Idol convert

作:春香スレのあの方

「ちっ、また空中ダッシュをミスって着地際を近接かよ…ついてねぇ」

目の前のモニターの中に居るのは、ブレードを振り抜いたごついロボット。
そしてブレードに当たって吹っ飛ばされる刺々しい細身のロボット。

『GAME OVER』

筐体からカードを抜き取り、席を離れる。

「参ったな…やはり基本動作が危ういからか」

何をやってるのかと言えば、『電脳戦機バーチャロン・フォース』だ。
元は高校時代に後輩に薦められて始めたゲーム。
背中にディスクを付けたロボットが所狭しと飛び回り、
2対2で戦闘を行うという『ロボット好きには堪らない』ゲームだった。

…最も、出てから5年も経つので撤去した店が非常に多く、
今では殆ど残っていないが。
偶然大学の帰り道で見つけてしまい、何かと暇が出来るとチマチマやっている、という状態だ。

「…さぁて、時間だ」

携帯を見て、私は別のゲーセンへ移動する。
そう、私がのめり込んでいるもう一つのゲーム。『アイドルマスター』のためだ。

『ライバル出し抜き、目指すはトップアイドルプロデュース!』

稼動前のウェブサイトを見た時は正直、『冗談だろ?』と思っていたが、
近所のゲーセンで実物を見た時は驚いた。本当にモニターの中で女の子が踊ってるのだから。
バーチャロンを見た時も筐体に突き出た二本の操縦桿---ツインスティックを見て「これで操縦!?」と驚いたが、
コレを目の当たりにした時の衝撃はその比では無かった。

しかし、この『アイドルマスター、略してアイマス』が出た当時、
ギャルゲーとはてんで無縁、ロボット大好きだった私は全くもって興味を示さず、
むしろ一種の哀れみを持ってそれを眺めていた。
「こんなのやり出したら人間として一線越えちまう」と言っていたくらいだった。


----だが、そんな状況はあっさり覆される事になる。 


事の始まりは、先の『バーチャロン・フォース』のゲーセンからの撤去だった。
殆どコレのためだけに金を注ぎ込んでいた私は、やる気が失せてしまい、
ゲーセンに行く事も滅多に無くなっていた。


そうして一年経ったある日。


「暇だ。もっと刺激のある物はないのか?」

シューティングゲームにも飽きてしまい、暇を持て余していた矢先に、
私にバーチャロンを教えた後輩からメールが届いた。

『これからアイマスに行きますが…来ますか?』

-----まさかこいつ、アレをやってると言うのか。

とりあえず退屈凌ぎにはなると思い、私は彼と合流すると、ゲーセンへ再び向かった。
そして彼がプロデュースしていた、『眼鏡をかけた女の子』や、大型モニターの中で踊るアイドルたちを眺めていた。

「……」

「…なぁ、これやってみたいんだが。」

余りの退屈さに、思わず口をついて出た言葉。
後で思い返して『余程暇を持て余してたんだな』と呆れ返ったが、
気が付いた時には既に遅く、
プロデューサーとユニットのデータを記録したカードがカードケースに突っ込まれていた。

結局以上のような紆余曲折を経て『こんなの誰がやるんだ?』と言っていた当の本人が、
『俺がやる』という事態になってしまったわけで、
今となってはバーチャロンの側アイマスをプレイする始末。

----世の中つくづく分からんな

「合格したのは4番!おめでとう!」

「…よぅ相棒、また生き延びたな」

Lv16相手に特別オーディションを勝ち抜き、安堵のため息。
一年前からは想像も出来ない光景。
あの頃の私が今の自分を見たら何と言うだろうか?



----これは、そんなロボ好きなプロデューサーの話である。 


「やれやれ…あっちではアイドルがレッスンで、こっちでは俺がレッスンか…」

アイマスから戻ってきた私は、
再びバーチャロンをプレイしていた。
私は、後輩に比べるとゲームを始めたのが非常に遅く(約3年の差)、
どうしても経験の面で負けてくる。それ故に練習は欠かさなかった。

そうして一人で各種操作の練習を行っていた矢先---

M.S.B.S LINKING...

[NEW VIRTUAROIDS APPROACHING]

「っ!?」
思わず小さく叫んでしまう。
本来一人用ミッションの遂行中は、所謂『乱入』は不可能のはずなのだ。

「一体どういう事だ…?」

取り合えず落ち着いて敵機の情報を見る。
何、雑魚程度なら落ち着けば駆逐出来るはず。

PILOT:HARUKA(NEW ENTRY)
VIRTUAROID:MBV-747-A [TEMJIN 747A]

私は少しホッとした。「ゲームキャラの名前を付ける手合い」は大概弱い---そう思っていたからだ。
だが、画面が切り替わり、敵機の姿を見ると、私は目を疑った。
敵機のカラーリングが、ピンクと白を基調とした物だったのだ。

「おかしい、あんな色聞いたことも無い…一体…?」

非常に珍しいカラーリングパターンが数種類存在すると言う話は、
私もよく知っていた。だが、目の前の機体の色は、
今まで私が調べたどの情報にも該当する物が無かった。

ROUND 1 GET READY

「やるしか無いか…GO!」

理由を考える間も無く、戦闘開始の合図が下る。
私は逃げながら弾幕を展開し、相手は相殺性能を持つ武器を使いながら突っ込んでくる。
すぐにビームやら電磁手裏剣やらソードウェーブやらの応酬が始まった。 


「…クソッ、この馬鹿VR(バーチャロイド)!」


---対戦開始から1分後、私の機体は擱座していた。


全く以って歯が立たない。
避けようとすると当たる弾、避けないでいると当たる弾を織り交ぜ、
さらに回避動作もかなり入れた。

だが相手はこっちの弾を全て相殺もしくは回避し、
終いにはこちらに突っ込んで斬撃まで食らわしてきた。

2ラウンドに至っては回避最優先で行動したにも関わらず、
40秒も持ちこたえられなかった。
もはやお手上げ。為す術無し。

「…一体どんな奴が乗ってるんだ?」

余りの完敗ぶりに負けの事はどうでも良かった。
ただ、一体あの機体は何なのか、
そして誰が操作しているのかが気に掛かっていた。

『ふんふんふーん♪』

カードターミナルへ行くと、先程の機体の持ち主と思われる人がいた。

「女…?」

女性でこのゲームをやってる人は少ない。
まして今はもうゲームその物が絶滅しかかっていると言うのに。

データの確認が終わったのか、彼女はカードを取り出してポケットに仕舞い込む。
そしてこちらに向き直り、言った。

『お久し振りです。私の事…覚えてますか?』

忘れる訳が無い。
頭の二つのリボン、白とピンクの服装。
そして屈託の無い笑顔。


----何故こいつがこんな所に? 


