南の島のアイドル

作:名無し

 8月のある日、数日前から企画書と格闘していたオレは、今日も朝からデスクのパソコンに
かじりついていた。

「プロデューサーさん、ご苦労様です。コーヒーでもいかがですか!?」

 振り向くと、そこには事務の音無小鳥さんがコーヒーカップを手に、にこやかに微笑んでいた。

「あっ、わざわざすいません。いただきます。」
「いいんですよ、私も丁度、一息入れようと思ってましたから。
それに、今日はやけに静かで...。」

 そう言うと、小鳥さんはオレ達のいるフロアを見回していた。
他のアイドルやプロデューサー連中は、仕事や営業に出掛けているらしく、
現在このフロアには、オレ達しかいないようだった。 


「いつもでしたら、プロデューサーさんの周りには亜美ちゃん達がいて、賑やかですのにね。」
「ハハハ、あいつらも今頃は家族4人で、南の島のバカンスを楽しんでいるんでしょう。」
「そうでしたね。えっと、沖縄でしたっけ!?」
「えぇ、何でも本島から、さらに船でしばらく行った島に、あいつらの父親の知り合いが
いるそうで、そこに泊まっているとか。」
「いいな〜。私もそんな所で、ノンビリしてみたいです。」
「オトナはそうでしょうけど、あいつらはそれなりに忙しそうですよ。ホラ!」

 オレは、ポケットから携帯を取り出すと、メールの着信履歴を小鳥さんに見せた。
そこには、数日前から亜美と真美の名前がずらっと並んでいた。

「まぁ!これ、全部2人からですか!?」
「最初は退屈しまくりで、ヒマつぶしのメールばっかりだったんですが、
ここ数日はアレで遊んだ、ドコに行ったとか、地元の子供達と飛び回ってるようですよ。」
「でも、田舎の子供って、体力あるんでしょう!?都会っ子の亜美ちゃん達には...。」
「あいつらもダンスレッスンとかで、結構鍛えてますからね。まぁ、ケガでもしなけりゃいいんですが、
今の所無事みたいですし、明日になれば帰る予定ですから。」
「うふふ、それじゃ、また明日から賑やかになりますね。」
「えぇ、ですから、オレもコイツを早く仕上げとかないと。」

 オレがパソコンのモニターを指差すと、それをのぞき込んでいた小鳥さんの顔が、少しこわばった。 


「プロデューサーさん、これって...。」
「はい、あいつらの...双海亜美の、ラスト・コンサートの企画書です。」
「じゃあ、亜美ちゃん達も、そろそろ活動停止に...。」
「えぇ、今回はステージ衣装の早変わりに見せかけて、これまで以上に真美の出番も作ろうかと。
2人共、体力も相当付いて来ましたから、最高に面白いステージにしてみせますよ!!」
「プロデューサーさん...。い、いえ、何でもないんです。」

 アイドルが活動停止した場合、その時点でプロデューサーは専属の任を解かれる。
小鳥さんはその事を思って、口ごもったのだろう。

「実はね、オレもあいつらにこの事を伝える時、ちょっとは黄昏れたりしてたんですよ。
そうしたら、あいつらは何て言ったと思います!?
『じゃあ、もう亜美の2人1役はやめて、亜美と真美で再デビューだね!兄ちゃん!!』
なんて言い出すし...、あいつらは、まさに『ポジティブ!』のかたまりですよ。」

 オレは、双海亜美のヒット曲にかけて、2人の意気込みを語った。

「そうだったんですか...。でもプロデューサーさんも、すごくポジティブですよ。」
「あはは、まぁ、あいつらに、あぁ言われちゃね...。まぁ、見ていて下さい!
オレ達の集大成を、お見せしますよ!!」
「はい、楽しみにしています。それじゃ、私はこれで。」
「どうも!コーヒーご馳走様でした。」

そして、オレは再びパソコンの方へ向き直った。一瞬、壁に貼ってある天海春香の
『太陽のジェラシー』のポスターが目に入る。
青空の下、波打ち際で水着で微笑むその姿に、南の島の亜美・真美を思いながら
オレはキーボードを叩き続けた。


 翌日、徹夜で仕上げた企画書は、社長以下、主なスタッフ達の了承を得て、
本格的にスタートする事となった。
オレは、亜美・真美にこの事を早く伝えたいと、2人からのメールを楽しみに待っていたが、
なぜか昨夜以降、2人からのメールは、プッツリと途絶えてしまっていた。

(今日は1日中、移動ばっかりだからな、まぁ帰ってからでも遅くないか...。)

 元々ヒマつぶしのメールだった事と、明日以降の仕事の調整に追われ、
オレは連絡のない事を、さほど気にせずに過ごしていた。
そして夕方、出先から帰る途中のオレに掛かって来たのは、亜美・真美の母親からの電話だった。

