Santa Claus is Coming to Town

作:名無し

 12月25日。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー」
「鍵は頼んだよ、2人とも。それでは、お先に。」
「大丈夫ですよ、社長。お疲れ様でした」
 2日連続で行われたパーティーも終わり、文字通りの祭りの後の静けさが事務所内に漂っていた。
「昨日は雪歩の誕生日で、今日はクリスマスパーティーと。ほんと、ウチの面子はこういうの好きだよな」
 パーティーの片付けも終え、仕事をすべく椅子に座ったところで彼はそう呟いた。
「いいじゃないですか。雪歩なんて、泣き止む暇がないくらい喜んでたんだし」
 言いながら律子はくるくるとマウスのホイールを回す。
「雪歩のプロデューサーが大変そうだったけどな」
 彼は苦笑交じりに応えた。

「え……で、でも、クリスマスパーティーは……?」
「クリスマスはイヴも、明日もあるじゃない! だから、今日は雪歩の誕生日パーティーなの!」
「えぇええぇぇっぇえええぇ!」

 そんな、春香と雪歩のやり取りがあったとかなかったとか。
「今日は悪かったな、パーティーに間に合わなくて」
「仕事なんだから仕方ないですよ。第一、2日とも事務所のタレントが勢揃い出来るって言うのは、それはそれで問題でしょ?」
「片付けだけしに来た感じだったよなぁ。メリークリスマスを言う暇もなかったろう?」
「今言いましょうか?」
「……いや、いい」
「ふふっ」
 彼――律子のプロデューサーは昨今のオーディションについての報告書を、
律子は年内に仕上げなければならない事務仕事をこなす為に事務所に残っている。
もっとも、律子の方はほとんど終わっており見直し程度なのだが。
「律子はそろそろ終わりだろ?」
言いながら時計に目をやって、
「まだ10時前か。電車も余裕だな」
「ですね。プロデューサーは終電ですか?」
「い、今からそんな事言わないでくれ……」
「でも、そろそろ仕上げないとまずいですよ。『昨今のオーディションの傾向と対策』なんて。
なんで私のプロデューサーに任されたのかしら」
「目が2人分あるからだろ」
「目?」
「俺と、律子」
「ああ。オーディションの外と中からの分析って事ですか……それじゃ、私も居残らないとまずいじゃないですか!」
「いやいや、今日はいいよ。俺のが仕上がってから、それに意見をくれ」
「むー。早くしてくださいね。私が宿題遅らせたみたいに感じちゃうから……」
「う、うむ」
(思わぬところからプレッシャーが来たな……) 


 彼はディスプレイに目を戻すと、今までのオーディションのボーダーや流行、参加者の傾向をまとめたデータに次々と目を通す。
何度目を通しても考えはまとまってくれないのだが。
「それじゃ、私はお先に失礼します」
 いつの間にかコートを羽織り、マフラーを巻いた律子がそう言った。
「ああ、お疲れ様ー」
「事務所に泊り込みなんてやめて下さいよ? 明日も仕事なんですから」
「今日はまだしないよ」
「しなくちゃならない状況にしないで下さい」
「は、はい……」
「ふふっ。それじゃ、また明日」
「は、は〜い……」
 彼はひらひらと力なく手を振りつつ律子を見送る。そしてついに独り残された事務所で、再び課題に取り組み始めた。

