前の自分とは何かが違うのだと、千早は漠然とした不安を抱いていた。

「・・・プロデューサー・・・」
おもむろに、千早は左手の絹の手袋を外した。

現れたのは、シンプルな白銀の指輪。
日本にいた頃には、それは右手にあって輝いていた。
だが千早は、新天地で活動を再開するに当たって、反対の手に移した。
こころの支えとするために。
そして・・・

千早は、無意識の内に紅指し指に光るそれに口付けを落とした。

『千早の方が、美人だよ』

千早の耳には、遠くでそういう声が聞こえる。
「・・・幻聴だなんて。くっ・・・」
これほどまでに。
命と公言する歌と同じくらいに、こころに根付いていた大切なひと。
彼との暖かい思い出が、今の千早の支えだった。

でも。
思い出だけでは、こころの渇きを潤すことは・・・





収録現場に吹き荒れるリテイクの嵐。
その中心にいたのは、失意の海に沈む千早。

彼女そのものといえる「蒼い鳥」が
その色味をまったく感じさせずに、ただ孤独と悲しみしか伝えてこなかったからだ。
それはスタッフのみならず、彼女自身も気づいてはいた。
でも、立て直せない・・・
原因が、理由が、わからない・・・

「チハヤ!」
ジェニーが千早に駆け寄る。
彼女には確信があった。
千早の瞳を覗き込み、彼女は母親のように語り掛ける・・・

「チハヤ。アナタの『ハピネス』はドコにあるの?」

(・・・しあ、わせ?)
千早の顔に浮かんだ動揺。
ジェニーは短く嘆息を洩らす。
「ワカラナイ?」
おもむろに、彼女は千早の両頬に手を遣った。
千早は思わずはっとする。
その暖かさと、優しさに。
「メーテルリンク。アナタは知っているハズよ。
 『ブルーバード』は、お話のラストにはドコにいたかしら?」
軽く笑みを浮かべ、彼女は千早から離れた。



(幸せ・・・わたしの・・・幸せ・・・)
かつて確かにあったもの。
今は近くて遠いもの。
触れられないのなら、それはないに等しい。
以前の千早はそう思っていた。

そして、今の千早はその頃の思いに再び囚われかけていたのだ。

(違う・・・それは違う・・・)
親愛なる者と築いた、眩くひかりを放つ幸せ。
それはなくなったりはしない。
彼女に背を向けたりはしない。

永遠に、在る。
彼女の隣に、胸の裡に、しっかりと。

それを教えてくれた、たいせつなひと・・・
今一度諭してくれた、よきライバル・・・



千早は顔を上げた。
海の向こうへ、感謝の気持ちの代わりに
せめて眼差しだけでも投げたかったから。



しかし、それは叶わなかった。 


11

スタジオの壁を貫いて、海を渡るはずの視線は
数人の人影に阻まれ、行き場を失う。

(・・・・・・誰?)
千早がスタジオ入りした時にはいなかったその人影。
スタッフでないだろうし、スポンサーといった風でもない。
千早の場所からはっきりと視認はできないが
自分より年下であろう少女と、車椅子の人物に付き添っている女性がそこにはいた。
そして彼女たちは、こちらを・・・千早を、見ている。

千早が訝しんでいると、薄闇から彼女たちは歩を進めた。
スタジオの照明が辛うじて届く所まで歩み寄り
ぎぃ、という音と共に、車椅子が止まる。

近いとも、遠いともいえないその距離。
車椅子の人物に、朧にひかりが射した。
彼女を車椅子から見つめていたのは、優しげな顔立ちの・・・



ごうっ!



耳元で風の唸る音がする。
華奢な腕と脚で、千早は空気を薙いだ。
速く、もっと速く前に進んで確かめなければ・・・その一心で。

そして、渡米してから独り言でしか口にしなかった言葉がこみ上げる。
それは千早が瞼と心に住まわせた、ただひとりのひとの名前・・・
今まさに紡ぎだされようとしたその時―――



「来るなっ!!」



まるで雷鳴のよう。
その場に千早を縫い止めた、怒声にも似た叫び。
ふたりの間に、確かな距離が穿たれる。

千早は耳を疑った。
彼・・・プロデューサーが、自分にそんな感情を向けるはずが・・・

「・・・なぜ、ですか・・・」
狼狽と悲哀を浮かべる千早に、彼は続ける。
「歌手として・・・千早が今すべき事は・・・他にあるからだ・・・」
震える腕でステージを指し示し
息も絶え絶えに、声の張りを失いながらも彼はなお叫ぶ。
「歌を・・・千早が、どれだけ成長したのかを
 俺達に示してみせる・・・まで・・・こっちに来てはダメだ・・・っ!」
そこまで言って彼はバランスを崩し、床に転げ落ちた。

