負けられない戦いはここにも(前編)

作:522

「よし、みんな準備はいいか?」
『はい!』

都心のはずれにある屋内競技場のロッカールーム。
そこに、ピンク――いわゆる桃色に近いものであるが――の半袖・ハーフパンツに身を包む十一人の少女たちと、
黒のジャージを着た長身の男の姿があった。
 元気な返事をしたとはいえ、緊張を隠しきれない様子の少女たちに、男が円陣を組もう、と提案する。
 すぐに集まり、人の輪を作っていく彼女たちの顔は一段と引き締まる。
円陣の中央で少女たちのうちの一人――かなり髪は短いようだ――の一声で、「儀式」は始まる。

「負けられない戦いがあった!そこには」
「プライドが」「意地が」「闘志が!」「じょ、情熱が」「思いが〜」
「流した汗が」「負けん気が」『思い出が』「願いが」「夢が」「志が、あった!」
「合言葉は?」
『なせばなるなる765マスターズ!』 
 そして、彼女たちはフィールドへと駆け出していった―― 
 
 二週間ほど前のことになる。
 都心のどこかにあるこじんまりとしたビル。
「765プロダクション」と彫られた大理石の看板が入り口にあるそこは、
看板の通り、急成長を遂げた765プロダクションの自社ビルである。
765プロダクションは、初代社長から息子の高木順一郎になって以降少数精鋭の芸能事務所として、
この数年で徐々に芸能界で頭角を表し、次々と有名アイドルを世に送り出している。
 朝、そのビルに入っていく男が一人。どうやら社員の一人のようだ。
男は三階の事務室に入ると、室内にあるホワイトボードをチェックする。
 プロデューサー:スタンバイ
 今日はどうやらほとんどのアイドルたちはオフだったようで、この日はこのままいけば久しぶりにゆっくり休めそうである。
「今日は、真のラジオ一本だけ、か」
そう呟きつつ、書類整理を終え、彼宛ての郵便物をチェックしていると、
「こ、これは・・・・・・」その封筒には、スフィアリーグ、と印刷されていた。
 
 スフィアリーグ。少し前に発足したフットサルリーグである。
 著名な他の事務所に所属するスターの卵たちが威信をかけて球を追う、
ということで早くからマスコミの注目を集め、年に一度の公式戦はテレビで中継されるとも聞いている。
 そんな、大きなチャンスが、
「なになに・・・・・・プレシーズンマッチ参加要項・・・・・・?」
目の前に転がっていた。 


 手紙の内容を簡単にまとめるとこういうことになる。
 去年、参加登録がなされた後、審査の結果、参加が許可されたので、
まず4月の終わりに行われるプレシーズンマッチで試合をしてもらいたい。また、それに向けて練習をしておいくように。
 だが、プロデューサーはどこかぽかんとした様子である。どうやら自分で参加登録したことを忘れているようだ。
「ああ、そんなのもあったなぁー・・・・・・」
と、何とか思い出したようだが、あることに思い当たる。
・・・・・・仮に参加しなくっちゃいけないとして誰がリーダーになるんだろうか。
自分がプロデュースしてるアイドルの中に運動が得意そうな奴は・・・・・・
 いた。しかも簡単に釣れそうな奴が。・・・・・・真だ。あいつがいれば、何とかなる・・・・・・
そして、彼は社長室へと走っていった。

午後三時を少し過ぎたころ、一人の少年・・・・・・もとい少女が事務所へとやってきた。
「こんにちはっ、プロデューサー」
「やぁ、真」
二人は支度を終えると、すぐさまラジオ局へと向かう。

 真が出演している番組はスポーツ番組で、彼・・・・・・もとい彼女はアシスタントを務めている。
アイドルのアシスタントということで不安視するむきもあったが、割とスポーツに詳しいようで、キャスターとうまく渡り合っている。
 出演を終えて、真が戻ってくる。
「いやあ真、今日も良かったぞ」
「そうですか・・・・・・そう言っていただけると嬉しいですね」
 しばらくのやりとりのあと、ついにアレを切り出してみることにした。
「なぁ真、前フットサルの話でメールを送ってきたじゃん」
「あ〜、そんなのもありましたね・・・・・・」
「でさ、今日こんなのが届いたんだよ」
と言いながら、先ほどの封筒を渡す。
「こ、これって・・・・・・」
「まあ、そういうことだよ。明日もみんな取材とかしか入ってないし、朝集まってもらうことにしてるから」
「・・・・・・で、なんで先にボクに話を?」
「まあ、とりあえず真にキャプテンを務めてもらおうか、と思ってね・・・・・・」
「えっ、ええっ?」
彼女は目が点になり、驚天動地の体である。
「そんな・・・・・・ボクがキャプテンなんて・・・・・・」
「イヤか?」
「そうじゃないんですけど、ちょっと自信がないというか・・・・・・」 