 事務所からの帰り道、既に飲み屋くらいしか開いていない商店街を律子は歩いていた。
クリスマスの飾りつけも、あと数時間を残した今となってはむしろ寂しさを演出するばかりだ。
(オリオン……かぁ)
 少し興の醒めかけた飾りつけを横目に、律子の視線は夜空に向いていた。
いつの間にか冬の星座を形作っていた星々に、まるで魅入られたように視線を預けたまま律子は歩く。
 ドンッ
「きゃっ」
 明らかに前方不注意だった律子は何かにぶつかって尻餅をついてしまった。
 何にぶつかったのかと見上げてみれば、
「あら、サンタクロース」
何処かの宣伝でもしているのだろうか、手にはハート型の風船を持った恰幅のいいサンタが立っていた。
そして、尻餅をついたままの律子にぺこぺこと頭を下げながら、手を差し出してみせる。
「あ、ありがとうございます」
 律子はその手を借りて立ち上がった。
 サンタはくるりと律子の周りをひと回りすると、怪我のないことに安心したのか、うんうんと何度も頷きながら微笑んで見せた。
「ごめんなさい、よそ見してたらぶつかっちゃって。お仕事の最中なのに」
 律子の言葉に、サンタは大袈裟な身振りでそれを否定して見せた。
(あ、そういうコンセプトなのね)
 言葉を発せず、パントマイムで。確かに、サンタのイメージを守るにはいい方法だ。
「お仕事頑張ってくださいね。それじゃ」
 立ち去ろうとする律子を、おっとっとという表現がぴったりな動作をしつつサンタは呼び止めた。
「何ですか?」
怪訝そうな顔をする律子に、サンタは風船を差し出した。
「ええっと……嬉しいんですけど、これから電車に乗るし……」
サンタは律子の話など聞いていないように、無理矢理にその手に風船の紐を握らせる。
(な、何か強引なサンタクロース……)
 律子が少し戸惑うようにしていると、サンタは微笑みながらある方向を指差して見せた。
「……ケーキ屋さん?」
うんうん、とサンタは嬉しそうに頷く。
「あそこの宣伝をしてたのね……でも、私は帰るところで……」
 サンタは、おや! と驚いたような顔を見せて、律子が来た方向――事務所の方へ目をやった。
そして、律子の顔と事務所の方角とを何度も視線を往復させる。何かを問いたげな表情で。
「ああ……確かに、事務所に人は居ますけど。夜食にケーキっていうのもどうかな……っていうか、私は帰るところで」
サンタは律子の話を聞いているのかいないのか、うんうんと頷きながら何度も何度も視線を往復させた。
少し顔を傾けて、それでいいのかい? とでも言うように。
「そ、そんな顔されても……ああ、もう! 分かった。分かりました! 買っていってあげればいいんでしょ。
確かに、イヴも今日も『メリークリスマス』なんて言葉、仕事でしか使ってなかったし。
それはそれで寂しいかな何て思ってみたりもしてなくはないけど……あら?」
 見回すと、サンタは何処かに消えていた。
(な、何なのよ……もう) 


 律子は店の外からケーキ屋のショーケースに目をやる。そこには一つだけ、ケーキが残されていた。
(買うって言ったしね)
 ほんの少しだけ戸惑いかけて、それでも自分に発破をかけて律子はケーキ屋へと入っていった。
「すいませーん……あのー、誰か……」
 普通ならとっくに閉店していて良い時間だ。まさか店を開けっ放しで店員が帰ってしまうなどという事はないだろうが。
そんな不安を抱かせるような時間、たっぷり30秒は過ぎた頃。
「ああ、あらあら。ごめんなさいね。お待たせしちゃって」
 店の奥から出てきたのは上品そうなおばさんだった。少し太り気味で、でもそれが愛嬌を感じさせる。
「えーっと、これを……」
 律子はショーケースを指差す。そこには丁度2人分程度の大きさのケーキがあった。
「はい。これね。良かった、丁度売り切れたわ」
「ふふっ」
 安心したような、満足したような笑みを浮かべるおばさんにつられて、律子の口からも笑みが漏れる。
「あら」
「どうしました?」
「このサンタ」
 ショーケースの上に乗せられたケーキには、イチゴがいくつかと、トナカイ、そり。そして、砂糖細工のサンタクロースがいた。
「風船持たせるなんて。この時期は忙しいから、あんまり細かい細工はしないのにねぇ」
 そのサンタクロースは、ピンク色の、ハート型の風船を持っていた。丁度、律子の右手で揺れる風船と同じ様な。
「ふふっ。おじょうちゃんとお揃いね」
「おじょ……」
(ま、このくらいの歳の人から見ればおじょうちゃんかな……)
「そうですね」
「それじゃ、早速包むわね。少し待っててね」
「はい」

 店から出た律子は、駅への道を少し眺めた後、回れ右して事務所へと歩き出した。
(頭脳労働には、糖分補給がいいんですよ、プロデューサー)
 少し、足取りも軽く。
(……まだ『メリークリスマス』でいいわよね)
 ちらりと目をやった腕時計は、今がまだ『クリスマス』である事を教えてくれている。
「あら」
 見上げた夜空に、風船がいくつも舞っていた。律子は辺りを見回すが、あのお節介で強引なサンタクロースの姿は見えない。
(クリスマスプレゼントのつもりかしら……)
 仕事、仕事で気の回らない、恐らくプレゼントの一つも用意していないであろう
彼女のプロデューサーを思い浮かべながら、律子は微笑む。
「今日は特別な日ですからね。でも、覚えておいて下さいね。私にとっては、毎日が特別な日なんですよ」
 振り向いて、街並みに――何処かで聞いているであろう、サンタに向かってそう呟くと、律子は再び歩みを進めた。
 きっと、間抜けな顔で驚いてくれるだろう、プロデューサーの事を想い浮かべながら。 



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