Infinite courage

作:510

 ぽむ。
 大きくて暖かい掌が、私の頭上に乗せられる。
 私はその手の先にある、私を見つめる人を見つめ返す。
 ……ちょっとの間を置いて、その人……プロデューサーさんは頷いた。
「よしっ」
 ……大丈夫。
 全身の緊張が、あっという間に消し飛んでしまう。
 大丈夫。
「はいっ!」
 大丈夫!
 いつものとおり、全力で、歌える!
 絶対大丈夫!!
 彼が手を離すと同時に、私は大きく頷いて。
「天海春香、行ってきまーす!」
 後ろを振り向き、舞台袖からステージへと飛び出した。

 突然だけど、話は数ヶ月前……私がアイドルとしてデビューしたばかりの頃に遡る。
 プロデューサーさんと二人で初めてのオーディションに挑み、運も手伝ってかどうにか合格を決めた私は……
情けないと自分でも思うんだけど、ガッチガチに緊張していた。
 オーディションの間は無我夢中で、正直何をしたかもよく覚えてないんだけど、気がついたら
プロデューサーさんと二人、手を取り合って大喜びしていた。
 そして、時間が経って、本番が近づくにつれて。
 我に返った私は……出番を待って舞台袖でステージを見つめている自分の、今の状況に気がついて、
途端に緊張してしまった、と言う訳。
「……そろそろ時間だな、春香」
「は、ははははいっ!?」
 突然……と言うわけでもなかったのだろう、プロデューサーさんの呼びかけに思わず声が裏返ってしまった。
「……緊張、してるみたいだな」
「は、はい……すみません……」
 そーっと後ろを振り返る。プロデューサーさんが苦笑いを浮かべていた。
「ま、初ステージなんだ。緊張するなって方が無理ってもんだよ」
 見てるだけの俺だって、結構緊張してるしな。プロデューサーさんは独り言みたいに呟いた。
 私が彼を見上げていると、ふっ、と息を吐いて、
「よしっ!」
 いきなり大きな声をあげると、ぽん、と私の頭の上に手を置いた。
 そして、ぐっ、と顔を寄せて来る。かなり近いところに顔がある。
 思わず、顔が赤くなったのが自分でも理解できた。頬が熱い。ちょっと……ううん、かなり恥ずかしい。
「いいかい、春香。
 今、君がここにいられるのは、何故だと思う?」
「……え?」
 突然の問いかけ。
 私は思わず、ぽかんとしてプロデューサーさんを見つめた。
 そんな私の目を、プロデューサーさんは覗き込む。
「オーディションに勝ち残ったからだ。そうだろ?
 何人もいた他の応募者を全部押しのけて、春香がその中のトップに立った。
 そこには、運が手伝ったかも知れない。偶然もあったかも知れない。
 それでも今日勝ち残ることが出来たのは……君に、実力と魅力があったからだ」
「……」
「春香ならステージに立っても大丈夫。そう審査員の先生方が認めたんだ。
 そして、思い出せ。俺たちは、まさに今この時の為に、今までレッスンをしてきたんだろう?」
「あ……」
「勿論目標はもっともっと上。アイドル達の頂点を目指す事だ。
 だけど、最初の一歩を踏み出さなくちゃ、頂点どころか何も出来やしない。
 今日のステージは、その最初の一歩だ」
 頭に置いた手を離し、プロデューサーさんは私の向こうを指差した。つられるように振り向く。
 その先には、この後私が歌うステージがあった。 


 プロデューサーさんは更に続ける。
「オーディションの結果を信じよう。今までのレッスンを信じよう。自分を信じよう。
 ……それでもダメなら、お、俺を信じろ」
 え?
 改めてプロデューサーさんを振り返る。その目はステージを向いていた。
 ……よく見ると、顔が赤い。自分でも恥ずかしい事を言っちゃった自覚があるみたい。
 ああそうか、恥ずかしくて目を合わせられないんだ。
 ふとそれに気づくと、なんだかおかしくなった。
「お、やっと笑顔が出たな」
 ……どうやら、つい笑ってしまっていたらしい。それを見てプロデューサーさんも、にっ、と笑ってくれた。
「大丈夫。いつも通りにやればちゃんと出来るさ」
「はい」
 うん、根拠は怪しいけど、きっと大丈夫。
 プロデューサーさんは改めて、私の頭に手を乗せた。
「本当なら頭を撫でるとこなんだろうけど、セットが崩れるから置くだけで」
「はい」
 …うん。
 きっと、もう大丈夫。
「さて、そろそろ本当に出番みたいだぞ」
「はいっ」
 プロデューサーさんは頭の上の手を離す。私は一つ頷いて、ステージに向き直る。
 一つ深呼吸。驚くほどリラックスできてるのが、自分でもわかる。
「天海春香、行って来ます!」
「おうっ!」
 私は勢いよく、ステージに向かって走り出した。

 それから、数ヶ月して、現在に至るまで。
 私はトップアイドルを目指して、プロデューサーさんと一緒にひた走る。
 特別オーディションと呼ばれるオーディションにも連勝を重ね、聞けばファン数も100万人が目前だと言う。
 だけど……ステージ前は必ず、プロデューサーさんに手を乗せてもらう私の姿があった。
 かけてもらう言葉はだんだん少なくなって、今では「よし」の一言だけだけど。
 その手から、目から、沢山の言葉を貰ってる。
 大丈夫。
 この人と一緒なら、私はどこまでだって頑張れる。
 そんな風に思い……ふと、二人で笑いあう。
 それは、おまじないか、それとも儀式か。なんだか、いつもの習慣になっていた。
 そして、今日も……私はレッスンと、審査の結果と、私と……そして何よりプロデューサーさんを信じて、
私はステージへと飛び出していくんだ。
 絶対、大丈夫!

 ……そして、今日のステージが終わって。
 私とプロデューサーさんは、会社に戻る社用車の中にいた。
 運転するプロデューサーさんと、助手席で今日の反省や感想なんかを話し合う。
「最近は本当に、緊張する事もなくなってきたな。
 場慣れしてきたのかな?」
 ふと、プロデューサーさんはそんなことを口にした。
「まさか、今でも結構緊張してるんですよ?
 だけど、いつもプロデューサーさんがリラックスさせて、勇気をくれるから、頑張れてるんです」
「……そっか。それは、光栄だな」
 ちょっと顔を赤くして、プロデューサーさんはブレーキを踏む。赤信号だった。
「ほんと、プロデューサーさんからはたっくさんの勇気を貰ってるんですよ。
 歌にもあるじゃないですか、きっみーがくれたゆーうーきーはおっくせんまん、おっくせんm」
 ずびし。
「あいたっ!?」
「……その歌は待てっ」
 ……最後まで歌う前に、ツッコミチョップをもらっちゃったのだった。 



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