黒いドレスは葵の御紋

作:426

「はい、確かにお届けしました」
「いつもご苦労様です」
判子を押して、宅配便屋のお兄さんを送り出す。
毎日のようにファンからのプレゼントが届く765プロは、宅配便屋のお兄さんともほぼ毎日顔を合わせる。
それでも、今日のこの日は桁が違った。何せ、たくましい身体つきのお兄さんが二人。
小型の冷蔵庫でも入るんじゃなかろうかという段ボールが2箱もあるためだ。

「分かってはいたんだけどなぁ……ここまで多いか普通?一応人気アイドルとはいえ……」
「おはようございまーっす!プロデューサー」
「うおっ!?」

【女の子だぞ、これでも】と、喉の先まで出かけた言葉を、俺は咄嗟に飲み込んだ。
今まで気付かなかったとはいえ、さすがに本人の前で言える台詞でも無いし。
「あー……おはよう、真。先週言っておいた通り、今日はレッスンも営業も無しだ。
事務所も狭いし、この段ボールを一刻も早く片付けなくちゃいけないからな。
予想では昼過ぎくらいに終わると思ったが……多分この量だと夜になるかも知れない。覚悟しておけよ」

俺からは直接的に何が届いたか言って無いが、おそらく規模こそ違えど去年からもこんな事はあったのだろう。
真は先程宅配便屋のお兄さんが持ってきた段ボールを見上げて、苦笑いした。
「あ、あはは……うーん、アイドルとして知名度が上がったのは嬉しいんですけど……
そうですか……今年はこんなですか。うぅ……ボク、一応女の子なのに」

世間はいわゆるバレンタインデー。
若い子達がイベントの力を借りて告白したりとか、社会人たちが社交辞令としてのチョコの受け渡しを
分かっていながらも喜んだりとか、お菓子メーカーから芸能界までを巻き込んでのお祭りだ。
無論、765プロは女性アイドル専門の事務所だから、こういったお祭りの主役となるのは
イケメン少年達が多数所属する方の会社なんだが……複雑な事に、女性アイドルとして真が貰うチョコの量が、
芸能界でトップを記録したらしい。
おかげで朝から取材が来るわ、ファンが押しかけるわで通常業務などできるわけが無い状態だ。

ある程度予想はしていたので今日の真の予定は空けて、ファンや取材、チョコの対応に使うつもりだったが……
正直、俺の予想は甘かったらしい。女性アイドルがこれだけチョコを貰うとは思わなかった。
「とりあえずは……取材陣が来てるから30分後に記者会見な。そのあとは各社の取材に応じる。
あとはファンの女の子達にも顔を見せてあげる事。チョコも受け取らないと帰ってくれそうに無いし。
ボディーガードを雇ってあるから詳しい事はその人たちに聞いてくれ。忙しいと思うがこれも仕事のうちだ。
女の子としては複雑だろうが、ファンのためだ。頑張ってくれ」
「大丈夫!ボクのために朝から来てくれる人たちですからね。男女に関係なく嬉しいですよ。
……それじゃ、行ってきます、プロデューサー」

「……さて、社長。今日一日大忙しになりますが、よろしくお願いしますね」
「はっはっは。いやぁ……アイドル事務所でこんな事態になるとは、正直予想外だったが……
これはこれで嬉しいものだよ。人気の証でもあるからね。こちらは気にせず頑張ってくれたまえ」 


社長に挨拶と流行の確認を済ませて、俺は仕事に取り掛かる。
真の方はファンへの挨拶で少し時間が掛かるだろうから、俺のほうで届いた荷物をチェックしておかないと。
人に恨まれる仕事をした覚えは無いが、芸能会というものは何が起きるか分からない。
ごく稀にだが、剃刀や危険物の入った封筒、不幸の手紙なども入っている。
ファンレターを読むのはアイドル本人だが、その前に危険物は俺ができるだけ取り除く必要があるわけだ。

滑り止めと指先の防護も兼ねて指サックをはめ、俺は段ボールを片付けにかかる。
しかし、いざとなったら事務所全員で処理するつもりだったが、多分この量は無理だな。
社長や小鳥さんを含めても一日一箱食べても7ヶ月以上かかる……つまりは2000個以上。
まぁ、美少年アイドル系の事務所はチョコレートがトラック数台分にもなると聞くから、それよりはマシかもしれない。
プレゼントの安全確認をしながら窓の外をのぞくと、真がファンに囲まれて大変そうな様子が見えた。

「……でも、嬉しそうだよな。ファンがつくのは悪いことじゃないし」
少なくとも、メジャーアイドルと呼ばれても差し支えない位置まで登ってきた真だ。
昔と違ってファンを選り好みしたりとか、男扱いされて露骨に嫌な表情をしたりはしなくなっていた。
【ボク、一応女の子なんですけど……】というお決まりの台詞にも、嫌なところは感じられない。

「こういうときに、普段の仕事や信頼が問われるわけだけど……いい感じじゃない?」
「お、律子に褒められるとは光栄だね……あ、お茶ありがとう。いただきます」
「開封作業、手伝うわよ。危険物処理もできるけど、やらせてくれないだろうから」

そりゃそうだ。昔は事務スタッフとして一緒に頑張っていた事もあるが、こんな仕事はアイドルどころか
小鳥さんにも任せられない。縁起でも無い話だが、被害は少ないに越した事は無いのだから。
「ありがとう。それじゃ、ファンレターの開封までは俺がやるから、危険物が無いことを確認したら
文面のチェックは頼むぞ。この良い時期に不幸の手紙なんて真に見せられないからな」
「そうですね……真もやりがいを感じてるのかな?ファンの前に出てる時の表情、良い感じかも」

ふと横を見てみると、真がやや困った顔をしながらもファンの女の子からチョコを受け取り、
それぞれに握手や笑顔を返している。本人に言ったらまた怒るかもしれないが、その様子は
凛々しい王子様のようであり、普通の感性を持った女の子なら正面から見つめられただけで
彼女の魅力にクラクラと眩暈を起こしてしまうだろう。