「…春香、なのか…?」
『お久し振りです、プロデューサーさん♪』
『もう、相変わらずツインスティック握ると発言が危なっかしいんですから、駄目ですよあんまり熱くなっちゃあ』
「う…すまない」

自分の悪癖を恥じる私…ってそんな場合じゃなかった。
何で春香が目の前に居るんだ。
妄想のし過ぎでついに幻覚でも見え出したのか?

「おお、痛い」

夢でも見てるんじゃないのか?と思い、頬を抓る。
だが目の前の春香は消えない。

『あ、今「夢なんじゃないか」て思いましたね?幽霊じゃありませんよ?』
「そりゃ見れば分かるが……でも何でこんな所に?」

何故、春香がこうして目の前に『実在』しているのか。
何故、春香が私の前に現れたのか。
何故、春香がよりにもよってバーチャロンで私より上手い(ry

3つ目は兎も角として前の2つが問題なのだ。
普通に考えてゲームの中のキャラが現実に出てくる等、有り得ないはず。
だが周りに撮影してるような奴も居ない…どうやら「ドッキリ」でも無さそうだ。

『ふふっ、リバースコンバートですよ、プロデューサーさん』
『リバコン?』

リバースコンバートとは、簡単に言うと、
『ディスクにαのデータを書き込んで箱に入れて負荷を与えると、αが実体化される』という現象で、
バーチャロンの設定では重要な用語である。

『まぁ、細かいことは後にして、ここじゃアレなのでとりあえず移動しましょう。』
「…ん、ああ。」

春香の言う通り、周りの視線が集中し始めている(特に春香に)。
多少成長してるとは言え、全体的に見れば変化は少ない。
他のプレイヤーに見つかったら不味い事になるのは明白だ。

「にしたってどこへ…」
『決まってるじゃないですか、プロデューサーさんのお家ですよ!』
「マジかよ。」

さも当然のように頷く春香。
そりゃまぁ今日は両親も留守だし構いやしないが…何を考えているのだか。

『ほらほら、早く!』

春香に半ば引っ張られるように、私達はゲーセンを後にした。 


『プロデューサーさんのお家って結構広いですね〜』
「そうか?大きさ自体は凡々だぞ?」

家路の途中で買ったドーナツを頬張りながら春香が喋る。
随分と幸せそうに食べている。やはりお菓子好きなのは現実でも同じか。

『んー、でもやっぱり部屋とか広いですよ、私の部屋なんてこんなに広くありませんし。』
「割とごちゃごちゃしてるがな…片付けをする前にぶっ倒れて寝てしまう事が多いんだ」
『んー、でも割と片付いてる方だと思いますよ?前に女の子に片付けてもらいませんでしたか?』

----こいつ、何時も思うが見かけによらず鋭いな。お、ドーナツ2個目だ。

「いかにも。仲の良い後輩の女の子と一緒に大掃除さ。参ったねあの時は。ゴミ袋7つだぜ?」
『うわぁ…どうやったらそこまでゴミが出るんですか?』
「読まなくなった書籍が大量に溜まってたのさ。
『物を捨てられないのは日本人の悪い癖だ』と言ってた奴がこれだから困る。」
『あははは…洒落になってませんよそれ(汗』

実際問題笑うに笑えない量だった。
片付けた翌日、ゴミを回収場所へ持っていく際にそれを思い知らされる事になったわけで。


<<・・・あれはゴミの降る寒い日だった>>


「まぁ、あのままほったらかしにしても事態が悪化の一途を辿る事は目に見えてたからな。」
『もう、プロデューサーさんの家がゴミ屋敷なんかになったら嫌ですよ?』
「安心しろ、そこまで酷くしないから」

嘘だと思うかもしれないが、割と潔癖な方なんだぞ俺は…?
ただ片付ける暇が無いだけで…お、ドーナツ4個目か。ったく見かけによらず食うもんだな。


----あれ、待てよ?俺が買ったのは3個のはずだが? 


「なぁ春香、お前ドーナツ…」
『え?』

4個目を食べ終わった春香が手を少し持ち上げると、1と0のリングが次々と現れ、
その中からドーナツが転がり出てきた。

『プロデューサーさんも食べます?』
「俺 の 払 っ た 金 の 意 味 は ? つーか食い物までリバコン出来るのか、お前…」

『リバース・コンバート』は確かにデータさえぶち込めれば、余りにも無茶苦茶な、
或いはキャパシティを超えた(ブラックホールとか太陽とか)物体でなければ理論上は実体化させられる。
しかし実際には諸事情(細かく説明すると限が無い)によって、
基本的に戦闘ロボット以外は実体化させるのが困難なのだ。

『そりゃあ私はM.S.B.S(Mind Shift Battle System:バーチャロイドの制御OS)で動いてるわけじゃありませんから♪
あ、お金返しますね?』

今度はリングの中から先程払った500円玉が出てきた。
もう何と言っていいやら…いや、突っ込むだけ野暮か。

「代金くれたのは有り難いが…そもそも春香は何で俺の前に現れたんだ?」
『え?』
「いや、態々リバース・コンバートでゲームの中から出てきたんだ、それなりの事情があるんだろ?」

春香が少し俯く。

『プロデューサーさんが最近、動きがぎこちないって皆が言っていたんです』
「皆?俺がプロデュースしてるのはお前と亜美真美、伊織だけだぞ?」
『ああ、えっと、他の子たちはユニットのカードが無いからコンバート出来ないんですよ』
「カード?リバコンはディスク媒体からしか行えないんじゃないのか…」
『いえ、さっきも言いましたけど、私達はM.S.B.SとV-ディスクでコンバート現象を制御してるわけじゃないんです』

成る程---確かにリバース・コンバートで実体化出来るものは、
現象がM.S.B.Sの制御下にある限り『人型兵器』に限定されてしまう。
逆に言えば、それ以外の何らかの方法でこの現象を制御している春香たちは、
『人型兵器』の枠にとらわれずに様々な物体を実体化出来ても何ら不思議では無い。 


「…じゃあ、ユニットカードのある亜美真美や伊織も、出てこようと思えば出てこれるのか?」
『ええ、でも皆で一斉に出たら色々大変なので、私だけが出て来たんです。
亜美ちゃんたちを説得するのに苦労しましたけどね』
「よく抑えてくれた。あいつらが出てきたら止められる自信が無い(汗」

春香一人ですら家まで人目を避けて移動するのが極めて困難だったのに、
伊織や双子が出てきたり等したら手に負えないであろう事は確実だ。
流石相棒、『意外と協調性が無い』とか、
『空気が読めてない』なんて言われようが、俺はお前が『戦況が読める奴』だと信じているぞ、うん。

「で、俺の動きがぎこちないって言ってたのはその3人か?」
『はい、なので今から会ってもらおうかな?って』
「会う?向こうはこちらとは違う世界なんだろう?春香はいいとして、俺はどうやって入るんだ?」
『えーと、プロデューサーさん、確か特製ユニットカードを持ってましたよね?』
「ああ、えっと…こいつか?」