「まあ、自信なんて後からつければいいじゃないか」
「それは・・・・・・そうなんですけどね」
「んじゃ、明日話をするってことでいいかな、キャプテン?」
「えぇ・・・・・・って勝手に話進めないでくださいよ〜!」
彼女の切実な叫びは虚しく紅い空に消えてくのだった。
 
 翌朝の会議室。
「も〜!なんでこんな早くから集まんなきゃいけないわけ?」
とは、額の広い少女――水瀬伊織の弁だ。
 朝から呼び出されたアイドルたちは結構不機嫌そうで。
 だから、ちょっと不安そうな面持ちの真のいつもと違う様子に気が付けなかった。
 しばらくして、呼び出した張本人であるところの男――プロデューサーが会議室に入ってきた。
「ふぁ〜あ、みんなおはよう」
『おはようございます』
と、あいさつは返ってきたのだが、彼はアイドルたちが並んでいるところから相当な殺気を感じた。
「お、おい・・・・・・みんなどうしたんだよ?」
すると、
「朝からいきなり呼び出して何なのですか?私は早くレッスンに・・・・・・」
だとか、
「時間ムダになりますから早く」
とか、急かす声が聞こえてきたり、
「あの〜、なんでこんな早くから・・・・・・眠いですぅ・・・・・・」
とかの疑問が聞こえてきたりでカオスな状態になってしまった。
何とかしなければ。声をあげようとしたそのときである。
「もう!そんなに急いでるんだったらまずは静かにしなよ!」
と、声が聞こえてきた。一気に静まる会議室内。
「真・・・・・・。よし、静まったところで説明に入るぞ。今日集まってもらったのは他でもない。実は昨日、こんなものが届いてな」
と言いつつ、軽く音を立てて机の上に封筒が落ちる。アイドルたちは何なのかと近寄る。
「えっ・・・・・・これって・・・・・・」
などなど、それぞれに反応を見せる。
「へぇ〜、参加することになったのね・・・・・・って参加!?」
「そうだ。今から二週間後、去年も参加してたチームと試合することになっている」
「に、二週間?」
ムリムリ、とか、仕事どうするのとか聞こえてくるが、なお彼は続ける。
「まあ、安心しろ。道具とかはもう用意済みだし、場所も押さえた。何よりウチにはエースがいる」
と言って彼は真の方に目を向けた。 


「えっ?・・・・・・えぇ、まあ」
とちょっと顔を赤くしながら真は答える。
「ちょっと!なんで真に振るのよ!」
とは再び伊織の弁。
「ああ〜、そうだそうだ。今から言おうとしてたんだった。
実はな、真は今回・・・・・・このフットサルチーム、765マスターズのキャプテンを務めてもらうことになっているんだよ」
一瞬の間を置いて。
『えーっ!?』
「まあ、そう驚くな。とりあえず、連絡は以上だ。
あ、今日は午前中に千早の取材があるだけだろ?
午後二時に、ジャージでビルの入り口に集合だ。何をやるかはその時に連絡するから。じゃ、連絡は終わり!また後でな」
と言うと彼はどこかへと去っていった。
しばし、会議室に残された面々は一人を除いて呆然としていたが・・・・・・
「まぁ〜こぉ〜とぉ〜、話はじっくり聞かせてもらうわよ〜?」
という律子を始め、会議室のメンバーたちが真の方を見、じりじりと近寄ってくる。そして、
「え、やだなぁみんな、ボクは・・・・・・ちょ、ちょっと、みんなやめてよ、・・・・・・」
そして、真の「イヤー!」という叫びが会議室に響いたとか、そうでもないとか。
 
「それにしても、フットサルねぇ・・・・・・みんな運動とかどうなのよ?私はあんまり好きじゃないんだけどさ」
と律子が尋ねると、
「まあ、人並みにはね」「うっう〜!大好きですぅ!」「私は、その・・・・・・苦手ではないけど」
「私、体育の授業は見学ばかりでしたから〜」「運動ですか・・・・・・ううっ、穴に「埋まるなっ」
「嫌いじゃないけどね〜」「あふぅ、疲れるのやだなぁ。ま、苦手じゃないよ」「好きなわけないでしょ〜!」
とまあ、こんなところであった。
「まあ、真は聞くまでもないわね。それにしても、あの人は何をする気なのかしら」
「まあ、多分体力測定とかやるんじゃないかな、と思うけど」
と春香が言うと、えー、だとか、まさか〜、といった反応しか返って来なかったので、
春香は急いで誤魔化しにかかったのだが、まさかこれが現実になろうとは。

    つづく。 



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