「おはよーございまーす!プロデューサーさんっ♪」
「おはようございます〜プロデューサーさん」
「おっはよーございますつ!!プロデューサー!今日はすごいたくさん人が来てますねっ」

定時より少し早めにやってきたのは春香、あずささん、やよいの3人だ。
バレンタインとしてかき入れ時の今日は、勿論彼女達の仕事も【営業】となる。
ニュース番組に出たり、キャンペーンガールとなったりと、幸いにも今年は皆仕事に恵まれていて、
さぞかし多くの男性達を魅了してくれるだろう。
ただ、仕事はお昼からだからもう少しゆっくりだと思ったんだけど……
そこまで考える俺の脳裏に、ある期待感がよぎる。

「うっうー!プロデューサー、これどうぞっ!」
「わたくしも〜今日は早起きして作っちゃいました〜♪」
「い、一応味見はしましたからっ……よかったら、食べてくださいっ、プロデューサーさん!」

そして、その期待は現実となった。
担当プロデューサーという間柄、くれて当然とは言わないが……皆手作りとはさすがに予想外だ。
「う……な、何だか照れるな…みんなありがとう。早速いただくよ」
彼女達が貴重な時間を割いて作ってくれたチョコレート。
無論、礼だけでなく今ここで味わって感想を述べるのが俺に出来る感謝と思い、それぞれの包みを開けた。 


「ほらほら、春香たちも寒かったでしょうし、座ってお茶にしましょう。
今日はチョコレートなんて見るのも嫌になるかもしれないし、おせんべでもどうぞ」
律子が良いタイミングでお茶を淹れてくれ、俺の作業場の前で小さなお茶会がはじまった。
せんべいをかじる春香たちの前で、俺は一つづつチョコを食べて感謝の言葉を述べる。

やよいはギッチリとチョコを固めたキューブのようなものをくれた。
お菓子というものは適度の空気が入っていたほうが口どけが柔らかで美味しいのが相場なんだが……
倹約が身に着いているやよいが、俺のために奮発してくれたと思うと……この硬さが不思議と美味しい。

あずささんはちょっぴりブランデーの風味が入った、大人向けのチョコをくれた。
彼女もアイドル活動が忙しい中、わざわざ時間を掛けて作ってくれたんだよなぁ……
ちょっと失礼だが、低血圧で根がちょっぴりズボラな彼女は朝早く起きるだけでも重労働だったはずだ。
しかも、素人が初めて作ったとは思えない美味しさから、
今日という本番だけでなく、念入りな練習を繰り返した事も予想がつく。

最後に春香だが、彼女のお菓子作りの腕前は言わずもがな、だ。
白いクリームで文字まで書いてあり、包み紙まで手書きの文字で俺への感謝が綴ってある。
……本人には気の毒だから言えないが、【プロデューサー】の英文字スペルが間違ってはいたが。
味も勿論素晴らしいものだったが、それ以上に皆の心が伝わって来る。
「……本当にありがとう。すごく美味しかったよ……ごちそうさま。
ここまでしてもらっちゃ、俺も来月のホワイトデーは頑張らないと、な……」

「お!いい心がけですね。その際には是非わたしもお忘れなく……はい♪」
春香達のチョコレート攻撃が落ち着いたと思ったら、今度は律子がチョコをくれる。
こちらは手作りでこそないものの、見るからに美味しそうな外見をしている。
だからといって何処かの有名ブランドというわけでもなく、穴場の名店を見つけ出して
買ってきてくれたような感じがする。味の方も文句なしに美味い。
「律子もわざわざありがとう……じゃ、頼んでいた仕事、任せていいか?そっちに分けてあるからさ」
「はいはいっと。あ、良かったら春香たちも手伝ってくれる?仕分け作業」

3人とも、頭の上にクエスチョンマークが出ているであろう事が良く分かるリアクションだ。
まぁ、それもそうか……正式に仕事を頼むんだし、一からちゃんと説明しておかなくちゃな。

「えーと……ここに大量にあるチョコの仕分けを頼みたいんだよね。
一応俺が先に開封して、剃刀とか危険物の確認をするから、チョコと一緒に入ってるプレゼントを
仕分けして欲しいんだ。律子がPCで送り主であるファンの名前とプレゼントの種類をメモしてくれるから、
生ものとか服とかアクセとか、分けてくれると助かるんだ」

「うっうー……たしかに、この段ボール全部空けて仕分けするのは大変そうですねっ……」
「そう言う事なら任せてください!ばんばん分けちゃいますよー♪」
「それにしても真ちゃん、すごいですね〜こんなにチョコレートやプレゼントをもらって……」

あずささんの溜息をよそに、俺はちらりと記者会見とファンの挨拶に出る真の顔を見た。
時折オチである【一応、女の子なんですけど】の台詞を混ぜつつ、ファンへの感謝と
明日への展望を語る真は、もはや揺るぎ無いメジャーアイドルと言っていいだろう。
10代の少女に似つかわしくない風格すら漂わせている。 


「えーっと……今の真ちゃん、何かに似てますよね……テレビドラマで見たあれ……う〜ん……」
あずささんが考え込んでいるうちに、真の記者会見は進んでいる。

「ファンの皆さん、今日は朝早くから来てくださって本っ当にありがとうございますっ!
女の子なのにチョコ貰うっていうの、ちょっと抵抗がありましたけど……それでも、
皆さんの気持ち、メチャメチャ嬉しいです!今後も歌とかダンスとか頑張りますんで、
これからも応援してくれると、すっごく嬉しいです!!
……本当は、お礼に歌でも披露したいんですけど、事務所の前じゃ……」

「それには及ばんよ、菊地くん。こんな事もあろうかと近くの公民館を押さえてある。
小さいが、5曲くらいは歌える設備を整えてあるからひとつ、歌でファンにお返をしようではないか」
いつのまにか記者会見場に現れた社長が、真の肩を軽く叩いてニコニコ笑っている。
多分、こうなる事を予想しての確信犯的行動だったんだろうな。その証拠に、警備員の人たちまで
しっかり待機してるし、移動のための列整理行動は前もって指示していたとしか思えない。