部屋の奥からアイドルマスターの[DRAMA CD Scene.05]を取り出すと、
CDと共に中から何も描かれていないユニットカードが出てきた。
所謂『空』のカードである。
入手したのは良いが、勿体無くてどうにも使う気が起きず、データをPCに取り込んだ後は、
CDと共にケース内に入れて保管されていたものだ。

『えっと、簡単に言うと、そのカードでプロデューサーさんの身体を、こちらの世界に行けるようにします。』
「カードにこちら側の俺の身体を通すことで、『向こう側』での活動が出来るようにデータを書き換える…か。」
『さっすがプロデューサーさん、理解が早いです♪じゃあ、カードを借りますね』

言われるままにユニットカードを春香に渡した。
このまま使わずに埃を被るくらいなら、ここで使ってしまうのも悪くは無いだろう。 


『行きますよ〜!』

春香が両手を前に出すと、カードは春香の手から浮き上がり、高速で回転しながら輝き始めた。
やがて0と1---2進数で形成されたリングが次々とカードを取り囲み、徐々にその半径を広げていく。

「こいつは…まさか…うぉっ、眩しっ!」

そして眩しさが直視できないレベルにまで達した直後、
何かが弾けるような音と共に、猛烈な光が部屋を満たした。

「…ッ、一体何が…?」

目を隠していた腕を下ろすと、カードが浮いていた場所には、
カードの形状をした『扉』らしき物が出現していた。
それは厚みが全く無く、一枚のポリゴンのような物だったが、その奥にはまた別の空間が広がっていた。

「ゲートフィールド(異なる2つの空間の間でのエアロック的役割を果たす中間フィールド)……
こんな物まで作り出せるのか。」

既に春香の姿は無く、代わりに蒼く輝くカードが机の上に残されていた。

「こいつは…ケースに入れておいたはず…」

俺が嘗て使用していた、春香のユニットカードが蒼い光を放っていた。
既に活動終了し、カードとしての役目を果たせなくなっていたが、
勿体無く感じてしまい、柄にも無く捨てずにケースに入れていたのだった。

「『捨てない』つーのも悪くねぇな…」

ゲートに近付くと、蒼い光はそのデータの主に呼応するように輝きを増した。
恐らくこの先に春香が居るのだろう。

<<今行くぞ、相棒>>

何の恐怖心も無く、俺はゲートへ飛び込んだ。 



-----ここが…コンピューターの中…か?


ゲートフィールドを抜けた先は、ネオンの煌く夜の港町だった。
…というか、横浜の港湾区画のデータじゃねぇの?これ。
具体的に言うと桜木町とかそこら辺。ランドマークタワーとかコスモクロックとかある辺り。

「しかし…とてもゲームの中とは思えん。」

周囲の地形や風、光の処理はこれ以上無いほど完璧、
建物や地面の細かい質感まで再現されている。
何も知らない人間をここへ連れてきても、まさかここが異世界だとは思うまい。


-----やけに静かな点を除けば、だが。


肝心の『人』が全くもって見当たらない。
車やバスも、ただオブジェとして、そこに『置かれている』だけで、
中には誰も居ない。当然動くことも無い。

こうなると再現性の高さが却って不自然さを際立たせてしまう。
限りなくリアルに作られた風景も、重要なファクターである『人』が欠けてしまうことで、
現実味を失ってしまうのだ。完璧であるが故に、たった一つの綻びが全てを崩壊させるのだ。

「とりあえず…どこへ行けばいいんだ?」

既にゲートは閉じてしまい、先のユニットカードも光を失っている。
相棒は『亜美真美・伊織に会わせる』とか言ってたが…その3人の位置も判らない。
この近くに居るのだろうか?


----ガサガサ


「ぁあ?」 


物音に気付いて振り返ると、六角柱に小さな安定翼が取り付けられた物が転がっていた。
E.R.L(イジェクタブル・リモート・ランチャー)。俗に言うファンネル・ビットである。

「何でこんな物が…へぶっ!」

E.R.Lに近付くなり、バネ付きのグローブが飛び出してきた。
避ける間も無く顔面にクリーンヒットし、背中から地面に倒れこむ。

「…このE.R.L…まさか本体は…」

『兄ちゃんノックアウト〜♪』

----やはり。つーかあいつら、よりにもよってBAL系機体か?

『逃げるかなと思ったら近づいてくるんだもんねー♪』

----待てよ、奴らがVRの武装を使えるって事は…

『マイザーΓ』と書かれたバーチャロン・フォース用のカードを取り出す。

「えっと…こうか?」

空中へ放り投げ、クルクルと手元で回すと、カードから光が溢れ出した。 


『兄ちゃんがロボットになっちゃった?』
『えぇっ、兄ちゃんアレの使い方知ってるのかな?』
少し離れた茂みの中で、亜美と真美が望遠鏡でプロデューサーを覗いていた。
足元には先程のグローブ内蔵型E.R.Lが転がっている。

『ちょっと、私にも見せなさいよ!』
『あぁ〜いおりん酷いよ〜』

真美の手から伊織が望遠鏡を奪い取る。
レンズを覗き込むと、刺々しい細身のVRに姿を変えたプロデューサーが見えた。

『ふーん、カードを使える事に気付いたみたいね』
『いおりん、なんか兄ちゃん、こっち向いてるよ?』
『大丈夫よ、あんなのにぶち当たる程お馬鹿なアイツが気付くわけ…』

----ジュッ

何かが焼けるような音と共に、3人の居た茂みの両端を光条が貫いた。

『ちょっと、今の明らかにこっち狙ってない!?』
『やっぱり兄ちゃん気付いてるって〜、これ(E.R.L)戻す時に見られてたもん』
『そういう事は先に言いなさ----あれ、どこ行ったのかしら?』

亜美を一喝して黙らせ、再び望遠鏡を覗き込むと、そこには既にVRの姿は無かった。
右へ望遠鏡を向ける。居ない。左へ望遠鏡を向ける。居ない。

----まさか。

恐る恐る上を振り向くと、遥か上空からランチャーをこちらに向けて構えているVRが居た。

『ちょっと、待っ-----』

言い切る前に、3人の頭上でビーム弾が炸裂した。 



『悪ガキどもに逃げ場なし』
『ムッカー!悪ガキとは何よ!』

爆風に紛れて飛んできたハート状のビームを避ける。
煙が風に流れると、少女の姿を模したVRが、亜美と真美を小脇に抱えて立っていた。

『フェイ・イェンVH(以下VH)…中の奴は伊織か?』
『そうよ!全く、行き成りターボ射撃ぶっ放すとは思わなかったわ』
『ハン、年上をからかった罰だ、つーかお前はどっちかって言うとライ----ぐわっ!?』

『ライデン』と言い切ろうとした途端、
伊織の額から強烈なレーザーが照射された。
横っ飛びで直撃は避けたものの、掠った左腕の補助翼が融解してしまっている。

『凸ビームが、何ですって…?』
『俺は一言も言って無い!』

目の前のフェイ、もとい伊織は、金色に輝いていた。
怒りの余りプルプルと小刻みに震えているのがこちらからでも視認出来る。
どう見てもハイパーモード(火力が強化されている状態)だ。

『揃いも揃って、凸ビームだのやれライデンだの……律子や真、亜美真美にも言われたけど、
よりによってアンタにまで……』

なんてこった、まさに『逆ワクテカ』、
これが何時ものアイマスならば、『たっぷり3週間はドタキャンされるといい』って奴?

