告白

作:550

 ミキには、気になるクラスメイトがいる。
 ミキの席から、左斜め後ろにずっといったところ。窓際の日当たりのいい席に座る男の子。
「ね、ミキちゃん! これ食べない?」
「ミキ、今お腹減ってないからいらないの。ゴメンネ」
 ミキの席に駆け寄ってきたクラスメイトの男子がミキにパンをくれる。
でもまだお昼前だし、そんなにお腹が減ってるってわけじゃなかったから、返品。

 たくさんの男の子たちに囲まれる中、その隙間からちらりと遠く離れた席を見る。
 あの男の子。女の子と話しているのはあまり見かけない。
 今も他の男の子たちと集まって、わいわいとトランプのようなカードを持ってなにやら遊んでいる。
 男の子と話しているときはすごく無邪気に笑うのに、女の子と話しているときは少しだけ無愛想な感じになる。
 もしかしたら、女の子のことがあんまり好きじゃないのかもしれない。
 ――でもね。
 ミキ、知ってるんだ。
 時々、ちらってこっちを見てるってこと。
 たまに目が合うと、びっくりしたように慌てて目をそらしてるってこと。
 ミキに寄ってくる男の子はたくさんいる。なのに、どうしてかな。
 ミキはね、まったく話しかけてこない、ときどきこっちを見るだけの男の子の方がすごく気になるの。
「……あっ」
 そんなことを考えていると、また、彼と目が合った。
 人垣の隙間から、ふたりの視線がばっちりとぶつかりあった。
 にこっ。
 そんな音が聞こえそうなくらいに、ミキは笑顔を向ける。
 また、目が合ったね。そんな気持ちをこめた笑顔。
 友達によく言われるの。『美希、そんな風に笑ったらみんな勘違いしちゃうんじゃないの?』って。
 もしかしたら、あの男の子も勘違いしちゃうかな。

 ――でも。
 そうあって欲しいという気持ちが、心の奥の奥の奥で小さくあったのかもしれない。
 だから、ミキの笑顔を見て、あの子がこっちに来てくれることを、どこか期待していた。していたのだけれど。
「…………」
 ぷいっ。
 今度はそんな音が聞こえてきそうなくらいに、彼はそっぽを向いた。
 む〜、なんだかちょっと悔しい。
 他の男子に「どうした?」なんて訊かれて「別になんでもないよ」なんてやりとりをしているのが聞こえる。
 なんでもない、だって。ミキがこんなにも最高の笑顔を向けたのに。
 また目が合うかな、なんて思いながら再び彼に視線を向けたけど、結局その後彼がこっちを向くことはなかった。 


 授業が終わって、時は放課後。
 ミキは人気のなくなった教室で頬杖をついていた。
 外からは運動部の声が聞こえるし、廊下では遠くから響く吹奏楽部の音楽。……ちょっと、下手っぴ、だね。
「あふぅ」
 思わずあくびが漏れる。今日もたくさんの子に一緒に帰ろって誘われたけど、全部パス。
 カバンを持ってくれたりするから楽だけど、でも、一緒に帰っても楽しくないんだもん。
 だから、男の子たちがいなくなるのを教室で待っていたってワケなの。

「……あれ」
 教室の後ろのドアから小さな声がして、ミキは頬杖をついたままそちらを見た。
「……あ」
 ミキもワンテンポ遅れて声をあげる。
 そこに立っていたのは、ミキの席から左斜め後ろにずっといった席に座る男の子。
 イマドキの男の子みたいに、茶髪にしたりピアスを開けたりはしてない普通の男子。
 でも、キモイ感じはしなくて、こういうタイプの人が好きって人も、ミキの友達の中には結構いる。
「……ドモ」
 男の子は小さな声でそう言ってペコリと頭を下げると、ミキをまったく見ずに自分の席に向かう。
 机の中からノートを一冊取り出すと、そのまま一直線に出口へと足を速めた。

「ね」
「……っ」
 去り行く背中に、自然と声をかけていた。
 男の子はびくっと肩を震わせて、こちらを向く。
「今から帰るの?」
「……そうだけど」
「じゃあさ、ミキと一緒に帰ろ」
「はぁ!?」
 むぅ、そんなに驚くことないと思うな。
 帰りに一緒に帰ることが、そんなにおかしなことなのかな。
「な、なんで俺が星井と一緒に帰らないといけないんだよ」
 声がうわずってる。無表情を作ろうとしてるけど、顔が赤くなってるよ?
 あぁ、なんだか、可愛いなぁ。
「別に理由なんていらないって思うな。だってミキたち、よく目、合うし」
「だっ、いや、それは、その」
 ますます動揺するその姿がおかしくてミキはこみ上がってくる笑いを抑えきれずに噴き出すと、男の子に歩み寄った。
 こんなに近くに立ったこと、これまでなかったから知らなかったけど、そんなに背は高い方じゃないんだね。
 ミキとあんまり変わらない。 


