詩的私的レター

作:冥王星 522

 日本のどこかの小高い丘の上に、それはそれは大きな家があった。隣に寺院と思わしき
建物があるのを見ると、恐らくこの家の持ち主は僧侶なのだろう。その証拠に、寺院らし
き建物とその家が繋がっている。
 その、大きいながら質素な感じを漂わせる家の奥にある一室。明らかにそこは他の部屋
と異なる雰囲気を釀し出している。まさに女の子している一室なのだ。
 しばらくすると、足音がゆっくりとしたリズムを刻んでこの部屋へと近づいてくる。ほ
どなく、ドアが開けられ、この部屋の主―萩原雪歩といった―が部屋へ入ってくる。
 彼女は部屋につくやいなや、すぐさまベッドを背もたれにしてテーブルの上にある文庫
サイズの本を手に取り、読み始めた。
 時折、あうぅ、と声をあげたり、ほとんど聞き取れないようなモノローグを呟いたりし
ながら彼女は読み進めていく。 
 ただ、この日はいつもと様子が違っていた。いつも以上にぽわん、とした表情を見せる
のだ。
 そして、読んでいる本も、彼女の趣味を知る者からみれば、かなり趣を異にしているこ
とが分かる。いつもは、ノリの軽重を問わず、いわゆる恋愛小説にカテゴリ分けされるも
のを読む彼女が、今日は、女子校を舞台にした小説を読んでいた。タイトルには「マリア
様が・・・」とあるが、ここではさして重要ではないのだろう。
 
ページを捲り、目を通して、再び捲るというゆったりとしたルーチンワークを繰り返して
いると、突然何かが唸る音がした。すぐさま彼女は机の上にある携帯電話を手にとる。折
りたたみ型のそれについた液晶には、
件名:明日の連絡
差出人:菊地 真
 
とある。彼女はすぐに返信をして、また先ほどのルーチンワークへと戻っていった。

 朝。日の出からそう間もない時間。そろそろ通勤ラッシュの時間になるころ。私はある
場所へと急いでいた。 
 しばらく歩いていくと、私はとある高層ビルの前にたどり着く。中に入り階段を登って
行くと、そこは割と綺麗に掃除されているフロア。すぐに「765プロダクション事務室」
というプレートの掲げられたドアにたどり着く。そう、私は・・・・・・
「おはよう、千早」
そう、私はいわゆるアイドルという仕事をしている。
「おはようございます、プロデューサー」
私は目の前の人――プロデューサーにいつものようにあいさつする。 


「そういえば二人は?」
とプロデューサーに尋ねる。私は、二人――萩原さんと真とでユニットを組んで仕事をし
ている。それぞれの弱点を互いに補いあい、今やトップアイドルへと登り詰めつつあった
。
「まぁ、そうあせらんでくれよ。まだレッスンには二時間あるんだから」 
 しばらくして、萩原さんは事務所にたどり着いたのだけれど。
 
「すっみませ〜ん!寝坊しちゃって」
僕が到着したころには、やっぱり全員そろっていた。
 ああ、千早、そんな目で見ないで欲しいな。
 
それから僕たちはすぐにレッスンに向かった。午前中は何事もなくレッスンをこなしたの
だけれど、午後、雪歩に異変が起きた。
 萩原さんの様子がおかしい。明らかに目の焦点が定まっていなかった。遠くを見ている
ような、何か考え事をしているような、そんな状態だった。
 多分、原因は昼休み中なんだろう。その時私たちは昼食をとりながら話をしていた(と
いっても萩原さんと真が延々と話をしてただけだった) 
 話の中身はよく覚えていない。多分、とりとめもないことだったのだろう。話の中身が
問題だったわけではなく、話したことそのものが問題だったのだろう、そう気がつくのは
数日後、あんなことになった後で。
 私たちはその後事務所へと戻った。真がそれからほどなくして帰っていった。私と萩原
さんは夕暮れになるまで事務所に残っていた。そして、自主トレを終えて私も帰ろうとし
た時のこと。
 萩原さんが冥王星・・・・・・じゃなくて穴の中に意識を飛ばしてる状態でペンを走らせてい
た。気になるので、しばらく観察していると、どうやら書き終えたようで、メモ帳らしきものを眺めていた。
 私は好奇心に駆られ、萩原さんの方へと近づいていった。申し訳ないと思いつつ、ゆっくりと近づいていくと――
「きゃわわ〜!だ、誰ですか〜?・・・・・・ち、千早ちゃん、見ないでくださいね〜。恥ずかし
いから〜・・・・・・あぁびっくりした〜」
どう見てもうろたえている。これ以上からかったら多分萩原さんは泣いてしまうだろうか
ら、これ以上は詮索しないことにする。疑問の残ったまま、私は帰らざるを得なかった。
 
