世界で一番

作:410

1.新プロジェクト始動

俺が美希をプロデュースしている間、ある想いをぼんやりと感じていた。
それは活動を進めるにつれ、徐々に確かなものになり、ラストコンサートで確信に変わった。
コンサート翌日、その想いを実現させる新たなプロジェクトについて、俺は社長に相談を持ちかけた。
 「美希君のプロデュースは大成功だったな。本当にご苦労だったね。
  一旦活動停止ということになるが、今後どうしたいか、君の考えを聞かせてくれ」
俺は新しいプロジェクトを説明した。
 「そうか... 君はそんな事を考えていたのか。ふむ、やはり考えることは同じだな」
 「社長? 何が同じなんですか?」
 「いや、なんでもないんだ・・・・・・ しかし、このプロジェクトは、
  我がプロダクションにとっては一時的には大きな損失となるな・・・・・・」
 「わがままを言って、申し訳ありません」
 「よし、いいだろう。このプロジェクトの実行を許可する。全て君に任せるよ。
  出来る限りのバックアップを約束しよう。必ず成功させてくれたまえ」
 「はい、必ず」
 「ところで、美希君には話してあるのかね?」
 「明日、説明することになっています」
 「そうか、美希君のヤル気が一番の問題かもしれんな」

次の日、プロジェクトの説明をすべく、事務所にやってきた美希を会議室に呼んだ。
 「ハニー、久しぶりー。会いたかったよぉ」
 「昨日1日会わなかっただけだろ」
 「そっかなー? ずーっと会っていない気がして、ミキ寂しかったの」
 「まだ記憶が戻ってないのか? 気分はどうだ? 頭、痛くないか?」
 「心配してくれてるの? 大丈夫だよ、ハニー。全部思い出せるよ」
 「そうか。無理しないようにな。もうあんなにつらい思いはさせないようにするよ」
 「うんっ!ミキね、昨日は一日中ハニーとの思い出を確かめていたの。そしたら、
  ハニーはいつもミキの側にいてくれて、いつもミキのことを考えていてくれたんだなー、
  って事に気づいたの」
 「まあ、プロデューサーだからな」
 「これからは、もっともっと一緒にいようね。ハニー」
 「困った奴だな・・・・・・ じゃあ、体調も問題ないんだな?」
 「うん、疲れはもう無いよ。でも、ちょっと気が抜けちゃったね。あふぅ。
  で、大事な話ってなに」 


 「美希を1年間ずっと見てきて確信したんだ。美希には、とてつもない才能がある。
  ルックスは良いし、ダンスと歌は文句のつけようがない。写真でも賞をもらったよな。
  これは、生まれつき持っている才能と、美希の頑張りが生み出したんだと思う」
 「みんなハニーのおかげだよ。ハニーにそんなふうに言われると、なんか恥ずかしいな・・・・・・」
 「美希には眠っている才能がまだまだあると思うんだ。
  俺は自分の全てを賭けて、美希の才能を引き出し、美希をもっともっと大きく育てたい。
  これが俺の新しいプロジェクトだ。最終目標は、美希を世界でいちばんにすること」
 「あっ、前にハニーが言った世界一の美女ってことだね。
  じゃあ、ミキが16歳になるまでに世界一になって、そしたらミキのいちばん大切な・・・・・・」
 「・・・・・・ それはおいといて、世界一になる方法だけど、美希が自分を最大限表現できれば、
  何の分野でもいいと思うんだ。何がいいと思う?」
 「何がいいかなぁ。歌手は今やってるし、映画も出てみたいな。
  絵描きさんとかラクでいいかな。あっ、昼寝世界一ってのはどう?」
 「それは眠っている才能っていうオチか? まじめに考えてくれよ」
 「だって、急に言われても、なにがいいか迷っちゃうの」
 「そうだと思ったんだ。何が一番いいか決めるのはまだ難しいだろうから、まずは、
  時間をかけて基礎をしっかり作る。それから、いろんなことにチャレンジして、
  やりたいことを決めよう」
 「ふーん。でもそんな時間とれるのかなー」
 「そのために、これからはアイドルとしての仕事は制限する。
  社長とも相談して、了解は取ってあるんだ」
 「アイドルはやるな、ってことなの?」
 「そうじゃない。アイドルを否定するつもりは全く無いよ。
  でも美希はアイドルとは別の世界、もっと広い世界で、
  今よりもたくさんの人たちに感動を与えることができると思うんだ。
  それを実現するため、これからも美希をプロデュースさせてくれ。
  俺を信じて、ついてきてくれないか?」
 「・・・・・・ ハニー、もう一回聞かせてほしいの」
 「えっ・・・・・・ 俺についてきてくれないか?」
 「はい・・・・・・ ついていきます・・・・・・ ハニーのためなら、ミキ、なんでもするね。
  ねぇ、もう一回言って」
 「もう終わり」
 「ハニーのいじわるぅ! でも、すごいこと考えてたんだね。なんかミキ感動しちゃったな」 


