ベストフレンド

作:にじょーさん

2人は今達成感に包まれていた。

「雪歩ぉ……雪歩ぉ……」 
「春香ちゃん……!」

 2人の少女はお互い抱き合い、そして涙を零していた。
時は2月14日世間ではバレンタイン・デーに染まっていた日のことだった。 

物語はその少し前、新しい年を迎えた1月の中旬頃から始まる……
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ベストフレンド

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「「はぁ……」」

 ここは765プロダクションの事務所、そこから2つのため息がこぼれ落ちた。 

「ねぇ?雪歩、書けた……?」  
そう尋ねた少女は頭に二つのリボンをつけ、
普段なら人懐っこい笑顔を浮かべている彼女だが今その表情は曇っていた。
「うぅ……まだ1行も……春香ちゃんは?」
 そう答えた少女もまたその表情は曇っていた。
「わ、私もまだ……」
 彼女たちは顔を見合わせ、そして 
「「はぁ……」」
 と、またため息がこぼれ落ちた。

彼女たちは今、国内ならそれなりに知られているアイドル『Pastel R@inbow』天海春香と荻原雪歩の2人である。
そんな彼女たちがなぜため息をついているかというと……
それは2月の最大イベント、バレンタインが関係している。



そもそも事の始まりは彼女たちの担当プロデューサーが次に受けた仕事の内容である。
 新しい年にもなり、年末年始の仕事も一段落付き久しぶりのオフを事務所でくつろいでいた2人。
そこにプロデューサーが現れ・・・

「ん?春香に雪歩、せっかくのオフなのになぜ事務所に?」

「あ、プロデューサー、おはようございます♪」
「お、おはようございますぅ〜……プロデューサー」

 そう答えて、2人は顔を見合わせて、プロデューサーに向き直り笑顔を浮かべ春香は答えた。

「えっとぉ……年末年始はほとんど番組の収録や生出演だったじゃないですか?
それで久しぶりに2人で軽くダンスレッスンでもしようかなー?って」
「ダ、ダメですかぁ……?」
 
それを聞いたプロデューサーは内心驚いていた。
(ついこないだまではオフは事務所にさえ来なかったのに、その上レッスンか……)
 
難しい顔をして考えていたからか、雪歩が不安そうな表情をしていた。
「あ、あの、やっぱり、ダ、ダメですかぁ……?」
「いや、ダメな事はないさ、でも俺はちょっと仕事が……な?んー、そうだなぁ
疲れもあるだろうから、今から昼の12時までならいいぞ」

 それは聞いた2人は笑顔を浮かべていた。
「やった♪じゃあ行こう、雪歩!」
「あぁ……待って!春香ちゃん!」
 そんな2人の後ろ姿は見ながらプロデューサーも笑顔を浮かべていた。
「さて、俺も仕事をするか!」
 そういって、自分の机へと向かっていった。 


「おはようございます、プロデューサーさん、何か嬉しそうですね?」
 そう言って声をかけてくれたのは765プロにとって欠かせない人、『音無小鳥』さんである。

「あ?やっぱわかりますか?おはようございます、小鳥さん。春香と雪歩がオフなのにレッスンしたいです!ってね」
「へぇ、あの2人が……これは将来が楽しみになってきましたね♪あ、そうだ……」
 そう言って小鳥さんはごそごそと何かを探し始めた。
「なにか捜し物ですか?」
「えぇ、あの2人に新しいお仕事の書類が……んっと……これかな?」
 そう言って手渡された書類には……
「バレンタイン企画!アイドル達の手作りカード……?」




「ぁー疲れたー……それにしても雪歩もダンス上手くなったよね!」
「ふふ、そういう春香ちゃんもなにもないところで転ばなくなったね?」
「もぅ!雪歩、昔の事は言わないで!」
 そう言って春香は顔を赤らめつつ、事務所のドアを開いた。
「た、ただいまもどりましたー」
「もどりましたぁ」

 その声を聞いて、プロデューサーは自分の机から立ち上がり2人を迎えた。
「おかえり、2人とも。ん?春香、顔が赤いけどなにかあったのか?」
「えぇっ!?べ、別になにもないですよぉ?」
「?そうか?それならいいが……」

 春香は少し深呼吸しながら、雪歩は微笑を浮かべながらプロデューサーに近づいてきた。
「2人はお昼まだだよな?久しぶりに3人でどこか食べに行かないか?新しい仕事の説明もしたいしな。どうだ?」
「どこか食べに行くのもいいですけど……」
 そう言って春香は雪歩を見た。

