魔女かお姫様か

作:ばてぃ@鬼

史上最強。
伊織を一言で例えるならこの言葉が一番ふさわしいだろう。
今までプロデュースしてきたアイドル達はダイヤの原石だったが、
彼女は生まれつき磨かれたダイヤのように輝きを放っていた。
もちろん意識過剰などでも過大評価でもない。
実際そのすごさを目の前で見せ付けられてきたわけだから。
ただ、その溢れる才能は・・・正直俺にはもったいない気がしている。
それは伊織をプロデュースし始めてから日増しに高まりつつあった。

「合格は・・・エントリーナンバー1番、水瀬伊織さん!おめでとう、君ならやると思ってたよ!」
「は〜い♪ありがとうございまぁ〜す♪」

今日もオーディションに楽々合格した。
これで無傷の30連勝。
いったいこの記録はどこまで伸びるのだろうか・・・?

「お疲れ、プロデューサー!」

伊織が嬉しそうな顔で戻ってきた。

「今日のオーディションはちょ〜っとやばかったわね。
でも、あんたの指示が的確だったから勝てたわ。ありがと♪」

今日はかなりご機嫌のようで、珍しく伊織から褒められた。
いつもなら、

「まったく冷や冷やしたわよ。
あんたの指示出しがあと少しでも遅れてたら落ちてたかもしれないじゃない?」

と悪態をつかれるのだが。

「いや、伊織が頑張ったからだよ。俺は何も・・・。」

俺は思わず伊織から目をそらした。
こんなときにふと思うことがある。
伊織は・・・プロデューサーが俺なんかで良いのだろうか?・・・と。
俺みたいな駆け出しのプロデューサーなんかで。
正直ここまでアイドルランクを駆け上がってきたのも全て伊織の力があったからだ。
俺は伊織が輝ける仕事を探したりしただけ。
伊織は俺の探してきた仕事をいつも120%以上の出来で軽くこなしていた。
これならきっと誰がプロデューサーでも同じように・・・
いや、むしろより売れっ子のプロデューサーならばより輝いていたに違いない。
伊織は・・・伊織にはもっとふさわしいプロデューサーが・・・?

「・・・っと!ちょっと、プロデューサー?!」
「えっ!?・・・あ・・・ごめん。」

俺は伊織の大きな声で我に返った。

「もう、しっかりしてよねぇ。せっかくの上機嫌が台無しだわ。」

伊織は眉間にしわをよせて呆れ顔で楽屋へと戻っていった。
俺も慌てて後を追いかけた。 







帰りの車の中で伊織はずっと外を眺めていた。
高層ビル群の間に沈んでいく夕陽が伊織の顔を綺麗に照らし出していた。
オレンジ色の世界にいる伊織は美しく・・・でも、どこか儚く見えた。
俺はそんな伊織の後姿をずっと見つめていた。

「ねぇプロデューサー?」

伊織は外の風景を眺めたまま喋りかけてきた。

「どうした?」
「あんた最近妙にぼーっとしてるけど何かあったの?」
「いや、特に何も・・・ないよ。」

伊織はやっぱり気づいていたらしい。

「嘘ついてんじゃないわよ!」

伊織がものすごい剣幕でこちらを振り向いた。
その勢いで手に持っていたぬいぐるみが座席の下に転がり落ちた。

「あんたとどれだけ長い間一緒に組んできたと思うのよ?
あんたの顔見ればすぐにわかるの!
 先週の仕事の後だって、おとといのテレビの収録中だって、そして今日!
 あんたがそんなんじゃ私のペースも乱されるし・・・
何より悩んでうじうじしてる男って大っ嫌いなのよ!!」
「・・・すまない。」
「私が聞きたいのはそんな答えじゃないっ!!!」

伊織の顔は怒りで真っ赤になっていた。
わなわな震える拳と肩。

「伊織・・・落ち着いてくれよ。」

俺は座席の下に落ちたぬいぐるみを拾い、付いたゴミを手で払い落とすと伊織に差し出した。

「そんなことして私が喜んで機嫌直すとでも思ったの?!あんたって本当にサイテーね!
 もういいわ、あんたとはもっときちんと話し合わなきゃいけないみたいね。
 行き先変更よ。運転手、私の家に向かってちょうだい!」
「えぇっ?!ちょ・・・伊織?」
「あんたは黙って私についてくれば良いのよ!」

そう言うと伊織は俺の手からぬいぐるみを奪い取るとまた窓の外に顔を向けた。
それから伊織はいくら話しかけてもまったく無反応を貫き通し、
ものすごく重苦しい空気とともに俺は伊織の家まで運ばれた。 






