今夜は眠れない!

作:名無し

どうしてこんなことになっているんだろう……。

目の前には、あずささん。
何故か俺の腕を枕にして布団に入っている。
ニコニコ笑顔で、とても楽しそうだ。

「ふふ、なんだか修学旅行みたいですー」

どんな修学旅行ですか!というツッコミを飲み込んで、
引きつった笑みを返しておく。
時計を見ると、深夜1時を過ぎたところ。

夜はまだまだ、これからだった。 


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今日の仕事はテレビ番組の収録だった。
「幽霊が出ると噂の温泉宿」のレポーター役だったのだが……結局幽霊は現れず。
とりあえず温泉のレポートをして終了するという、パッとしないものになってしまった。

いや、でも、バスタオルを巻いて温泉に入るあずささんの姿だけは、
それはもうものすごい破壊力だった……。
バスタオルというものはあそこまでの物体でも包み込むことができるんだな……。
幽霊は出なかったけど、視聴率はきっとすごいことになるはずだ。

収録を終えて、温泉に入って、美味しい夕食に舌鼓を打って、また温泉に入って。
部屋に戻ってきたのが0時過ぎ。
今日は長時間の移動と仕事をこなしたので、早めに寝て休もうかと思い布団に入ったその時、
部屋のドアが荒々しく叩かれた。


「プ……プロデューサーさん……」
物事に動じないあずささんが、蒼白な顔をして立っていた。
「な、何かあったんですか、あずささん?」
「あ、あの、その、実は……」
「実は?」
「こ、怖い夢を見たんです……」

震えているあずささんをとりあえず部屋に招きいれ、
温かいお茶を出して落ち着いてもらうことにした。

なんでもあずささん、実はお化けや幽霊といった類のものが苦手で、
今日の仕事も最初からあまり乗り気ではなかったらしい。
それでも持ち前の(外見からは想像し難い)根性でなんとか仕事をこなし、
部屋に戻って眠っていたら、怖い夢を見てしまったとか。
そんなこととは露知らず、こんな仕事を入れてしまった上に、
あずささんの不安に気付けなかったとは……。 


「あの、そんなに気になさらないでください、プロデューサーさん」
己の至らなさに落ち込みかけた俺に、あずささんが優しい言葉をかけてくれる。
これではどっちがフォローする立場なのか分からない。
「すみません、あずささん。でも、少しは落ち着いてきましたか?」
「はい、プロデューサーさんとお話をしていたら、怖い気持ちも収まってきました」
胸の前で手を合わせて、にっこりと微笑むあずささん。
これなら大丈夫そうかな?
そう思って立ち上がり、ドアの方へ向かいながら言う。
「明日は早めにここを出られるようにお願いしてみましょう。
 でも、今日はもう遅いから、部屋に戻って休んだほうが……」
「いえ……あの……」
あずささんは座ったまま、うつむいていた。
「ひ、一人で寝るのは……ちょっと、その、まだ怖いです……」
いつになく歯切れの悪い言葉。
こんなあずささんは今まで見たことがないし、なんとかしてあげたいけれど、
一体どうすればいいんだろう。
「それじゃ、どうしましょうね……」
ついつい口に出して言ってしまった無意識の問いかけに、
予想もできない返答が返ってきた。

「その……い、一緒に……寝ていただけませんか?」 


そんなわけで、俺とあずささんは一つの布団に入っているのだった。
それはマズイと止めようとしたのだけれど、泣きそうな顔をされては
首を縦に振るしかなかった。
「あずささん、電気消しても大丈夫ですか? 怖くないですか?」
「はい、プロデューサーさんが居てくださいますから。大丈夫です」
電気を消して俺も布団に潜り込む。
暗くてよかった。きっと、顔が真っ赤になっているはずだから。

「あの」
呼ばれて顔を向けると、目の前にあずささんの顔。
「は、はいっ!? な、なんですか?」
声が上ずる。
「あの、腕をちょっと、こうしてもらえますか?」
「う、腕ですか?」
言われるがままに左腕を動かして、横に伸ばす――と、そこにあずささんの頭が乗った。
「はっ?」
思わず間抜けな声が出る。
「あ、あ、あずささん? 一体何を……」
「二人で寝るときは、こういう風にするものなんですよ?」
なんですよと断言されても困るが、それよりも間近にせまったあずささんの顔と、
あとチラチラと見える白い谷間に冷静さを失い、言葉を返すことができない。
「ふふ、なんだか修学旅行みたいですー」 