「きょ、今日はその……」
「ん?昼から何か用事があるのか?今日は元々オフだからな、無理にとは言わないよ」
「い、言えっ!用事とかではなくてですねぇ……そのぉ……」
 そう言って雪歩は言葉を口ごもってしまい、それを微笑みながら見て春香が言った。

「実は私たちお弁当持参なのです♪プロデューサーさんの分も作って来たので、一緒に食べませんか?」

「なるほど、そういうことか。そういうことならご馳走になろうかな?そうだなぁ場所は……」
「場所なら応接室を使ってもいいですよ?今日は特に使う用事もないので」
 小鳥さんがそう教えてくれたので、応接室を使うことにした。

(手作り弁当かぁ……人の料理を食べるのは随分と久しぶりだなぁ)
 そんなことを考えているプロデューサーだが普段の自炊はそれなりに自分でできるレベルではあるが、
やはり人が作ってくれる料理にも飢えていた。
 
そんなことを考えながら応接室の扉を開いた。 
「さ、さむいな……さすがに……」
「あははー……エアコンのスイッチいれますね?」

 そういって、エアコンのスイッチは入ったものの、部屋の温度はなかなかあがらない。
「こ、こういうときは熱いお茶ですぅ。私、煎れ立てのお茶を持ってきたので、ど、どうぞ!」
「あぁ……そうだな、とりあえず座って雪歩のお茶を飲んで暖まろうか」
 3人がイスに座り、お茶を飲みながら軽く、談笑しているうちに部屋も温もってきた。

「そう言えば、プロデューサーさん?新しいお仕事ってなんですか?」
 お弁当の包みを解きながら春香はそう聞いてきた。
「ん?あぁ……2月14日のゴールデンタイムに2人はもちろん、
他数名のアイドルを集めてバレンタイン特集の生放送をしたいそうだ」

 それを聞いて、2人は顔を合わせ……
「そんなぁ、せっかくのバレンタイン・デーなのに……」
「うぅ……バレンタイン・デーに生放送ですかぁ……」

「あぁ、悪いな2人とも……変わりにはならないがその次の日は休みにしておくから?な?」

「わかりました、頑張ってみますね」
「わ、私も出来るだけ頑張りますぅ」

「ありがとう、2人とも。それじゃ部屋も温もってきたし、お昼食べようか!」

「「はいっ♪」」 



「あー旨かった……2人ともありがとうな」

「はい、お粗末様です♪」
「お粗末様ですぅ、今、食後のお茶いれますねぇ」

 春香のお弁当は一般的なおかず、たまごやきやアスパラのベーコン包み、王道であろうタコさんウィンナー、
一方雪歩が作ってきたおかず類は焼き魚の切れ身にほうれん草のお浸しと和食が並べられていた。
もちろん、どちらの料理も最高の出来であった。
「そうだ、さっき一つ伝え忘れていたことが」
 そう言いながら雪歩がいれてくれたお茶を一口飲んだ。

2人ははてな顔を浮かべながら次の言葉を待った。
「なんでも番組の企画でな、ファンにプレゼントを贈りたいらしい」

「贈り物……ですか?やっぱりチョコとか?」
 そう聞いた春香はちょっと困り顔で横でも同じく雪歩が困った顔を浮かべていた。
「いや、さすがに食べ物、チョコではない。一人一人のファンに渡していたら時間がかかるだろうし」
「じゃあ、何を贈るのですかぁ?」
 チョコではないと安心した雪歩が訊ねた。

「あぁ……日頃の感謝の気持ちをカードに書いて、それを番組内で読み上げて欲しいらしい」

「日頃の……」
「気持ち……ですかぁ」
 2人はいまいちピンとこないのか、困惑した表情を浮かべていた。

「それと、番組の最後で歌うことにもなっている、
曲は……『Best Friend』
新曲にもなるから曲のアピールもすることになるぞ」

「な、生放送で新曲ですかぁ……」
「しかも、番組の最後に……うぅ、くじけそうですぅ……」

「今の2人なら曲の方は1ヶ月あれば大丈夫と思うが……問題はカードだな。
とりあえず、明日にはそのカードが届くだろうから、今のうちから何を書くか考えておこうか?」

「「はぁ……」」
 場所は765プロの事務所に戻り、そこから2つのため息がこぼれ落ちた。
「ねぇ?雪歩、書けた……?」
 春香の表情は曇っていた。
「うぅ……まだ1行も……春香ちゃんは?」
 そう答えた雪歩もまたその表情は曇っていた。
「わ、私もまだ……」
 
