天高く馬肥ゆる

作:426

『きゅーん……』

子猫が鳴くような音が、昼のオフィスにこだまする。
事務所にいる全員が、何事かと周りを見回すと同時に、恥ずかしそうに手を上げた娘が一人。

「す、すみません〜。はしたない音をたててしまいまして……」
一同は、音の正体が分かると安心してそれぞれの仕事に戻るが、
他人の問題、と割り切れない約2名が音の張本人……あずささんを気遣って声を掛けた。

「あずささん……大丈夫ですか?確か、ダイエットはじめて1週間ですよね…」
「はぃ〜ありがとう春香ちゃん……ダンスでもしない限りはまだまだ、元気ですよ〜♪」

あくまで俺個人の判断だが、あずささんなりの強がりにしか見えないぞ……
まぁ、無理も無い。成長期も終わり、なおアイドルとしてのスタイルを維持するのが、
どんなに大変か……芸能界というイケメン当たり前の業界にいると、嫌でもソレが良く分かる。

無論、プライベートなことに関しては一介のプロデューサーである俺が口出しする領分じゃない。
しかし、事務所から発表している公式プロフィールから著しく外れるような事態になれば話は別だ。
絶えずTVカメラや街往く人々の視線に晒される、アイドルという仕事……
ドラマなどに出演する場合は特に、急激に痩せたり太ったりはタブーになる。
アイドルは、ファンの夢やイメージを出来るだけ裏切らない。これはわが社の方針でもある。
そのため、ある程度は担当アイドルの体調、身体管理なども俺の仕事のうちに入っているのだ。

……女の子特有の問題なんかは、小鳥さんにお願いするけど。

話はそれたが、わが社のアイドル達のダイエット事情についてざっと把握しなおすと……
おおまかに、ダイエット必要組と不必要組に別れ、不必要組の中で、さらに
育ち盛り組と痩せ組に分かれている。

まず、育ち盛り組はやよい、亜美、真美、伊織の4人。
彼女達はこれから身長も肉付きも、ぐんぐん伸びていく成長期真っ只中。
無理なダイエットはおろか、過度のレッスンすら禁物となる。
たまに亜美、真美のお菓子の食べすぎを注意したりはするが、
身体管理については一番問題なし、と言える娘たちである。 


次に、痩せ組の3人。これは千早、雪歩、そして真だ。
千早と真はそれなりに飯も食うが、それ以上にトレーニングでカロリーを消費するので、
ダイエットの必要は全くと言っていいほど無い。
むしろ、過度なトレーニングでアイドルとしてのビジュアル部分が損なわれる事の方が心配だが、
面と向って口にすると機嫌を悪くするので、これからどう指導して行こうか…それが問題だ。

反面雪歩は、摂取カロリーが極端に少ないため、これまたダイエットの必要が無い。
和食が好きであるため、日々の栄養バランスも良さげだが、もうちょっとくらい食べてもいいような気もするぞ。

そして今俺が頭を抱えているのが、残りの3人…春香、律子、そしてあずささん。
いや、誤解の無いように言っておくが、彼女達が太っているわけでは断じて無い!
普通の女の子達と一緒にしてはいけないレベルの美しさを持っている事は当然だが、
悲しいかな、アイドルと言う仕事は一般人と比べ物にならないスタイルを誇って当然とされるんだよなぁ……

765プロ所属アイドルの中で、彼女達は比較的セクシー路線にも行ける優秀な娘達なんだ。
が、しかし……セクシーアピールが出来るという武器は、
裏を返せば脂肪が付きやすい為、太りやすいという弱点も内包してるわけで。
特に、成長期が終わりを迎えた律子、あずささんはビジュアルイメージの維持に手間がかかる。
若さというものはそれだけで武器になる、というのは本当らしい。

春香は……ダンスが苦手な上に、趣味のお菓子作りが影響しているのだろう。
いまだ成長期にも関わらず、ダイエット必要組の一人に名を連ねている。
(3年もしたら、一番悩みの種になるのは、春香かもしれんな…)

俺は、微妙に失礼な事を想像しながらも、今後のレッスンやオーディションなどのスケジュールを組み、
加えて、彼女達が好きなもので、かつお腹一杯になるようなメニューを考えている最中だ。
本当に、プロデューサーという仕事は何でも屋じみたモノだと感じる。