 「学校のことだけど、進む高校とか考えているのか?」
 「うーん、きっと、あんまり授業出られないよね。どうしようかな。
  ねぇ、どうしたらいいかな? ハニーはどう思う?」
 「美希さえ良ければ、高校に進まないで、いちばんになるための勉強をして欲しいんだ。
  早いうちに必要なことをしておきたくて。必要なことは俺か俺が選んだ先生が全て教える。
  高校の授業よりずっとためになって面白いことは保障するよ」
 「ハニーが毎日教えてくれるの?」
 「美希さえ良ければな。やっぱり学校行きたいか?」
 「うーん、学校に行かないと・・・・・・ 一日中ハニーと一緒にいられるんだね!
  じゃあ、そうする。そうさせてほしいの!」
 「そうか、ありがとう。美希のご両親にも挨拶に行かなくちゃな。お姉さん元気か?」
 「む〜、なんでお姉ちゃんが出てくるの? ハニーは美希のことだけ考えていればいいの!」
その日のうちに、社長と俺は両親の了解をもらうため、美希の家に行った。
両親は美希の事を心配しつつも、娘の希望を受け入れた。
こうして、プロジェクト始動が決定した。 


2.準備段階

こうして美希と俺の新たなプロジェクトが始まった。
最初は眠れる才能を大きく開花させるための基礎作りをする。
付け焼刃ではない本物の知識・教養を身につけるための準備だ。
ある芸術の背景には必ずその芸術を発展させた文化がある。
遠回りなようでも、背景となる文化を学ぶことで、理解を深めることが出来る。
とりあえずは英会話、そして芸術や文化に関して俺の持つ全ての知識を教え込む。
俺もプロデューサー業を始めてから、それなりに努力して学んだのだ。
俺の不得意分野は、これまでの仕事で得たコネクションをフル活用して、
各界の一流の専門家に美希への指導を依頼した。これには社長も協力してくれた。
頭でっかちにならないよう、実体験も必要だ。
オフには、映画、コンサート、ミュージカル、美術館などを回り、
その帰りには一流レストランでテーブルマナーや立ち振る舞いを教えた。
また、宿題として世界中の神話、歴史、文学を系統立てて読ませた。
時間こそ減ったが、これまで通りの歌やダンスのレッスンも続けている。
俺は常に美希の側にいて、全力でサポートした。
そして美希は与えられる知識を吸収し、確実に自分の物にしていく。
期待通り、いや、心配になるくらいの頑張りを見せてくれた。 


