台風 その3

作:名無し

「さぁ、着いたぞ!ここがオ...いや、あずささんの家だ。」
「うわ〜!すごいですぅ!!」

 あれからしばらくして、オレ達は自宅マンションに到着した。初めて訪れたやよいは、
エントランス・ホールに入っただけで、すでに興奮しているようだ。
そこでエレベーターを待つ間、オレ達はかねてより打ち合わせた芝居を演じる事で、
やよいをごまかす作戦に出た。

(あ、あずささん!)

 オレは、小声で話すと共に、ヒジでチョンチョンと突き、合図を送る。

「そ、そうだ!プロデューサーさん!こんなお天気ですし、良かったらお食事をして行きませんか!?」
「そ、そうですね。これじゃコンビニにも行きづらいし、そうさせてもらおうかな!?」
「うわぁ〜!プロデューサーも一緒ですか!?良かったですぅ!ご飯は大勢のほうが、おいしいです!
さぁ、プロデューサー!ハ〜イタ〜ッチ!!」

 エントランス・ホールで、ハイタッチを交わすオレ達。やがてやって来たエレベーターに乗り込んだ
オレ達は、自宅へと向かう。さて、いよいよ、ここからが本番だ! 

「さぁ、ここよ〜。やよいちゃん。」
「うっう〜!お部屋も家具も、新品でピカピカですぅ!」
「そ、そうだ!やよい、お前先にシャワー浴びて来たらどうだ!?お前、結構雨に濡れてたから風邪でも
引いたらマズイしな。」
「そ、そうね!明日はおばあちゃん家に、行かなくちゃならないものね〜。」
「そうですか!?じゃあ、お先にシャワー浴びさせて下さい!」
「さぁさぁ、こっちよ。やよいちゃん。」

 あずささんの先導で、浴室に入るのを見届けたオレは、急いでリビングに飛び込んだ。
結婚式の写真が入ったフォト・スタンド、一緒に撮った写真入りのアルバム、オレの私物等、とりあえず
目に付いたヤバゲなシロモノは、全てオレの仕事部屋に放り込む。
オレが見落としが無いか確認していると、あずささんがリビングにやって来た。

「何とか、うまく行きましたね〜。」
「いや〜、油断は禁物ですよ。あずささん。」
「うふふ、そうですね〜。じゃあ、ご飯の用意をしますから、ビールでも飲んで待ってて下さいね。」
「おっ!サンキュ...って、ここでビール飲んで寛いじゃ、バレバレじゃないですか!!」「だって〜、いつもはビールを...」
「だ、だから、今日はいつもと...」
「いつもと...何なんですかぁ!?」

 振り返ると、パジャマに着替えたやよいが、にこやかな笑顔を浮かべて立っていた。 

「い、いや〜、いつもと違って、き、今日は雨だから、ここからの夜景もイマイチだなって...。」
「えっ!?そうなんですか!?」

 そう言うと、やよいは窓辺に駆け寄り、外の様子を眺め始めた。

「うっう〜!でも、充分きれいですよ〜!雨粒に外の灯りがにじんで、キラキラしてますぅ!」
「そ、そうか!?じゃあ、今度は晴れた日に、お呼ばれしような!」
「はい!あずささん、ご飯の準備してるんですよね。私もお手伝いしま〜す!」
「そ、そう〜!?じゃあ、お願いしようかしら!?」
「はい!今日のメニューは何ですか!?やっぱり、おにぎりですか!?」
「ええ、あれだけ車の中で盛り上がったら、ねぇ...。」
「私も、そうじゃないかな〜って。えへへ...。」

 あずささんと、やよいは、楽しそうに話しながらも、テキパキと作業を進めていく。
やがて、大皿の上にいっぱいのおにぎりが並べられ、もう1つのお皿には、ウインナーに卵焼き、
アスパラ・ベーコン等、まるで運動会のお弁当のおかずのようだ。
食事の準備が整うと、オレ達はリビングへ移動し、小さなテーブルを囲むようにして座った。 