「急なステージになってしまい済まないが、よろしく頼むよ。菊地くん」
「は……はいっ!ありがとうございます、社長!!それじゃ、皆さん……案内しますっ!一緒に行きましょう」

さて、こんな展開になった以上、俺も真のステージに付き合わなきゃな。
社長のおかげで朝だというのに大幅なイメージとファン数アップが出来る事だし。
それにしても真……立派になったよな。年中一緒にいるから少しづつの変化は気がつきにくいというけど、
こういう場面で堂々と振舞う彼女を見ていると、仕事の成果がちゃんと出ているようで誇らしくなってくる。
ファンの女の子達を引き連れて公民館へ向かう様は、何かに似ているような気もするが……

「あ〜♪分かりました!ドラマで見た、新宿のナンバーワンホストさんみたいです〜」
「……」
「……」
あまりにも的確ながら、容赦ないあずささんの発言に一同が凍りついた。
そうだ、ソレだ。
女の子達を引き連れて、夜の街を肩で風切って闊歩するその様子はドンピシャ以外の何物でも無い。
「あ、あずささん……それ、絶対真の前で言っちゃダメですよ」
「え〜……すごくカッコいいって褒めてるのに……」

少なくとも真にとっては褒めてません、という言葉を飲み込んで、俺は荷物のチェックを中断し、準備する。
「悪いが律子、あとは頼む。……一応俺が手を出せない領域はやっておいて貰えると、助かる」
「了解。ここは任せて、しっかりやってきなさいね!」
「いってらっしゃい、プロデューサーさん」
春香達に見送られて、急いで公民館へ。
今日一日、忙しくなる事は覚悟していたんだが、それがまったく予想しない方向の忙しさになるとは、
この時は全然分からなかったんだよな。 


〜SIDE VIEW〜

「さて、それじゃ分類をお願いね。チョコ以外にも生菓子とか入ってるから、そういうのは冷蔵庫にね。
アクセサリとか雑貨とか、適当に箱を用意したけど……分からないものがあったらわたしに聞いてよね」
「はーいっ!」
「頑張ります〜♪」
「うっうー、凄いプレゼントの量ですっ!わたしのじゃないけどわくわくしますー♪」

普段、ファンからのプレゼントをチェックしたり開封したりするのはプロデューサーの仕事だが、
この日ばかりは量が尋常では無いため、社内メンバー全員でかかる事になる。
【ブームは女性が作るもの】とは、プロデューサーが最初のミーティングで真に言った台詞だが、
ソレを具現化するように色とりどりのプレゼントおよびチョコレートが山のように並んでいた。

「あ……これ、チョコケーキだ♪しかも手作りですよ、手作り……作り方聞きたいなぁ……」
「あら〜こちらはお水ですね……真ちゃんの好みを分かっている人が地元の名水をくれたみたい」
「うっうー!こっちは服ですよっ!わたしも立派になって、服とかもらえるようになりたいですー♪」
「お、もう服が出てきたかー。じゃ、そろそろ本当の仕事になるからよろしくね」

律子が言った意味を、3人は理解できなかった。
プロデューサーが任せるしかなかった、その仕事の意味を。


「ひゃっ……はわわっ……これ、アレですよね……真さんに、その……身につけて欲しいって……」
「きゃ……うわわっ……ひぇ〜これなんか、かなりハデかも……」
「あらあら〜真ちゃん、これならもうお父さんに隠れて買う必要なさそうですね〜♪」
「まぁ、そう言うコトよ。こればっかりは男の人が扱いづらいアイテムだからねー」

チョコと共に入っていたのは、大量の下着。
いつからか、バレンタインやホワイトデーに下着を贈るという習慣が出来たのかは分からないが、
女性ファン達が真に身につけて欲しいと思われる下着が、大量に同梱されていた。
ボーイショーツ系のものを筆頭に、可愛らしいバックプリントの入っているものから、
【真】の文字がフロントにあしらわれているような手作りのものまで、多種多彩であった。

「あ……これ、黒だ……でも、真が着るとアダルトよりカッコいいイメージかも」
「うふふ〜♪こちらにはフリルいっぱいのがありますよ〜。きっと、着せ替え人形みたいな
真ちゃんを想像して贈ってくれたんでしょうね……」
「わぁー……シルク100%って、すっごく高いんでしょうね……わたし、綿のしか持ってないから、
どんな着心地なのか分かりませんけど、凄いですー!」

「あのね…手伝ってくれるのはありがたいんだけど、いちいち見せ合って感想述べないでも良いから」
仕切り役の律子が注意するが、彼女とて真へのプレゼントに興味が無いわけではない。
春香たちのリアクションを横目で眺めつつ、キーボードを打ち込みながら的確に突っ込みを入れていた。
「うわぁ!これなんか、スケスケの黒ですよ、黒っ!!」
「人の話を聞けー!!黒いのはあんたの性格で充分っ!」
「うわっ……律子さん、それ酷いっ!?」

下着の率は全体の5%ほどに過ぎないが、分母が2000もあると桁が違う。
大手デパートの紙袋一杯の下着が詰められ、他にも生チョコだけで会社の冷蔵庫が埋まった。
服は車でも無いと持って帰れないし、その他を含めると数えるだけで重労働だ。
毎週、なにげなく貰っているファンからのプレゼントだが、今日のことを改めてふり返ると、
今まで765プロ全員で築き上げた実績がわかるようだった。 


〜PRODUCER VIEW〜


「うわぁ……これ全部、プレゼントなの?」
ファンへの感謝をミニコンサートという形で表現し、俺達は事務所へと帰ってきた。
嬉しいというより戸惑っている様子を見ると、自分のランクや実績がよく分からないらしい。
【猪突猛進】という言葉を地で行く真らしいが、多分本人はこの手の言葉を嫌がるだろうな。