 「美希の頑張りには頭が下がるよ。本当によくやっているな」
 「うん。面白いことばっかりで、楽しいけど・・・・・・
  ねえハニー、なんでこんなにたくさん勉強しなくちゃいけないの?
  ミキ、ちょっとくじけそうなの」
 「つらいか?」
 「うん、ちょっと」
 「いまの頑張りは決して無駄にはならない。芸術を理解するにはたくさんの知識が必要なんだ。
  そしてたくさんの知識があれば、人生を心豊かに楽しく過ごすことができるんだよ。
  世界一になるためには、そういうことが必要だと思うんだ。
  本当は経験も重要なんだけど、それは中学卒業後にしてもらう。
  美希はいろんな事を勉強して、前よりも毎日が楽しくなったと思わないか?」
 「うん、思うよ。昨日一緒に見た映画でも、ミキとハニーは笑ったのに周りの人は
  笑ってなかったよね。あれって、他の人は意味が分からなかったってことだから、
  その人たちは、あの映画を全部楽しんでいないってことだよね」
 「そういうことだ」
 「わかった。うん。もう少し頑張ってみるね。くじけそうになったらミキを支えてね」
 「もちろんだよ。でも、ちょっと急ぎすぎかもな。明日は勉強は休みにして遊園地でも行くか」
 「ほんとっ? いこいこ! ミキ、お弁当つくるね。このまえお料理の先生に教わったの」
実は料理や洋裁など、いわゆる芸術とは比較的関係が薄いことも美希に覚えさせている。
引退後も美希が困らないようにするためだ。美希に幸せになって欲しいからだ。
何たる親バカ、いやプロデューサーバカだ。俺も美希の両親と同じだな。
その後、無理をしない程度にペースを落としたが、それでも美希はぐんぐん伸びていった。
英語はみるみる上達し、感受性も豊かになり、字幕なしの洋画を観て感動の涙を流すまでになった。
美希の才能は俺の想像をはるかに上回っているようだ。
(遠からず俺を必要としなくなる時が来る)
それは喜ばしいことであるはずなのに、俺は猛烈な寂しさに襲われた。 


3.中学卒業

今日は美希の中学の卒業式だ。
 「ハニー、こっちこっち」
 「美希、卒業おめでとう。お母さん、本日はおめでとうございます」
 「あらあら、プロデューサーさん、ありがとうございます。
  美希ちゃん、もう家に帰って来なくてもいいからね。
  プロデューサーさんのところで暮らしなさい」
 「ママ、何言ってるの?」
 「お母さん、ちょっと違うかな・・・・・・ 美希、実は来月から海外で暮らすんだ」
 「えっ、ホント?」
 「ああ、本当だとも。とりあえず、アメリカ、フランス、オーストリアを予定している」
 「ふーん」
 「前に経験も重要だって言っただろ。中学を卒業してこれからが本番だ。
  世界中で本物の経験を重ねるんだ。そのために英会話を最優先させたんだよ」
 「ちょっと心配だけど・・・・・・ ハニーも一緒だよね」
 「もちろん、ご一緒させていただくよ。でも遊びに行くんじゃないからな」
 「うんっ!わかってる」
 「まあ、半年くらいはいろんなものを見て、自分のやりたい事を見つけるための期間だから、
  そんなに固く考えなくていい。自分のやりたいことが決まったら、全力でその分野に集中する。
  きっと、これまで以上に大変だぞ」
 「うん。ハニーが一緒なら、ミキは大丈夫なの。」
 「じゃあ、お母さん、来月から美希をお預かりします。」
 「はいはい。よろしくお願いしますね。じゃあ美希ちゃん、またね。」 


卒業祝いに予約していたレストランに向かう。ここはドレスコードやマナーに厳しいという評判だが、
美希はそつなくこなしている。もうテーブルマナーも卒業だな。
食後のコーヒーを飲みながら、他愛無い話をする。
 「おいしかったー! ごちそう様でした」
 「いろんな料理を食べてきて、味にだいぶうるさくなったんじゃないか?」
 「うん、そうかも。でも心のこもったお料理だったら、味は二の次だよね」
 「おっ? いい心がけだな。そういう気持ちも大事にしてくれ」
 「だって、ハニーの部屋で夜までお勉強するときって、ハニーがお料理作ってくれるよね」
春香から教わった料理のことかな?
 「プロデューサーさん、美希ちゃんに作ってあげるんでしょう?今度、私にも作ってくださいね」
美希のことは何も言わなかったのに、春香は察していたようだ。
 「ハニーが作ってくれる破れた目玉焼きとか、ちょっとこげたハンバーグとか、
  ミキにとっては最っ高のゴチソウなんだよ。
  いちばん好きなのは、ハニーが作ってくれるおにぎりかな」
 「そう言ってくれると嬉しいけど・・・・・・ それは褒めてるのか?」

