まことの名探偵

作:426

■

「はぁ……やっぱりインタビューとかって、まだ緊張しちゃうな。つかれた……」
朝早くから雑誌取材を受けた春香は、事務所に戻ってくると応接室のソファーに倒れ込んだ。
ファンの数も10万人を越え、街などでもそこそこ注目される存在となった彼女だが、
やはり多数の視線に晒されたり、カメラや記者に慣れるのは容易な事ではない。

そんな中今日はもう一件仕事があり、実はこのDランクあたりが、
熟練度と仕事量のバランスから言って一番きつい時期なのかもしれない。
次の仕事は地方局でのTV出演で、ロケバスの移動まであと2時間ほど。
特に眠くも無いし、自主レッスンで余計に体力を消費するのも避けたい……という
ちょっとばかり中途半端な空き時間が出来ていた。

「今はまだ授業中だよね……みんな、どの辺やってるんだろう?」
お金を稼ぐ仕事に比べれば、学校の授業というものはいくぶんかラクなものである。
しかし、心情的には授業をサボっているという後ろめたさが何となく彼女にはあり、
応接室備え付けのTVで教育番組などを見たりしてみた。
画面には、小学生向けの算数番組が放映されており、白い人形とお兄さんが、
おはじきを使って掛け算の勉強をしている。

「数学……ちょっとピンチだったよね……あー!ノートくらい持ってくればよかった」
『本当に馬鹿な私、後悔先に立たず』などと今歌っている歌詞が浮かんでくるが、
今日のところはどうにもならない。
テンションを下手に落として仕事に差し支える方が今は怖かったから。

ふと、本棚にある芸能誌に目が行くが、ほとんどは読んでしまったし、
まだ読んで無い箇所はほとんどが下世話なゴシップ記事なので、読もうとも思わない。
が、もう少し本棚をよく見てみると、芸能誌に隠れて小さな本がある。

「あ……これ」
そこにあったのは、B6サイズの単行本。
カラフルな表紙から、少女漫画であることが分かる。
積極的に集めてこそ無いが、少女漫画は好きなほうの彼女。
表紙の絵柄と【虹のビオレッタ】というタイトル。そして
【クリスチーネ・G】というペンネームから、最近流行っている
王道ラブコメ漫画という概要を、一発で確認した。
「ともえちゃんと……みっちゃんも読んでたよね、これ……真のかな?」 


765プロにおいて真の少女漫画好きは有名だが、女性ファンのイメージを崩さないために、
公式の場ではあまりそういったそぶりは見せられないのが彼女の辛いところ。
春香もソレを分かっているので、あまり真と少女漫画の話をする事は無かった。
「う……そう言えば、この前みっちゃん達がこの漫画の話、してた……」
現在、春香自身はアイドル活動が忙しく、たまにしか仲の良い友達と遊べない。
二人ともこの漫画が凄く好きだと言ってたから、毎日のように話題になるだろう。

次にオフの時は、自分もこの漫画を読んで、話についていきたい……
そんな思いが彼女に芽生えたのが、つい先週。
「よ、読んでいいよね、真……別に減るもんじゃないし、事務所に置いてあるんだし」
こうなると、数学の成績を心配する脳は、分が悪い。
彼女の脳内では、漫画読みたい軍90万が、テストどうしよう軍10万を怒涛の勢いで蹴散らしてゆく。
行動を決定する器官である春香の前頭葉を、少女漫画が支配するまでに掛かった時間は、
わずか0.4秒だった。



だんだんと登ってきたお日様に照らされて、応接室に光が差す。
そこからは、至福の時間だった。
主人公であるヒロインに感情移入して、泣いたり笑ったり……
憧れの先輩とくっつきそうな所で邪魔が入り、無性にイライラするが、
そのイライラさえも心地良く感じられた。

本棚にある2冊を読み終わると、すでに次の仕事まであと30分を切っていた。が……
「えー!?ちょっと待って!!こんなところで【3巻へ続く】って、何ー?」
凄く気になる場面でおあずけを食ったらしく、誰もいない部屋に、抗議の独り言が響いた。
「あぁもうっ!!こんな事ならわたしも最初から買っておけば良かった……
あぁっ……3巻、読みたいよぅ……真、他に隠して無いのかなぁ」

春香自身のかすかな記憶を辿れば、3巻の内容について友達二人が話すのを聞いていたから、
発売されている事実は確定している。が、ざっと本棚を見ても単行本らしきものは無い。
新刊だから事務所置きではなく、真自身が持っていたというのが、本当のところだが……
今の春香に、そんな事を考える余裕は全く無かった。
本棚からマガジンラックまで、部屋のあらゆる所を探してみるが、やはり見つからない。
見つかりにくい場所に隠してあるのかもと疑って、本棚のさらに上やら、
テレビの裏側までチェックするが、無論そんな場所にあるわけが無かった。
可能性の高いのは、更衣室内にある真のロッカーだが、さすがに春香も
そんなところまで探すほど失礼な娘でも無い。
踏み台代わりにしたテーブルのうえで、深く溜息を付いて、3巻をあきらめたが……

「え……え、えぇぇえぇっ、わ、わわ……」
テーブルの不安定な部分に脚をついたらしく、丈夫だと思っていた土台がグラリと揺れる。
「わ、わ……きゃああぁぁっ!!」
そのまま、テーブルごと応接室の絨毯にお尻から倒れこんだ。 