「モノが全てとは言わないが、俺達の活動の証とも言えるだろうね、良くやってくれたよ、真」
「プロデューサー……」
「さて、今日はもうこんな時間だし、お疲れ様かな?荷物も多いし、車で送る……」
そこまで言いかけた時、事務所の電話が鳴った。
電話を取った小鳥さんが俺を手招きしているところを見ると……一つだけ心当たりがある。
そして、その心当たりが的中したとなると……残念な事に、今すぐここを立たなくてはいけない。

「はい、お電話代わりました。ええ、……はい、ありがとうございます!!
はい、構いません、今すぐにでも。はい……では、くれぐれもよろしくお願いします!!」
そして、その予想は的中した。真を送っていくつもりだったが、それは出来そうに無い……
俺の勝手な考えかもしれないが、多分これから真は俺にチョコをくれる気だと思う。
もしも彼女が何らかの【仕掛け】を施している場合、この緊急時にあまり時間は取れない。

「真、すまん!!765プロの経営に関わる仕事で、今から出なきゃいけなくなっちまって……」
あと10秒電話が早ければ、彼女にヘンな期待感を持たせることは無かったのに。
「そ、そんな死にそうな顔しないで下さいよ……大丈夫。ボクだって分かってますから。
送ってもらえないのは残念だけど、それくらいで拗ねたりしませんって。
それに、今からうちに帰るボクと、お仕事に行くプロデューサーなら、
励ますのはボクの方ですよ!!だから……いってらっしゃい。事故とか、気をつけてくださいね」

メジャーの地位にまで登った事で、真はそのランクに相応しい風格を身につけていた。
以前なら、ここでわがままの一つも言ってくれたであろう事が、今となっては少し、寂しい。

まだ、年端も行かぬ女の子。それが、日本人の平均年収の数倍を稼ぎ、
TVを賑わすスターとして、日々脚光とストレスの中で必死に生きている。
だから、カメラの前以外では……事務所内くらいはわがままを言って欲しかった。

チョコのことを今、話題に出さないのはきっと何らかの準備がいるためだろう。
普通に用意したのなら、今俺が出かける前にポンと渡してくれればいい事なのだから。
……だが、俺が小鳥さんの珈琲を飲み終わるまで、真がチョコの話に触れることは無かった。 


■

〜SIDE VIEW〜

「ボクの意気地なし……やっぱり、演出無しでもチョコだけ渡せば良かったかなぁ……」
息の白さが眩しい真冬の帰り道……真は両手の紙袋に、ファンから貰った大量の下着を抱え、
自宅までの帰路についていた。
あまり長い期間事務所に下着を置いておくのも恥ずかしいし、父親が遠征しているこの隙に、
まとめて持って帰り、隠してしまおうという狙いがあってのことだ。
しかしながら、100枚におよぶ下着というのはただの布であってもそこそこの重量があり。
765プロ内で千早と同じくらいに鍛えている真にとっても重いと感じる量だった。

「うーっ……なんで今日はこんなに間が悪いんだろう。衣装も無駄になっちゃうし」
夜、帰る前にプロデューサーのスケジュールが空いている事もチェックしたし、
手作りのチョコと、それを渡すときに着る、とっておきの服も用意した。

ここまで自分をアイドルとして育ててくれたプロデューサーに、それを着て言うつもりだった。
『プロデューサー……あなたにここまで育ててもらって、やっと分かりました。
ボクはボクなんだって。だから……もう、男の子みたいに扱われるのがイヤだとかは言いません。
ボクの心さえしっかりしていれば、カッコいいでも凛々しいでも、何て言われても嬉しいです。
プロデューサーが、ボクの事を女の子として【可愛い】って言ってくれたから』

だから、春香や律子に協力してもらって買った、今手元にある女の子っぽい服を、
プロデューサーにだけ見せて……彼の前でだけは可愛い女の子でありたくて、
1ヶ月以上も前から用意していた計画だった。
が、そんな計画も【緊急の仕事】と言われてはどうにもならない。
ずっと前から楽しみだった計画が崩れ去ったとき、真は実はわがままを言う気力も無かったから。

父親の影響か、理論的思考で育った真は怒りをストレートに発散させることはほとんどしない。
昔空手を習っていた頃、道場師範にも力の適切な使い方を教えられたし、
悪徳記者が付け狙っているかもしれない公共の路上で迂闊な行動を取るわけにも行かない。
それでも今日の【計画】の頓挫はテンションを一気に落とすほど彼女に強く効いていた。

「でも……この後仕事が入って無くて良かった。こんなテンションじゃ、仕事どころじゃないし」
常に前向きに考えるところは彼女の長所でもあるが、こんな状況では逆に余計辛そうに見える。
心の苛立ちと身体の疼き……その両方を、周りに迷惑を掛けないように鎮めるために、
真が取った方法は……

「よし、家まで全力ダッシュで行こう!!」
道路の見通しは良いので、歩行者や車を巻き込む心配も無いし、
夜道とはいえ、街灯のある表通りならば転ぶ心配も無い。
とにかく今は、全力で打ち込める何かが欲しかった。このどうしようもない悔しさを忘れるほどの何かが。

「いくぞ……get set ………ready…………」
心の中で、シグナルランプがスタートを示す青色になるのをイメージする。
長年の癖か、こんな時でもカートレースの緊張感が蘇るが、今の真にとってはかえって心地良かった。 


【GO!!】

合図と共に、陸上部員も顔負けのスピードでダッシュをかける真。
両手にもった紙袋は後方にたなびき、100メートル12秒台の俊足が唸る。
気持ちよく300メートルほど走った頃だろうか……後ろでホイッスルの音が聞こえる。
それは何度も切れ切れに響き、警告を発しているようにも取れた。

「おーい、そこのチミ、紙袋持って逃げてるチミ!!大人しく止まりんさい!!」
聞き慣れない方言で、笛を吹きながらマグライトっぽい懐中電灯を持った男が話しかけてきた。

「な……なんですか!?行っとくけど、今はサインするような気分じゃ……」
「なに言ってるかね……あんれ、まんだワラシ(童)でねぇスか。こんな子が犯人だか?」
1メートルの距離にまで寄って、はじめて分かる。言葉遣いは思いっきり田舎者だが、その制服は
れっきとした警察官のものであり、【犯人】という単語から、何か事件でもあったのかと思わせる。