「おっ!?うまそうだな!やよいも、握ってたよな。上手なもんだ!」
「えへへ、おにぎりは昔からよく作ってましたから〜。」
「じゃあ、いただこうかな!?これ、中身は何です?あずささん。」
「うふふ、それはナイショです〜。食べてからのお楽しみです〜。」
「なるほど!では、さっそく...おっ!?こりゃ梅干しだな。」
「うっう〜!私はシャケですぅ!」
「私は〜、おかかでした〜。」

 それから、オレ達は和気あいあいと食事を続けた。いつもは2人だけのこの部屋も
やよいがいるだけで、すごく賑やかで華やいだ空間に感じる。
いつの日か、オレとあずささんとの間に子供が生まれたら、こんな賑やかな食卓を囲めるといいな...。
そんな事を考えていると、やよいが妙にモジモジし始めた。

「そ、そう言えば、あずささん。洗濯機の中に...あの...お、男の人の...パ、パンツみたいなのが...。」
「えっ!?あ...あれは〜...。」
「ご、ごめんなさいっ!!濡れた服を入れておきなさいって言われて...見る気は無かったんですぅ...。」
(マ、マズイ...。)

 幸せな光景から一転、非常にヤバイ状況である。うっかりして、洗濯機の中身までは、チェックし忘れた!
ここは、オレが何とかせねば!!

「あ、あれな〜!あれは〜その...アレだ!洗濯物で女性の一人暮らしがバレたら、何かと物騒だからな。
その、だ、誰かと一緒に住んでるって思わせる、ダミーだよ、ダミー!!」
「そうなんですか!?じゃあ、あの黒い靴下も!?」
「そ、そうだよ。パンツだけじゃ、ダミーってバレるからな。念には念を入れて...。」
「じゃあ、あのワイシャツなんかも!?」
「そ、それは、ダミーを兼ねた、あずささんのパ、パジャマみたいなもんかな!?」
「あっそれ、知ってますぅ。カッコイイです!あずささん。私も着てみたいですぅ。」
「そ、そうかしら〜!?」
「でも〜...。」
「な、何だ!?やよい!!」
「何でプロデューサーが、全部知ってるんですか!?」
「そ、それはだな〜、あずささんに相談を受け...そ、そう!実は、オレのアイデアなんだよ!」
(やよいのやつ、見るトコは見てるな。わりとチェックが厳しいやつだったのか!?)
「さっすが〜!プロデューサー、そこまであずささんの事、考えてるんですね!」
「そ、そうか!?フツーだろ、このくらい。ア、アハ、アハハハ...。」

 妙に乾いたオレの笑い声がリビングに満ちた瞬間、いきなり、リビングの灯りが消え、
一瞬にして辺りは真っ暗になってしまった。 

「プ、プロデューサー!?」
「落ち着け!みんな動くな...。どうやら、停電らしいな。ヘタに動いてケガでもしたらマズい、ちょっと待ってみよう。」

 そうしてしばらくの間、オレ達はじっと灯りが回復するのを待っていた。
しかし、一向に灯りが灯る気配もない。そのうち心細くなったのだろう、やよいが暗い中オレの手を見つけると
ギュッと握ってきた。

「どうした!?やよい。」
「うぅ〜、やっぱり真っ暗は怖いですぅ。プロデューサー、手を握ってて下さい〜。」
「あはは、いいぞ...って、あずささん!?」

 すると、もう片方の手も、やわらかい手のひらに包まれた。

「私も、ちょっとだけ怖いです〜。」
「もぅ、しょうがないですね〜、しかしロウソクとラジオを用意してればなぁ。結構楽しめたのに...
そうだ!いいものがあるぞ!やよい、ちょっとだけ手を離すぞ。いいか!?」
「は、はい。」

 オレは背広のポケットから愛用のジッポーを取り出すと、火を点けた。
薄ぼんやりとした光がリビングに広がり、テーブルの周りだけだが、お互いの顔を見ることが
出来るようになった。 