 「ねぇハニー、今ミキお仕事ほとんどしていないよね。
  ハニーもずっとミキと一緒にいてくれて、お仕事していないんだよね。
  今度の海外旅行とか、こんな高級レストランもよく連れてきてくれるけど、お金、大丈夫なの?
  ミキ、忙しくて使う暇なかったから、もらったギャラはみんな貯金してあるんだよ」
 「子供が変な心配するな。1年くらいはこういう生活しても大丈夫だよ」
 「む〜、もう子供じゃないよ〜。 そっか、ハニーってお金持ちだったんだね」
 「ちがうよ、前に美希がクイズ番組の賞金を俺に預けてくれたろ。
  それで美希がCMに出た会社の株を買ったんだ。美希の人気のおかげで倍くらいに増えたよ」
 「あれはハニーにあげたんだよ。好きなように使ってくれてよかったのに・・・・・・」
 「だから俺の好きなように使ってるだろ。美希を世界一に育てるために」
 「うん。ミキ、大好きなハニーのために絶対絶対世界一になるからね!」

 「あのね、ハニー。ミキね、ハニーから卒業のお祝い、もらいたいの」
 「おう、実は、こんなのを準備したんだけど・・・・・・」
俺は可愛らしくラッピングされた香水の箱を渡した。
 「ありが...とう。 これハニーが選んでくれたの? うれしいけど・・・・・・
  あのね、物なんかいらないの・・・・・・ 帰り道で言うね」
 「うん・・・・・・ じゃあそろそろ帰るか」 


美希を家まで送っていく。
 「これからは毎日一緒にいられるんだね、ハニー」
 「今までだってほとんど毎日会っていたじゃないか」
 「そうだけど、これからは一緒に暮らせるんだよね」
 「ああ、ずっと一緒だよ。いやか?」
 「そんなことないの。ミキ、とってもとってもうれしいよ」
 「そういえば、さっき言ってた欲しいものってなんだ?」
 「あのね・・・・・・ ミキをぎゅってしてほしいの・・・・・・ そしたらミキが目を閉じるから・・・・・・
  ミキの欲しいものわかった?」
 「ああ、なんとなくな・・・・・・ おいで」
俺は立ち止まり、美希を抱き寄せた。頬を赤く染めた美希が目を閉じる。
おでこにキスをしようとした瞬間、
 「ハニー、おでこじゃ、やなの。頬っぺも、や」
 「うっ、鋭いな」
 「お願い、ハニー。今まで我慢していて、卒業したらっ、て思」
最後まで言わせずに、美希の唇をふさぐ。時が止まった気がした。
十数秒後、俺は人生最大の努力で自分の気持ちに抗い、唇を離した。
 「・・・・・・ もう、終わり、なの?」
 「・・・・・・ うん。今は大事な時期だから・・・・・・」
 「わかった。ハニー、ありがとう。今日のこと忘れないでね」
 「うん。じゃあ、ここでお別れだ。また明日連絡するよ」
 「お休み、ハニー。」
 「ああ、お休み」
美希は自分の未来を俺に委ねてくれている。
自分の気持ちを精一杯表現して、俺に伝えようとしている。
美希の気持ちは痛いほど伝わるが、俺は美希の想いに応えられているのだろうか。
ふと、美希の柔らかい唇の感触、ほのかな匂いがよみがえる。
・・・・・・いかんいかん。何を考えているんだ俺は。
さあ、渡航の準備をしなくては。 


4.海外生活

4月、パリ。
高木社長の紹介で借りたアパルトメンで美希と一緒に暮らす。寝室は当然ながら別々だ。
何で社長はこんなコネがあるんだろう。謎が多い人だ。
ここでは美術館巡りに重点を置き、あとはオペラ座や三ツ星レストランを回る。
美希はホームシックになることもなく、楽しそうに伸び伸びと暮らしている。
 「やっぱ、写真で見るのとは、全然違うね。あっ、ハニー、この彫像すごいよ」
良い刺激を受けているようで、なによりだ。
 「今朝ね、お向かいの奥さんに”おはよう、若奥さん”って言われたの。
  新婚さんみたいに見えるのかな」
 「おいおい、ずいぶん若い奥さんだな。日本人は童顔に見えるらしいから歳が判りにくいのかもな」
 「ねえ・・・・・・ 新婚さんみたいにしようよ」
 「ん? どうするんだ?」
 「もっとイチャイチャしたいの」
ちょっとためらったが、ふざけて美希を抱き寄せ、瞳をのぞきこむ。
 「こうか? ジュテーム、ジュテーム・・・・・・」 
俺は恥ずかしくて吹き出しそうになる。
 「ハニー・・・・・・ ミキ、すごい幸せ・・・・・・ いつまでも一緒にいたいの・・・・・・」
ふざけたつもりだったが、美希の幸せそうな顔を見て心が揺らぐ。
 「美希・・・・・・」
愛おしさで胸がいっぱいになり、思わず美希を強く抱きしめてしまう。
ふと窓越しに視線を感じた。
 「美希・・・・・・ 離れよう。お向かいさんが見てるぞ」
ゆっくり美希を引き剥がし、二人でお向かいさんに手を振った。 