それから散々他愛もない会話をしているうちに、あずささんは眠さを堪えきれず、
静かに眠りに落ちていった。

目の前には、すやすやと穏やかに眠るあずささん。
しかも、何故か俺の腕を枕にして。
安心しきったようなその寝顔はあまりにもあどけなくて、
沸き起こりそうになる邪心も洗い流されてしまう。

…とは言え。
すーすーという可愛らしい寝息が聞こえる。
大きな胸が小さく上下しているのも見える。
それどころか時々その吐息が俺の顔に届く……。

いかにプロデューサーランクが高かろうと、
この状況で眠ることなど不可能だった。 


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「ふにゅ……うぅん……」
あずささんが身じろぎする。
何も悪いことはしていないのに、それだけでビクっとしてしまう。
窓の外からは既に光が差している。いつの間にか朝になったようだ。
時計に目をやる。7時12分。
もう起こしてもいい頃だろう。それに、そろそろ俺の理性も限界ギリギリだ。

「あずささん、あずささん、朝ですよ」
トントンと肩を叩いてみる。
起きない。

「あずささん、あずささん、起きてください」
今度はゆさゆさとあずささんの身体を揺さぶってみる。
すると、当然のことながら、身体の一部が特に大きく揺れ動いた。
必死に目を引き剥がそうとするが、しかし欲望には抗いがたく……しばしその揺れを堪能する。
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
……すごいな。 


「おはようございます、あずささん」
「おはようございます、プロデューサーさん」
この時点で、何故かまだ腕枕は継続中だ。
「よく眠れましたか?」
「はいっ。今度はとってもいい夢を見られましたー」
満面の笑顔で微笑むあずささん。
徹夜明けの俺にとっては、まぶしすぎて直視していられない……。
「そ、それは良かったですね」
「プロデューサーさんは、よく眠れましたか?」
「え、いや、それがその、あんまり……」
正直言うと、一睡もしていない。あの状況で眠れるわけがないのだ。

どうもあずささんはその回答の理由を誤解したらしい。
「まぁ、そうなんですか……」
少し深刻そうに考えたあと、子供のような、悪戯っぽい笑顔で言った。
「プロデューサーさんも、怖い夢を見てしまったんですね?」
「はっ?」
「それで、よく眠れなかったんでしょう?
 プロデューサーさんも、意外と怖がりだったんですねー。
 なんだか安心しました」
何故安心するのかよくわからないけれど、あまりの疲労に突っ込むこともままならない。
そうですかと適当な相槌を打っていたら、最後の最後にとんでもない発言が、
最大級の笑顔とともに降ってきた。

「それでは、今度、プロデューサーさんが怖い夢を見てしまったとき、
 私が一緒に寝てあげますね。
 それで、朝はちゃんと、“おっはよっ”って、明るく起こしてあげますから」

悪夢以前に、またきっと眠れないに違いない……そんなことを思いながら、
俺の意識は次第にブラックアウトしていった。 


後日、この日収録した映像の中に、幽霊のような影が映っているという連絡が事務所に入った。
もらってきたビデオテープを再生してみると、確かに、宿の中を歩いているシーンの背後に
一瞬白い着物をきた人物のような影が……。

「これのことですかね……?」
何気なしに、隣でビデオを見ていたあずささんに話を振ってみる。
「……」
返事がない。
「あずささん?」
顔を見ると、蒼白な表情で、目線はテレビの画面に釘付けになっていた。
「あ、あずささん? ど、どうかしたんですか?」
「こ、ここ、この人影……」
震える指先でテレビ画面を指し示すあずささん。
「私が見た……怖い夢に出てきたお化けにそっくりです……!」

さすがに背筋がゾッとなる。
幽霊の話は本当だったのか……。
今まで心霊的なことは信じていなかったけど、あずささんの様子やこの映像を見る限り、
認識をあらためる必要があるのかもしれない。
だけど、俺が本当に恐怖するのはこのあとの展開だった。

ぐいっと服の肘の辺りを引っ張られる感触。
俺の服を、手が真っ白になるぐらいの力であずささんが掴んでいた。
「あ、あずささん?」

どうしたんですか、という言葉は続かなかった。
あずささんは目に涙を浮かべながら、上目遣いで、俺を見つめてこう言った。


「あ、あの……ここ、今夜も、一緒に……」


了 



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