彼女の歌を、世界に響かせる事。

それこそが彼と抱いた夢であり、今為すべきことだと再認識した千早だが
彼の様子がおかしい事に、不覚にもこの時はじめて気がついた。

まさか・・・

歩を進める千早に、伊織が声を掛ける。
「『来るな』そういわれたでしょ?
 ここですんなり再会しちゃ、完治してない体を押して来た意味がなくなるわ」
やはり、と呟いた千早の顔が曇る。
「そう、無茶してる・・・かなりね。
 自分の事よりもあなたの事が心配なのよ、わたし達のプロデューサー殿は」
激痛に喘ぐ彼の体を支えながら、律子はいった。



「・・・・・・」
千早は踵を返す。
固く握り締められた、ちいさな拳の示すものは。

「そうよ千早。わたし達はこんな所で止まってなんかいられないんだからっ!
 ここより先に、頂点に登りつめるまではねっ!」
力強い伊織の決意表明。

それを受け、千早は背中で言葉を返す。
「ええ、そのつもりです水瀬さん・・・」

瞬間、その場にいた全ての人間は目に見えぬ何かに圧倒される。

「・・・今この場で証明してみせます。
 わたしが、プロデューサーがその身を賭けるに値する歌手なのだと!」

その中心に、その源泉にいたのは。

律子や伊織でさえ見たことがない・・・
いや、彼女達の知る以上の気迫をまとう、歓喜の涙に濡れた千早の姿だった。 


12

泣く事は、容易い。
悲しみに浸るより先に、すべき事がわたしにはある。
翼を広げて、天空を翔けよう。

しあわせは、蒼穹の彼方に在る。
そして、わたしのいちばん近くにも。

わたしと貴方が抱いた、ひとつのかたち。
叶えよう。

親愛なる者たちと、共に、その夢を。



 この翼もがれては―――



『生きてゆけない私だから』 



その場の全ての視線が、清冽な歌声の源流である千早に注がれる中
彼女と同じフレーズを微かに口ずさんだ者が、何人かいた。

囁きに込められた想いは、色とりどりに映えて。

律子の声には誠実さがにじみ出て、伊織は素直な気持ちを声に乗せた。
同じ高みを目指す者のシンパシーが、ジェニーの声にはあった。

無論、彼・・・プロデューサーの声も、彼だけの色で染め上げられていた。



その時、彼らは悟った。

皆、千早のことを愛していて
千早も、皆を愛しているのだという事を。
そして彼女が、誰よりも歌に愛されているのだという事も。



伴奏が止み、千早はステージから降りたが
その場の誰もが、ただ言葉を失って、感動に打ち震えていた。

それを破ったのは、右腕を高く掲げたジェニー。



パァ・・・ン!



異国でするハイタッチには、まるで1枚の絵画のような美しさがあって。

「エクセレント! ねぇチハヤ、次はワタシと歌わない?」
そのひとことで、辺りは歓声に包まれる。
「ええ、喜んで!」
千早は満面の笑みを浮かべた後、ジェニーにそっと告げた。
「・・・ジェニー。歌う前に少しだけ、わたしに時間をくれませんか?
 ほんの数分で、構いませんから・・・」
ステージの上では決して見せなかった焦りのようなものが、千早にはあって
それが何に起因しているのかは、ジェニーにはよく解っていた。
「フフッ、早く行きなさい!
 もう離してはダメよ! チハヤだけのハピネスなのだから」
ジェニーはそういって、千早の肩を軽く押す。

その先には、しあわせが待っている・・・



ゆっくりと、千早は彼との距離を縮める。
あと数歩踏み込めば触れ合えるところで、千早は歩みを止めた。
怖いのだ。
もしまた拒絶されたら・・・という不安が、足を前に進ませないのだ。

躊躇いと衝動に挟まれて、千早は震える。
その時。



「・・・おかえり、千早」



刹那。
千早は涙を零しながら、彼の胸に飛び込んで。
そして、声にならない声で―――



その様子を、ステージからジェニーは見ていて。

「ネ? 『ハピネス』は、イチバン近くにあったでしょう?
 『ブルーバード』のラストは、こうでなくちゃネ」

そう呟いて、彼女は親友の再会を、心から祝福するのだった。 


13

季節は巡る。

会議室から眺める風景は、生命の息吹の色に萌えて
街を、希望で埋め尽くしていた。

窓際で、穏やかにそれを眺める少女。
「今日これからまた始まるのね、わたし達の新たな伝説が!」

それを受けて、癖のない流麗な黒髪の女性はいう。
「そうですね。
 こうして、また皆さんと歌えることを嬉しく思います・・・ふふっ」

分厚い硝子には、苦笑と、眼鏡のフレームが映る。
「・・・で、どうして集合時間なのにわたし達しか会議室にいないわけ?
 まったくもぅ・・・相変わらずこういうところは抜けてるんだから・・・」