「しかしなぁ……」
パッと見て、無理難題以外の何物でもないこの仕事に、俺は天を仰ぐ。
春香やあずささんの好物である、甘いお菓子やピザなどは絶対ダメ。
しかし、ハッキリ禁止してしまうと余計なストレスを抱え込み、肌などが荒れる。
そうなると、適度に解禁して精神と肉体のバランスを保ちながら仕上げていく必要がある。

「まぁ…基本は毎日のジョギングやウォーキングがいいとして……一人だとサボりやすいから、
2人以上で併せが基本だよな……あと、足首とかを怪我するといけないから、
柔らかい土の上を走らせてみるか……あ、そうだ。短期間で効果を上げるためには、坂路とかイイかも。
そうすると足に負担がかかるから、次の週はプールでスタミナを上げて……」 


「アイドルを馬と一緒にするなーっ!!」
後頭部に適度なショックと共に、小気味良いハリセンの音が事務所にこだまする。
どうやら、いつの間にか声に出してしまっていたらしい。



「うーん、止めてくれてありがとう、律子。ちょいと考えが詰まっていたもんだからさ」
「…苦労かけている身としては申し訳ないですけど、さっきのは悪い冗談ですっ!
ゆくゆくはアレですか?特別オーデ全部取得して、凱旋門とかキングジョージー!?」

その深いツッコミもどうかと思うが、確かに俺が担当するのはアイドルであり、人間の女の子だ。
どこかのゲームと一緒にして、人を性能差で測るユニット扱いしてはならない。

「すまん、反省するよ……しかし、難しいな……栄養から精神面まで満足させる食事ってのも」
「昔と違ってある程度値段に融通が利くようになっただけでも有難いと思ってください。
本当に、昔は袋ラーメンすすりながらのレッスンでしたからね」

まぁ、確かに。昔の雑居ビルにいた頃は栄養面もあまり考えてやれなかった。
しかも、過度にゴミが出るのもまずいし、カップラーメンすら満足に食えなかったからな。
安い袋ラーメンをディスカウントストアで買ってきて……カセットコンロで作り、鍋のまま食っていた。
律子は事務所設立時代からマネージャー見習いとして765プロにいた分、
その辺の苦労も体験している。しかも当時アイドル候補生でなかった頃は、
事務所で随分無茶な食生活もさせていた。
実家である程度はバランスの取れた食事が出来るとはいえ、申し訳ないことをしてたよな……律子には。
今はそこそこ会社の規模も大きくなり、何とか【芸能事務所】と言える程度の社屋を構えているが、
それで悩みが尽きたわけではないのが、辛いところなんだよなぁ……

「なにやら大袈裟な問題のように聞こえるが…要は、今日の昼飯をどうするか、が問題かね?」
「あ……お疲れ様です、社長。まぁ…ズバリその通りなんですけど」
丁度良いところで、社長が話に加わってくれた。
良く考えたら、今をときめくアイドル達が昼飯に何を食うかで30分以上揉めているというのも、
侘びしい話だと思うよな……勿論、迷っている理由は金銭面のみではないのだが。 


「本当にもう、毎日悩みのタネですよ……営業でレコード会社の人たちとメシ喰いに行く時は、
基本的に断れませんからね……ある程度カロリーに余裕を持たせておかないと後でレッスンが増えるし、
そうすると、疲れが溜まって翌日に影響するし……」
「はっはっはっ、そうやって悩むのも仕事の内だよキミ。私から一つだけアドバイスをするなら、
カロリーよりも精神面に気をつけたまえ。最悪の気分でカロリー消費を抑えるよりは、
少しくらいカロリーがあっても、美味しいものを楽しく食べた方が本人のためになる。
そもそもだな……私がプロデュース業をはじめた時は食糧難で、高たんぱく高カロリーなほど、
ありがたがられたモノだ。それが今はカロリーを押さえた方が喜ばれるなど誰が予想しただろうか…」

「……とりあえず外に出るか、3人とも」
社長の昔話が始まったので、避難の意味も兼ねて席を立つ。
経営手腕は間違いなく凄まじい人なんだが、歳を取ると説教くさくなるのはこの人も例外では無いらしい。
勿論ありがたい話も多いのだが、このペースで話を聞いていると、まずい事になる人がいるし。

「キミ……社長の話は最後まで聞くのが」
「これ以上時間を掛けると、あずささんが倒れてしまいます」

『きゅーん……』

絶妙なタイミングで、あずささんのお腹が鳴った。
何だか、すでに別の生き物のような気がしてならないが……突っ込むと怖い事になりそうなので、
あえてこの場はやめておく。
「大丈夫。手はありますよ……お腹が膨れてカロリーも控えめで、なおかつ
身体に良くてお金も掛からない食事が。ちょっと手間と時間は掛かりますけどね。
そのためにも早く行動しないと。幸い、下準備は出来てるし、ね」
そう言って、俺は新しい事務所の裏庭を指差した。