5・6月、ウィーン。
ここでもアパート住まい。物価が安いためパリよりも広い部屋にする。
さすがは音楽の都、舞踏会シーズンでなかったのが残念だが、コンサート三昧だ。
結構日本人が多く、美希はあちこちでサインを求められる。
ファンはありがたいが、みんな俺のことが気になるようで、ジロジロ見られる。
 「ファンの人に、あの男の人は誰って聞かれるんだけど、なんて答えればいいの?」
 「正直に、プロデューサーです、って言えばいいだろ」
 「そっかー。ヒ・ミ・ツとか、私の大切な人です、とか言わないほうがいいんだね」
 「そんな事言ったのか? 変な誤解を招くじゃないか」
 「うん、これからは気をつけるね。それと、あんまり人前でイチャイチャしないほうがいいね」
 「当たり前だっ」
美希が寂しそうな顔をする。そんな顔しないでくれ。俺は美希の耳元でささやいた。
 「誰も見ていない時は、ちょっとならイチャイチャしてもいいぞ」
 「うん!わかった!じゃあ早くアパートに帰ろう!」
やれやれ。 


7月、ハリウッド
ハリウッドでは長期滞在用ホテルで寝泊りする。
ここでも社長のコネを使って、大手の映画スタジオやオーディションを見学させてもらった。
特にオーディションは美希にとって刺激を受けたようで、この頃から目の輝きが変わってきた。
そろそろ自分の進む道を絞り始めたのだろう。
それにしても、何で社長はハリウッドにコネがあるんだ?
 「なあ、美希」
 「なあに、ハニー」
 「映画や舞台を観てるとき、ずっと俺の手を握っているのやめてくれないか」
 「だって、ハニーと手をつないでると安心するの。落ち着いて観れるの」
 「手を離したら、集中して観れないってことか?」
 「うん、だからぎゅって握っていてね」
 「困った奴だなぁ」
俺が気になって落ち着いて見れない、とは言えなかった。

亜美真美が仕事でディズニーランドに来たらしく、ホテルに寄ってくれた。
 「兄ちゃん元気だったー?」
 「ミキミキと仲良くやってたー?」
そういえばこの双子も中学生だ。前よりオトナになったかな。
 「ここが兄ちゃんとミキミキの愛の巣ってやつだね」
 「ここで兄ちゃんとミキミキは毎日何してるの?」
美希が真っ赤な顔をしている。余計な知識ばっかり増えたようだ。 


8・9月、ブロードウェイ
セキュリティを考え、高価であるが、やむなくホテル住まい。
予算の残りが厳しく、ベッドルームがひとつの部屋しか借りられなかった。
 「ミキね、4月からずーっと、ハニーと一緒の部屋で寝たいなーって思ってたの。
  ひとつのベッドに一緒に寝てもいいんだよ。 今日からそうしよっか」
 「そうはいかないんだよ・・・・・・ シングルベッドが二つあってよかったよ」
節約したホテル代をチケット代に回し、有名どころのミュージカルはほとんど観ることができた。

