台風 その2

作:名無し

「うわぁ、すごい雨と風ですぅ!!」

 やよいは、事務所の窓から見える外の様子を見て、大きな声を上げていた。

「やよいちゃん、こっちもすごいですよ〜。」

 一方、あずささんは、テレビの台風情報で映し出される各地の状況と、現地のアナウンサーが、
激しい風雨にさらされつつも、必死に実況し続ける様子に、一生懸命になっていた。

 オレ達が事務所に着いた時、その場には事務の小鳥さんと、アイドルのやよいの2人だけが残っていた。
オレは、パソコンのキーを叩きながら、外の様子を見ているやよいに声を掛けた。

「そういや、やよいのプロデューサーは出張中だろ。オレはてっきりオフだと思っていたけど...。」
「はい。今日は雑誌の取材があったんで、律子さんに一緒に行ってもらいました。」
「そうか、で、律子は!?」
「律子さん、これからラジオの録りがあるって、さっきブツブツ言いながら行っちゃいました。」 

 やよいのプロデューサーは、地方での打ち合わせのため、1人で出張に出掛けていた。
その間は他の者が代理をするか、オフにするかなのだが、オレ達が出掛ける時には、
やよいの姿が見えなかったので、オレはてっきりオフだと思い込んでいた。
しばらくしてパソコンの入力を終えると、オレはやよいの側まで行き、一緒に外の様子を見てみた。
案の定、オレ達が帰って来た時より、風雨は激しさを増していた。

「小鳥さん、こりゃ早く帰った方がよくないですか!?これからみんな車で送りますから、今日はもう
おしまいにしましょう。」
「そうですね。他のみなさんも今日は直帰してもらう事にして、私達も帰りましょう。」
「じゃあ、オレは車をまわして来ますから、みんなは帰り支度をして降りてきて下さい。」

 そしてオレ達は事務所を後にし、まずは小鳥さんの家へと向かった。車の中ではオレ以外の全員が
それぞれ車の窓に貼り付き、外の様子に目を丸くさせている。そんな子供のような表情にオレは思わず
クスリと吹き出してしまった。 

「何ですか!?プロデューサーさん!急に笑ったりして。」

さすがに我に戻ったのか、助手席の小鳥さんがあわてて窓から離れ、こっちを見る。

「いやぁ、何となく...。でも、不謹慎かもしれないですけど、台風って何かワクワクしません!?」
「そうですね、昔は準備で動き回る大人に付いて行って、怒られたり。」
「そうそう!窓に戸板を打ち付けるオヤジと、一緒になって外に出てビショビショになったりしてね...。」
「あっそれ、昨日お父さんがやってました。弟のコウジがやっぱり付いて行っちゃって...。」
「私は〜、とらたんが家の中に入れてもらえるのが、嬉しかったです〜。」

 あれこれと思い出を話し合っているうちに、気が付くと小鳥さんの家へ着いていた。その後、小鳥さんを
降ろした後も話は続き、いつしか話題は、食事の話になっていた。 

「それで、台風の夜は、必ずおにぎりになるんだよ。」
「おにぎり...?何でですか?」
「何でって...。昔はよく停電になってたからな。そんな時おにぎりだったら、手づかみで食べられるじゃないか。」
「あっそれは、良いかもです!」
「停電になったら、ロウソクの灯りでおにぎりを食うんだ。外は風がビュービュー吹いてる音がして
そんな中、ラジオをみんなで聞いたりしてな...。」
「何だか〜、アウトドアっぽいですね〜。」
「その後もいいぞ。どうしてもおにぎりを多めに作っちゃうから、余っちゃうんだけど、
次の朝はな、それに味噌を付けて焼きおにぎりにするんだ。
朝起きたら、プ〜ンと味噌の焦げるいいにおいが漂って来てな...。」
「あぁ、プロデューサー、それ以上聞いたらお腹が空いちゃいますぅ。」

 やよいの言葉に、ドッと沸く車内。そうこうするうちに、車はやよいの家の前に着いていた。 

「あはは、さぁ、家に着いたぞ...って、何だか家の中が暗いな!?」
「あ、はい...。実は...今日は私だけなんですぅ。」
「何で!?お父さん達は!?」
「今日から、家族でおばあちゃん家に遊びに出掛けてて...。でも大丈夫です。明日は私もお休みですし
ひとりでも、電車でおばあちゃん家に行けますから!」
「だからって、何でお前だけ残っちゃったんだ!?明日一緒に出掛けるんじゃ、ダメなのか!?」
「だって、私はお仕事もあったし...、お父さんたち、お休みが今日と明日しか取れないって言うし...、
弟や妹もお泊まりなんて、めったに出来ないし...。」
「やよいちゃん...。」
「あ、あの、でも大丈夫ですぅ。さっきのおにぎりで、私元気一杯になりましたから。」
「やよいは、いいお姉ちゃんだな...。でも、無理すんな。」 

 気が付くと、あずささんがそっと、やよいの肩を抱くようにしていた。
それがスイッチになったのだろう、やよいはあずささんにしがみつくと、声を上げて泣き始めた。
あずささんも、そんなやよいをしっかりと抱き締めていた。やがて、大分落ち着いたのかしゃくりあげる声も
聞こえなくなった頃、あずささんがそっと口を開いた。

「やよいちゃん、落ち着いた!?そうだ!今晩は、やよいちゃんもお泊まりしましょう!」
「えっ!?」
「今日はこれから、私のお部屋に、お・泊・ま・り!」
「えっ!?で、でも...。」
「あら!?私と一緒じゃ、イヤなのね。シクシク...。」
「あっ、い、いえっ!そんな事...。ぜ、ぜひ泊めて下さい!」
「ははは、じゃあさっそく、着替えを取って来い!」
「は、はいっ!プロデューサー、行って来ます!!」 

 そう言うと、やよいは車を飛び出し、家の中へと入って行った。その姿を見つめていた
オレたちは、その姿が見えなくなると、どちらからともなく声を掛けた。

「あずささん。」「プロデューサーさん。」
「あ、それじゃあずささんから、どうぞ。」
「はい、あの、ごめんなさい、勝手に泊めるなんて言っちゃって。」
「いえ、実はオレもそうしたいと思ってました。やよいは、家族思いですけど、その分我慢と言うか、
いじらしいと言うか...。」
「ええ、でもそこが、やよいちゃんらしさです〜。」
「ははは、やよいらしいですか..。でも、帰ってから、ちょっと大変ですよ。」
「そうですね。ご飯を炊いて、シャケも焼いて、梅干しと...佃煮はあったかしら!?」
「え!?そ、そうじゃなくて...。」
「あら〜、さっきのお話で、私すっかり、おにぎりが食べたいのかと〜。」
「い、いや、おにぎりはいいんですけど、ほら、家の中の一緒に撮った写真とか、色々と見られたら、
オレたちの事、やよいにバレちゃいますよ。」
「そうでした〜、どうしましょう。」
「とにかく、やよいには、真っ先にシャワーでも浴びてもらって...。その間にヤバイ品物はコッソリと
隠してしまいましょう。」
「そうですね〜、これで一安心です〜。」
「あ...あとひとつ、肝心な事が...。」
「はい!?はて〜、何でしょう〜??」
「うちを、あずささんの家って事にしたら...。オレは今夜、どこで寝たらいいんでしょうか!?」
「えっ...あ〜...、どうしましょう〜。」
「あ...あずささ〜ん、考えてなかったんですね〜!!」

その2 おしまい。 


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