「…なぁ伊織」
『何かしら?』
「何時もオーディションの時に教えていた言葉があったよな?」
『ぇ?』
「<<戦争もオーディションも生き残ったもん勝ちだ>>ってな!」

伊織があっけに取られた隙に、一気に伊織から連続ダッシュで離れる。
先のような未知の攻撃がある以上、攻撃を「見てから避けられる」距離へ動く必要があった。
別に単に伊織が怖いだけとかそういう訳では…前言撤回。超怖い。

『こらーっ、待ちなさーいっ!!』
「こんな状況で待つ馬鹿がいるかぁぁぁ!!」

我に返った伊織が猛スピードでこちらを追いかけてくる。
中の人は兎も角、VRが『フェイ・イェン』タイプだけあってかなり速い。
少しでも気を抜けば追いつかれるだろう。
そして追いつかれた日には…想像したくない。

『もう許さないんだからっ、これでも食らえーーーーっ!!』
「チッ、またレーザーかよ!」

後方から先程の額レーザー(以下『凸ビーム』)が乱射され、横や頭上の空間を貫く。
当然ハイパーモードによって出力も増大している。

『消し炭になっちゃえーーーっ!』
「てめぇ、それがプロデューサーに対しての台詞か!?うぉっ!?」

雷が落ちるような音に反応し、反射的にブースターを吹かして飛び上がると、
自機の真下を黄金色の凸ビームが横切る。

『外れた…なら!』
「…まさかターボ射撃!?」

直後、先の物とは比べ物にならない勢い----渦状の波動を纏った『スパイラル凸ビーム』が後方から射出された。
暴力的な勢いを持った熱と光の奔流は、
その進路上にあった高層ビルを一撃で貫通破壊し、瓦礫の山へと変えてしまった。

「クッソゥ、キチガイだ!」

こんな物を食らえば、機体の損傷どころでは済まない。
融合している俺諸共、文字通り塵(この世界の場合1bitと言うのかもしれんが)も残さずに消滅してしまうだろう。

----ていうか、一体どこへ行ったんだよ、相棒?

疑問に答える奴が居るわけも無し。背後からの凸ビームが止むわけも無し。
夜の街で俺と伊織の命を賭けた『鬼ごっこ』が始まった。 


SIDE:Haruka

---「避けるのだけは相変わらず上手ね。」

地上で死闘(かなり一方的な)が繰り広げられる一方、
街の中央に位置する一際巨大なビル(どう見てもランドマークタワーだが)の上では、
二人の少女が追いかけっこを観戦していた。

『伊織ちゃん、完全に目的を忘れちゃってますねぇ』
「まぁ、暫く放置すれば思い出すんじゃない?」
『ああっ、またビルが更地になっちゃいましたよ…そろそろ助けないと…』

下の余りの惨状(既にビル10本以上が凸ビームにより倒壊)に春香が焦る。
だが、もう一人の少女は微動だにしない。

『あの…アレ直撃したら……』
「まぁ、一瞬浴びて50%、多段ヒットなんてしたら跡形も残らないわね」
『えぇっ…』
「そこまで下手じゃないわよ…安心しなさい」

手元のモニターを眺め続ける銀髪の少女。
その紅い瞳は、言葉とは裏腹に温かみを含んでいる。
只管戦況を見守るその様は、我が子を見守る母親のそれに近かった。

----きっと「彼」なら抜けてくる。

下の過酷な状況を知っていても、
彼女の言葉を聴くと、何となくそう思えてしまうのだった。
既にビル倒壊数は15本以上。追い回されている側もついに袋小路に当たってしまっている。

「あ、やっば……こりゃ不味いわ。避け切れない。」
『え…?』

言うなり懐から携帯を取り出し----そして叫んだ。

「今だ!ドリルぶち込め!!」
『了解ですぅ!』

通信の後、ガクッと地面が大きく揺れ、
VHのレーダー反応が急に遠くなった。

「全く、使えないんだから…春香、あなたも起動準備にかかって。」
『はっ、はい…!』 


----やっと止まりやがった…

逃げ続けた末に袋小路へ追い詰められてしまい、伊織が俺目掛けてターボ凸ビームを撃とうとした瞬間、
轟音と共に地面が崩れ落ち、彼女はビームを虚空に放ちながら落ちていった。
目の前には巨大な穴が口を開けており、伊織の怨嗟の叫びが聞こえてくる。

穴の上ではどこからとも無く戻ってきた双子が上から
ビーム・エンクロージャー(捕縛・防弾効果を持つフィールド)を張っている。
あれなら幾らなんでも出て来れまい。

『うーん、いおりんがダウンしちゃったね、真美』
『計画台無しだね、亜実』
「はぁ…?」
『兄ちゃん最近なんかビクビクしてるんだもん』
『そんで、いおりんが喝入れてやるーって言ってね…結局いおりんはぶち切れてああなっちゃったけど』

----成る程、そういう訳か。

ここ数日、悩んでいる事が二つあった。
一つはVRを操縦する際、思考に身体が追いつかない事、
もう一つは、双子と伊織をプロデュースする際、『アレ』を用いるか否かという事だった。

『アレ』を使えたからこそ、右も左も分からない状態だった俺は、
春香を何とかAランクへ連れて行く事が出来たのだ。
幾ら初対面のキャラとは言え、プロデュースは既に一回終えている…使って良いものだろうか?

----世間では私のような人間を『意気地なし』等と呼ぶらしい

そう呼ばれても仕方が無いのかもしれない。
コレと『ブースター』を併用すれば余程の事でもない限りはAランクへ行けてしまう。
初心者の私が言うのだから間違い無いだろう。

----だが、もし失敗したら?