「ね、ミキのこと好きなの?」
「ばっ、バカなこというなよ!! いきなり何言ってんだ」
「え、違うの?」
「ちが……違うよ!」
「え〜」
 好き、って言ってくれたら、もしかしたらミキすっごく嬉しいかもしれない。
 他の男の子にはたくさんたくさん「好き」って言われたけど、この男の子にその言葉を向けられたら、
多分だけど、ミキ、これまでになかった気持ちになるんじゃないかなって思う。
 よく分かんないけど、そんな予感がした。
「ん〜、ミキって君のこと、好きなのかも」
「ハァ!?」
 あれ、ミキ、これってもしかして告白したってことになるのかな。
 まったくの無自覚でしてしまった告白に、少しだけビックリ。
 でも、ミキがビックリしている以上に、目の前の男の子はもっともっとビックリしているようだった。
 彼はしばしの間無言で口をパクパクさせていたけど、やがてはぁ、とため息をついた。
「――俺は、星井みたいな無神経なやつ好きじゃないっ」
「え?」
 何を言われたのかよく分からず、思わず聞き返す。
「俺、帰るから。じゃ、じゃあな!」
 呆然としたミキを置いて、男の子はその場を立ち去る。
 バタバタと上履きが廊下を蹴る音が徐々に小さくなっていく中、ミキは身動きが取れなかった。

 あれ、ミキ、もしかして、今、振られたの?
 現実を理解するまでに、ちょっとのタイムラグ。
「……あれ?」
 別に、ドキドキして告白したわけじゃないのに。
 初めての告白に、初めての失恋。それは、思った以上に……。
「……痛い、かも」
 静かな教室に、ミキのそんな言葉が響いた。 


   ・

   ・

   ・
「美希。おーい、美希」
「う……ん……ん? あれ? プロデューサー……さん?」
「おいおい、なに寝ぼけてるんだ?」
 ぼんやりとした視界。ミキを覗き込んでいるのは、一人の男性。
 あの、さっきまで目の前にいた男の子によく似ている。
 その顔からは幼さが消え去り、髪型も少しだけおしゃれになっている。
 それに、体も大きくなってるね。
 こうして覗き込まれると、すっぽりとその中に納まってしまいそうなくらいに。
「ちょっと仮眠取れとは言ったけど、思いっきり爆睡してたな」
 プロデューサーさんは苦笑しながら、手を伸ばす。
 そうだ、思い出した。車での移動中に、この後は仕事が詰まってるからちょっと寝ておけって言われて。
 それで、助手席を少しだけ倒して目を閉じたんだ。

 プロデューサーさんの手が助手席の奥にあるレバーを掴むと、そのまま助手席のシートを起こす。
「いい夢見れたか?」
「…………」
「ん? なんだかそうでもないって顔だな――って、おい、美希?」
 覆いかぶさるようになっていたプロデューサーさんの体に手を回して抱きつくと、
プロデューサーさんは少しだけ驚いたような声をあげた。
「美希? 怖い夢でも見たのか?」
「ん、そんなカンジ、かも」
 曖昧な答えにプロデューサーさんは困惑しているようだったけど、
やがて小さなため息を漏らすと、そっとミキの頭に手を置いた。
「よく分かんないけど、もう怖くないから」
 大きな手がそっとミキの髪を撫でる。

 ねえ、プロデューサーさん。
 前に、中学生時代のプロデューサーさんに会ってみたいなぁって言ったこと、覚えてる?
 あれね、やっぱり取り消しにするね。
 ミキはプロデューサーさんと「プロデューサーとアイドル」ってカタチで出会えてよかったなぁって思うな。
 だって、もしもプロデューサーさんがプロデューサーさんじゃなかったら、
ミキたちの距離が縮まることはなかったかもしれないから。
 ……それに、こんな風に抱きついたら、中学生のプロデューサーさんハナヂ出して倒れちゃうだろうし、ね。
「ねえ、プロデューサーさん」
「ん? なに?」
「プロデューサーさん、背伸びてよかったね」
「あ? さすがにこの歳じゃ伸びてないぞ。一番伸びたのは高校のときだけど」
 話が噛み合ってないカンジが、なんだか面白い。ついつい笑い出してしまう。
 胸があったかくなって、なんていうか、シアワセって感じなの。
「ん〜、ミキってプロデューサーさんのこと、好きなのかも」
「なっ、バカなこというなよ! いきなり何言ってんだ。まだ寝ぼけてるのか?」
「あはっ、同じ反応」
「はぁ〜??」
 もう付き合ってられないよ、とプロデューサーさんはミキから体を離すと、ミキのシートベルトを外した。

「ほら、次の仕事の時間だ。頑張ろう」
「うん、ミキはミキなりに頑張るね」
「おう」
 ミキが頑張るって言うと、プロデューサーさんはいっつもニコニコ嬉しそう。
 それが嬉しいから、ミキももっともっと頑張ろうって思えるの。
 ――いつか。
 いつか、本当の本気で同じ言葉を伝える日が来るかもしれないね。
 中学生のプロデューサーさんと、今のプロデューサーさんに伝えた言葉。
 それが、ミキにとって三度目の告白になるのか、それとも初めての告白になるのは分からないけれど。
「それまでは、一緒にお仕事がんばろーね、プロデューサーさん」
 ひとり呟くと、夢の中より一回り広くなった背中を追いかけた。 



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