彼女たちは顔を見合わせ、そして 
「「はぁ……」」
 と、またため息がこぼれ落ちた。

日頃の感謝と言われても、ありがとう、だけでは味気なすぎるだろうし、
いざ文章に……となってもどう書き表したらいいかで踏みとどまってしまう。

「2人とも、オフの日に仕事をさせているみたいで、悪いな……」

「い、いえ!大丈夫ですよっ」
「うぅ……私はダメですぅ……こんなダメな私は穴掘って埋まっていますぅ〜……」

「あぁ!雪歩!埋まらないで!」
 穴を掘ろうとする雪歩を止める春香。

「よし、2人とも今日はもう帰ろう?明日には新曲の歌詞も渡せるから、
またそれから考えよう。それと、もちろん明日からは歌詞レッスンだぞ?」

「「……はい」」 


翌日2人は難しい表情をしながら事務所にやってきた。
「おはようございます、プロデューサーさん……」
「お、おはようございますぅ。プロデューサー……」
 様子を見る限りでは昨日家に帰ってからもカードの内容を考えて、結果は思わしくなかったようだ。

「おはよう、2人とも。今日は歌詞レッスンの予定だったが……」
 そう言って、2人の顔を交互に見た。

「カードの方を先にやらないとレッスンに集中できそうにないな……よし、2人とも少し待っていてくれ」
 そう言ってプロデューサーはどこかへと出かけていった。


再び戻って来たプロデューサーが手に持っていたのは
今世間で話題となっているパソコンから直接音楽データを取り組み、再生できる小型のウォークマンだった。
「2人とも、これを聴きながら作業してくれ」


2人は困惑しながらもイヤホンを耳にセットし再生ボタンを押した。
「プ、プロデューサーさんっ!これって昨日言っていた新曲ですか!?」
「あぁ、そうだ。2人にはこれからその曲を聴きながらカードに書く文章を考えてもらう。
これなら歌詞も一緒に聞けて一石二鳥だろ?」
そうして、しばらく2人は曲に聴き入っていた。

「良い曲ですねぇ……」
 雪歩がそう言うと、隣で春香も首を縦に振って、不意にイヤホンを耳から離した。

「プロデューサーさん!わかりましたよ、何を書いたらいいのか♪」
「お?そうなのか、春香?」
「はいっ♪あ、それともう一つお願いが」
 そう言って、プロデューサーに近づく春香。

「あのですね?もう一枚カードが欲しいです。」
 雪歩には聞こえないよう、小声で頼んでくる。
「もう一枚?なぜだ?」
  プロデューサーもそれにならい、小声で返す。

「えっとぉ、詳しくは言えないですが、個人的に感謝の気持ちを伝えたい人がいるのですよ」

「そうか……うーん、そういうことなら俺は賛成だが一応、番組の方にも確認をとってみるよ」
「はい、お願いします♪」

「とりあえずはファンに贈る言葉を書いてくれ、その後に番組側から許可がでた時の事を考えて、
そうだな……メモ用紙、もしくは番組でそのまま使えるような用紙にその個人的なメッセージを書くとしようか」
「はい♪」
 プロデューサーとの話が終わり、不思議そうな顔をした雪歩の隣に座る春香。

「春香ちゃん、プロデューサーと何のお話してたの?」
「え?ちょっとカードのことで相談していただけだよ?それより、雪歩、書けそう?」
「うぅ……まだ無理ですぅ、あともう少しで何かが掴める気がするの」
 そう言って再び音楽を聴き始める雪歩。その隣ではファン宛に贈る言葉を書き始める春香。

「あ、そうだ」
 雪歩が音楽を停止し、プロデューサーに近づいてくる。
「どうした?雪歩、カード書けそうか?」
「カ、カードはもうちょっとで書けそうですぅ、あ、あのですね?」
 少し顔を背け言いづらそうにしている雪歩。

「も、もう一枚カード、もらえませんか?」

「え?」
 プロデューサーが驚いた顔で雪歩を見た。
「ダ、ダメですかぁ?」
「いや、さっき春香にもそう言われたからちょっと驚いただけだ」
「春香ちゃんも?」

「あぁ、なんでも個人的に感謝の気持ちを伝えたい人がいるらしい。雪歩はなんでだ?」
「わ、私もその……感謝の気持ちを伝えたい人が」
 まっすぐにプロデューサーを見る、雪歩。

「雪歩もか、わかった春香にも言ったが俺は賛成だからそう番組側にも伝えておくよ。
結果はどうなるかわからんが、一応メモ用紙、もしくは番組でそのまま使える用紙にメッセージを書いておいてくれ」
「は、はい、わかりましたですぅ」

