ある日の昼下がり、事務所にて

作:510

 ある日の昼下がり、事務所にて。
 亜美真美の歌う新曲が「relations」に決まり、俺は彼女たちに歌詞を見せていた。
「ねえねえ真美、壊れるくらいに抱きしめて、だってー」
「うわあお、きっとすっごく強い力なんだねー、亜美ー」
「サバ折りだサバ折りだー! バキって背骨折っちゃうんだー!」
「違うよ亜美ー、カッコよくベアハッグって言わなきゃー!」
「「ベアハッグベアハッグー!!」」
 スゲエ違う。

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「おーい真、この間の新曲、かなり評判がいいみたいだ。売れ行きもいいぞ」
「え、本当ですか? へへっ、やーりぃ!」
 真とそんな会話を交わしつつ、俺は真に宛てられたファンレターのチェックを始める。
「……うん、ファンレターも「迷走Mind」の反響が殆どだな。こりゃ凄いヒットになりそうだ」
「どんな事が書いてあるんですか、プロデューサー」
「ええと……「ライダーっぽい」? なんだそりゃ」
「う……個人的には、ライダーよりロッ○マンって言って欲しかったんですけど」
 そりゃ中の人の別役(注1)だ。

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「変態! ド変態! la 変態!!」
 今日も炸裂する伊織の変態コール。
 あるときは中国語、あるときはフランス語と実に国際色豊かである。
 ちなみに今日はエスペラント語だ。
「……なあ、伊織」
「何よ」
「次は……そうだな、ンドム語(注2)で頼む」
「……何よ、その世界中の言語の名前がびっしり書かれたメモは」

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「プロデューサー、携帯電話って便利ですね!」
 やよいが目を輝かせて、俺に話し掛けてきた。
「お、早速使いこなしてるのかい?」
 俺が笑顔で返事すると、やよいは満面の笑みで、
「めーるまがじんって言うのに登録すると、デパートからお買い得情報が届くんです!
 安売りを見逃さないで、ゲット!って感じです!!」
「……良かったなあ、やよい」
「はい! あれ、プロデューサー?
 なんで涙目なんですかぁ?」
 ああ、神よ。この子に幸を。

 ある日の昼下がり、宝石店にて。
 俺は千早を伴い、宝石店で好きなアクセサリを選ばせていた。
「千早、好きなの選んでいいぞ」
「は、はい……じゃあ、これを」
 しばらく逡巡した後、千早は一つのアクセサリを指差した。
 結婚首輪。
「……」
「……」
 ……前々から思っていたが、やっぱこの子マゾなんじゃないか?
「……済みません、間違えました」
 慌てて指輪を指しなおす千早。
 その顔は案の定と言うべきか、羞恥で耳まで真っ赤になっている。
「……ああ店員さん、この指輪と、これを」
「ぷ、プロデューサー!?」
 首輪もプレゼントしました。給料3か月分どころじゃないけど知ったことか。

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「うひゃあ!?」
 どんがらがっしゃーん。
 今日も事務所に、春香のコケる音がこだまする。
「……それにしてもよく転ぶな」
 俺はそんな事をぼやきつつ、春香を助け起こした。
「む、胸が大きいと、足元がよく見えなくて」
「……」
「……」
 お寒い沈黙を打ち破るべく、俺は爽やかな笑顔で言った。
「ダウト」
「ご、ごめんなさい」
「……くっ」
「ち、千早ちゃん、いたの!?」 

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「夢……ですかぁ」
 あずささんは指を頬に当て、可愛らしく首をかしげる。
 芸能雑誌の企画で、色々なアイドルにアンケートを取る事になり、当然あずささんにもお声がかかったのだが、
その質問の一つに「将来の夢は?」と言うものがあったのだ。
「う〜ん……私はもう大人ですし、こういう質問にはどう答えればいいのか……」
「いいんじゃないですか? 子供心に返ったつもりで」
 俺がそういうと、あずささんはやっと納得したのか、「そうですね」と破願した。
 そして数日後。
「……」
 俺はそのアンケート記事が掲載された雑誌を見て、一人眉間に皺を寄せていた。
『お嫁さん』
 ……本当に童心に返った結果なのか、それとも実は切羽詰まっているのか。俺には判らない。

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「あうぅ、穴掘って埋まってますぅ〜」
 今日も雪歩が、事務所の床に大穴を開けるべくスコップを取り出した。
 俺はため息をついて、雪歩を呼び止める。
「……雪歩、雪歩」
「はいぃ……こんなへっぽこでちんちくりんな私に、なんでしょうかぁ……」
 俺は無言で、携帯ゲーム機を手渡した。
「……」
 黙々とプレイし始める雪歩。
 刺さってるソフトは、某穴掘りゲームだったりする。
「随分手馴れてますね」
 ちょっと目を丸くして、小鳥さんが俺に声をかけてきた。
「……いや、実はあれ、ゲームしたいから貸せって要求で」
「は」
 以前、雪歩がヘコんだ時に冗談でプレイさせてみたら、見事にハマったらしい。
「しかし……」
 これがゲーム機を貸せって合図なのも、正直凄くどうかと思う。
 俺は一人、頭を抱えるのだった。