「はい!どうも、ご無沙汰しています。南の島のバカンスはいかがでした!?
・・・えっ!?いなくなった!?・・・はい・・・気になる事!?・・・わかりました。
とりあえず、オレも探してみます。・・・はい、それじゃ、失礼します。」

 電話の内容は、空港に着いた途端、2人の姿が見えなくなったとの事だった。
どうやら昨夜、家族の間で重要な話し合いがあったらしく、その事で2人は悩み、
翌日はかなり鬱ぎ込んでいたらしい。
いったい何があったのだろう!?オレはしばらくの間、クルマを停めて、2人の行き先を考えていた。

(やはり、あそこか!?)

 オレは、乗っていたクルマを発進させると、ある場所へ向かった。 


「亜美〜、パパ達...怒ってるかなぁ...。」
「うん...でも、パパ達が悪いんだよ!帰って来る夜に、あんな事...。」
「そうだよね...。ズルいよ...。」

 とあるマンションの前、大きめのボストンバッグの上に座り込んでいるのは、双海亜美・真美の2人だった。
昨夜、夕食を終えた後で聞かされた、ある事。それは2人の将来にも関わる重要な話だった。
その後2人で、遅くまで話し合ってみた。しかし、お互いに納得できる結論には至らなかった。
そして、納得できないまま飛行機から降り立ったその時、
2人は衝動的に、空港から飛び出してしまったのだった。

「ねぇ...まだ帰って来ないかな!?」
「うん...ひょっとしたら亜美達の事、もうバレて、あちこち探してるのかも。」
「どうしよう...兄ちゃん、怒ってるよ...。あっ!こっちにクルマが来た!」
「ヤバイよ真美!とりあえず、隠れなきゃ!」

 2人がボストンバッグを抱えて、その場を立ち去ろうとした時、
やって来たクルマは、ライトを点けたまま2人の前で止まり、中から1人の男が飛び出して来た。

「亜美!真美!!」

 2人の名を叫ぶ声、それこそ2人が一番聞きたかった、プロデューサーその人の声だった


「亜美!真美!!」

 オレは2人の姿を確認すると、矢も楯もたまらずクルマから飛び出し、2人の名を叫んだ。
2人の母親からの電話を受けた後、思い付いたいくつかの場所。
たぶん、あいつらはオレの所へ向かったはず。しかし、今のあいつらにとって、
事務所は人目が有り過ぎるし、最初に出会った公園は、一般人にバレるおそれがある。
安心して、オレと話せる場所として、思い当たる場所とは、
オレの住んでいるマンションだった。

「うわ〜〜ん!兄ちゃ〜ん!!」
「兄ちゃん!兄ちゃ〜ん!!」

 泣きながら飛び付いて来る2人を、オレは両手を広げて受け止めてやった。
そのまま、しばらく抱き締めてやり、2人のしゃくり上げる様子が治まる頃合いを見計らって
ゲンコツをそれぞれ1発ずつ、頭に見舞ってやった。 


「バカヤロ!みんなに心配かけて、どうすんだ!!」

「「うわ〜〜ん!ごめんなさい〜!!」」
「まったく!...とりあえず、うちに入ろう。」

 オレ達は部屋に入ると、まずは2人の両親に電話を掛け、無事を知らせると同時に
勝手にいなくなった事を、謝らせた。
その後、2人には詳しい事情を説明してもらう事とし、
場合によっては、うちに泊まる事も両親に了承してもらった。

「さて、それじゃ、説明してもらおうか!?」

 両親に謝ったことで、多少気持ちの落ち着きを見せた2人は、ポツリポツリと
これまでの経緯を話し始めた。
久し振りの家族旅行で、嬉しくてはしゃぎまわった事。
やって来た島には、これと言った観光地も無く、最初はタイクツしていた事。
そのうち、島の子供達と仲良くなり、昼間はあちこち遊び回っていた事。 


「それでね、もう明日は帰るって言う夜の事。パパが亜美達を呼んで、こう言ったんだ
『パパ達は、しばらくしたらこの島に引っ越そうと思っている。』って。」
「なに!?引っ越すって!?」
「うん...。この島の診療所を引き継ぐって...。
亜美達が泊まっていた家は、パパの先輩のお医者さんの家で、元々はその人が
この島の診療所にいたんだって。」

 それから父親は、元々こういった、医師を必要としている場所で仕事をするのが、夢だった事。
この島の医師である、かつての先輩が、家族の病気療養のため、いずれこの島を離れなければならない事。
自分が引き受けねば、ここの診療所を閉鎖しなければならない事を、きちんと説明してくれたそうだ。