「お帰りなさいませ、お嬢様。・・・はて、後ろのお方は?」
「ただいま、新堂。後ろのは私のプロデューサー。今晩泊まっていくから。」

俺は目を丸くして叫んだ。

「何言ってんだよ伊織!?俺はそんな話は聞いてないぞ。」

伊織はくるりと振り返った。
そして引きつった笑顔でこう言った。

「泊まるわよね。ね、プ・ロ・デュー・サー?」

伊織は本気らしい。
俺は伊織のプロデューサーだが、プロデューサーである前に1人の男だ。
伊織はトップアイドルだし、こんなちょっとしたことがスキャンダルの火種になるかもしれない。
いくらなんでも泊まることはできそうもない。

「伊織、それは無理だよ。いくらなんでも・・・。話すだけなら事務所で良いじゃないか。」
「無理かどうかは私が決めるのよ!」

ここまで頑なに我がままを言う伊織は初めてだ。
何か考えてのことかもしれないが・・・。
結局は俺が折れた。

「わかった・・・。ただしちゃんと社長に連絡させてくれ。それなら構わないだろ?」

その言葉を聞くと伊織はしてやったりというような顔をしてみせた。

「やっと素直になったわね。それで良いのよ。」

その後俺は携帯から社長に連絡した。
社長には伊織が少し熱を出したから看病すると伝えておいた。
後で伊織にも口裏を合わせてもらうようにしなきゃいけない。
電話を終えると執事の新堂さんが後ろに立っていた。

「電話は終わりましたでしょうか?」
「あ、はい。」
「伊織様から貴方様を部屋に連れてくるようにと承りましたので。ではこちらへどうぞ。」

俺は新堂さんに言われるがままに後をついていった。
伊織の家はものすごく広くて、庶民の俺にはまるで宮殿のように感じた。
あちらこちらに高そうな絵が飾ってあり、廊下には所々大きな壷が置いてある。
大きなはめ込み型の窓からは外に広がる綺麗に手入れされた庭園が見える。
長い廊下を歩いていると新堂さんがこんなことを言った。

「あんなに楽しそうな伊織様を見るのは久しぶりです。」
「楽しそう?あれは・・・怒っているようにしか見えなかったんですが。」

新堂さんはくすくす笑いながら話し続けた。

「伊織様は心から信じている人にしかあのような態度は取りません。
 伊織様がこの家にお産まれになってから14年。
伊織様はご両親にもあのような顔は数えるほどしかお見せしたことはありませんから。」
「そうなんですか・・・。」
「ですから私にはあのように生き生きとした表情の伊織様は楽しそうに見えるのでございます。」

執事の新堂さんでさえあまり見ることの無いその表情。
テレビ収録でファンに笑顔を振りまくのとは違った素の表情。
それは俺への信頼への証?

「さ、こちらの部屋になります。」 



目の前には漆黒色をした大きな木彫りのドアがあった。
新堂さんが軽くノックすると中から

「入って良いわよ。」

と伊織の声が聞こえてきた。
新堂さんはドアをゆっくり開けて俺を中へと導いてくれた。
部屋の電気は点いていなかった。
でも窓から入ってくる青白い月明かりが部屋を幻想的に照らし出している。
伊織の部屋には大きなドレッサーと机、
そしてピンクのカーテンがかかった立派なベッドが置いてあった。
ベッドの上や机の脇など所々にかわいらしいぬいぐるみが置いてある。
当の伊織は部屋の奥にある大きな窓から外を眺めている。
寝巻きに着替えたらしく、ピンク色のシルク生地のパジャマを着ている。
窓の外にはバルコニーが続いているようだ。

「それではごゆるりと。」

新堂さんはそう言うとドアを閉めて部屋の外に出て行ってしまった。
二人っきりの部屋。
でも何を話せば良いのかわからない。
部屋の入り口で突っ立ったままの俺を振り返り、伊織は言った。

「ほんと、あんたには失望したわ。」
「・・・。」
「何が不満なのよ?何が不安なのよ?」
「伊織・・・。俺には不満なんて何もないよ。」
「じゃあどうしてそんなに寂しそうな顔するのよ!」

伊織が泣いてる。
月明かりを受けてその涙がキラリと光る。

「あんたと私は最強じゃない!オーディションだって連戦連勝、
仕事だってあんたやクライアントの要求をきちんとこなしてみせたわ。
 それが気に入らないのなら、もしそうでなくても
何があんたを寂しくさせているのかくらい教えてくれたって良いじゃない!
 そんな顔見て・・・寂しいのは、寂しい気持ちになるのはあんただけじゃないんだからっ!!
 あんたがいなきゃ私は・・・私はあんたが必要なんだから!!」