そして夏の終わり。
最後のミュージカルを観た帰り、美希が言った。
 「女優になる。ミキ、世界中の人を感動させるような女優になりたいの。
  映画でも舞台でもミュージカルでも輝ける女優になりたいの」
 「そうか。決まったんだな」
 「ハニーはどう思う? 教えて」
 「俺も賛成だよ。ハリウッドのオーディションを見学しているときに予感はしたんだ」
さて、具体的にどうしようか。美希はダンスも歌も一流だが、演技力は未知数だ。
とはいっても、美希の才能なら、相当の実力を見せてくれるだろう。
これまでの成果を見るためにも、ダンスや歌をメインにした安易な方向には行きたくない。
かといって高すぎるハードルは、後々に影響する可能性もある。
 「よし、まずは映画出演を目指そう。美希にふさわしい役を探し、オーディションを受けよう」
ここからがプロデューサーの腕の見せ所だ。
翌日から俺はあちこちに電話をかけ、美希にふさわしい役柄を探した。
そして、全世界配給の超大作映画のオーディションの情報を得た。
俺はさらにその映画の情報を集めた。 


5.オーディション

10月、再びハリウッド
オーディションが始まった。
美希が挑む助演女優の役柄は、主役に劣らず重要な役どころである。
もしこの役を勝ち取れれば、日本でも大騒ぎになるだろう。
美希はこれまで培ってきた表現力を発揮し、難なく最終審査まで残った。
これだけアピールできれば、たとえ不合格でも、何らかの役は取れそうだ。
美希の活躍は、日本でも話題になり始めており、高木社長が駆けつけてくれた。
 「早速活躍しているようだね。あと1年ぐらいは覚悟していたのだが」
 「社長のサポートのおかげでここまで来ることが出来ました」
 「うむ。しかし、相変わらずこっちは物騒だな。タクシーの運転手に聞いたが、
  この界隈で日本人を狙った拳銃強盗が多発しているそうだよ。
  君たちも気をつけてくれたまえ」
 「相変わらず、って、社長、以前こちらに?」
 「まあな。私も君のように世界に通用するアイドルを育てようとしたことがあったのだ。
  ほどほどの結果しか残せなかったがね。君たちを見ていると、若い頃を思い出すよ。
  だから、なおさら君と美希君には頑張って欲しいのだ」
 「そうだったんですか。それで・・・・・・」 


最終審査の前夜、オーディションの最終調整をする。
 「ねえ、ハニー。明日の課題は片想いの演技と両想いの演技なの」
 「うん。知っているよ」
 「ミキね、片想いの演技は自信があるんだけど、両想いの演技はちょっと自信がなくて...
  ハニーは、経験も重要だって言ってたよね。ミキ、ハニーと一緒に経験してみたいの」
俺は言葉に詰まる。
 「じゃあ、演技の真似事をしてみるよ」
 「演技なの?」
 「そうだよ。じゃあ始めるぞ」
台本を横目で見ながら、美希を見つめ、愛の言葉を甘くささやく。
俺はぎこちない演技を何度も繰り返した。不思議な浮遊感の中、徐々に気持ちが昂っていく。
美希からの愛の言葉・・・・・・ 一途な愛情が伝わってくる。
俺たちは限りない幸福感に包まれ、心から愛し合う恋人になりきっていた。
電話が鳴り、俺はふっと我に返る。社長からだ。
 「明日は私はホテルで待っているよ。実は心配で見ておられんのだ。よい知らせを待っているぞ」
俺はまだ夢の中にいるような気分だった。
 「ハニー、ありがとう。ミキ、なんとなくわかった気がする。
  パリやウィーンでミキが感じていたものは、間違いじゃなかったの」
 「なんだ、それ?」
 「うん。ハニーがミキのことを想ってくれる気持ちは、ミキがハニーのことを想う気持ちの
  何倍も深いんだなーって。ミキ、もっともっと、ハニーの事を愛せるようになるからね」
 「美希・・・・・・」
もう時間も遅い。
 「明日は全力を尽くそう。今日はもうお休み」
 「うん・・・・・・ お休み、ハニー」 


