背中を押してくれたのは…

作:ユルカP

「ハニー…さよならだね…。」

「…おい…待てよ! 美希っ!!」


…夜の765プロ。

俺はそこで目を覚ました。


「夢か…。」


だが、その夢は半分現実となっている。

3日前、俺がプロデュースする「イデア・プラネッツ」は活動期間を終了し、解散する事になった。

「イデア・プラネッツ」のメンバーは、ボーカリストを目指す:如月千早。

真面目で俺よりもマネージャーに向いてそうな:秋月律子。

そして、リーダーは未完のビジュアルクイーン:星井美希。

彼女たちに解散する事を告げた時、3人は本当に残念そうな顔をしていた。

とりわけ美希は魂が抜けて人形のようになってしまい…。

そして、今日…


―「『ハニー』……? なんの話? ミキ、誰かをそんな風に呼んだコト、ないよ?」


一過性の記憶喪失。

解散の事実が美希の心を押しつぶそうになった時、彼女は自分で自分の記憶に鍵をかけた…。

そのせいで、Dランクに上がった直後の事から今までの記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ…。

特に…ここ最近の俺とのやり取りはまったく記憶にはない…。


俺のせいだ…。俺のせいで…! 


「そんなに自分を責めないでください、プロデューサー。」

「何もかも忘れたわけじゃない。そうでしょ?」

「千早…、律子…。」


どうしてここに…。


「社長から話は聞きました。美希の記憶喪失は…プロデューサーのせいではありませんよ。」

「私も同じ考えです。美希は前の美希に戻ってしまっただけですよ。」


…だが、俺に何が出来る?

一人の少女を記憶喪失にしてしまったこの俺に…何が出来るって言うんだ…。


「プロデューサー。美希だって怖いんですよ。」

「怖い?」

「美希は自信家に見えるかもしれないですけど、昔は違いましたよ?」

「昔…?」


俺はその話を詳しく聞いてみた。


「プロデューサーが来る前に、候補生全員でミニコンサートを開いた事があったんです。」

「衣装もステージも全部手作りで、あの時は楽しかったわね…。」

「でも、本番直前に美希は突然逃げ出しました。」


逃げた…!? あの美希がか…!?


「ええ。人前で歌うのが初めてで怖い…とね。」

「私達はこれからトップアイドルになるんだから、逃げてどうするの? って、説得してコンサートは無事終了しました。」

「美希の弱さを見たのはそれが最初でした。」

「人間どこかが弱いのかもしれません。私たちが全力でサポートしますから、プロデューサーは…。」


駄目だ。俺は… 


「”言い訳なんか聞きたくないわ”…。」

「”胸が張り裂けそうで”…。」


突然、律子と千早が歌う。

美希の好きな曲であり、ラストコンサートの最後を飾る歌…。

「Relations」…。


「”『あの子』のことが好きなら”…。」

「”『私』を忘れて”…。」

「「”どこか遠くへ連れていって”…。」」


え…?

歌詞…違わなかったか…?


「いいんです。これが私達の気持ちです。」

「美希の傍にいてあげてください!」


分かった…。


5日後のラストコンサートで美希は記憶を取り戻した。

だが、大事な物を取り戻せたのは、俺の力じゃない。

後押ししてくれた大切な仲間…。

ありがとう。千早…、律子…。 



ラストコンサート終了…そして…。

「結局…手を貸してしまうことになりましたね。」

「当然よ。プロデューサーはここぞと言うところで弱いんだから、
 もうちょっとしっかりして欲しいわよね!」

「…本当は、私もプロデューサーの事が好きでした。」

「ええっ!?」

「でも、Dランクに上がった直後の事故で、
 プロデューサーの事は諦めたんです。」

「千早も、か…。」

「え? じゃあ律子さんも…!?」

「ええ。プロデューサーにどっか惹かれていた所があると思う。
 でもね、美希が記憶喪失になったときの顔…。
 あれ見て思ったわ。この人を振り向かせるのは無理だって。」

「ふふ…。じゃあ、身を引いた私達は歌って帰路につくとしますか…。」

「”恋した事、その別れさえ”…。」

「”選んだのは、自分だから”…。」


(了) 



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