無題1

作:名無し

「はぁ…」
 自宅へ戻り、テーブルから椅子を引いてどっかりと座り込む。
 時刻は21時を回っていた。アパートに1人暮らしの身には、声を掛けてくれる家族など居ない。
「失敗したな…」
 背もたれにもたれかかり、上半身を軽く反るようにして天井を見上げる。
 今日の俺と、俺の担当するアイドル《秋月 律子》の仕事は、市民ホールでのライブだった。
まだまだアイドルランクの低い律子と新米プロデューサの俺にはこんな所だろうとも思うが、
市民ホールといえど初めての単独ライブだったし、俺も律子も気合いが入っていた。
 が、ライブの前半が終わり、休憩に一度戻ってきた楽屋で、少し言い争ってしまったのだ。
その後のライブ後半には影響しなかったものの、律子はずっと納得いかないような表情を見せていた。

 あの時、楽屋でもっと上手く律子と接する事が出来れば…
ライブを終え、その後の仕事をこなし、家に帰ってきてからもずっと同じ事を考えている。
『お金を払って見る価値のあるものであって欲しい。今の自分じゃ、友達も、家族も呼ぶ自信がない』
 そう言っていた律子を、どうしてもっと上手くフォローしてやれなかったんだろう。
どうしてもっと、前向きになれるようなことを言ってやれなかったんだろう。
 自分が情けなくて、悔しかった。

「はぁ…」
 再びため息。ふと、誰かが「ため息ばかりしていると、幸せが逃げちゃいますよ」
なんて、言っていたな…なんて思い出す。
 確かにそうだ。俺まで後ろ向きじゃ、律子はもっと後ろ向きになってしまうかもしれない。
 思い直して、遅い夕食でも作ろうと思ったとき、携帯が震えた。
少し長めの、2回のバイブレーション。メールを受信したときの動作だ。
 行動を起こそうとしたときに、何かで遮られるとどうもやる気が無くなってしまう。
誰だよ、なんて思いつつ携帯を開いて見れば、悩みの種だった律子からだった。

「…ぷっ」

 読んで、笑ってしまう。律子が納得いかなくて、悩んでいるっていうのに。
 自信が無いとか、お金が取れないとか…アイドル志望じゃなかったというのに、
何というプロ根性だろう。しかも、今日で明日の呼び出し。こっちの予定もあるというのに…

『もっと自分に自信が欲しい…』

 直ぐにカレンダーを見る。…友人と遊ぶ予定が入っていたが、これはキャンセルさせて貰うとしよう。
「さて…」
 やる気満々のアイドルに負けては居られない。
しっかり、彼女をプロデュース出来るよう、俺も頑張らなくては。

 気合いを入れるために、ひとまず遅い夕食作りに取り組む。

―悩んでも仕方ない ま、そんな時もあるさ 明日は違うさ

 何となく口ずさむ。明日は違う…自信をつけてやる。
 だから任せろ、律子― 



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