 あの後、すぐに番組側に連絡を取り、快く承諾をもらい2人のテンションもあがり、
無事に2月14日当日までにカードはもちろん、歌の方も万全に整えることが出来た。 


「2人とももうすぐ出番だぞ、準備はいいか?」

「はい、いつでもオッケーですよ♪」
「準備万端ですぅ」
 2人は満面の笑顔で答え、スタジオに向かっていった。


(結局2人とも今日まで個人的にメッセージを贈りたい人を教えてくれなかったなぁ、ま、それも今からのお楽しみか)
 プロデューサーはそんなことを思いながら2人が見える位置に立っていた。


 番組もいよいよ後半、ここまでは何の問題もなく、今各アイドル達がファンに向けてメッセージを贈っている。
2人にはこの後、歌があるため、参加しているアイドル達の真ん中辺りで雪歩、春香の順で読むことになっている。
(いよいよ雪歩の番か、さて個人的なメッセージはだれに読むのかな)
 やはり担当しているアイドルの事が気になるのだろう、
プロデューサーはファンに向けて話している雪歩を眺めながらそんなことを考えていた。


「……以上!これからも応援よろしくおねがいしますぅ!次は、春香ちゃんの番だよ♪」

(あれ?雪歩結局個人的なメッセージは辞めたのか?いや、でも番組の方にも伝えてあるのだから……)
 少し、戸惑っている間に春香のメッセージも終わっていた。

「……以上!これからもPastel R@inbow応援よろしくね♪」


(春香もか……これは確認をとらないとな)


 2人が楽屋に戻って着替えが終わってからプロデューサーは訊ねた。
「2人とも、個人的なメッセージはどうした?番組の方には伝えてあるのだから、忘れていました。では通じないぞ?」

「「えっ!?」」

「どうして二人して驚く……」

「大丈夫ですよぉ、歌の前に伝えるって、そう言う風にお願いしちゃいました♪」
「わ、私もですぅ」

「そうだったのか、2人ともてっきり恥ずかしくてやめたかと思ったよ、よし、じゃあ歌の方もしっかりたのむぞ!」

「「はい!」」

 2人がスタジオに戻ると残り数名のアイドルとなっていた。
そんな中2人は落ち着いて、歌を歌うための特別ステージで準備をし始めた。

「ねぇ、雪歩、雪歩の伝えたい人ってだれ?」
「ふふ、秘密だよ、もうちょっとでわかるよ。春香ちゃんは?」

「私も秘密かな?雪歩、頑張ろうね♪」
「うん!」


 そして、最後のアイドルのメッセージが終わった。 
スポットライトが2人に当たり、まず春香が一歩前に踏み出した。


「歌の前にちょっとだけごめんね?今、どうしても感謝の言葉を伝えたい人がいるの。
その人はよくドジをする私と一緒にいてくれて、笑って、楽しんで、時には喧嘩もしたりして…
… だけど、今ここでこうして私、Pastel R@inbowの天海春香としていられるのは
雪歩、雪歩のおかげだよ、今までありがとう!そしてこれからもよろしくね♪」
 
そう言われて、驚き、真っ赤になる雪歩だが、春香と同じように一歩前に踏み出した。


「わ、私も歌の前に感謝の気持ちを伝えたい人がいます!
その人は弱気な私をいつも励ましてくれて、美味しいお菓子を作ってきてくれて、
私が煎れたお茶でそのお菓子を食べたり、いつも楽しい思い出をありがとう。
今私がPastel R@inbowの荻原雪歩としていられるのは春香ちゃんのおかげです。
私の方こそ、今までありがとう!これからもよろしくですぅ!」

 そして、2人は向き合い、頷き。



「「聞いてください!『Best Friend』!!」」 


昨日の生放送が無事に終わり、プロデューサーが言ったとおり翌日は休みとなっていた。
「全く、せっかくの休みなのにまた2人とも事務所にきたのか?」

「だって、まだ昨日の興奮が冷めなくて……」
「私もですぅ……」

「そりゃあ、お互い抱き合って泣くんだもんなぁ、おかげで2人の人気もうなぎのぼりだぞ?」
 プロデューサーにそう言われて思い出したのか、2人とも真っ赤になってしまった。

「も、もう!そんなこと言うとチョコレートあげませんよっ!?折角作ってきたのに」
「わ、私もそんなこというプロデューサーにはあげませんっ」

「なっ!?お、俺が悪かった、だから2人のチョコをください」
 チョコをもらえるとわかった途端下手に出るプロデューサー。
そんなプロデューサーを見ながら2人は顔を合わせ、笑いだした。

「じゃあ、3人で食べましょう♪私チョコレートケーキ作ってきたので♪」
「私はチョコレートクッキーですよぉ」



 この番組が終わった後に売り出されたCDは数ヶ月に渡るベストセラーとなり
Pastel R@inbowは名実共にトップアイドルへと仲間入りした。 



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