廊下に響く慌しい足音。
独特のリズムを刻むそれに、彼女達は聞き憶えがあった。

その音の持ち主は、疾風のように会議室に滑り込み
「済まないみんなっ、寝坊したっ!」
開口一番、詫びたのだった。


 
「新たなスタートを切るこの日に遅刻ですか、プロデューサー?」
物言いは厳しかった。でも、彼女は穏やかに彼を見つめていた。
不信や軽蔑の眼差しではない。
彼女の瞳に宿るのは、その対極にあるものだ。
暖かさが、室内を満たす・・・

「俺の落ち度だ。今後は気をつけるよ・・・」
流石に彼も、今回の失態には応えたようで。
彼女・・・如月千早のいうように
新たな門出の日に、プロデューサーたる自分がこれでは示しが付かないだろう、と。

「そうあって欲しいものですけど。
 で、どうして遅刻したの? 弁解ぐらいは聞きますよ?」
両手を腰に当てて、秋月律子は笑いながら問うた。

彼は逡巡した後、覚悟を決めてこういった。
「・・・興奮して、眠れなかった」

会議室に響き渡る、高く澄んだ笑い声。
「遠足前のコドモじゃあるまいし、何よソレ!」
笑いすぎで、水瀬伊織は苦しんでいるようだ。

「悪かったな・・・コドモで」
いわなければ良かったと、彼は若干後悔したが
根が正直者の彼は、どの道嘘はつけなかったし
そんな彼だから、彼女達は彼を信じ・・・言葉にできない想いを抱いているのだ。

笑い声がひと段落したところで、彼は口を開いた。
「確かに興奮もしてたけど・・・
 今日このミーティングまでに、決めないといけない事もあって
 それで、眠れなかったんだよ」
彼の言を受け、千早が尋ねる。
「決めるべき、事柄?」 


14

「・・・新しいユニット名を、考えていたんだよ」
改めて彼は彼女達と向き合い、こう告げた。
「『Am@deus』で、いこうと思う。どうかな?」

「偉大な音楽家にちなんで、ですか?」
千早の瞳が輝く。
「うーん・・・まぁ、それもあるけどな」
律子は笑う。
「プロデューサーの事だから、知っていて命名するんでしょ?
 『アマデウス』の意味する所を、ね」
彼は、軽く苦笑して見せた。
「・・・律子には、お見通しだったか」
伊織は、首を傾げる。
「『アマデウス』って、どんな意味があるのよ?」

「『神に愛された』とか『全てに恵まれた』って意味だよ。
 高校生の頃に音楽の授業で習った事を、ふと思い出して・・・ね」
3人の瞳を交互に覗いて、彼はいった。
「俺たちが出逢ったこと、皆がそれぞれに光るものをもっていたこと。
 あの事があって、散り散りになっても・・・こうしてまた一緒にいられるということ。
 それって、とても幸せなことなんだって、思うんだ・・・だから」
彼は、そこまでいって、一呼吸置いた。

淡く陽光の差す硝子張りの会議室に流れる、いっときの静寂・・・
彼はいう。

「俺たちの今までに感謝して、このユニット名でいきたい」

彼女達は皆、静かに頷いた。

「・・・ありがとう。では早速『Am@deus』始動といこう!
 まずは・・・レッスン・・・だ!」
彼の声が、詰まる。
何があったのかと、伊織は俯いた彼の顔を覗き込んだ。
そこにあったのは・・・

伊織は肩を竦めてみせた。
「あんた・・・それはまだ早いんじゃない?
 わたしたちが世界の頂点に立った時にたくさん泣かせてあげるから
 その日までとっておきなさいよね・・・にひひっ」
そういった伊織の目じりに浮かんでいたのは、何であったろう。

大丈夫。
彼女達となら、どこまでもいける。
喜びと希望に満ちて、彼は答えた。 
「・・・ああ、絶対にいこうな・・・遥かな高みに!」

律子も、千早も、伊織も「はい!」と返事をして
そしてお互いの顔を見合わせて
最高の笑顔で、彼に飛びついて、いった。



「レッスン、よろしくお願いします!!」 



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