ある日の風景2010

作:缶珈琲

 ふぅ。
 公園のベンチで、俺は一人ため息をついた。
 最悪のオーディションだった。他の参加者のアピール傾向を読み違え、かろうじて
確保したダンスのポイントも、審査員が帰ったことで無に帰し、そして……。
 目を閉じると、まぶたの裏に、あいつらの落ち込んだ顔が焼き付いていた。
(……ちくしょう)
 幾度目かの独白がもれた。
 アイドルの未来を背負って立つ、プロデューサーという役目。その重さが、俺の肩へ
のしかかる。いったい、俺はこんな事で、やっていけるんだろうか……。
「……でも仕方ない♪ ま、そんな……」
「え?」
 突然背後から聴こえてきた歌声に、俺は振り向いた。
「……時もあるさ明日は違うさ♪ ほら、あなたも歌って歌って♪」
「え、ええ、あ、ええと……ぐ、ググっても……」
「そうそう♪ 良かった、この歌知っててくれて」
 知らないはずはない。何年か前にスマッシュヒットを飛ばした歌だ。
「……迷わずに進めよ、行けばわかるのさ…………」
 シンプルな歌詞だ。これだけを文字で読んだとしたら、たぶん何の感慨も沸かない
だろう。
 なのに、それをメロディに乗せることで、おどろくほど胸に染み渡る。つくづく、
歌という物は不思議だ……と思う。
「うん、いい顔になったじゃないですか。やっぱり、歌は落ち込んだときの特効薬
ですねっ♪」
「え、あ、はい……あなたは?」
 改めて俺は、その歌声の主を見た。 


 若い女性だった。年齢は20代前半といったところか。年齢相応の美貌と色香の中に、
どこかあどけない少女っぽさが覗いて見える。そんな印象だった。
「あ、あはは、なんだか落ち込んでたみたいでしたから、つい。あ、余計なお世話でした?」
「いえ、そんな事は」俺は頭を下げた。「ありがとう。少し気分が楽になった気がします」
「良かった。あの子たちの前で、そんな顔見せちゃダメですよ、『プロデューサー』さんっ」
 心臓が一拍だけ飛び跳ねた。
「……どうして、その事を?」
「ごめんなさい。ちょっとだけ見させてもらってました。昔のこと、思い出しながら……」
 女性は、少し気まずげな微笑を浮かべた。
「私の時は、ね。あの人は絶対、私たちの前で弱音は吐きませんでした。でも本当は、
ずいぶん悩んだり、落ち込んだり……分かっちゃいますよね。ずっと一緒にいるんだもの。
でも、いつだって、大丈夫、俺に任せとけば心配ない、って顔をしていてくれて……
だから私も、あの人を信じて、全力でついて行く事ができた……
 私はあの人にめぐり合えて、本当に幸せだったと思います。だから」
 そっと俺の手を握る。
「あなたにも、そんなプロデューサーさんになって欲しいな、って」
 突然、稲妻のように、俺の体を衝撃が突き抜けた。
 そうだ、どうして気づかなかったんだ。俺の目の前にいるのは、あの伝説のアイドル。
ラストコンサートに300万人を動員したという、あの……!!
「あ、天海……春香……さんっ……!?」
「うーん、半分だけ当たり、かな」
「は、半分……?」
「もう、『天海』じゃないですから」
 照れくさそうに、彼女は左手をかざした。薬指に、きらりと光るものがあった。
「それじゃっ! もう落ち込んだりしちゃダメですよっ!」
 身をひるがえして、軽やかに駆け出すのを、俺は呆然と見送る事しかできなかった。
そんな俺の前で、伝説のアイドルは――
「……きゃあっ!?」
――大きな悲鳴を上げて、盛大に、転んだ。
                             <END> 



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