やさしさに包まれたなら

作:名無し

「アイドルマスター、か・・・」

PV録画画面をチェックしながら、現場のカメラマンに指示を出し
アイドルの一番輝いた側面をビデオに封じ込めてもらう。
煙草をくゆらし、オンエアの視聴率に思いをはせる。
春香の調子も上々。輝きを伴ったカリスマアイドルの笑顔と歌声は
きっとファン増加につながるに違いないと確信する。

俺は、この業界ならば誰もが憧れる「アイドルマスター」
9人のアイドルを同時にプロデュースし、それぞれがヒットを飛ばしていた。
今日は引退を6週後に控えた「天海 春香」の歌番組収録というわけだ。

華やかに見えるが我々の経験とレッスン量は半端なものではない。
今日、放映のためのオーディションを余裕で勝ち抜けたのもその賜物であった。

「春香、お疲れ様!」
「はい・・・お疲れ様です・・プロデューサーさん・・」
「ん?どうかしたか?顔色が悪いぞ」
「いえ、べっ、べつになんでもないですっ!ただ・・・」
「ただ?」
「ん、私たちもう『負けない』のかな?って」 


そうだな・・・俺は下積みから何人ものアイドルを育ててきた。
泣かせたこともあった。悲しい別れもあった。互いのギャップを埋められず
苦しい思いをしたこともあった。だがな春香、俺の経験とお前の必死の努力が
この「負けない」状態を引き寄せたんだぜ、と言いたいところだが
代わりにこんな言葉を選んだ。本音をぶつけ過ぎるのもテンションに関わる。

「ああ、もうオーディションに負けて悔しい思いをしなくてもいいんだよ
お前は押しも押されぬカリスマアイドルだ。俺の経験を信じて、付いてくるのが一番さ」

収録を終えて、事務所へと戻る。
春香には送迎をつけて先に自宅に戻ってもらった。軽く残務整理をしていると
小鳥さんが、コーヒーを淹れてくれた。俺好みのブラックだ。

「〜なーんて発言が、春香からあったんですよ」
「あら、春香ちゃんそんな素振りは見せない娘なのに・・それは意外ですね」
いつもの他愛ない会話。

「最近の春香、俺にはよくわからなくて。最善のレッスン、選択肢、オーディションの指示をもってしても
まだ、俺に欠けているものが、あるんですかね?」
そうねえ、と小鳥さんは小首をかしげ、そして柔らかに微笑みながら言った
「なにか刺激が必要なのかも、しれませんね。順風満帆すぎて、なれっこになっている自分に
違和感を感じているんじゃないかな?春香ちゃんは」
「そーっすかねぇ」
「そうですよ。・・・あら、もうこんな時間。それじゃ私は今日は失礼いたします。」
「小鳥さん、いつもお疲れ様です」
「お疲れさま♪」
さて、ファンから送られてきたファンレターやプレゼントの仕分けをして、俺も今日は帰ろう。
ん?なんだこの真っ赤な封筒・・・宛名もない、差出人も切手もない・・・ 


なにやら嫌な予感がする。危険物ではなさそうだが、最近事務所のチェックを厳しくしたおかげで
久しく見ることのなかった「不幸のファンレター」だろうか?
だとしたら事務所の面々や春香に見せるわけには・・。
「自宅に持ち帰って、精査しよう」
事務所の電気を落として、カードキーでロックし家路につく。

「ふう・・・なんだこりゃ」
自室で赤い封筒を開封し、ため息まじりにひとりごちた。
悪徳記者の罠か?いや、奴はオーディションにしか現れないはず。
だってそうだろう?このアイドルマスターな俺に向かって、悪戯でもこの内容はひどすぎるじゃないか。

「アイドルマスター殿
 貴殿と貴殿のプロデュースする「天海春香」に挑戦状を叩きつける
        時 来週日曜昼13:00
        於 赤羽市民文化センター大ホール」


ちょうど日曜はオフにしてある。ハードな毎日の中の貴重な休日ってやつだ。
しかし引退を間近に控えた春香を危険に晒すわけにもいかない。
ここは俺一人で事態を調査することにしよう。
仮に俺に危険が迫ったとしても、社長と小鳥さん、そして春香なら
スケジュールに穴を開けることもあるまい。 


何気なく、そして多忙な営業とオーディションの一週間を過ごし
そして今日が日曜日。
好天に恵まれ、ポカポカ陽気気分に誘われながらも、事件性を考慮して
細心の注意を払いながら市民文化センターへと向かう。
「コンビニで腹ごしらえでもしていくか」
肉まんと茶を買い、大急ぎでかぶりつく。準備は万端だ。

文化センターの裏口を伺う。地下の楽屋に続く階段は薄暗く人気はない。
不思議と鋭敏な高揚感と冒険心。事態を目の当たりにしたら即効で退却だ。
ただのいたずら手紙に数少ない休日をドブに捨てるとは・・・
と、注意力が削がれたそのとき。

「おい!そこのお前、何をしている!両手を壁につけ!」
「!!しまったっ!」 


・・・って、なんでお前がこんなところにいるんだよ、貴重なオフのはずだろ?

