台風 その1

作:名無し

「・・・それでは、台風情報です。台風○○号は、非常に強い勢力を保ったまま、今夜には関東地方を
直撃すると予想されます。中心気圧は○○○hPa、中心付近の最大風速は・・・。」

  関東地方に台風が接近し、雨風共に激しさを増したとある夕方。ラジオの台風情報を聞きながら
オレとあずささんは、事務所に向けて車を走らせていた。

「それにしても、すごい雨と風ですねぇ。あずささん。」
「はぁ〜、せっかく明日はお休みだと言うのに・・・。」
「まぁ、結構アシが速そうですから、明日の朝には通り過ぎてしまうんじゃないですか!?」
「そうですね〜、それじゃ明日の事は明日考えるとして〜、今晩は何が食べたいですか?あ・な・た!」
「うわっ!!ちょ、ちょ・・・あずささん!!」

 いきなりのカウンターに、ハンドルを握る手が滑りかけたオレは、あわててハンドルを握り直した。
リヤシートでは、オレの返事を待っているのか!?キラキラと瞳を輝かせたあずささんが
無邪気な表情のまま
天然そのものの笑顔を浮かべていた。

 そう・・・。今の会話からわかるように、オレ達は既に他人ではない。
事の発端は数ヶ月前のあずさ、千早、美希達3人ユニットのラスト・コンサート終了後に遡る。
その夜、オレは、あずささん・・・いや、あずさから、胸の内に秘めていた想いを告白をされた。
このオレが運命の人であると・・・。
はっきり言って、心底嬉しかった。なぜなら、オレ自身同じ想いを抱いていたから。
後でわかったことだが、千早、美希の両名も、それぞれの想いをパートナーとなるべき人に打ち明けたそうだ。
昔から、タレントと関係者との恋愛はタブーとされ、未成年のアイドルを抱える、我が765プロも
その例に漏れなかったのだが
オレもあずさも、お互いをかけがいの無い人と思っており、もし職を失う事になったとしても
この世界に未練は無いとさえ考えていた。
結局、千早達はパートナーと共に海外に活躍の場を移し、あずさは結婚・引退、オレは人手不足もあってか、
何とかクビにならなくて済み、それぞれが新しい生活をスタートさせるはずだった。
 しかし、ひょんな事から、オレはとんでもない事を知ってしまった。

それは、我が765プロが、他のプロダクションに吸収されるかもしれない爆弾を抱えているという
事実だった。
原因は、765プロの資金繰りの悪化による高木社長の借金とのことだったが、その借金とは、
千早達の海外での生活費やレッスン料を、社長が密かに負担していたためだった。
たとえ日本でトップクラスであっても、それがそのまま通用するほど甘い世界では無く、さらに言葉や習慣の
問題もあり、しばらくは表舞台とは縁遠い充電期間となる。そのための資金だった。
当然あずさも例外ではなく、他の2人と同等の金額が、退職金としてあずさの口座に振り込まれていたのだった。

 いきなりトップクラス3人が同時に抜けるという異常事態は、軌道に乗り始めた我が765プロにとって
大打撃となった事だろう。
この事を知ったオレとあずさは、社長宅に押しかけ、退職金の返還と引退撤回を申し出た。
しかし、社長は頑として首を縦に振ろうとはせず、しばらく喧々囂々のやり取りが続いた後、あずさが言った。

「私達はそれぞれ、765プロで胸に抱いていた夢を叶える事ができました。
千早ちゃんや、美希ちゃんは、この先歌で恩返しが出来ても、引退するわたしは何も出来ません
しかし、まだ今なら、アイドルとして他のみんなと共にやっていけます。それを恩返しとして受け取って下さい。」

という言葉に、ついに社長も何も言う事が出来なくなり、その後1年間限定の特例として、オレ達は、
その間柄を他のアイドル達に隠したまま、ソロデビューした三浦あずさとそのプロデューサーとして、
生活する事となったのだった。

「あ、あずささん!その呼び名はダメですって!」
「あら〜、でもここは2人だけですし〜」
「普段から気を付けていないと、どこでボロが出るかわからないですよ。」
「はぁ〜、怒られちゃいました〜。」

 そう言うと、さきほどまでのキラキラした瞳はどこへやら。
すっかりしょぼくれてしまったあずささんだった。

「ま、まぁ、一歩外に出たらオレ達はアイドルとプロデューサーですから・・・。
その分、家に帰ったら・・・ね!」
「は〜い、プロデューサーさん!」

 ようやく機嫌を直してくれたあずささんは、今晩のメニューでも考え始めたのか、鼻歌を歌いながら
何やら嬉しそうにしている。そんな天真爛漫な所は、結婚してもちっとも変わらない。
それが彼女らしさであり、オレの愛したあずさそのものなのだが。

「さ〜て、そろそろ事務所に着きますよ。他のみんなにバレないよう、お互い気を付けましょう。」
「は〜い、プロ太郎さん!」
「ゲホッ!!そ・・・それもNGワードですってば!」


その1 おしまい

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