仮にもし自分が『アレ』を使わずに、Cランク途中で無様に引退などしようものなら、
そこまで投入した金は全て無駄同然となる。
アイマスだけに金を注ぎ込める人間ならそれでいいのだろうが、
バーチャロンと並行してプレイしている俺にとって、
これは経済的に痛過ぎる話だった。

…とは言え、「一度『アレ』無しでやってみては?」という後輩の言葉もあり、
最近は何も持たずにプレイを続けていたのだが--- 


---「こんなはずが…」

コミュもBADは無いがPefectも出ない。何と言うかキレが無い。
それだけなら兎も角として、
オーディションでも不安さから微妙にテンポがずれてJAや思い出を外す始末で、
かつて、春香と居た頃の勢いは完全に無くなっていた。

『兄ちゃん、聞いてる?』
「ああ、大体はな。悪いな、最近ろくな指示出せなくて」
『うー、兄ちゃん元気無いんだもん。亜美たちも元気無くなっちゃうよ〜』
『はるるんが何時もぶっ飛んでる人だって言うから期待してたのに〜』

『ぶっ飛んでる』という言い回しは兎も角、
やはり今の俺の状態は、自身にとっても、この子たちにとってもよろしくない。
そんな事は分かっているのだが……

『全く、使えないわね〜…』
「ぁぁ…?」

悩んでいた矢先、ノイズの混じった伊織の声が聞こえてきた。

『あんたがそんなんじゃ、私もテンション下がるし、オーディションだって勝てやしない。
春香をAランクまで連れて行くために、必死でオーディションを抜けて来たアンタはどこ行ったのよ。
そんなヘナチョコなプロデューサーなんて、こっちから願い下げだわ』
「だが、俺がAランクに行けたのは…」
『知ってるわよ、あんたがデータを見ていた事ぐらい』
「何…!?」

亜美と真美を見ると、二人とも無言のまま頷いた。
考えてみれば、俺がバーチャロイドを操作している時に言葉遣いが悪くなる癖まで知ってるのに、
コミュのデータを見ている事を知らない訳が無い。

『使わない方がいいんじゃないかって顔してるわね?
そりゃあ何も見ないでAランクまで辿り着けるならそうして欲しいわよ。
でもあんた、自分の実力がどの程度か知ってるでしょ?そこまで馬鹿な人間じゃないでしょ?』
「…」

言うまでも無いが、俺はまだ一人目のプロデュースを終えた直後で、
伊織と亜美・真美でようやく3(4)人目。
JAだって完璧では無いし、レッスンもまだGOODが精々。
全国ランキングなんて、遠い世界の出来事だった。 


『自分で判ってると思うけど、あんたはまだ駆け出し。
言ってしまえば下の中辺りね。』

「…ああ」

『で、あんたは私たちのプロデュースの他に、このロボット…えっと…』
「バーチャロイド」
『そう、それの操縦もやっている。だからお金の減り方が結構激しい。』
「う゛……」

『そんな実力的にも、財政的にも厳しいあんたが、何も見ないで私をAランクまで連れてけるわけ無いでしょ?
むしろ、そんな事したら、余程運が良くない限り、引退コンサート一直線ね。』

返す言葉も無かった。
実際問題として、俺のレベルを考えれば、伊織は手に余る存在というのは間違いない。
ブーストメールがあるからどうにかテンションを維持出来ているのであり、
普通だったらまず間違いなくスパイラルに陥って酷い目に遭っているのは火を見るより明らかだ。

『で、あんたはお金の面じゃ結構厳しいから、CやDランクで落ちると損害が馬鹿にならない。
だからコミュニケーションのデータを用いて、何とかやってきた。
でも最近、自分のやり方に疑問を持ち始めた。そんなところかしら?』

まるで最近の行動を見透かすように、伊織は俺の考えを言い当てていく。
……いや、実際に『見ている』んだろうが。

『まぁ、個人的には「その心意気や良し」、ってところね。
でも、今のあんたって、あれよ?』

「『机上の空論』か……」

『……そう、あんたが幾ら頑張っても、今の状態じゃ無様な姿を晒すだけ。
理想を追求するのは結構な事だけど、そればかりじゃあんたは潰れちゃう。
あんたにはあんたなりの事情があるんだから、自分に出来る限りの事をやってくれれば、
私たちもそれに応えてあげるわ。だから何時も通りにやればいいのよ』

「いいのか……それで?」

『そりゃあ、プロデューサー"だけ"しかやってない奴ならもっと怒るわよ?
でもあんたのその懐事情を見てたら、とても叱れないわよ。
……それに、あんたはデータを見ている割に、やたらと楽しそうな顔をしてるのよね』

「はぁ…?」

『あんた、私たちの言葉を聞くたびに、頷いたり冷や汗かいたり、項垂れたり、
色々反応してくれるじゃない?春香が何時も『面白い人だ』って大笑いしてたわよ?』 


「……!?」

完全に意表を突かれた。自分がVR操縦中に言葉遣いが悪くなるのは知っていたが、
まさか「アイマスのキャラの言葉に一々反応する」癖があるとは思わなかった。
自覚症状が無かったということは余程はまり込んでいたという事だろう。

----全く、このザマを一年前の俺が見たら気絶するんじゃなかろうか?

『自覚して無かったのね……
でもまぁ、それだけあんたは真面目に私たちの相手をしてくれているって事よね?
だから、それに免じて許してあげるわ、感謝しなさい♪』

「あ、ああ…すまない」
『た・だ・し、またこの前みたいなヘナチョコな指示出したら唯じゃすまないから覚悟しなさい、にひひっ♪』

心なしか、胸の奥に引っ掛かっていた物が少し軽くなった気がする。
余計な負荷が減ったからか、身体も少し軽い。

『……あ、やっば、機体の損傷が…』
「おい、大丈夫か?」

急に伊織の声にアラーム音が混じり始める。VHの通信機が壊れかけているらしい。

『私は大丈夫…けど、この…体…もう駄…みたいね…後は亜美た…に…』
「その様子じゃ長くない、自壊する前に機体を捨てろ」
『わかって…よ…美、真美、…内頼ん…わよ。じゃ…脱………』

ノイズが強まり、VHからの信号が途絶えた。
穴掘り名人、もとい雪歩が近くに居るはずだから大丈夫だと思うが。

『いおりんなら多分平気だよ』
『穴の底に雪ぴょんが待機してるから、今頃乗せてもらってるんじゃないかな。』
『あの機体なら上に座れそうだもんねー。平べったいし。今度乗せてもらおっ♪』
「なら問題無いな…で、案内とか言ってたが、どこへ行くんだ?」
『んっとねー、多分、はるるんの居る所、かな?』
『だねだね、きっとあのビルの事だよ』

真美のE.R.Lが向いた先には、ランドマークタワーを模した高層ビルがあった。
あそこに春香が居るのか…でも何故あんな所に。 


『はるるんはねー、兄ちゃんをテストしようとしてるんじゃないかな?』
「テスト?」
『多分、何時もの兄ちゃんに戻ったか、確かめたいんだと思う』
「そうか…俺を呼んだのはそのためだったな?」

同じタイミングで頷く二人にゆっくり歩み寄る。
彼女達が上目遣いで見るくらいまで近付くと、俺は膝をついて謝った。

「…悪いな、お前らに迷惑かけてちゃプロデューサー失格だな」
『んーん、亜美たちこそ、無理矢理呼び出しちゃってご免ね』
「いや、むしろ感謝してる。これでまた何時もみたいに全開で行ける」