「なるほど……そう言う事でしたか。ま、ちゃんとした食事とは言いがたいけど……
たまにはいいんじゃないですか?嫌いな人なんてまずいないと思うし」
さすがに律子は察しが良い。裏庭というヒントのみで俺の意図を読んでくれたみたいだ。

「というわけで、俺はひとっ走り材料の買出ししてくるから……
律子と春香、下準備を頼む。……あずささんはなるべく動かないで体力消費を抑えて下さい」
『きゅーん』

「…………」
「…………」
これは俺の推測だが、あまりのんびりしている時間も無さそうだ。
さっさと買い出しに行かないと、あずささんがピンチな気がする……
俺は律子にこの場を任せると、急いで近くの八百屋へと走り出した。 


「律子さんっ、落ち葉、これで全部集まりましたー♪」
「ご苦労様、春香。やよいが普段から掃き掃除してくれてるから楽ちんだったわね。
炭と鉄板をセットする簡易かまども、雪歩の掘った穴が使えるし……考えたわね、プロデューサー」
「うむ、風向きもほとんど無いし、絶好の野焼き日和と言うべきだな……いやいや、
私や小鳥君までご相伴に与れるとは、ありがたいものだ。
そもそも、わたしの若い頃は本体ばかりか、つるの部分まで鍋に入れて食べたもので……」

「おまたせっ!!丁度収穫から1週間置いた、いい感じのやつがあったよ」
よく分からないが、社長の話の途中に割り込んでしまったらしい。
だが、後ろで律子が社長に見えないように『GJ!』のサインを出しているので、
多分また社長の昔話が始まるところだったんだろうな……

「というわけで、今日の昼飯は皆で焼き芋を作ろう。栄養的にはどうかと思うけど、
エネルギー補給の点で言えば十分だし、女性に必要な食物繊維もたっぷりだ。
甘さの割にはカロリーもさほど多くないし、予算も掛からない」
「うむ。では、各自濡らした新聞紙とアルミホイルを芋に巻いて準備開始だな」

季節は秋。俺も思い出したのは偶然だが、焼き芋というのはナイスアイデアだと思った。
どういうわけか女性陣は大好きなので、テンションを上げつつカロリーを維持が出来る。
料理屋で食べるのと違って自分達で作るから、間接的にメンバー同士の連携も強化できる。
……約一名テンション関係なくピンチな人がいるが、今は気にしないでおこう。

「あの……あずささん?無理しなくても私たちでやりますから」
「いいえ〜いけません。働かざるもの喰うべからず、と言うではありませんか〜ねぇ?」
『きゅーん』
「自分のおなかと会話しないでくださいっ!?」
律子があずささんに突っ込みを入れながらも、的確に芋を新聞紙で包んでいく。
気が付けば、すでに6人で食べても多すぎるくらいの芋がアルミホイルに巻かれていた。
あとはアルミホイルを破らないように気を付けながら、30分くらい焼くだけなのだが……

「あずささん……あと30分、耐えてください。美味しいのを一番にあげますから」
『きゅきゅーん』

……気のせいだろうか、お腹の鳴き具合で、微妙に肯定と否定のニュアンスがあるような気がする。
自由に制御できれば、一芸になるかも知れないが……まぁ、やめた方がいいよな。アイドルだし。
でも、物欲しそうにかまどを見つめるあずささんの目は年齢に反してとても可愛らしく、
純粋無垢という言葉が一番似合いそうなほどに、キラキラと輝いていた。
いくら腹ペコとはいえ、食事を前にこんな顔が出来るのは、やよいとあずささんくらいじゃないだろうか?