心がチクリと痛んだ。
その言葉を聞いてやっと目が覚めた気がした。
俺は・・・とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
他の誰かが伊織をプロデュースして必ずしも同じ結果になっただろうか?
他の誰かが伊織の才能を完璧に開花させることができただろうか?
その答えはわからない。
ただ、今俺がプロデュースしている水瀬伊織は最高の過程を経て、才能を開花させた。
そう、何を疑う必要があったんだろうか。
今俺の目の前にいる女の子がそのまま全ての答えだったんだ。

「ごめんな伊織。実は俺は悩んでいたんだ。」
「悩んでいた・・・?」

伊織は手で涙を拭いながら耳を傾けた。

「お前は最高のアイドルだよ。そして常に最高の結果を出してきた。
それは・・・同時に俺の中に疑問を抱かせた。
お前みたいな天才を、才能溢れるアイドルを
俺みたいな手腕のないプロデューサーが育て上げることができるのかって。
もっと経験積んだプロデューサーならもっと良い方法で
お前を輝かせることができたんじゃないかって・・・。」

伊織への謝罪の気持ち、そして自分の不甲斐なさから自然と涙が頬をつたった。

「伊織・・・ごめん。俺はお前の気持ちなんて全然考えなくて・・・お前を信頼してなくて・・・。
 俺は・・・俺は・・・。」

俺は膝まづいてうなだれた。
きっと伊織はこんな俺に幻滅しただろう。
信頼関係もない、こんな臆病者は必要ないって切り捨てられるのを覚悟した。

「・・・。」

伊織は黙ったまま俺の目の前まで歩いてきた。
伊織の白く細い足だけが見える。 



「そんなだから・・・私は信頼したんじゃない。」

俺の耳に入ってきたのは思いもかけない言葉だった。

「あんただけはいつも本音で・・・そりゃおだてられることも多かったけど、
一番本音で話せる相手なんじゃない。
パパもママも、兄様達も実力が無ければ私をちゃんとした目で見てくれることはなかった。
でもあんたはまだ私が駆け出しのアイドルの時からちゃんと見ててくれた。
今でこそトップアイドルになれたからパパたちを見返せたけど・・・
あんたが力を貸してくれたからでしょ?」

伊織はしゃがみこんで俺の涙をそっと拭うとにこっと笑った。

「私はあんたに感謝してるんだからねっ。
あんたはずっと私のプロデューサーなんだから♪にひひっ♪」

今度は別の意味で涙が出た。
もちろん謝罪とか不甲斐なさなんかじゃない。
伊織はまたすくっと立ち上がるとこう言った。

「もう、ほんと泣き虫ねぇ。」
「ごめん・・・ちょっと感極まった。」
「ふ〜ん。まぁ良いわ。これで明日からあんたのくっら〜い顔みなくて済むんですものね。」
「明日からは伊織に負けないくらい立派なプロデューサーを目指して一からやり直しだな。」
「私にふさわしいプロデューサーにならないと許さないんだからっ☆
・・・あ、もうこんな時間じゃない。」

時計を見ると午後10時を回っていた。
やはり中学生だとこのくらいでも夜遅いってことになるんだろうか。
伊織はごそごそとベッドに入っていく。
俺も立って服についたゴミを払い落とす。

「そろそろ寝なきゃな。明日は一応午後から仕事が入ってるぞ。」
「言われなくてもわかってるわよっ。」

ここでふとあることに気づいた。

「ところで伊織、俺はどこで寝るんだ?別室に布団でも用意してあるのか?」
「そっ、それは・・・・・・ここ。」

伊織は顔をシーツで隠しながら自分の隣をぱんぱん叩いた。

「・・・冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないわよっ!な、何よ?私の隣じゃ不満とでも言うの?」
「だってお前だって女の子だし・・・狭くなりそうだし。」
「そんなのはどうでも良いのよ!・・・来るの?・・・来ないの?」

伊織は耳まで真っ赤にしてこちらを見ている。
俺は大きくため息をして答えた。

「はぁ〜・・・。わかったよ。」





背中越しに伊織の体温が伝わってくる。
こんな状況じゃ寝ることなんてできそうもなく、俺の目はずっと冴えたままだった。
ベッドに入ってどれだけ時間が過ぎただろうか。
ぼんやりと青白く照らされた部屋の家具をじっと見ていた。