「うわぁ、明るいです、プロデューサー。」
「あぁ、しかし、いつまで保つか...。やっぱり、灯りを何とかしないとな。」
「灯り...、あっそうです〜!ロウソクがありました〜。プロデューサーさん、ちょっとだけ
このライターを貸して下さい。」
「いいですけど...あっ熱いですよ。」
「あっ、はいっ、平気です。じゃあ、ちょっとだけ待ってて下さい。」

 そう言って、あずささんは寝室の方へ歩いて行った。しばらくすると、胸元に光る何かを抱えるようにして、
あずささんは帰って来た。
あずささんが、持って来たもの。それは大きめのグラスの中に、ロウで色とりどりのバラを象ってある
キャンドルだった。

「うわぁ、これもキレイですぅ。あずささん、これって何ですか?」
「うふふ、これはね、ウェディング・キャンドルって言うのよ。」
(うわぁぁぁ...。)

 一難去ってまた一難、しかも、今度はこっちからネタバレするとは...。

「プロデューサー、ウェディング・キャンドルって何ですか?」
「そ、それはだな...。(汗)」
「あのね、これは私の親友の友美が結婚した時、キャンドル・サービスで招待したみんなのテーブルを、
回った時に置いてあったものなの。」

 あずささん、ナイスフォロー!!やよいは、これが気に入ったらしく、ユラユラと揺れる炎を
じっと、見つめていた。 

「プロデューサー、あずささん、実はうちのお父さんとお母さん、結婚式を挙げてないんです。」
「えっ!?」
「あ、そりゃ、マズかったな。ごめん、やよい。」
「いえ、聞いて下さい。お父さん達は結婚を反対されてて、それを無理矢理結婚しちゃったから、
最近まで、親戚っていなかったんです。」
「そうだったのか...。」
「でも、私がテレビに出ているのを見てくれた、おばあちゃんが連絡してくれて...。
お母さん、昨日私にそっと教えてくれたんです。
やよいがとっても優しい子に育ってるのが、おばあちゃんにもわかってもらえたからよって。
これでお母さんも、自分のお母さんにやっと会うことができるって。」
「そうか...。やよいはすごく良い事をしたんだな。偉いぞ。」
「えへへ、お父さんにも同じ事言われました。でも...、いざ会いに行くとなると、私どうしたらいいのか
わからなくなって...。だから、居残りするのもちょっとだけ、ホッとしてたんです。」
「そうか...。まぁ、普段通りのやよいを見て、おばあちゃんもそう思ってくれたんだから、
やよいも普段通りでいいさ。」
「そう...ですね。わかりました!何だか話してホッとしたら、急に...ふわ〜として...。」

 そこまで言うと、やよいはカクッと首をうなだれると同時に、ス〜ス〜と可愛い寝息を立て始めた。 

「お、おいっ、やよい...寝ちゃった...。」
「やよいちゃん、今日は泣いたり、笑ったり、大忙しでしたから...。」
「そうですね。さっきの話しで安心したら、急に疲れが出たのかもしれませんね。」
「うふふ、そうかもしれませんね。さて、やよいちゃんはどこで寝かせましょうか。」
「あずささんと2人で、ベッドを使って下さい。オレはここのソファーで寝ますから。」
「あら、私なら、3人一緒でも...。」
「あ、あずささん!?」
「うふふ、冗談です。」

 それから、やよいをベッドに寝かせた後、軽くシャワーを浴び、オレ達もそれぞれの寝床へ着いた。
翌朝、オレは香ばしい味噌の焦げるにおいで目覚めた。

「おはようございます!プロデューサー!」
「おはようございます〜、プロデューサーさん。」

 キッチンでは、やよいとあずささんが、昨日のおにぎりを焼きおにぎりにしていた。

「おはよう、今日は良い天気だな。」
「はい!今日も元気一杯、張り切っていきましょう!えへへ。」
「よ〜し、それじゃ、朝ご飯食べたら、駅まで一緒に行くか!」
「はい!プロデューサー!!」

 そう言うと、やよいは、右手を高く差し出して来た。
それに応えて、オレも右手を差し出す。
パァン!と大きくハイタッチの音が響く中、やよいの笑顔は台風一過の青空の太陽と同じく
まぶしいほど明るい笑顔だった。

おしまい。 





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