「あのね、まんず職務質問さァさせてもらうきにね。この辺りで泥棒が出て、警戒中なんだぁよ」
「泥棒……ですか?物騒だなぁ……」
帰り道に気をつけて、とはいつもプロデューサーや社長から言われることだが、
はじめて起きる、身近な犯罪。そして、まだ犯人が逃走中と言う事。
ランクが上がってメジャークラスになったとはいえ、タクシーで帰るというブルジョワ的思考は
出来るだけ遠慮していた真だったが、今回ばかりはこんな状況だし、
職務質問を終えたらタクシーを拾おうかと真は考えていた。
が、田舎出身と思われるこの警察官……やけにしつこく食いさがる。

「だから、仕事の帰り道なんですってば!!ボクはこれでもアイドルだし仕事してるんです!!」
「そげんこつ言うてもねぇ……男にしか見えねぇし。なスて自分の事【ボク】って言うが?」
「そ、それはっ……昔っからの癖で……」
コレが初めてではないが、こんなときは毎回、自分を育てた父親を恨めしく思う。
「そスて、その両手の紙袋……ちょっと見せてもらって良い?何入ってる?」

「こ、これは……プレゼントです!!皆がボクのためにくれた……」
「何だス?」
「………」

勢いで押していた真も、面と向かって【下着です!!】と告白できるほど割り切った性格ではない。
が、この【乙女の恥じらい】が、今回ばかりはマイナスにしか働かなかった。
「実は、この近くの女子寮に下着泥棒が入ってだネ……100枚近くやられたらしくて、
目下全力で犯人を捜索中なんだス」
「!?」

最悪のタイミングとはまさにこの事で、今、紙袋の中を調べたら100%容疑をかけられる。
が、このまま逃走して事態が好転するとも思えない。
それどころか、悪くもないのに逃げ出したら火に油を注ぐようなものだ。

「これは……下着です。ファンが、ボクのためにくれたものです……」
悔しさを必死に押し殺し、捜査に協力するべく、また誤解を解くべく紙袋を差し出す真。
警察官の話は、すでに半分は脳に入っていない。
今日、プロデューサーにチョコを渡せなかった後悔から今までの出来事を思い出し、
その全てに、心の中で恨みの言葉を思いっきりぶつけていたから。
そんな中、彼女にようやく理解できた言葉は

『あー、チミね。ちょっと署まで来て』
という言葉だった。 


■

〜PRODUCER VIEW〜

「……微妙に間に合わなかったか……いや、作曲家の先生だって一生懸命仕上げてくれたんだ。
すごくいい曲だし、感謝しても文句は言っちゃいけないよな」
上がったばかりの【新曲】データと譜面を受け取り、俺は事務所に帰ってきた。
そこにはすでに事務員の小鳥さんですら帰っていて、社長と二人という状況だった。

「菊地君の新曲かね?ふむ……確かに、今日渡せればベストだろうが……
こういうものには流れというものがある。せめてアレだ、メールでも打っておきたまえ。
こういうフォローが、名プロデューサーへの第一歩だよ、キミ」

戦後生まれの割りにはハイテクを使いこなすあたりは、さすが一つの会社の主だと思う。
そうだな、せめてメールで
【真……送ってやれなくてごめん。でも、真のための新曲が出来たんだ。
女の子全開の可愛い曲を書いてもらったから、明日は早速練習だ。覚悟しておけよ(笑)】
くらいは言ってあげても罰は当たらないだろう。

「ありがとうございます、社長……では、ちょっと失礼して」
そして、俺は携帯電話を取り出して真のアドレスをチェックしたときだった。
オフィスの電話が鳴ったのは。

「はい、765プロダクション……え?警察!?」
「ぶほっ!?」

警察、という聞き捨てなら無い単語に、社長がお茶を吹いた。
「……し、失礼しました。え?ええ……確かに菊地は、うちに所属しておりますが……
はい?……ええ、確かにそれはファンからのプレゼントで……はい、はい……
で、身分証明と彼女の活動を立証するものを……はい、分かりました。
今すぐ伺いますので……はい、ええ、アイドルです。本当です。
乱暴に扱ったりしないで下さいよ!うちの大切な……大切な、子なんですから」

「ごほっ、ごふっ……き、キミ……警察が、何の用で……」
「下着ドロと間違われてしょっぴかれたみたいですね……とにかく、今警察にいるみたいだから、
一刻も早く迎えにいって誤解を解いてやらないと。すみませんが今日はこれで失礼します」

言うが早いか、俺は荷物と証拠をまとめて事務所を出て行った。
今日、もう一度真に会いたいと思っていたが、こんな形で願いが叶うってどうよ?
社長が後ろから『気をつけたまえよ』と励ましてくれる声に、
俺は振り向かず手で合図をしてから会社の車に飛び乗った。 


■

「プロデューサーぁ!!」
「ぐおっ!?」
受付の婦警さんに聞いて取調室のドアをノックし、開けると同時に真が俺に向かって飛び込んできた。
心細く俺を待っていてた心情は察するが、格闘で鍛えた人間のタックルとおぼしき
抱きつき攻撃は、体育の授業を長く離れた俺にとってかなりのダメージとなった。
取調べで腹を空かせていないかと、携帯食や水を持ってきたんだが、そんな心配は無用だったらしく、
お約束全開に、カツ丼の出前を平らげたあとの食器が2人前転がっている。
真にはダイエットを命じていないが、そんな風にストレスをためながらカロリーを取ると、太るぞ。
バレンタインの時期だし、その辺は後で注意しておかなくてはなどと、
こんな事態に陥っても、俺の脳はプロデュース業を中心に動いているようだった。

「ごほっ、ごほっ……だ、大丈夫か?真……」
「あっ……ご、ごめんなさいプロデューサー!?つい、嬉しくて……」
泣いている真の頭を軽く撫でてやりながら、俺は電話をくれたその警察官に向き直った。
職務には忠実だが、どうも人の良さそうな田舎っぽさを匂わせるその人に椅子を勧められ、
俺は早速そこに座ると一刻も早く真にかかった容疑を解くため、証拠の数々を提出した。