そして最終審査当日。
ハリウッドで全く無名の日本人の噂で、会場は異例の人だかりが出来ていた。
かつて美希に関する好意的な記事を書いてくれた芸能記者と会釈する。
 「なんか人が多いね」
 「みんな美希を見に来てるんだよ」
 「そっかなー。なんか緊張してきちゃった」
ライバルたちの演技を見る。さすがに最終審査に残るくらいだ、レベルが高い。
美希の出番が来る。
 「よし大丈夫だ。必ず合格する。お前の全てを出し切って来い」
 「うん。行ってくるね、ハニー」
審査が始まった。
これまで美希が得た思い出や感動の全てを出した迫真の演技を見せる。
片想いをしている女の子の一途な気持ち、想いが伝わらないもどかしさ。
そして、想いが通じたときの喜び。
男の俺でも胸の奥が切なくなった。
もし美希がこの役を演じることになったら、俺は主役の男優に嫉妬するに違いない。
ライバルたちも息を呑み美希の演技に見入っていた。彼女らの多くは美希の演技が終わると、
やれやれ、というように首を振り結果発表の前に帰ってしまった。
審査員の絶賛の中、美希は見事に合格したのだ。
俺は涙をこらえることが出来なかった。
 「ハニー、ハニー!、どこにいるのー?」
 「こっちだ。よくやった、美希。最高の演技だったよ」
 「ハニー、目が赤いよ。泣いているの?」
ここまで美希が重ねてきた努力を思うと、俺は涙をこらえることが出来なかった。
 「そうだ。今は泣かせてくれ」
 「ハニー、ミキも・・・・・・ うぅっ」
美希との出会い、レッスン、初めてのオーディション合格・・・・・・
美希の記憶喪失、ラストコンサート、その後の懸命な努力、海外生活・・・・・・
これまでの美希と過ごした日々が思い出される。
そして、これまでサポートしてくれた社長の顔も。
 「さあ、社長が知らせを待っているぞ。ホテルに戻ろう」 


6.悲しい別れ

タクシーの中、美希はオーディション合格者に渡されるシナリオを読み涙ぐんでいる。
俺は美希の涙を拭いてやり、尋ねた。
 「どうした、悲しいストーリーなのか?」
 「ミキの役は、主人公に片想いする女の子なの」
 「それは知ってるよ。オーディションの課題だったろ」
 「うん。それで、主人公と結ばれるんだけど、主人公は死んじゃうんだって」
 「ほう、それは意外だな」
 「女の子が悲しみを乗り越えて終わるんだけど、ミキ、そんな経験無いから大丈夫かな」
確かに俺の知る限り、美希にはつらい別れやそれを乗り越えた経験はない。
その経験により、いまよりも深い表現が出来るようになるかもしれない。
 「悲しい別れを経験したいか?」
 「別れ・・・・・・ やだっ、絶対に、いや。ミキとハニーが別れるなんて」
別れ... 美希と俺が別れる... 
 「俺も美希と別れるなんて、耐えられそうもないよ」
えっ! ふと口に出た言葉に自分で驚いた。
美希が俺にもたれかかる。
 「ハニー・・・・・・ ミキ、オーディションのとき、ハニーの事を考えて演技をしてたんだよ」
中学卒業の時に贈った香水の匂いがした。
!!!
俺の頭の中で何かがはじけた。もう限界だ。これ以上自分を偽ることができない。
美希を世界で一番にするため、というのは取って付けた口実だ。
プロデュースを続けることで、俺は美希といつも一緒にいることが出来る、
美希の息遣い、表情、一挙一動を見ていられる、
美希が感じる喜び、怒り、悲しみ、全てを感じることが出来る、
そして、俺の全てを教えることで、俺のことを美希にわかってもらえる。
そう、俺の本当の気持ちは、・・・・・・
 「ハニー、ハニー。 社長のいるホテルに着いたよ。 どうかしたの?」
 「うん、なんでもない。美希、あとで話すよ」 