 翌日。
 今日はオフだったけれど、私は今日も自主トレをしていた。一旦自主トレを終えて事務
室へと戻ると、プロデューサーが、気難しい顔をして机に座っていた。 


「こんにちは、プロデューサー。・・・・・・どうかしたんですか?」
「やあ、千早。実はな・・・・・・」
 
 話はこういうことだった。
 朝、プロデューサーが事務所にやって来ると、事務室のテーブルに紙が置いてあり、中
を開くとそこにはつらつらと一つの詩が綴られていた。とてもいい出来だったので、何と
かして曲にしたいのだが誰が書いたのか分からない。といったところか。
「でもプロデューサー、この事務所で詩を綴る趣味のある人はあまりいないんじゃ・・・・・・
」
「まあ、雪歩かそこらへんだと思いたかったんだけどさ、どうにも・・・・・・」
「何か問題でも?」
「まあ、まずは中身を読んでくれよ」
そう言って、彼はその紙を渡してきた。
紙にはこう書いてあった。
 春の木漏れ日暖かく・・・白いアーチとレンガ道・・・・・・
「・・・・・・これが何か?」
「まあ、とりあえず最後まで読んでくれれば分かる」
更に何行か読んでいくと、どうやら誰かへの想いを綴っていることが分かった。けれど、これだけでは・・・・・・
「問題は最後の方なんだ」
言われるがままに、最後の行まで読んで、私は驚愕した。
 そこには、
 Dear my sister
と、書いてあった。
 つまるところ、これは・・・・・・
「あぁ、いわゆる百合ってやつが題材の詩なんだよ。まずあいつが書きそうにないジャン
ルだと思ってたんだけど・・・・・・」
 大きな疑問を残し、今日も時が過ぎていった。
 
それから何日か後のこと。あの詩をいつもの作曲家に見せたらしく、プロデューサーはそ
の曲のデモテープをプレイヤーに入れて聞いていた。私は遠くでそれを聞いていた。
 それにしても、これはかなり激しい曲調だな、と思う。一体どんな想像をしたのだろう
か。
 それからしばらくして、真が事務室へとやって来た。
 
 相変わらず雪歩の様子がおかしい。このあいだ、休みの日にメールをしてたときも、何
だか、そこかしこに雪歩らしくないことが書かれていて、何か、今の自分と何かを比べて
るような、そんな感じ。
 妙なモヤモヤを抱えながら、事務所へとやって来たので、いきなり耳に響いてきた爆音
に飛び上がることになってしまった。
「うわぁあ〜!・・・・・・プ、プロデューサーおはようございます」 