「それでね、パパはこの島で家族全員で暮らしたいって思ってるって。
だけど、亜美達にも、トップアイドルを目指す目標があるんだから、無理強いはしないって。
だから、家族一緒に島で暮らすか、亜美達はこっちに残って別々に暮らすか、
2人でよく考えなさいって、言われたの。」
「それから、その夜は2人でずっと話し合ったの...。でも...でも・・・。」
「真美は、パパ達と離れたくない、でも兄ちゃんとも、お別れしたくないよ〜!!」
「亜美も、兄ちゃんと別れたくないよ〜!!」 


 話をしているうちに、再び感情が高ぶったのだろう。2人は突然立ち上がると、
オレに向かって飛びついて来た。
そんな2人を、またしばらく抱き締めた後、もう一度オレの前に座り直させ、
オレはゆっくりと、話し始めた。

「おまえらが島に行ったら、オレ達はサヨナラか!?そうじゃないだろう。」
「サヨナラじゃないよ!亜美は兄ちゃんの事、絶対に忘れないから!!」
「真美も違う!絶対、絶対忘れない!!」
「実はさ、前に活動停止の話をした時、オレも今のおまえらと同じように、
お別れの事、考えてたんだ。いや、どうやってオレ自身、納得しようかって...。
ところが、おまえらは活動再開の話ばっかりしてただろ!?
今度は真美と2人でデビューするって。
あの時、本当にスゴイって思ったんだ。おまえらは、いつも前向き、ポジティブなんだなって。」
「ポジティブ...!?」 


 2人は、自分達の歌のタイトルが出て来たからか、お互いに見つめ合うと
再びオレの方に向き直った。

「あの時のおまえらは、夢に向かってまっすぐ前だけ向いていたんだ。
そんなのを見てたら、別れなんて、考える必要は無いってわかったんだよ。
おまえらも、歌ってたじゃないか!?」

♪悩んでもしかたない
  ま、そんな 時もあるさ あしたは違うさ

「オレ達は、同じ夢を追いかけて来た。だから、どちらかがその夢を捨てない限り
また一緒に夢を追いかけられると信じてる。。
2人共、島に行ったって、トップアイドルになる夢は捨てないんだろ!?」
「うん!亜美達は絶対、チョー有名なアイドルになる!!」
「じゃあ、おまえらが帰って来るまで、待っててやるよ。」 


「えっ...!?」

「おまえらが、もう1度アイドルを目指す準備が出来るまで、オレも待っててやるって。」
「ホントに!?絶対だよ!!」
「あぁ、ただし、おまえらがいない間、ずっと無職ってわけにはいかないからなぁ
ちょっとは、他のプロデュースもやってるとは思うけどな。」
「え〜っ!?そんなのダメだよ〜!!」
「ダメって言われてもなぁ、オレもメシ食わないとなぁ...。
そういや、晩メシ食ってなかったな。おまえらは...食ってないよな!?」
「うん...そう言われたら、お腹空いてるかも...。」
「じゃ、コンビニでも行って来るか。何か欲しいものはあるか!?」
「え〜とね〜、真美は牛丼!」
「え〜っ!?じゃあ、亜美は牛丼とプリン!」
「あ〜っ!亜美ずるい〜!!真美もアイス食べたい〜!」
「おまえらなぁ...。まぁいい、牛丼とプリンとアイスな!ちょっと待ってろ。」

 そう言って、玄関から外に出た途端、自然に笑みがこぼれた。
あの様子だと、どうやら2人共、普段の調子に戻りつつあるようだ。
しばらくしてオレが帰って来ると、テーブルの上には沖縄銘菓「ちんすこう」の箱が
広げられていて、当の亜美達は床の上で、すでにかわいい寝息をたてて眠っていた。

「腹が減ったからって、持って来た土産に手を付けるなよな...。まったく。」

 オレは苦笑いを噛みつぶしながら、2人をベッドまで運ぶと、軽く後片付けをして
リビングのソファーに横になった。
あいつら同様、オレも今夜はぐっすりと眠れそうだ。 


 翌朝、早くから2人をたたき起こすと、オレ達はクルマに乗って出掛けた。
2人は、途中までブツブツ言っていたようだが、そのうち眠くなったらしく
目的地に着く頃には、すっかり眠ってしまっていた。
そんな2人を再び起こすと、オレ達はクルマの外に出た。

「兄ちゃん、眠いよ〜。」
「まぁ、そう言うなって。とにかくココを見てくれ。」
「ココって...どこ?...大きな建物だけど、何するトコ!?」
「ここはな...サッカーの試合をするスタジアムだ。
そして...双海亜美のラスト・コンサートの会場でもある!」
「え〜っ!?亜美達、ここでコンサートやるの!?」
「すっごい、大きいよ!全部で、何人くらい入れるのかな!?」
「ははは、サッカーの試合だと、5万人は入れるらしいな。
ドームでのコンサートは他の連中が、もうやっちゃったからな、オレ達はスタジアムだ!」
「すごいよ兄ちゃん!
『プロデューサーさんっ、スタジアムですよ!スタジアム!!』
な〜んてね!?」
「プッ!真美、チョーイケてるよ。それ!」 