言いながら右手に持っていたランチャーをビーム・シールド形態に切り替えて掲げる。
テンションを反映したのか、銀色に輝くシールドに亜美と真美の顔が明るくなる。

『『うん、兄ちゃんはやっぱ元気じゃないと!』』

レーダーに方向表示が出る。指し示した先は例の高層ビルの中央。
恐らく「行け」という事なのだろう。

「時間のようだ……それじゃあ、またな」
『『兄ちゃん、頑張って!』』
「ああ、行ってくる」

ビルに繋がる長い歩道橋に、ホバリングしながら進行方向を合わせる。
軸調整開始---完了。あとは微調整をAIに任せ、一直線に加速すればいい。
>>THRUST CONTROL...
>MAIN R:150%
>MAIN L:150%

「さぁ、花火の中に突っ込むぞ!」

展開されたブースターから放熱ブラストが吐き出され、
一瞬で超音速域まで加速された機体は、周囲に衝撃波を撒き散らしながら駆け抜けていった。 





SIDE:HARUKA

「マインド・ブースターはどう?ちゃんと動くかしら?」
『ちょっと速過ぎる気もしますが、大丈夫です』

ビルの屋上では、春香の機体---テムジン747Aが最終チェックを進めていた。

「あんたも物好きね…よりにもよってうちのパイロットに入れ込むなんて」

「銀髪」の言葉に、スライプナーを振り回していた春香の動きが止まる。

『んー……そうですか?』
「あんな人間のどこがいいんだか……」

春香は少し頭に左手を当てて考えると、
黙々とエネルギー供給ケーブルを取り外している銀髪に言った。

『なら……何で、私の手伝いをするんです?』

「……さぁ、何でかしらね?」

銀髪は一瞬動きを止めた後、
また何事も無かったかのように手を動かし始めた。

----きっと、この人も…

自分と同じだと感じた春香は、
敢えてそれ以上は追求しなかった。
そうでなければ、この場に居るはずが無いのだから。

「準備完了、舞台は整ったわ。あとは……貴方が確かめなさい。」

『MBV-747-A/Hc "テムジン747A Hカスタム" 全システム起動を確認』

>>Welcome to M.S.B.S Ver7.7@
MEMORY CHECK:8.36TB
MIND IMAGE AUTO ADJUSTMENT:Vo:Da:Vi----OK
Fire Control System----OK
Defence Control System----OK
Skelton System----OK
Assault Armor----OK
RW:Sleipner-Mk6H(Neutral Launcher)----OK
LW:Super-Bomb-Mk5c----OK
CW:Sleipner-Mk6H(Blitz Saber)----OK
[System Engage]

文字の羅列が流れてシステムチェックが終わり、繋がれていたケーブルから解き放たれる。
彼女が追加した部品の重量で、多少重く感じるが、
回避に支障が出るレベルでは無い。

『ありがとうございます、これで……』
「礼なら後。あいつが来るわ。じゃ、頼んだわよ。」

春香の言葉を遮ると、銀髪は何かに飲み込まれるように姿を消した。
レーダーは既に、280m程下に『彼』の機体を捉えている。

ENEMY VR DETECTED>>

PILOT:Cher(NEW ENTRY)
VR:YZR-8000Γ MYZR"Gamma"

『……見せてもらいます』

SIDE:PRODUCER

「ついたが…ここは…?」

歩道橋を抜け、自動ドアをくぐると、
そこには今までとは違う雰囲気の空間が広がっていた。
ショッピングモールやエスカレーターは現実世界と同じ構造を為しているが、
その殆どがグレーで彩られ、無機質感を加速させている。

「エレベーターは…電源が落ちてるな」

天窓や各所にあるガラスが、全て蒼色の光を放っている。
建物の中は、電源が落ちているのか、非常灯以外は点いていない。
機械の音も一切聞こえず、静寂が辺りを包み込んでいた。

「…あの光は?」

光の柱に気付き、吹き抜け構造の中央へと降りる。
人が居ないためか、自機の歩行音がやけに大きく聞こえる。

「ありゃあ…確か、前に歌手が居た…」

階段を下った先には、小規模なステージがあり、
光はその中央に差し込んでいた。
誰も居ない舞台に飛び乗ると、それまで無音だった館内に、
場内アナウンスが流れる。

『ID確認…7B4B-G2…認証』

俺のプロデューサーカードの番号が流れると、
足元の床が突然浮き上がり、光の柱に沿って移動していく。
最初は上へ、そして横へずれた後、天井に開いている縦穴に入る。 


M.S.B.System Linking...NEW VIRTUAROID APPROACHING
PILOT:HARUKA(NEW ENTRY)
VR:TEMJIN 747A/Hc "TEMJIN 747A/Hc"
COMBAT AREA:Luminous Bay

「春香……」

レーダーに点が映り、機体の情報が表示される。
前回とは違う機体に乗っているのか、形状が出ない。
…というより、こんな型番の機体はそもそも存在しない。

頭上で扉が開く音が響き、屋上に出ると、
ピンクと白色のテムジンが待ち受けていた。

「よう相棒、まだ歌ってるか?」
『あはは、やっぱりプロデューサーさんはそうじゃないと』

春香は少し安心したのか、かすかに笑っていた。
機体の動きや、バイザーの色からも心情の変化が見て取れる。

「……で、今日は何する?レッスン?オーディション?」
『はい、コンサートの始まりですよ♪』

床が振動し始め、各所に0と1の羅列が浮かび上がる。
大規模なリバースコンバートが始まり、殺風景なビルの屋上に、
次々と照明やら観客席やらが構成されていく。
振動が止まった時には、俺と春香は観客に満たされたスタジアムの真ん中に居た。

「……まるで闘技場だな…ん?」

機体の耐久力を示すバーの横に、
[FAILURE][SUCCESS]と区分けされたゲージが表示される。

「何だこりゃ?まるでお別れコンサートの…」
『ピンポーン♪その通りですっ』
「おいおい、俺はプロデューサーだぜ?アイドルじゃ…」

----ドギュゥン

スライプナーから撃ち出された高出力ビームが、
俺の真横を突き抜けていき、同時にゲージが僅かに溜まった。

「ああ成る程、これなら俺もアイドル、ってわけか」
『はい、歌に合わせて攻撃したり避けたりすると、ゲージが増えます♪』

バーチャロイドは何も戦闘能力のみを求めて作られた兵器ではない。
慣性無視の機動性や凄まじい火力など、並みの兵器とは隔絶した性能を持つものの、
整備コストが馬鹿高く、コストパフォーマンスを度外視したこいつらが存在出来るのは、
「巨大人型兵器同士の白熱した戦闘」による視覚的インパクトが期待されるからだ。