それにしても、焼き芋が此処まで絶大な威力を誇るとは思わなかった。
焼きあがるまでの間、春香はもとより律子や小鳥さんまで目に見えてワクワクと心を躍らせ、
テンションが上がっているのが分かるほど。
特に、クールを売りにしている律子がいつもよりソワソワしているのは珍しい。
……まぁ、面と向かって指摘すると怒るので、今は見るだけにしておこう。 


そして30分が過ぎた。
俺は軍手を装着した状態で、芋を一本握り締め、焼け具合を確かめる。
確かな手ごたえと共に芋がゆるく潰れるのを見ると、俺は2本目をかまどから取り出し、
アルミホイルと新聞紙を剥いて、まずはあずささんに渡した。

そのときのあずささんの顔は、数日経っても忘れられないほど輝いていた。
まるで、苦労して見つけた宝箱を開けるような……あまりに眩しく、後光が差しそうな笑顔。
彼女はそっと『いただきます〜』と宣言すると、皮を剥くのもそこそこに金色の芋にかじりついた。

「あぁ……」
美味しさを表すのに、言葉はいらない。……ちょいと気取りすぎな言葉だが、
あずささんの顔を見れば、その表現があながち間違っていない事が良く分かる。
律子や春香がつられて手を出そうとするほどに、彼女の表情が焼きたての芋の美味しさを物語っていた。

「……しあわせ……」
「これは美味しいわね。熱が行き渡って焼きたてのあったかさが、
素材の良さを引き立ててるし……文句なしの出来ね」
「うむ。懐かしい味だな……しかし、昔と違って糖度のなんと高い事か」
あずささんから遅れること数秒。俺達も焼きたてを火傷しないように頬張る。

ほこほこと湯気の立ち上る芋の皮を剥くと、栄養分をたっぷり含んだ黄金の実が顔を出す。
とろけるような舌触りと疲れを吹き飛ばすほどの甘さが口の中いっぱいに拡がり、
ただ野菜を焼いただけとは思えないほどの美味しさに、俺は少しだけ時を忘れた。
………ちなみに、焼きあがってからもう20分以上経っているのだが、
皆、芋を剥くのと食べるのに忙しく、女性4人の姦しさはどこへやらだ。
そういえば、宴会などで蟹を食べに行ったときもこんな事があるよな……あれと同じ現象か。

しかし、残っても後で食べられるようにと多めに買ってきたが………
女性陣にはどんと来いな量だったらしい。4分の3が無くなったところで、俺はさすがに止めた。

「あの……3人とも、そろそろエネルギーも充填できたと思うし、午後の仕事に行かないと」
「あ……そ、そうですよね。お芋でお腹一杯になるのもちょっと……」
「ええ……油断したわ。あまりに美味しいからついつい止められなくなってしまったわね」

『きゅきゅーん……』 


「……」
「……あ、アレかな?空腹状態でご飯食べると胃がびっくりしてそんな風に鳴るって言うけど……」
「うふふ〜多分、わたしのおなかも『美味しい』って言ってるんですよ〜♪」
「そう言う事にしておこうか……さあ、片付けは私と小鳥君に任せて行ってきたまえ」

『はーい♪』
テンションも体力もすっかり回復して、わが社のアイドル3人は元気に出動せんとするそんな時。
壊れた喇叭のような、【ぷぅ】という甲高くも間抜けな音が、裏庭に響いたのは。

「………」
「………」
「………」
「………」

俺を含め、全員が一瞬凍りついた。
時間にして、ほんの10フレームに満たない程度の間だったと思う。
視線と顔色が一瞬にして数度交錯し、まともに喋ると10分は掛かりそうなやり取りが展開されている
………そんな気がした。
まぁ、この状況におけるベストな選択肢くらい俺にも分かる。
俺は、あえて一歩前へ出て皆に拝み倒すような仕草で大袈裟に詫びを入れた。

「みんな、すまん………」

その一言で、張り詰めた空気がやっと穏やかになったのが分かる。
「も、もう……プロデューサーってば、お下品ねぇ。女の子の前で」
「ふふ…何か、漫画みたいですね。バラエティ番組なら、美味しいところかも」
「でも〜可愛らしい音でした〜♪とらたんの鳴き声みたい〜」

今度こそ事態が収拾したのを確認した俺は、3人を連れてTV局へと車を出した。
今日は色々あって早くも疲れていたが、おそらくこれからはもっと大変な事もあるだろう。
飯のチョイス一つで疲れていたら、この先絶対持たないだろうし。

でも、後ろで楽しそうにはしゃぐわが社のアイドル達を見ていると、そんな苦労も疲れも気にならない。
やっぱり俺は、この仕事が好きだし、向いているんだろうな。
そういえば、今度社長がスカウトしてきた新人も、胸の大きなビジュアル系の娘だと聞いた。
ダイエット諸々で問題を抱えるのは、もう勘弁だな……などと思いつつ、
俺はTV局に向かって車の運転を続ける。
彼女達の、限りない成功と、幸せを願いながら。

……尚、本日最後の容疑者については、永遠に謎のままである。


■おしまい。 



上へ

inserted by FC2 system