「プロデューサーさん♪さっき赤羽駅前のローソンで、お茶飲んでましたよね!」
「は、春香!?」
地味目の私服とダッフルコート、クールサングラスの奥からいたずらっぽい瞳がのぞく。


「ケーキ屋さんに行ったら見つけちゃって、キョロキョロしてるから気になって、
あと、つけちゃいました♪」

「馬鹿っ!これは危険な・・」
「危険な、なんですか?プロデューサーさん?」
「それはその・・・」
顔を覗き込まれ、嘘やごまかしを許さぬ雰囲気に、これまでのことを洗いざらい白状する。

「そーんなことだったんですか♪」
「そんなことって、お前にもしものことがあったら!」

「心配しすぎですよっ!プロデューサーさん!
私たち、Fランクの頃から街角でキャンペーンしたり、遠い町のデパートの屋上で歌ったり、
大変なことには慣れっこじゃないですか!
そしてそのたびに、プロデューサーさんが励ましたり、守ったりしてくれた。
ふふっ。今わたし、あの頃のドキドキがよみがえってるんですよ!
さあ!私たちにイタズラをしかけた真犯人を暴きにゆきましょー♪」 


先週1週間で見せたことの無いイキイキした表情で、春香は進んでゆく。
途中何度か転びそうになったが、そこは俺が支える。慣れたものだ。
そうこうしているうちに、客席1階の中腹にたどり着いた。

「プロデューサーさん、あれ!」
「ああ、誰かがステージに居るな・・2人?」

俺たちの到着と時を同じくして、ステージにまばゆい照明が当てられる。
「!?」

「おーほっほっほっほっ!魅了してしんぜよう!」
「必殺!旋風脚!いやぁーつ!」
「貴様ら!いや、あんたたちは!」

「人呼んでドラァグ・ビジュアル・クイーン山崎すぎお!」
「空を切り裂くダンスのキレ!キタねぇ!軽口哲也!」
同時に鳴り出した音楽に合わせて、山崎はビジュアルアピールを9節全回キメてみせ、
軽口は年季の入ったステップとターン、バク宙とブレイクで俺たちを魅了した。

「くっ!魅了されちまう!心を奪われたら俺たちの負けだ!春香!」
「はいっ!」
パーフェクトレッスンで鍛えた春香も伊達ではない。
全力のアピールで審査員ズに立ち向かう
「あらあら今の春香ちゃん、ビビッときたわ〜」
「春香のダンスいいねぇ!俺も若い頃を思い出すよ!」

これは・・この状況は・・・俺とのレッスンのとき以上に
イキイキと春香がステップを踏み、ビジュアルが輝きだす。 


「ふぅ〜。今日のところはこれくらいにしてあげるわ。カリスマアイドルちゃん!」
「これで勝ったと思うなよ!ダンスの真髄、未だ奥深いぞ!チェケラ!」
「待て、あんたたち!」
「あーら『アイドルマスター』くんじゃないの。いつもオデでは世話になってるわね」
「ま、さる筋から頼まれてな。関係がヌルくなってんだろ?審査席からお見通しだったぜ!」
そう言うと、二人はつむじ風の如くステージ袖へと引っ込んでいった。

「プロデューサーさんっ」
「どうした春香」
「私、なんか変です!いままで使ってなかった部分を引き出されたというか、なんというか」

そうか・・・審査員たちも、もとは歴戦の兵。なにか感じ合うものがあったのかもしれない。
伸び悩んでいた若手音楽家が、高名な師匠にわずかのレッスンを受けただけで
見違えるように表現力が伸びるのはよくある話だ。すると、残る対決レッスンは・・・ 


「やあ、元気そうでけっこう」
「し、社長!なぜここに?」
「私は現場に口を出す主義ではないのだがね。まあ君のことだ
必ず来てくれると信じていたよ。さすが私の見込んだ男だ」
「なぜ、なぜなんですか!?」
「幾たびの出会いと別れ、じっと私は見てきた。往年の私と『彼女たち』を
乗り越えるに足ると判断させてもらった。」

