Goodbye,old sweet home

作:缶珈琲

 いぇいっ! みなさん、盛り上がってますかーっ!?
 もっちろん、私、高槻やよいは、いつだって元気500%! 税込みお値打ち
価格でーす!!
 ……と、言いたいところなんですけどっ。
 実は、次に聴いてもらう曲は、私にしては珍しい、ちょっとしんみりする歌
なんですっ。
 もしかしたら、似合わないなぁ、って思っちゃうファンの人もいるかも知れま
せんけどっ、それでも、ぜひ聴いて欲しいんですっ。
 ですから、どうしてこの歌が生まれたのか。それを知って欲しいなぁ、って……
ええと、プロデューサー、いいんですよねっ?
 あ、プロデューサーが舞台のソデで、まるっ、ってしてますっ。それじゃ、聞いて
くださ〜い!

 ええと、今はこうやって、おおぜいの人たちの前でコンサートしちゃったり
する私ですけど、ほんのちょっと前までは、アイドルデビューを夢見る、どこに
でもいるフツーの女の子でしたっ。
 その頃は、ええと、今だから言っちゃいますけど、あんまりキレイじゃないって
いうか、ちょっとぼろっち……あわわ、ま、まぁそんな事務所にいたわけなんですっ。
 そこには、私と同じようなアイドル志願の女の子が何人もいたんですけど、
プロデュースしてくれる人がいなかったんですねっ。しゃちょーさんに聞いたら、
もうすぐだ、もうすぐ来るから待っててくれ、って。
 だから、いっつもみんなで集まって、わいわいっておしゃべりして、春香さん――
はい、今は「太陽のジェラシー」ですっかり有名な天海春香さんですっ。で、その
春香さんの作ったお菓子食べたりして。
 毎日毎日、アイドルになったらどうする? どんなアイドルになりたい? デビュー
曲はどんな歌がいいかなっ? って、そんなことを話してたんですっ。
 そうして、小さな事務所の小さな部屋は、本当にアイドルになれるのかなって
いう不安と、その何倍ものおっきな夢が、いつもぱんぱんに詰まってたんですっ。 


 そのころ、私は事務所のおそーじ係に任命されちゃいましたっ。えへへ、私、
おそーじ大好きなんですっ。
 ……でも、好きだから、ってだけでやってたわけじゃないんですよっ。
 だって、いつプロデューサーが来るか分からなかったですから。もし、突然来て、
そのときこの事務所を見て、ガクーってなっちゃわないかな、って。それで、やっぱり
やめようってなっちゃったら困るじゃないですかぁ。
 だから、ちょっとでもキレイにしておこう、プロデューサーが来たとき、古いけど
清潔な事務所だね、って言ってくれるようにしよう、って。そんな気持ちで、毎日
おそーじしてたんですよっ。
 そんなある日、いつものようにおそーじしてたら、背中から声をかけられて……。
 それが、今のプロデューサーとの出会いだったんですっ。

 それから、毎日たいへんでしたーっ! レッスンレッスン、オーディションオーディ
ション、って。元気だけがとりえの私が、おうちに帰ったとたん、玄関でへたり込んで
寝ちゃうこととかもありましたっ。
 だけど、とにかくいっしょーけんめいやってるうちに、こんなにいっぱいのファンの
みなさんに応援してもらえるようになって……うっうー、やよいはほんとうに幸せ
ものですっ!
 ……あ、話、ずれちゃいました。
 ええと、そうそう、事務所の話ですねっ。私だけじゃなく、何人かの人がデビュー
して、そろそろ人気も出てきたなぁ、って頃です。
 げーのー記者さんとか、外からのお客さんも、ときどき来てくれるようになって
たんですけど、そしたら、そろそろ今の建物じゃ印象が悪いかなぁ、って、しゃちょー
さんが言い出して。
 もっとキレイな建物にお引越ししようか、って話になったんですっ。 