 真美のモノマネ(誰のかはナイショ)で、ひとしきり笑った後、
オレ達はスタジアムの周りをクルマで回ってみた。
さすがに、アポ無しでは中まで入る事は出来なかったが、
周囲をグルリと回っただけでも、その巨大さは圧倒的だった。

「ここが満員になるくらい、ファンのみんなが来てくれるといいね!兄ちゃん。」
「おぅ!まかしとけ!!その代わり、レッスンはきついぞ。」
「「りょーかい!兄ちゃん!!」」
「よし!それじゃ、そろそろ帰るか!?」
「え〜っ!?もうちょっと遊んで行こうよ〜」
「またな。今日は家に帰って、色々と話す事もあるんだろ!?
とにかく、スッキリさせたら、事務所に出て来いよ。」
「そうだね。よ〜し、それじゃ、出発〜!!」

 オレは2人を家まで送り届けるため、クルマを発進させた。
翌日、大量の土産を抱えてやって来た2人は、持ち前のハイテンション振りを発揮し、
その日の765プロは、いつにも増して賑やかだった。 


 そして数ヶ月後、スタジアム全体が震えるような大歓声の真っ只中で、
ラスト・コンサートを迎えたオレ達がいた。

「真美!そろそろ、Aメロが終わるぞ。交代の準備はいいか!?」
「いつでもオッケーだよ!兄ちゃん!!」
「よしっ、間奏だ!亜美が戻って来るぞ!!」
「ハァ、ハァ、たっだいま〜!兄ちゃん、真美!!」
「お帰り!亜美。はい、タオルとお水!!」
「うん、ありがと!すっごい歓声だよ!バックの演奏が聞こえないくらい!!」
「そうか!?そりゃすごいな!よし!亜美は一息ついたら、着替えて待機。
真美は、そろそろ...今だ!行って来い!!」

 オレの合図で、舞台袖から飛び出して行く真美。そんな真美を再び大歓声が包み込む。
この日、オレ達の“双海亜美”は大きな伝説を残し、そして去って行った。 


 数年後のある日、オレは空港で、アイドル候補生となる女の子を待っていた。
丁度、沖縄からの便が到着し、到着ゲート付近は人でごった返す中、
目当ての人物を捜すが、それらしい女の子は見つからない。

「おかしいな、時間を間違えたかな!?」

 オレが、腕時計と電光掲示板を交互に見ていたその時、突然オレの背広の裾がひっぱられ、
振り返ると、女の子が1人、大きなトランクを横にして立っていた。
白い大きなつばの付いた帽子を被り、うつむきがちのその子は、
モジモジしながら小さな声で、オレに話しかけて来た。

「あ、あの...765プロの方ですか!?私...あの、沖縄から...」

 しかし、その子の言葉は、そこで途切れてしまった。
と言うのも、オレが話の途中で帽子ごと、その子の頭をつかむと、
グリグリやってやったからだ。 


「あ、あの...何するんですか!?」
「バ〜カ!その程度で、オレをだませると思ってたのか!?」

 そのまま、帽子を取り上げると、中からサラサラのロングヘアーと共に
右側に付けた、丸い髪飾りが現れた。

「亜美、お帰り。」

 女の子は、しばらく上目遣いに、じっとオレを見ていたが、突然ニヤッと笑うと
そのままオレに飛び付いて来た。

「兄ちゃん!ただいま!!」

 そんなオレ達を、物陰からうかがっていたのか、同じ格好をした女の子が
オレ達目がけて駆け寄って来た。

「兄ちゃん!兄ちゃん!!」

 そう言いながら、同じようにオレに飛び付く拍子に帽子が飛んで、
中から同じロングヘアーと、左側に付けた髪飾りが躍り出た。

「真美、お帰り。」

 オレに抱きついたまま、2人は何も言えなくなっていた。
黙ってオレを見上げる2人の瞳には、今にも零れそうなくらい涙でいっぱいだった。
そんな2人の頭を撫でながら、オレも「お帰り」と言ったきり、
胸がいっぱいで、次の言葉を続ける事は出来なかった。
ふとその時、オレの頭に、ある聞き慣れた歌の1フレーズが、浮かんで来た。

♪もう伏目がちな昨日なんていらない
  今日これから始まる私の伝説

(これから、また忙しくなるな。3人で、トップアイドルを目指すために...。)

おしまい 



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