戦場(舞台)に立って、ロックオン(スポット)を浴びて、
観衆(ファン)の声援を一身に受けて戦場を駆け回る---過程こそ異なるが、
その仕事の本質はアイドルと然程変わりはしない。
人気者にならなきゃ金が入らないのだ。

『じゃあ、そろそろ始めますよ、曲は[THE IDOLM@STER(M@STER VERSION -REMIX-)]!!』

ステージの各所に設置された照明が輝き、
スピーカーからイントロが流れ出した。

『GET READY!!』 


『GET READY!!』

11秒の爆発音に合わせて、2機とも同時に目前の障害物にターボ射撃を叩き込んで爆発を起こす。
JAの効果音と共にゲージが伸び、観客席から歓声があがる。

「こいつはいい…一度ステージの上でドンパチやってみたかったんだ」
『気に入って頂けました?じゃあ本気で行きますよっ♪』
「上等だ!来い!」

マインド・ブースターの甲高い音が大気を震わせ、互いの得物から光芒が放たれる。
排熱ブラストの光を背中に纏った2機は、空中を縦横無尽に飛び回り、
すれ違いざまにブレードの切っ先を掠らせて火花を散らす。

----二つのアイドル、夢の競演…?

片や「電脳暦の限定戦争」、片や『芸能界のオーディション』。
本来活躍すべき世界の壁を越えた二人は、
持てる戦技を駆使して会場のボルテージを引き上げていった。

SIDE:AMI&MAMI/IORI/YUKIHO

『『兄ちゃんクルクル回ってるー!』』

E.R.Lで構成した6角形の大型モニター(一部のE.R.Lはカメラとして上空へ)には、
地上からターボ射撃を放つテムジンと、それを空中でローリングしながら避けるマイザーの姿が映っている。

『アイツ、気持ち悪くならないの…?今6回転くらいしてたわよ……』
『プロデューサーさん、スターブレードαとかギャラクシアンとかの主観視点が大好きですから…』
『今度は近距離でグルグル回ってる〜兄ちゃんとはるるん、バターになっちゃいそ〜』
騒ぐ亜美真美の後ろでは、巨大な掘削ドリルを装備したVR『VOX-B240"Bob"』が雪歩と伊織を乗せて鎮座しており、
更に後ろには、伊織を迎えに行くために掘った巨大な穴がぽっかりと口を開けている。

『それにしても、盛り上がってるわねー…あ、今度はなんかオーラ纏ってるわよ』
『あの〜…ボブちゃんのレーダーに何か映ってるんですけど…この「AJIM」って…』

お祭り騒ぎのようなムードに、いきなり冷水がぶっかけられたようなものだった。
伊織が慌てて画面をチェックすると、正八面体のクリスタルが映っている。

『これって……』
『これ銀髪のお姉ちゃんが「チョー危ない」って言ってた』
『参ったわね…あの二人、気付いてるといいんだけど…』 



『ラジカル・ザッパー!』
「しぃっ……いけぇ!」

ランチャーから撃ち出される光条を盾で弾き返すと、
後ろへ通り過ぎた相手をジャンプで捕捉し直し、トレースビームをターボ状態で発射する。
開始から数分で、既に会場の盛り上がりは最高潮、コンサートのゲージは[SUCCESS]の側に振り切っていた。
何せ今までお互い殆どダメージというダメージを受けてないのだ。

>>WARNING
>UNKNOWN ENEMY APPROACHING
>CVT-001 "AJIM"

警告音と共にシステムログに敵情報が表示される。
テムジンにも同じ表示が出たのか、動きが止まる。

「何だ、ありゃぁ!?」
『え……まさか!』

春香の叫びと共に、巨大なクリスタルがステージ上空に現れる。
呆然と成り行きを見守る中、それは八面体の反復からなる人型構造体へと姿を変えた。
結晶戦闘構造体「アジム」。
活性値の高いVコンバーター(この場合俺と春香の機体)を狙って現れる厄介者で、
俗に言う「初心者及びチキン野郎殺しキャラ」でもある。

「丁度いい、どけ春香!」
『えぇっ!?ちょっと…!』
「オラオラ、行くぜェ!」

春香の制止を振り切り、逆に猛スピードで奴に突っ込む。
ここでおめおめ引き下がっては亜美と真美や伊織に申し訳が立たない、
それ以前に主役は俺と春香だ。クリスタル如きに視聴率を取られてなるものか。

『ああもう、バーチャロイドに乗るとやっぱり…うひゃあ!?』

何の前触れも無く手から放たれるカラーボールやら、バキュラっぽい鉄板やら、
ドリームキャストやら(セガサターンも混じってる)を掻い潜り、
日頃の怨み(元のゲームでは最強の敵だった)と言わんばかりにターボ射撃を叩き込む。
幾ら強固な身体を持つアジムといえど、ハイテンション状態の二人の猛攻の前には流石に押されていく。

「当たるかよ!こんな攻撃!」
『あははは…流石プロデューサーさん……』 


半ば呆れかかっている春香の声を無視し、
相手の懐へ入り込み、機体を変形させてコマンドを入れる。

「S.L.Cィィィィィィ!!」
『ブルー・スライダー!!』

二人の所謂『特攻技』が発動し、
アジムの左側にテムジンのサーフボード、
右側にビームを纏った飛行形態のマイザーが突き刺さる。
高硬度のクリスタル質で形成された体に遂に皹が入り、徐々に崩壊してゆく。

“CAUTION”

「?、何だってンだy…」

----カッ

「うわっ!?」
『えっ!?』

台詞を言い切る直前で、アジムが自爆技を発動させた。
核ミサイル顔負けの大爆発はステージ全体を覆いつくし、
夜空には見事なきのこ雲が上がった。

奇しくもそのタイミングは、曲の5分4秒時点の爆発音と同じタイミングだった。

SIDE:AMI/MAMI IORI YUKIHO ???
『どっかーん!!』
『兄ちゃん、はるるん大爆発ー♪』
『笑ってる場合じゃないでしょ!アレ食らったらタダじゃ済まないのよ!?』
『あ、通信が元通りになったみたい…』

E.R.Lとの通信が回復し、モニターに動画が再び投影される。
転送されてきた光景を見て、4人は絶句した。

「『皆ありがとー!』」

ボロボロになったマイザーとテムジンが、爆心地のど真ん中で観客に手を振っていた。
普通に考えれば2機とも(特にマイザー)粉微塵になっているはずなのだが…
テンションが高いと耐久力も上がるのだろうか?