社長が満面の笑みで部屋に迎え入れてくれた。
 「よくやった。私が出来なかったことを、君達はやってのけたのだ。
  やはり、君をこの世界に引き込んだ私の目に狂いはなかったよ。
  ところで、美希君が出演する映画の音楽監督は、私が昔、世話になった人でね、
  彼も多忙なのだが、今日は時間が取れたので、さっきまでここで会っていたのだよ。
  彼に美希君のrelationsのPVを見せたら気にいってくれてね、
  relationsを彼自らアレンジしなおして、この映画の主題歌として使ってくれるそうだ」
俺はあっけに取られた。美希もポカーンとしている。
 「それから、映画とのタイアップのため、美希君にはコンサートをやってもらうよ。
  映画のクランクインが1月なので、12月中で全国のドームを縦断する予定だ。
  スケジュール的に厳しいが、美希君、頼んだよ」
 「うんっ。ミキ、やってみます」
 「・・・・・・ 社長、感服いたしました。俺なんかまだまだヒヨッコです・・・・・・」
 「いや、実はな、映画のストーリーや役柄は、律子君がいち早く情報を教えてくれたのだ。
  relationsの売り込みも彼女のプランだよ。
  今度のドームコンサートの手配も律子君がやってくれているはずだ」
俺は深くため息をついた。美希、高木社長、律子・・・・・・ 俺はなんて恵まれているんだろう。
 「じゃあ、俺たちはこれで戻ります」
 「ありがとうなの」
 「ああ、今日はゆっくり休んでくれたまえ」 


 「美希、疲れたろう。戻ってゆっくり休もう」
ホテルを出た俺たちの前に銃を持った男が突然立ちふさがった。
早口のスペイン語でまくし立て、美希の鞄に手を伸ばす。
美希を守らなくちゃ・・・ 俺が無意識に取った行動が男の気に障ったらしい。
銃声がした。
俺は腹部に衝撃を受け、崩れ落ちた。痛みは無い。男が俺の鞄を奪い逃げていく。
そんなものくれてやる。美希さえ無事ならば・・・・・・ 美希が俺にしがみつく。
 「しっかりして、ハニー!」
 「美希... 怪我はないか?」
 「ミキは大丈夫。ハニー、こんなに血が!」
 「前にもこんなことがあったな。あれは・・・・・・」
 「しゃべらないで。いま手当てをするから」
美希が応急処置をしてくれる。そういえば、保健体育が不得意だと言われた時、
応急処置を教えてごまかしたんだよな。あの時は、人工呼吸も教えろってうるさかったな。
銃声を聞き、社長がホテルから出てきた。
 「なんということだ。君、しっかりしたまえ」
 「社長、俺がもしも・・・ 美希の事・・・」
 「社長さん、救急車呼んで!」
 「よし、美希君は彼のそばについていてくれ。今すぐ呼んでくる!」
 「ハニー・・・・・・」
 「美希、聞いてくれ」 


俺はこの期におよんでも、自分を偽った。
 「美希はどこに出しても恥ずかしくない、立派なレディーになった。
  もう俺が教える事は何も無いよ。こんな立派な教え子を持てて、俺は幸せだ」
 「ハニー・・・・・・ ミキ、来月で16歳なの。約束したよね。大切な約束」
 「約束は守れないかもしれないな。ゴメンな、美希」
出血が多い。今度は助かりそうもないな。
俺の本心を言うべきか? 美希が一層悲しむことにならないか?
 「美希、頼みがある」
 「ハニー、何でも言って」
 「俺のことは忘れてしまっても構わない。でも、俺と一緒に過ごしてきた中で、
  美希が得たものは忘れないでくれ。それがあれば・・・・・・」
 「うん。ミキ、絶対に忘れないよ。ハニーの事だって絶対に忘れないから」
だめだ。やっぱり言えない。美希につらい思いはさせられない。
俺は美希の目を見つめながら、最後まで言えなかった言葉を心の中で想った。
 (俺は世界でいちばん美希を愛している。誰よりも愛している)
想いが伝わったのだろうか、美希が何度もうなずいた。
救急車がやってきた。美希が泣きながらも救急隊員に英語で状況を説明している。
美希は俺がいなくても大丈夫だ。俺は薄れゆく意識の中でそう思った。

救急病院の集中治療室前、泣き疲れて眠っている美希の傍らで、高木社長と主治医が話し合っている。
 「先生、彼の具合は・・・・・・」
 「あの娘さんの応急処置のおかげで一命は取り留めました。
  しかし出血が多すぎたようで・・・・・・ おそらく今夜がヤマでしょう」
 「なんとか助けてください。私の一番優秀なスタッフなんです。それに彼がいないと、あの娘が・・・・・・」
 「もちろん、できるだけのことはします」

集中治療室のベッドの上で、俺は夢を見ていた。美希の16歳の誕生日、南の島で一緒に過ごす夢を。

To be continued ?

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