メタモルフォーゼ

作:名無し

「あふぅ、眠いの」
 春の日差しを受け、アクビをしながら歩いている少女がいた。
 アイドル候補生である彼女は、所属プロダクションの事務所へ向かうところだった。
「プロデューサーもまだ決まらないし、ミキ、ホントにデビューできるのかな?」
 まだ通い慣れない道の脇には小さな池があり、カルガモが数羽、プカプカと浮かんでいる。
彼女が小学生の頃からよく見ていた、お堀の水鳥と同じ種類である。
「先生、こんなところにもいたんだね」
 しばらく立ち止まってカルガモを見ている彼女の脇を、サラリーマンが忙しげに通り過ぎてゆく。
ふと、目線を下にやると、水中に黒っぽい塊があることに気が付いた。
「んー? カエルのタマゴかな? ふーん、初めて見たの」
 彼女は、幼少時に姉に見せてもらった図鑑に載っていた写真を思い出した。
「ちょっとのんびりしすぎちゃったな。事務所に行こ」
 その日、彼女の担当プロデューサーが決まり、正式デビューが決定した。

「あふぅ、疲れたの」
 デビュー決定以来、彼女は、挨拶回りやレッスンで忙しい日々を過ごしていたが、
プロデューサーに言われるままに動いている自分を、心のどこかで他人事のように考えていた。
「なんか実感ないなー。ミキ、ホントにアイドルやってけるのかな」
 事務所からの帰り道、そんなことを考えながら、いつものように道の脇の池を見る。
「先生はいつも通りだね。タマゴはどうかな?」
 いつもの場所にはカエルの卵は見当たらず、その代わりにオタマジャクシが群れて泳いでいた。
「タマゴから孵ったんだー」
 なんとなく心が弾み、元気を分けてもらったような気がした。

「あふぅ、お腹すいたの」
 レッスンの合間の昼休み、彼女は手作りのおにぎりを持って、いつもの池に来ていた。
彼女はご飯粒をオタマジャクシに投げながら話しかける。
「オタマジャクシさん、今日もガンバってるね。もうすぐカエルさんになるのかな。
 ミキもミキなりにガンバって、少しずつだけど変わってきてるんだよ」
 レッスンを重ね、オーディションも受け、積み上げてきたことが、目に見える形で
現れるようになるにつれ、少しずつではあるが、自分の成長を感じるようになった。
彼女はいつしか、足が生え、尾が短くなり、日ごとに少しずつ変化していくオタマジャクシと自分を重ね合わせていた。 



「あふぅ、雨の日はやなの」
 徐々にファンも増え、Dランクが目前となったある雨の日、彼女は傘を差して事務所に向かっていた。
「雨の日はプロデューサーさんがクルマで迎えに来てくれればいい、って思うな」
 いつもの池のそばまで来た。すっかり本降りになった雨粒が、アスファルトに当たって跳ねている。
ふと、雨粒よりも少し大きめの、たくさんの黒い物体が小さく跳ねているのに気付いた。
「??? あっ、カエルさんだ! やったー、カエルさんになれたんだー!」
 カエルたちは人通りの多い道を跳ねながら横断していく。彼女は思わず叫んでしまった。
「カエルさんがいるんだよ! 踏まないで!」
『おっと、いけね』『歩きにくいわねぇ』などと言って、気をつけて歩いてくれる人もいたが、
多くの通行人はカエルには気を払わず、その結果、何匹かのカエルたちが踏み潰されていく。
「カエルさん、道に出てきちゃダメなの!」
「美希、何やってんだ?」
 彼女は男に声をかけられた。
「プロデューサーさん!」
「迎えに来たよ。向こうにクルマ停めてあるから。おっと、カエルがいるから美希も気をつけろよ」
 男は軽快にカエルを避けながら歩いてゆく。彼女もカエルに気をつけながら彼を追い、クルマに乗った。

「ねえ、プロデューサーさんは何でカエルを踏まないように歩いてくれたの?」
「うーん、なんていうのかな。俺のポリシーというか、信条というか。
 『相手のために、自分が出来る事を最大限して手助けはするけど、最後は相手次第』って思ってるんだ。
 さっき、俺がカエルのために出来たことは、自分が踏まないようにすることと、美希にカエルがいることを教えることくらいだろ。
 そのあとは、カエルたちが自分で何とかやっていかなくちゃならない。冷たいようだけどね。
 こんな都会でも田舎でも、立派なカエルになれるのは、何百匹の中の1匹とかだよな、きっと」
 考え込んでいる美希の顔を見て、男は慌てて謝った。
「あ、ゴメン。難しい話をしちゃったかな。カエルごときでなんで熱く語ってるんだろう、俺は」
「ううん、いいの」
 彼女は男の言葉を自分なりに考えていた。
『プロデューサーさんが手助けしてくれる範囲はとっても広いけど、最後はミキが自分でやっていくしかない、ってことだよね。
 なんとなく流されるのもアリかなと思ってたけど、それは、ミキの手助けをしてくれた人の努力をムダにする事になるんだね。
 プロデューサーさんが用意してくれるチャンスをムダにするかしないかは、ミキ次第なんだ。
 ムダにしないためには、きっとこのままじゃいけないの!』
「ね、プロデューサーさん」
「うん?」
「これからも、ミキの手助けをしてほしいの。ミキもできるだけやってみるから」
「もちろんだよ。最後は美希次第なんだけど、そのための手助けは何だってやるからな。まかせておけ」
 彼女は心の中で答えた。
『プロデューサーさん、ミキね、少しずつかもしれないけど、変わっていくからね』

 −覚醒版ランクアップDに続く− 



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