静かに社長は続ける。
「どこかで慢心しては居ないかね?頂点に上り詰めたと、ルーチンワークに
陥っては居ないかね?このタイミングで乗り越えてみたまえ!我々を!」

そしてステージに、一人の女性が現れた。
「あんたは、歌田音!」
「こんにちは、春香ちゃん」
「あ・・・ああ・・・」

春香の脳裏に幼い頃の思い出が溢れだす。
「歌の、おねえさん・・ずっとずっと、見ていてくれたんだ・・・」

歌田が語りかける
「そう・・左右リボンの女の子を初めてオーディションで見かけたときには
そりゃ驚いたわよ。あの春香ちゃんが、芸能界だなんて。
いつも点数表だけ渡して帰ってたから、私が審査員になってから会うのは初めてね。」 


社長が続ける。

「彼女は今でこそ審査員や音楽ライターとして業界の重鎮と言われているが
現役時代にポリープをわずらってしまってね。Bランク、まだまだこれからというときだった。
闘病の甲斐も空しく、彼女の歌声は永遠にレコードに封じ込められることになった。
今こそ、その封印を解こうというわけだ。『真実のアイドルマスター昇格試験』
この日が来るのを、永遠と思える日々の繰り返しのなかで、私は待っていたのだよ」

「だがっ!現役を退いた歌手など今の春香の敵じゃない!いくぞ春香!
さっきは2対1だったが、今度は1対1だ!」
「は、はい!歌田おねえさん、貴方を倒して、私はアイドル神になります!なってみせます!
私、わかったから!プロデューサーさんとの日々が、私の思いが、私を形作っているから!」

メガネの奥で、社長の眼光が、獲物を射抜く鷹のような光を帯びはじめる。
葉巻に火をつけ、そっとつぶやく。

「今日は特別でね。もう一人来てるんだよ」

「まさか・・・・・まさか!」
そこにはエメラルドブルームに身を包んだ小鳥さんがいた。 


「小鳥さん・・・」
「こういう衣装着るのって、久しぶりだなぁ。あ、あんまり見ないでくださいよ・・・
 照れちゃうじゃないですか・・・あはは」
「あなただったんですか」
「そう。切手のない封筒を、ファンの贈り物に忍ばせるなんて造作もないことでしたよ。」

歌田が微笑む
「ことりぃ〜相変わらず、か〜わいい〜♪」
「やだ、音ちゃん、からかわないでよぅ、もうっ!」
それにしてもこの小鳥さん、ノリノリである。

社長が続ける
「私が手塩にかけた伝説のユニットだ。その身に焼き付けたまえ」
マーティン アコースティックギター D-18を手にした社長がイントロを流麗に奏で始める。

♪小さいころは 神様がいて
   不思議にゆめを かなえてくれた

凄絶な歌唱力、聴く者全てを古きよき日への憧憬にかきたてる
魅惑のサウンドであった。

♪ やさしさに つつまれたなら 
                 きっと 

「勝負じゃない!私も!私も一緒に!」
「春香っ!」

♪目に映る すべてのことは メッセージ♪

「これが、真実の休日ブースト・・・・・」
イタズラや悪意なんかじゃない。
社長が、小鳥さんが、審査員たちが
春香に「最後の6週間」を乗り切る力を与えてくれた・・・・

「どうした?君もいっしょに歌わないかね?
こんな豪勢なセッションなぞ、そうそう体験できることではないぞ?」 


「ふぃ〜たーのしかったぁ〜」
会館からの帰り道、星空を見上げながら春香がつぶやく
「ああ、いい経験をしたな」
「プロデューサーさん?」
「春香、ごめんな。俺の指導、コミニュケーション、オーディションの指示
そしてお前の気持ち、うまくわかってやれなくて、わかったつもりでいて」
「いいんですよ。私もこれで、上手くいえないけど、すごくふっきれたな〜って感じですし」

「こんど、私が引退したら、審査員の皆さんや社長、小鳥さんでパーティーがしたいですね!」
「ああ。店はもちろん」
「たるき屋!だって私たちの伝説は、あの雑居ビルからはじまったんだもん!」
「だな!」

だが引退までにやるべきことはまだたくさんある。
審査員も手心を加えるようなヤワな人たちじゃない。俺たちが無様な姿をさらせば
とたんに興味を失ってしまうだろう。

「だが!だからこそ!」
「はいっ!」
「よし!駅まで走るか!」
「はいっ!っととととと!」
どんがらがっしゃーん!

「あうう・・・いたたたた・・・・」
「全く、肝心なところで・・・大丈夫か?肩貸すか?」
「はい〜ううっ」

「社長、どうやらうまくいったようですね」
「ああ、小鳥くん。彼らはまだまだやれる。
そして、様々な経験を、我々やファンにもたらしてくれる、そんな気がするのだよ」

わたしたちが歩んだ道を彼らが受け継ぎ、そして誰かがまた歩き出す。
社長の言葉を聞きながら私は、そんなことを考えていたのです。
私の歌声が、大いなる祝福を彼らにあたえますように。
                          (完) 




上へ

inserted by FC2 system