 ある日の夜、新会社にて。
「しかし、律子。
 新しく会社を立ち上げるのはいいが、スタッフや所属アイドルはどうするんだ?」
 アイドルプロデュース会社を立ち上げるというとんでもない計画を明かした律子に、俺は疑問をぶつけていた。
「大丈夫ですよ、プロデューサー、もとい社長。
 人材は確保してありますから」
 そう言って、律子は応接室のドアを開ける。
 そこには――
「おはようございます、社長!」
 春香を筆頭に、千早にやよいに伊織に真に雪歩にあずささんに亜美と真美に美希に小鳥さんに……。
 物凄く、それはもう物凄く見慣れた面々が笑顔で集まっていた。
「って、こりゃ会社立ち上げじゃなくて乗っ取りって言うんだ!!
 って言うか、社長はどうなったー!?」

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「……よく寝る眠り姫だなあ」
 ソファーに横になって眠る美希を見つけ、俺は苦笑いをしていた。
 小鳥さんもくすくすと笑いながら、美希を起こさないように毛布をかけてくれる。
「ん〜……はにぃ……」
 寝言。しかし俺はぴしりと動きを止める。
 よりによって、それを寝言で言うか?
「はにぃ……ぎゅってして、抱きしめて……」
「あらら、随分大胆な夢を見てるみたいですね、プロデューサーさん」
「は、ははは……」
 笑顔の小鳥さんに、俺は先ほどとは違うベクトルの苦笑いを返すしか出来ない。
「キスして……もっと触って、思い切りいやらしい事、(ピー)を(放送禁止)が(発禁)するくらい(18禁)して……」
「……どんな夢見てやがりますか」
 周囲の視線が途端に痛寒くなってきたのは気のせいか。て言うか、美希が俺をハニーって呼んでるの、モロバレですか?
「あふぅ……はぁにぃ〜」
 ……実は起きてないだろうな、美希。 

 ある日の昼下がり、事務所にて。
「小鳥さん」
「はい、なんでしょう?」
 俺は、かねてからの疑問をぶつけてみる事にした。
「前々から疑問に思っていたんですが、いや、女性にこういう事訊くのは失礼だって事は、
重々承知してるんですが……小鳥さんって、お幾つなんですか?」
「23歳ですよ?」
 こちらが拍子抜けするくらい、あっさりと回答が返って来た。だが。
「え、でも、社長からは、高校の頃から765プロで働いてもう十ねn」
「23歳です」
 遮られた。
「あ……そ、そうですか」
「はい」
 ああ、何てステキないい笑顔で首肯するんだ、この人は。
 ……って言うかまさかとは思うが、23歳教(注3)信者か、小鳥さん。

 ある日の昼下がり、事務所にて。
 俺と社長は、取りとめのない雑談をしていた。
「ところで、社長。
 社長も昔、アイドルプロデュースをしていたとの事ですが」
「うむ、それがどうしたね?」
「俺の記憶が確かなら、神田桃(注4)ってミュージカルスターでしたよね。
 あまりテレビとかには出てこなかった覚えがあるんですが」
 俺の問いかけに、社長は微妙に渋い表情をすると、こう答えた。
「あの時代には、西園寺エリカ(注5)がいたからな……」
「社長、流石に他社ネタは拙いです」

注1:中の人の別役
 真役の平田宏美は、ニンテンドーDSのアクションゲーム「ロックマンゼクス・アドベント」にて、
 主人公グレイ役を熱演している。
 ちなみに男女二人の主人公のうち、グレイは男の主人公。女主人公のアッシュは小清水亜美が演じている。

注2:ンドム語
 パプア・ニューギニアのフレデリク・ヘンドリク島でのみ使われる言語。
 母語話者人口は450人程度しかいないのだとか。

注3:23歳教
 あずさ役のたかはし智秋を教祖、千早役の今井麻美を最高患部(=幹部)とし、2007年5月に結成された新興宗教。
 「17歳だとあからさまな嘘だってわかるけど、23歳ならツッコミにくい空気を生み出せるから」
 という理由で、「THE IDOLM@STER RADIO」内で結成された。
 その後二人は亜美・真美役の下田麻美も勧誘したが、いまだ21歳である彼女には即答で断られている。
 ちなみに上記二名はいずれも1977年5月生まれ。

注4:神田桃
 往年のアーケードゲーム「ワンダーモモ」の主人公。
 ワンダーモモはミュージカルで、それを演じていたのが神田桃。
 高木社長は彼女のプロデュースをしていたとか。

注5:西園寺エリカ
 ファミコンのアドベンチャーゲーム「アイドル八犬伝」(トーワチキ)の主人公。
 大財閥の令嬢だが、ひょんな事からアイドルを目指し奮闘する。 




上へ

inserted by FC2 system