『流石……春香が言うだけの事はあるわ……日頃のグダグダっぷりが嘘みたい……』
『テンションがこっちにも伝わってきます……』

『『…ハァ、疲れるわ』』

あんまりと言えばあんまりな光景に、二人は呆れながらも安堵のため息をついた。
兎にも角にもコンサートは成功し、自分達のプロデューサーは元に戻ったのだから。 



SIDE:PRODUCER

『プロデューサーさんが元に戻ってよかったぁ』
「ははは…ガンマは壊れちまったがな」

コンサートが終わると同時に、周囲のリバースコンバートが解除されると、
後には無機質なコンクリートの床が広がっていた。
俺達はボロボロになった機体を破棄した後、海沿いの道を歩いている。
春香と別れた、あの場所だ。

「懐かしいな……」
『はい…ここでプロデューサーさんと…あ、見えてきました』

春香が指差した先には、行きと同じカード状のゲート・フィールドが形成されていた。
既に時計を見ると、11時を回っている。
もし親が帰ってきて俺が居ない事を知ったらどうなるか分かったものではない。

「やれやれ…相棒、もうちょっと居たかったが、どうやら時間みたいだ、じゃ…」
『……あ、あの!プロデューサーさん!』

カードから『マイザー凵xのデータを出し、ゲート・フィールドに入ろうとした時、
春香が俺を呼び止めた。

『……また、帰ってきてくれますよね…?』

ぐっさりと心を貫かれつつも、
所詮はプログラムと諦めていたあの日の記憶が思い出される。
あの時と違うのは、目の前の春香はプログラムで動いていない、
自分の意思で動いているということ。

----なら、答えは一つしかないよなぁ?相棒?

「…ああ、必ず、な!」

マルチ・ランチャーを持った右腕を後ろに回し、
ダガーを形成した左手を握り込む。
『ふふっ、やっぱりプロデューサーさんはそうじゃないと』
春香が満面の笑みで返す。

「んじゃ行くか…土産は何がいい?」
『そうですねぇ…じゃあ、最高のプロデューサーさんを♪』
「…俺が行くのはそいつがアイドルマスターになる数ヶ月前だぜ?」
『なら、超売れっ子プロデューサーでお願いしますっ♪』
「了解っと…」
『高望みはしませんよ♪』
「贅沢な奴め(w」
『ところで、換えのソックスは持ちました?』
「ああ、オーディションの時の写真と一緒に、な!」

>>Ready to enter the gate field.
>Commence hovering...
>Mind booster ignition count down...
>5.4.3.2...1....GO!!

「相棒、またな!」
『プロデューサーさん、約束ですよー!!』

突入姿勢に機体が固定され、猛烈な加速で身体が締め付けられる。
視界が白に染まり、エコーのかかった彼女の声を最後に、俺は気を失った。 



SIDE:HARUKA

『…春香、アレで良かったの?キスの一つも無しに帰しちゃうなんて…』

ゲート・フィールドが閉じた後、残された春香の横には伊織が居た。

『大体、アイツも鈍感過ぎるのよ…ホント操縦以外はからきしなんだから……やけに嬉しそうね?』

不満気な伊織とは逆に、春香は笑顔を浮かべていた。

『あの人は…きっと戻って来るから』
『そりゃ、アイツは結構馬鹿正直だから戻ってくるとは思うけど---何か根拠でもあるの?』
『それは無いけど…でも、そんな気がするの』
『…アンタねぇ……』

伊織は呆れて溜息をつくと、

『でも、アンタにそう言われると、そんな気がしてくるわ…』

SIDE:PRODUCER

「…んあ……」

蛍光灯の光に目を覚ますと、
私は自分の部屋のベッドの上に仰向けに倒れていた。
春香が残していったはずの皿やドーナツの入っていた袋は跡形も無く消え、
玄関にあったはずの靴も無くなっていた。

今までの事は全て夢だったのか……?
そんな事を思いながら、自分の横に散らばっていたカードをケースに戻していく。

「ガンマ以外は全部あるな……あれ…これは……!?」 


FEW DAYS AFTER.....そして数日後....

「まぁ、そーゆー事があったんだよ…当たらねぇぜ!」
『…先輩もキモくなったなぁ…』
「ハピマテ持ち歩いてたテメェが言うな」

私はまた何時ものように後輩をバーチャロンの練習に付き合わせていた。
あの日以来、以前のような不安感は無くなり、
春香と居た頃のように、亜美真美と伊織のプロデュースも漸く波に乗り始めた。

この調子なら、春香にまた会える日も来るはず----
証拠は無いが……いや、ある。

『それ』
「おっとぉ?」

敵機が小型ミサイルを放つと同時にダガーを投げつける。
ダガーはかち合った弾頭を一方的に掻き消してそのまま突き刺さり、
一時的に機動力を下げる。

『テンションダウーン』
「そらぁぁぁ!滅・殺!」

鈍足でダッシュする相手に追撃を入れるべく、
空中に飛び上がり、胸部のビームキャノンを叩き込む。
2人羽織のような機体が仰け反り、爆発しながら崩れ落ちた。

「オラァ!次はどいつだァ!!」
『こ、これがDANクォリティ…』

項垂れる後輩の横で、俺は久々の勝利に喜んでいた。

SIDE:???

『やっぱりプロデューサーさんはこうじゃないとっ』
『いい調子みたいね…このままいけばもっと強くなるわ……』

『あ、二人ともやめたみたいね…どこ行くのかしら?』
『確か…伊織がメールで呼んだとか言ってたから…』
『少しはこっちにも時間割いて欲しいのに……たまにはこっちにも貸しなさい?』
『はいはい、じゃあ先に向こうで待ってましょう♪』

騒ぐ二人の様子を物陰から見ていた二つの人影は、
彼らが鞄を持って筐体から離れたのを確認すると、テクスチャが剥がれるように消えていった。

『プロデューサーさん、頑張ってくださいっ♪』 


SIDE:PRODUCER

「ん…今相棒の声が聞こえた気が…」
『先輩?』

聞き覚えのある声が聞こえたような気がして辺りを見回すが、
声の主はどこにも見当たらない。

『どうかしました?』
「……誰かが俺らの事ネタにして喋ってたような気がする。視線も少し感じた」
『気のせいでは……ガラガラですよ?』
「ふーむ……まぁ誰だか知らねェがいいや。行こうぜ」

不思議に思いながらも、鞄を肩にかけ直すと、
気を取り直してアイマスの置かれているゲーセンへ急ぐ。

「ったく、相変わらず凸様は人使いが荒いぜ……」

早歩きで向かう彼の鞄の中。
その奥で、一枚のカードが淡い輝きを放っていた。

ユニット名:RED ALERT
BGM:THE IDOLM@STER
ランク:XX
活動週:XX
UPリミット:XX

数日前までは空だったユニットカード。
その中央には、空中で敵弾を掻い潜りながらランチャーを放つマイザー、
スライプナーを変形させたサーフボードに乗って突撃するテムジン、

そして、各々の機体に重なるように描かれたプロデューサーと春香がいた。


---よぅ相棒、まだ歌ってるか?

---待っててくれよ、俺がそっちへ行ける日が来るまで。

-The end- 




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