 みんな、わーいって大喜びでしたっ。私も、わーいって喜んじゃいましたっ。
 でも、お引越しの用意で、いろいろ片付けてたり、最後のお掃除してたり……
そんな事してたら、なんだか胸がキュってなる気がしたんです。
 テーブルもいすも片付けられちゃって、がらーんってした会議室を見て、ああ、
ここでみんなとよくおしゃべりしたっけ……なんて、ついつい思いだしちゃって。
 私、毎日おそーじしてたから、たぶん、いちばんそういう気持ちが強かったって
思いますっ。
 それに、その場所があったから、私、しゃちょーさんや、他のアイドル候補の
みなさんや、プロデューサーに会えたんですよねっ。そう思ったら、さよならする
前に、何か、この事務所への、ありがとうって気持ちを形にしたいなぁ、って。
そう思ったんですっ。
 それをプロデューサーに相談したら、言ってくれたんですっ。
 その気持ちを、歌にしたらどう? って! 


 もちろん、いきなり歌を作れって言われたってムリですけどっ、ラッキーなことに、
事務所のセンパイには、詩を書くのが趣味の人とか、音楽のことなら何でもわかっ
ちゃうスゴい人とかいたんですっ。その人たちに手伝ってもらって、どーにか歌は
できあがりました。
 ところが、モンダイは伴奏だったんですっ。律……えっ? ダメ? あっ、名前
言っちゃダメですかっ!? ええと、事務所のおサイフ係をしてくれてるセンパイが
いるんですけど、その人が、そんな歌には予算出せません、って。
 あっ、知らない人だとイジワルだと思っちゃうかもっ。その人は、そんなつもりで
言ったんじゃないんですっ。だって、こんなステキなアドバイスくれたんですよっ! 
 「どうせだったら、765プロ全員の手作りにしましょうよ」、って。

 事務所のみんなも大賛成してくれましたっ。
 その日から、いつものレッスンの後に、もう一つ、この曲の練習をしてもらってっ。
 伊織ちゃんのバイオリンみたいに、最初から楽器を弾ける人もいたし、いちから
楽器を練習してくれた人もいました。プロデューサーなんか、むかし取ったき……
ええと、きんつばでしたっけ? とか何とか言って、ホコリをかぶったギターを引っ
ぱり出してきてくれて。
 でも、みなさん想いは一つでした。だから、完成したときは、本当に、やったー!
って気分でしたっ。
 だから、ほんとうに、みんなの気持ちのこもった、すごくいい曲に仕上がったと
思いますっ。 


 みなさん、夢を叶えるって、どういうことだと思いますかっ?
 私、単純だから、夢が叶ったら好きなことなんでもできる、って思ってましたっ。
 でも、そうじゃなかったんですっ。今より大きな夢のためには、今大切なものとか、
思い出の場所とか、もしかしたら大好きな人とかと、ときにはさようならしなきゃ
いけないんだ、って……
 それは寂しかったり悲しかったりだけど、それをいやがってたら、夢は叶わないん
だって。
 そんな事を、あの事務所は教えてくれた気がするんですっ。
 プロデューサーにそう言ったら、やよいは一歩オトナになったね、って、そう言って
くれましたっ。えへへ、実感ないですけどっ。
 もう、あの事務所で、みんなでお菓子を食べることはできないです。新しい事務所
でも、みんな忙しいから、おやつタイムに集まるなんて無理だし。それは、やっぱり
寂しいです。
 その代わり、こんなにたっくさんの人たちと、いっしょに歌を楽しむことができますっ。
 それって、すごいことだと思いませんか?

 だから、みなさんにも、この曲を聴いてくれてる間。
 昔むかしにさよならしてきた、いろんな人や物たちの事、思い出して。
 そして、心の中だけでいいから、ありがとうって言って欲しいな、って。
 やよいは、そう思うんですっ。

 はわっ! プロデューサーが、ソデで指をくるくるってしてますっ。ちょっとおしゃべり
しすぎちゃいましたっ。
 ええと、それじゃ、聴いてください! 曲は――

           ――“Goodbye, old sweet home”.
                              (FIN) 



上へ

inserted by FC2 system