「……で、これが今日TVで放映された記者会見で、これがコンサートのライブDVD。
こちらが身分証明と学生証のコピーです。納得するまで確認してください」

それから俺は、証拠を提出しながら双方の話を聞いた。
確かに下着ドロが出たのはタイミング的に運が悪かったが、その時の真が、
不自然なまでにダッシュしていた事と、大量の下着を持っていたことを考えれば、
一方的に警察の方を悪く言うわけにも行くまい。彼も職務に忠実だからそうしたまでなんだし。

が、このままでは双方感情的に納得行かないのも事実。
それを見越して、俺がここに持ち込んだ秘密兵器があった。
本当はもう一ランク上がってから使おうかと思ったが、警察の取調室なら、
ある意味一番外に洩れる心配がない。悪徳記者とかは絶対に入れないし(笑)

「真……証拠もあるし、向こうも納得済みだ。それに、容疑をかけられて切れなかったのは立派だよ。
本当に……よく頑張ってくれた。偉いよ」
「うん……だってボク、悪いことなんてしてないもん。だから悔しいけど、ちゃんと同行しました。
この人が、『自首するなら早い方が罪が軽いがヨ』なんて失礼なこと言っても、
絶対にやってないって、頑張りました!!途中、何度も逃げ出したくなっても……」

「あ……いや、申しわけねぇ……だげぇ、持ってるモノと逃げるような走り方ば見たら、
本官以外でも捕まえて当然だし……あー、でも、犯人と決めてかかってもぉたのは本官が悪かったがね」

俺が見るに、この年配の警官も悪い人では無いんだよなぁ。
運の悪さにタイミングの悪さが重なって、こんな騒ぎになったというか。
「では……一応疑いは晴れましたが、一つ見ていただきたいものがあります。
それに、証拠品よりも効果のある証拠がありますよ。……真、これに着替えてくれ。
それと、隣の小部屋を貸して下さい。彼女が着替えるためにね」 


「えっと……プロデューサー?これ……」
「俺が真のために買った衣装なんだけどね。本当はもっと後に見せるつもりだったが、
今が丁度いい機会だと思う。隣の部屋には鏡もあるし、手早く着替えておいで。
多分、このおまわりさんはTVとか歌番組を見ていそうな人じゃないから………
実際、生のアイドルを見せてあげたほうが分かりやすいと思うんだ。さあ!」
「あ……は、はい」

俺の個人的見解だが、真の可愛さは水戸黄門の印籠のようなものだと思っている。
要するに、普段から見せていいものではなく、ここぞという時に使うものなんだ。
勿論、王子様のような凛々しい外見も立派な武器になる。しかし、それだけでは
芸能界の荒波を乗り越え、トップに立つのは少々難しい。
そこで役に立つのがこの秘密兵器。本当の女の子らしさという2面性だ。

150`を越える剛速球を、さんざん意識させた後でのチェンジアップのように。
ツンツンと攻撃的でしかなかった女の子が、突然弱さと儚さを見せるように。
隣の部屋で着替える真の様子を見ながら、俺はその印籠の威力がいかほどかを想像した。

「おまわりさん。ここ……取調室って、多少うるさくても平気ですよね?」
「あ、あー……んだぁね。けど、何するが?」
「真……そろそろいいだろう。恥ずかしがらずに出ておいで」

真のことだから、一連の様子は想像できる。
俺が用意した、という予期せぬ衣装に驚きながら、ドキドキを抑えきれずに着替えたんだろう。
ウィッグ(付け毛)まで付けたのは、ロングヘアを以てして印象をガラリと変えるためだ。
千早もそうだが、黒髪のロングヘアと言うものは日本人の美的遺伝子に強く刷り込まれている。
真は、眉毛も太めだし、失礼だが胸も小さめで、日本女性の究極に近いと思っている。
故に、黒髪のロングヘアに加え、なだらかな鎖骨と肩は大きく露出させ、対照的な美を見せる。
ゴシックプリンセスのスカートを長くしたような、黒のサマードレス風衣装……
もう少し分かりやすく言えば、雪歩の普段着を黒く染め、フリルなどの装飾を各所に施したような
デザインだと言えば、想像してもらえるだろうか?
これなら黒を基調とした神聖さを表すと同時に、肌の露出で色気も演出できる。

するとどうだろう?俺の予想を遥かに上回るレベルで、真は凄く綺麗で、清楚なイメージの
女の子となっていた。方言丸出しの警察官も、ぽかんと口を開けたまま驚いている。
「……いかがですか?彼女こそ、まごうこと無きわが社のトップアイドル、菊地真、本人です」

「あの、あの……プロデューサー……着替えましたけど……」
「おう、すごく似合うぞ!!さすがは真だ。俺の予想を遥かに超える可愛さだ」
「なっ……」

化学薬品が爆発したかのように、ぼんっと音を立てて顔を真っ赤にする真。
自分でも鏡を見て、驚いたんだろうな。しかし、いまはそれどころじゃない。
「真……このハンディカラオケ、使い方覚えてるよな。前に路上パフォーマンスで使ったし。
CD入ってるから、一曲歌って証明してやろう、グゥの音も出ないくらいに。
曲はもちろん、エージェントで行くぞ」

「おまわりさん……俺も、回りくどいことは好きじゃありません。だから、この2分間。
この2分間だけ、うちの真を見てやってください。彼女が100回釈明するより、
この一曲を聴いてくれたほうが、彼女が泥棒なんかじゃ無いとわかるはずです」
「いんや、それはもう証拠があるから分かって……」
「釈放だけじゃ足りません!!」

警察側に罪は無い、それは俺も分かる。
だが、俺の……いや、765プロの宝である真をこんな目に逢わせたと言う事に関して、
誠意ある対応が欲しかった。そこだけは俺も絶対に譲れない。
このまま釈放されたとしても、真の心には嫌な思い出しか残らないだろうし。 