「ん・・・。」

伊織が寝返りをうったらしく体が大きく動いたのがわかった。
だが、またすぐに静かになった。
それにしても今夜はやけに冷える。
・・・もしかして俺は湯たんぽ代わりなのだろうか?
ふとそんなことを思いつつ、
伊織が風邪を引かないようにシーツをちゃんと着ているかどうかを確認したかった。
俺は伊織を肩越しに見ようとする。
あまり良く見えない。
もっと見えるように肩の位置をずらした瞬間、伊織の右手が俺のシャツの喉元に伸びてきた。
そのまま引っ張られ伊織と向かい合わせの格好になった。
「え・・・伊織?」
「うるさい。寝る。」

そう言うと伊織は俺の胸ぎりぎりまで近寄って、また寝息を立て始めた。
もちろん右手は俺のシャツを掴んだままだ。
間近で見る伊織の寝顔・・・。
ステージではファンを魅了するさながら魔女のような彼女も、
ベッドで小さな寝息を立てている今はまさにお姫様という言葉がふさわしかった。
俺は伊織の右手をそっとシャツから離し、手をつないだまま眠りに落ちた。
小さな右手の感触はずっと忘れることはないだろう。 





それから一週間後、伊織はいなくなった。
実は俺が伊織の家に泊まったことが伊織の両親に知られてしまったらしく、
両親の圧力により伊織は活動休止ということになったらしい。
『らしい』というのは、実は俺は両親への面会等を一切許されず誤解を解くこともできなかった。
なので全ての経緯を社長を通じて聞くしかなかったわけで。
いろんな雑誌に伊織が芸能界を休止、もしくは引退という記事が溢れかえった。
俺へのお咎めは無しということなのだが、伊織のことが気になってしかたなかった。

伊織は今どこにいるのか。
伊織は今何をしているのか。
伊織は今誰を想っているのか。

眠れない夜を幾日も数え、自分が今何をすべきかを考えた。
俺に出来るのは伊織との約束を果たすことしかなかった。

俺は新しいユニットをプロデュースし、自らのレベルを上げていった。
何度と無くオーディションに挑み、時には勝ち、時には惨敗して。
仕事も数多くのお偉いさんに頭を下げ、なんとか人脈も多く確保した。
寝る間を惜しんでユニットのために新曲を考え、スケジュールを調整し、引退を見届けてきた。
たとえそれで体を壊そうとも俺は鬼神のごとく芸能界を走り回った。
全ては彼女との約束のために。





そして五年の月日が流れた。
テレビでは新宿御苑の桜が満開というニュースを流していた。
俺は春の陽気に照らされぼーっとそれを眺めていた。
ついこの間引退コンサートを行ったばかりで気が抜けていた。
それを成功させるためにここ一週間不眠不休でアイディアをしぼりだしていたから無理も無い。
テレビの画面にはテレビリポーターが映っている。
その後ろには桜を見て歩く人々が。

「・・・!?」

そこにあの見慣れた後姿があった。
あの夜月明かりに照らされ、俺の記憶として眠っていたものが呼び起こされた気がした。
間違いなかった。
俺はすぐさま事務所を飛び出し新宿御苑を目指した。
新宿御苑ならここから近い。
走ればものの5分で着くだろう。
俺は全力で走った。
さっきまでの俺の体のどこにこんな力が残っているのかわからなかった。
ただ、走らなければいけない理由は本能が知っていたから。

俺は新宿御苑につくとさっきのテレビリポーターを探した。
ほどなくして撤収作業に当たっているリポーター達を見つけた。
そこはテレビに映っている場所そのままだった。
俺はそこから彼女が歩いていったと思われる方角に再び走り出した。
まだあの後姿は見えない。
さすがに長いこと全力疾走し続けたせいか足が段々と止まってきてしまった。
ただそれでも歩くことはやめなかった。
「会いたい」ただその気持ちだけで動いていた。
もう頭もふらふらで、まるで世界が回っているように感じる。
桜を見ている人たちはそんな俺を気にも留めず花見を続けている。
そして・・・風が吹き大量の花びらを舞い上げた時、そこに彼女はいた。

「伊織・・・。」

その言葉に反応して伊織はこちらを振り返った。
五年経ってもその可愛さはそのままに、より魅力的な伊織がそこにいた。
伊織は俺を見ると快晴の春空を高々と指差し、とびっきりの笑顔でこう言った。


「もう何をぐずぐずしてるのよ。さぁまたここから始めるわよ、この水瀬伊織の最っ高のステージを!!」



完 

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