「やあ、真。朝からびっくりさせてスマンな。」
悪びれる様子もなくプロデューサーは返してくる。
「まあ、いいですけど・・・・・・ところでこの曲は?」
「ああ、こいつはな、」
 それから、僕はここ数日で起きたことを聞かされた。謎の詩のこととか、千早から見た
雪歩の様子だとか。僕もオフからの雪歩の異変について話していた。議論は白熱した。し
すぎなくらいに。だから気がつけなかった。近づいてくる人影に。
「おはようございます。・・・・・・みなさん、どうかしたんですか?」
その瞬間、こっちの空気が完全に凍りついた。これはやばい。かなりやばい。
「あれ、みんな固まっちゃってるよ・・・・・・まさか、私に黙って新曲の話・・・・・・?やっぱり
、私、いらない子だったんだぁ〜・・・・・・こんなダメな私は・・・・・・」
「あぁ〜、雪歩ストップ、ストップ!掘るな!埋まるな〜!」
プロデューサーの懸命な説得により、とりあえず危機は脱した。けど、まだ根本的な部分
は解決してないわけで・・・・・・。
 
「・・・・・・あぁ〜、なるほど〜」
それからというもの、プロデューサーはこの曲のことを一から説明するはめになった。雪
歩が自分で書いた詩だと気づかれないように、大事なところはぼかして、だけど。
「そうでしたか〜、また私の早とちりで」
また埋まろうとするのをなんとか抑えて、とりあえず一安心、と思われたんだけど・・・・・・
「え〜と、その歌詞、見せてもらえませんか?」
「あ、いや、今はダメだ!ほら、ギリギリになって見たほうがいいことだってあるじゃないか・・・・・・」
・・・・・・あぁ、これは久々に埋まらなければ終われない展開だよ・・・・・・
「兄ちゃん、手に持ってるそれ何かな?」
「何かな〜?」
あぁ、更にややこしくなってきた・・・・・・
「ちょ、亜美、何をするんだ!真美もやめてくれ!」
しばらく二人とプロデューサーで取り合いになってたんだけど、
「うわっ!」 
・・・・・・あぁ、三人もつれて転んじゃったよ、って手元にあれがない!
「よいしょ、っと」
あぁ、雪歩が拾っちゃった・・・・・・
「どれどれ・・・・・・ってこれ私の詩じゃないですか〜!」
「ああ、いや、これはその・・・・・・」
「こんなの恥ずかしすぎますぅ〜!私、穴掘って埋まっていますぅ〜」 

「萩原さん、事務所の床、掘らないでください〜!あぁ、そして埋まらないでください〜!」
とかく、千早は叫ぶも時すでに遅し。雪歩はもう五メートルは掘り進んでいるのだろう。
 結局、穴から雪歩を引き上げるまでに一時間程使うはめになってしまった。まあ、とりあえず戻ってきただけ
でも一安心なんだけどさ。
 
「そういや、雪歩はなんでこんな詩を書いたんだ?」
「あの、実はこれなんですけど・・・・・・」
そりゃ驚いたよ。だって、雪歩が出してきたのは、
「マリみてか」
「そのようですね、プロデューサー」
「あの〜、何なんですか、その、マリみてっていうのは?」
そう、雪歩が出したその本というのは、かの「マリア様がみてる」だったわけで。
 どうも、この本と自分の状況を重ねていたみたいで。
成り行きを見ていた千早も何かに納得した様子だった。
 
その後、雪歩も交えて話し合いをした結果、何と、雪歩が曲に合わせてこの詩を延々と読
み続けるという何とも不思議な代物になることとなった。
 そしてレコーディング後。
「でもさ〜、この曲ってどうするんだろ?曲として売り出すには短いし、そもそも歌じゃ
ないし」
「そうね・・・」
「えぇ〜!それじゃお蔵入りってことですか〜?やっぱりこんな私だから・・・・・・」
『だから埋まらないで!』
あぁ、千早と息が合って・・・・・・って現実逃避してる場合じゃないな。どうしようか・・・・・・
と、こんなふうに考えていると、
「まあ、作曲家の人伝で何かないか探してみるよ。」
と、プロデューサーが助け舟をだしたのだった。これでしばらくは雪歩も埋まらずに済み
そうだ。
後に、この曲に「恋文2000」とかいうタイトルがついてかのゲームに収録されて、
世の男をカタルシスへ落としていくことになったらしいんだけど、それはまた、別の話ってことで。 
完




上へ

inserted by FC2 system