明かりは取調室の電気一つ。
そんな中、完全にステップを覚えている真が得意曲【エージェント夜を往く】を唄いだした。
「おぉ……」
男女お構い無しに溜息を出させるのは、真の卓越したダンスの技が成せる業だ。
これだけで、彼女がだたの素人では無いと言う事を嫌でも分かるだろう。
俺が、真と共に今までレッスンを重ねた集大成が、今ここで発揮されているのだ。

激しいダンスと共にたなびく長い黒髪は、今までの真にない魅力を以てステージを演出する。
その黒髪と太目の眉は、遠くから見ても表情がはっきり分かり、
目線の誘導一つとっても強い意志が感じられ、観客を釘付けにする。
この衣装なら、きっと男性ファンも引き付けられるだろう。

それ以後はもはや、俺が何も言う事はなかった。
警察官の顔を見ているだけで、どんどん彼女を見る目つきが変わっていったから。
そして、曲が終わったときには今までの容疑者扱いは何処へやら。
大きな拍手は完全に、彼女をアイドルと認め、誤認逮捕を詫びる意志に変わっていた。

「……いんや、本当に申しわけねぇ。こんな可愛い娘っ子が下着ドロだなんて……」
「ふふっ……さっきまで【童】っていってたのになぁ」
一見とがめるような口調だが、そこに一切の嫌味は無い。
真のいいところは、恨みやねたみを何時までも引きずらないところだが、
早速このおまわりさんどころか警察署内をファンにしてしまったらしく、サインをしたり
握手をしたりと、事件が解決してからもちょっとした忙しい事になった。
色々終わって、俺達が解放されたのは……俺が警察を訪れて3時間くらい後だった。 


■

「……なぁ、真。真冬なんだしその衣装は脱いだほうが……」
俺の車で彼女を家まで送る帰り道。いくら車の中とはいえ、彼女は衣装を脱ぎたがらない。
そこまで気に入ったのだろうか?
「お願いします、うちに帰ったら脱ぐから、それまでは……今日、父さんもいないし」
「気に入ってくれたのは嬉しいけどな。うん……あ、そうだ。今日はごめんな。
俺が一緒に送ってやれたら、こんな事も無かっただろうに」
「とんでもない!!むしろメチャメチャありがたいって言うか……嬉しかったです。
助けに来てくれたヒーローみたいで、感動しちゃいました」

さっきからやたらと真のテンションは高く、無実を立証するよりも、
彼女がホンモノの美少女アイドルだと認められたことが効いたらしい。
「そうだ。プロデューサー……せっかくだから、今渡したいものがあるんですけど」

ご丁寧に、ウィッグまで付けたまま真は荷物の中から綺麗にリボンを巻いた包みを取り出した。
「本当はさっき、プロデューサーが仕事終わるのを待ってから、ボクの用意した衣装を着て
渡したかったんですけどね……プロデューサーがくれた服、可愛いからこっちがいいや」

俺に改めて向き直った真は、一見どこのお嬢様かと間違うほどに美しい。
いつもの男っぽいイメージは無く、伊織と同じくらいのお金持ちの令嬢であるかのような
気品と、日本女性独特の吸い込まれるような魅力を以て輝いていた。

「プロデューサー……これ、ボクの気持ちです。いつもありがとうございます」
多分、彼女が用意していたであろう口上があったように思う。
が、真は一切それらしきものを語らず、ただただ、俺を見つめ……目で、語りかけてきた。
「あ……あー……うん、嬉しいよ。その……うわぁ、ごめんな。
あまりに嬉しくて、まともに喋れない。本当にありがとうな、真……」
多分、手作りであろうそのチョコは、中身を見なくても真の愛情を感じられる。
今日一日、かなりドタバタしたが……心地良い疲労感が全身に行き渡った。

真をプロデュースしていて、俺は心から幸せだ……
感謝の気持ちを表したいのと、下手をすれば泣きそうになるのを隠すため、
俺は真の両肩に手を回し……そのまま抱きしめた。
真の肩は思ったよりずっと細く、華奢な女の子であると言う事がはっきりと分かった。

「ぷ、プロデューサーぁ……」
「いいか、真。ファンや道端ではそれくらい気合を入れてて構わない。でも……
俺の前くらいは文句やわがまま、愚痴を言っても良いんだぞ。いや、むしろ言って欲しい。
それは、真の素直な心の現われだって、俺は分かってるから」 


「あ……」
人間、誰しも聖人君子ではない。
が、アイドルというのは皆のイメージで生きる仕事だ。
犯罪は勿論、飲酒、喫煙も絶対にダメ。……いや、当然といえば当然なんだが、それくらいならまだましだ。
ちょっと疑わしい行動を取っただけで、ゴシップ記者たちが悪意と共にイメージを貶める記事を書く。
そんな世界に住んで、四六時中良い子でいられるはずが無い。
「つまらない悩みや憎しみを抱えたままじゃ、この先は勝ちあがれない……
それに、我慢する真は正直見ていて、辛いから……」
「は、はい……そうですよね。ボク、もう何度プロデューサーの前で泣いたか、もうわかんないし。
プロデューサーの前で下手にカッコつけるのなんて、ボクらしくないですよね」

「そうだな。本当はそんな可愛い真も独占したいけど、それは無理だしね。
ランカークラスならいいけど、チャンピオンになるなら可愛い真も見せていかないと。
……やっと実現できるよ。女性ファンを減らさずに男性ファンを増やす計画が。
さっきの取調室で歌っていた真なら……カッコよさと可愛さを同時に表現できる!!
ただ、レッスンも厳しいぞ……覚悟しておけよ」

成長した真は、【カッコいいとか、可愛いとかは関係ない】と言ってくれた。
それはある意味正解なんだろう。
自分の事を好きになってくれるファンに、男女の区別は無いのだから。
だが、彼女が最初に志した夢を叶える事に、なんら無理は無い。
もう、ここまでの地位を築き上げたんだ。もう一歩踏み出して、
一見矛盾しているような、真の夢を叶えてみようじゃないか。
【男の子達に熱狂的な支持をされるようなアイドルになりたい】って夢を。

