静寂

作:名無し

 何という事のない、ある日の昼下がり。
 俺は、昼休みの息抜きに、ヘッドホンをつけてMP3プレーヤーで音楽を再生しつつ、手元の芸能雑誌を眺めていた。
 ……某女優と某芸人の熱愛発覚。ええと、これで何組目だ?
 最近この手の話が本当に多いというか、このお笑いブームは一体なんなんだろう。
 そんな事を考えていると、ふと、傍に人の気配を感じた。
「ん?」
 振り返ってみれば、所在なさげに佇む千早の姿があった。
 ……恐らく、声をかけようにも俺がヘッドホンをつけているので躊躇した、と言ったところだろう。
 俺は一時停止ボタンを押して、ヘッドホンを外し、改めて千早に向き直る。
「千早?」
「あ、あの……お楽しみのところ、すみません」
 俺の邪魔をしたとでも思ったのか、まず謝罪してきた。
 生真面目な千早らしいと思う。思わず微笑みを浮かべてしまった。
「いいさ、別に。それより、一体どうしたんだい?」
 わざと明るく、笑顔で問いかける。
「はい、あの……プロデューサーが一体何を聞いてらっしゃったのか、と……」
 ……なるほど、俺が珍しくヘッドホンをつけて音楽を聴いていたように見えたものだから、興味をそそられた、という事か。
 音楽につられた、と言う辺りが、実に千早らしいとも思える。
「うーん……一応、オーケストラ、という事になるのかな?」
 腕組みをして天井を見上げる。……正直、ジャンル分けに割と自信がない。
 俺の微妙にハッキリしない物言いに、千早もいぶかしがっているようだった。
「……聞かせてもらっても、構いませんか?」
「……正直、千早の期待してるようなものではないと思うけど、それでも良ければ」
「構いません」
 即答された。……ま、いいか。
 俺はヘッドホンを千早に手渡し、曲をアタマまで戻す。
「ヘッドホン、付けた?」
「はい」
 一応目で千早が装着したのを確認し、俺は再生ボタンを押した。 



「……」
「……」
「……あの、プロデューサー」
「うん」
「音量、おかしくありませんか?」
「いや、こんなものだよ」
「……ヘッドホンに、不調は」
「ないよ?」
「バッテリーは」
「昨夜、充電したばかりだ」
 だんだん、千早の顔と声が不機嫌になっていく。
「……本当に再生してますか?」
「俺が再生ボタン押したの、見たろ?」
「……何も、聴こえてこないんですが」
「うん……これ」
 俺は、MP3プレーヤーの液晶画面を千早に見せた。
 そこに書かれているのは、作曲者の名前と、曲目。
「……こ、これは……」
 いかにも不機嫌そうな千早の表情が一変し……物凄い呆れ顔になった。さもありなん。

 液晶画面に書かれていたのは、「John Cage "4'33"」の文字。……すなわち、ジョン・ケージ作曲、「4分33秒」。
 3つの楽章で区切られた4分33秒の間、「指揮者・演奏者は一切何もしない」という、知る人ぞ知る問題作だ。

「いやあ、昨日中古CD屋になんとなく立ち寄ったら見つけちゃって、つい衝動買いを」
「あ、あるんですか、この曲を収録したCD……」
 あるんだから世の中判らない。ついでにiT○Sでもダウンロードできるし、Y○uTub○でも演奏の光景を閲覧出来る有様だ。
「最後まで聞いてみるかい?」
「……いえ、結構です……」
 千早は俺にヘッドホンを手渡した。
 俺はヘッドホンを装着し……別に巻き戻さなくてもいいよな。千早のジト目を他所に、そのまま再生しておく。

 何という事のない、ある日の昼下がり。
 何というべきか、思いっきり白けた空気が漂っていた事は間違いない。
「……そうだ、今度の新曲には"4分33秒"の要素を取り入れると言うのは」
「お願いですからそれは止めてください、プロデューサー」
 なんか懇願された。 



上へ

inserted by FC2 system