無題

作:名無し

人気アイドル、如月千早の担当プロデューサーである俺は、今日も満員電車に揺られて出勤するサラリーマンである。
満員電車というのは、それだけでアクシデント、トラブルそのものなのだと俺は思う。
ある朝―――。

キキィ〜・・・
ドン!

駅に停車する際、不意の大きな揺れたで、出勤途中の女性(俺的推定26〜28歳)が俺にぶつかってきた。
「すいません・・・。」
女性が俺に謝ってきた。なかなか綺麗な人だ。それだけで許せる。
「いえ・・・。」
謝ってくれる分、まだいい。俺は相手に気を遣い、微笑で受け流す。
相手の女性は俺を見て、はっとした表情したが、もう一礼すると素早く電車を降りていった。フッ、モテル男はつらいぜ。なんちて。
まぁ、満員電車では、このようなことなど日常茶飯事だ。
だが、このことが日常茶飯事でなかった事に気付いたのは、出社してトイレに行って鏡を見た時であった。

鏡を見ると、Yシャツの襟に、見ろ!!と言わんばかりのキスマークがべったり。

うわあぁい、ボクだってモテモテなんだぞぅ! チクショ―!
・・・俺はこの状態で、電車から765プロまでやってきたことになる。 orz
来る途中、他の人から向けられた奇異の視線・・・。これで合点がいった。
時計をみると・・・、千早が765プロに来るまで、換えのYシャツを買いに行く時間は、ない。
千早が俺のこの格好を見たら、何と言うだろうか・・・。

『プ、プロデューサー、ふ、不潔です!!!』
もしくは、
『プロデューサー・・・。 軽蔑します!』

・・・なんて所が妥当だろう。そして俺は今日一日、千早に毛虫以下の存在で扱われるのである。
万に一つも、千早にいい印象を与えることなど、皆無であろう―――。
そして、これらのことが千早の精神状態に影響し、今日の仕事の出来の良し悪しに大きく関わってくるのは明白である。
なぁんてこったい・・・。どーすっかな・・・、そうだ!

@ネクタイを外す。
A第一ボタンを外す
Bそして、襟を立てる

おお! これでかなり見えにくいじゃないか! さすが俺! よくやったよ俺!
フフン、しかもなかなか格好いいじゃないか。何かチョイ悪系? みたいな。
とりあえず、シャツを買うまでは、これでやりすごすしかない!

・
・
・ 
・
・
・
デスクに向かう途中、他の人特に変な目で見られることはなかった。
あとは千早が来ることで、今日の俺達の仕事が始まる。
あー・・・、なんか緊張すんなぁ。つか、なんでキスマークひとつで、こんなにビクビクしなきゃいかんのだ!
まるで、妻に浮気がバレたのが分かった夫のようじゃないか。まったく。けしからん、実にけしからん!
これは事故だ。何で、いちいち千早に気兼ねをする?
「おはようございます、プロデューサー!」
キタ――――――――――!!!!!!!
「や、やア、オハヨフ、チハヤ・・・!」
超ビビリながら返事をする俺は、ヘタレであることをここで自覚した。
そしてもちろん本能的に千早から襟が見えにくいような体制をとっている。
「? どうしたんですか? プロデューサー?」
俺に向けられる微笑。どうやら今日の千早は機嫌がいいらしい。
「それに・・・、いつもと変わった感じが。」
「イ、いやア、チョッと、いめチェンさ!」
「んー・・・、でも私はいつもの方が似合ってると思いますが」
「へ? そ、そオ?」
「ええ。私はいつもの方が、す、す、好きですよ」
え? そうかい? お、お兄ちゃん、まいっちゃうな〜。
「ふ、服装の乱れは、心の乱れとも言いますし・・・、あの出来たらネクタイをちゃんと締めて、いつものようにしてもらえませんか?」
「あぁ、わかったよ!」
千早に頼まれちゃ、イヤとは言えねぇ!
快く承諾する俺、ナイスガイ。
・
・
・
ダ――!! 何、言ってんだ俺! いつもどおりにしたら、まる見えやん!!
あ〜・・・、どないしよ・・・。
千早に背を向け、ネクタイを首にかける俺。さながらこのネクタイは、絞首刑の縄のように見える。
気が進まない俺はモタモタとネクタイを締める。
「・・・プロデューサー? 」
どうやら、もたついている俺に千早も焦れたようだ。
「あ、ああ、実はネクタイ締めるのはヘタクソなもんでね」
「そうなんですか? ・・・もう、しょうがないですね。ほら、ちょっと見せてください」
と、言葉とは裏腹に何故か嬉しそうに俺の前に回り込んで、俺のネクタイを締め始める千早。
え? ちょ、いつの間にそんなスキルを! ちゅーか、ヤメレ! 後生ですからやめてください!
「えーと、確かここを回して・・・」
や、やめろ! やめてくれえ!!!
だが、俺は嬉しそうな千早を拒むこともできず・・・、そして・・・。
ネクタイを締める毎に露になる襟! キスマーク!
そして徐々に険しくなる千早の表情・・・! 嗚呼、君は怒っていてもキレイダネ・・・。
「どうしたんですか、コレ?」
グイッ!
「アウッ!! い、いや・・・」
実は電車で・・・、カクカクシカジカ・・・、・・・息が詰まって声が出ません。
「何なんですか?」
ギリギリギリ!!!
あ! いやん! ちょ! 締めすぎ!!
千早の力は凄まじく、まるで俺を絞め殺さん勢いだ!! なんかだんだん気持ちよくなってきたぞぅ!

「モテモテなんですね、プロデューサー」

冷たく言い放つ千早の冷笑が脳裏に焼きつき――――、俺は落ちた―――。

結局、千早の気合注入ビンタで目が覚めた俺は予想通り、毛虫以下の扱いを受けて1日が過ぎた。(もちろん換えのYシャツは買った)
途中、千早にはこれは事故だと、何度も申し開きをしたが、
これまた予想通り聞く耳など持ってはくれなかった。(仕事の出来もイマイチだった)
今日という一日が、俺の予想と違ったのは、千早にしては珍しくオシャレ雑誌の化粧品のページを熱心に見ていたことか。




上へ

inserted by FC2 system