俺の目は、未来の仕事に向けて燃えていたが……逆に、真の目は泣いていたようだ。
ぎゅっと押し付ける俺のシャツに、つめたい感覚が二つ当たっているから。
「プロデューサー……もう少し、こうしてて……いいですか?」
「……今路駐だから、パトカーが来たら逃げるけど……それまでは好きなだけ来い!」

悲しいかな、本来は【真がいいって言うまで抱きしめてあげるよ】なんてカッコいいセリフの
一つでも言いたいところだが、夜とはいえ天下の往来(しかも路駐)で
そんな事が出来るわけも無い。
……どこまでも仕事が第一だった。今のところは。 


■

「今日合格すれば……えーと……5?」
「いや、6連勝だ。怒涛の不敗伝説はこれからさ」

バレンタインが終わってからすでに2ヶ月以上が経った。
新曲【MY BEST FRIEND】の発表以来オーディション連戦連勝の真は、
今や時の人として番組出演を続けている。

今までのイメージをガラリと変えて、真の可愛さを前面に押し出したこの曲……
正直、少しくらいは女性ファンが離れるかもと心配していたが、
自信に満ち溢れる真の表情は、可愛い曲を歌いながらも確固たる信念を内に秘め、
その部分で真の一番の魅力をスポイルする事は無かった。

変身ではなく、進化。
善永さんがそんなコピーで真の応援記事を書いてくれたことも追い風となり、
ミリオンセラーが具体的数字となって見えてきている。
今まで呆れるほど繰り返した基礎練習とミーティングが効いているのだろう、
オーディションを連戦しても、俺達の思い出や信念が揺らぐことは無い。
ただ、オーディションに出かける際、一つ大きめの荷物が出来た。

「なぁ、真……着ないなら置いていっていいんじゃないか?それ……」
「ダメですっ!!これはボクのターボチャージャーなんだから」
俺が真にプレゼントした衣装一式……重くは無いが、けっして軽い荷物でもないぞ。
「コレがあるから、ボクはいつでもカッコいいアイドルを演じられるんです。
これは、ボクとプロデューサーの秘密兵器。絶対無敵のお守りみたいなもんなんですから!!」

まぁ、良く考えてみればこの程度の荷物で真のテンションが上がるなら安いものだ。
それに、衣装に依存しているわけでもないし、そんな鍛え方をしたつもりも無い。
本当に、真の言うとおり彼女にとって一番の【お守り】なんだろうな。

「凄いねー、今日合格すれば6連勝?合格したら、ケーキ焼いちゃおっか?」
「それはありがたいが……春香。真の合格にかこつけて自分が食べたいだけじゃ無いだろうな?」
「はうっ!?」

昼の765プロに、どっと笑いがおこる。
気が付けばもう季節は春。たった2ヶ月で、春香ややよい、あずささん……
それぞれのメンバーも成長を遂げて、次のレベルへ行こうと頑張っている。
真を筆頭に、わが765プロのアイドル達は今年もバリバリ頑張ってくれそうだ。

「よし…真、そろそろ行くか。春香はケーキの材料用意しておけよ」
「うふふ〜プロデューサーさん、合格させる気、満々ですね〜♪」
「負け戦を想定して戦うプロデューサーなんていませんよ。
まぁ、油断だけはしませんけど……今の真は余程のことが無い限り負けません」

「うっうー!そうですよねっ、真さん、なんだかキラキラしてるし」
あくまで比喩表現なのだろうが、俺から見ても本当に真は輝いているようにも見える。
が、真実など無理に突き詰めようとは思わない。
今、真は絶好調でどんなオーディションにも負ける気はしない。それは確かなのだから。

「それじゃ、行ってきます!みんなも頑張ってね」
真の号令と共に、他の皆も昼休みを終えて一斉に動き出す。
彼女達も、まだまだ上を目指して成長するんだ。
今の真は心配ないとして、これからはもう少し春香やあずささんたちも見ていかないとな。
特に春香のドジは絶好のチャンスを、最悪のタイミングで外してしまうという、
ある意味【芸能界名物】という不名誉な称号まで得てしまっているし。

そんな事を考えながら事務所を出て行く俺に何かとんでもない悪寒が走った。
根拠も何もない、経験だけでの第六感。外れてくれると良いんだが、
悪い予感というものはこういうときに限って良く当たる。
とはいえ、一人で不安になっても仕方ない。
微妙にやるせなさを感じながらも、俺は真と会場へ向かうべく、駐車場へと歩いていった。 


■

〜SIDE VIEW〜

「……ほぇ?このバッグ、何でしょう?」
「あら〜真ちゃんが大事にしている衣装ですね。うっかり忘れちゃったのかしら〜」
「もう……大事なお守りなんて言った矢先にこれとはね。春香のおっちょこちょいが移ったかな?」
「酷いですよぉ、律子さんっ……誰にだって間違いはあります!!わたしが届けてきますから」

いそいそと上着を着込み、転んでも衣装入りのバッグを汚さないようにしっかり抱え、
春香は事務所をダッシュで駆けて行った。
そこにあるのは真のためを思う心であり。100%の善意だったのだが……


駐車場までの距離はわずかだし、多少事務所の前は人通りが多いが充分間に合う。
案の定、春香が駐車場を目指して数十メートル走ると、プロデューサーと並んで歩く
真の姿があった。衣装を忘れたことには……まだ気づいていないらしい。

「真ー、まーこーとー!!わすれものー!!」
ボイスレッスンでならしたプロ歌手の喉は、通行人全てを振り向かせる威力を持つ。
そんな中、春香はナチュラルに、こう叫んでいた。

「忘れものだよー、まことー!!えっと、えーと……じょ、女装セットー!!!」
真のおっかけや悪徳記者も潜む中……この声は事務所中に響き渡った。
そしてこの後、プロデューサーはテンション真っ黒にまで落ちた真を前に、
6連勝を賭けて予期せぬ展開のオーディションに挑む事になる。

無事障害を跳ねのけて合格を勝ち取ったかは、皆のプロデュースした
真への愛情に比例しているでしょう……ね。


■HAPPY END(?) 



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