「……いた……お尻、ぶつけた……」
もうもうと埃が上がる中、とりあえず大怪我をして無いことを確認し、起き上がる。
幸いテーブルの上には大したものが乗っていなかったので、さっさと片付けをして、
部屋の配置を元に戻す。
すると、ひっくり返ったテーブルの裏側にポケットのようなスペースがあり、
そこからベルトで括りつけられた黒いポーチがあるのを発見した。
しかも、さっきの春香の転倒でベルトの片方が開いて、中身が少しだけはみ出している。

不自然なまでに厳重に隠されたそれは、いかにも【触るな】というオーラを発していたが、
亜美、真美にも負けず劣らずの好奇心を持つ彼女に、見てみぬ振りをすると言う選択肢は
用意されていなかったらしい。
中身を引っ張り出してみると、先ほどの漫画と同じサイズの本らしく、
茶色いブックカバーに包まれて、大事にされているような印象を受ける。

律子や雪歩なら、それが禁断の扉である事を察知し、そっと元に戻しただろう。
しかし、100%悪気無しに厳重なガードをこじ開けて、事件の扉を開けてしまうのも、
天海春香その人に与えられた、天賦の才能というべきものであった。
本能の赴くままに本を取り出し、ブックカバーを外してみる。
すると、そこにあるのはやはり漫画だった。ただ……

「あ……なんか、この男の人プロデューサーさんに似てる」
春香が期待していた漫画の3巻ではなかったが、オシャレな絵柄の美青年が、
シャツをはだけて抱き合っていると言う、女の子にとってなかなかに刺激的な表紙の漫画だった。
【アメリカの星】というタイトルからはどんな内容か想像もつかないが、
表紙のインパクトだけで、春香を釘付けにするには充分な一冊だった。

「きゃー……わわっ、あ……うわぁ……」
真が持ち込んだ、いわゆる【ボーイズラブ】というジャンルの作品に触れるのは
はじめての春香だったが、違和感無しに普通に……いや、かなり楽しみながら
読み進めることが出来た。
特にこの、プロデューサーに似た普段は頼りないがいざと言う時に頼もしい主人公と、
他校のライバルキャラとおぼしき金髪の美青年が繰り広げるやりとりは、
二人のイケメンキャラに興味を引かれつつも、ちょっと性的な描写から目が離せない。
「う……ひゃ〜……きゃ……う、嘘っ……そんな……」
顔を真っ赤にしながらも、意識はすでに漫画の中にどっぷり浸かっていた彼女が
理性を取り戻したのは、応接室の扉をガチャリと開ける音が原因だった。

「ゆっくりできたか、春香?そろそろ次の仕事行くけど……」
「うわっひゃぁぁあっ!?」

たっぷり30センチほど跳ね上がり、慌てて漫画を机に伏せる。
どうやら、入ってきたプロデューサーには漫画の存在は知られていないようだった。
「大丈夫か?何だか顔が赤いぞ……風邪でもひいたか?」
「い、いえっ……大丈夫です!!全然平気、何処もおかしくないですっ!!」
「そうか?何だかヘンにテンション上がっているみたいだけど」
「大丈夫ですっ!!全然、全く、何にも問題ありませんから!!行きましょう、さあ!!」

半ばプロデューサーを部屋から追い出すように外へ出る。
そして、机の上にカバーを外された状態で置かれた、真の秘蔵アイテムは、
外されたブックカバーを残して謎の失踪を遂げた…………… 


■

翌日。PM 12:05

「お疲れ様、真。1時間食事休憩した後、オーディションに出発だ。
景気付けに真の好きなもの食べに行くから、候補の店を絞っておけよ」
「ホントですかっ!?……へへっ、やーりぃ♪」
昨日と変わらぬ765プロの応接室。
Cランクの真は、午前午後と仕事がある事が普通だ。
そしてまだ若く体力もずば抜けているため、午前にレッスン、午後にオーディションといった
スケジュールをこなす事ができる。
今日もすっかり慣れた、いつものような一日が始まる……はずだった。

慣れた調子でスケジュールボードをチェックし、自分とプロデューサーの欄に
【本日の予定:オーディション】と書き加え、待ちわびた昼食を脳裏に思い浮かべる。
が、思い浮かべながらも、何か違和感を覚え、真は頭をひねった。

「あれ?なんだろうこれ……見覚えのあるものが……」
テーブルの下に落ちていたブックカバー。それは何処にでもあるものだったが、
真の中で猛烈に嫌な予感が、脳の片隅で警鐘を鳴り響かせていた。
念のためそれを拾い、よく見てみると……主に自分がよく行く本屋のものであり、
嫌な予感は一層強くなった。

「まさか、ね……あの本は、絶対見つけられないような隠し方をしたのに……」
慣れない変装までして買った、真の秘蔵アイテム。
父親がいるため、家でゆっくり読むこともできず、たまに時間が空いたときだけ、
一人きりで楽しむ秘密のひととき。
本来なら更衣室にある自分のロッカーに隠すのが一番安全かもしれないが、
誰かと一緒に着替えている時に見られるとばつが悪いため、
応接室で一人きりの時に読む事にしていたのだが……

「………」
手探りでテーブルの裏を探し、そこに貼り付けてあるベルト付きポーチを確認する。
さらに感触を確かめてみると、そこに本の手応えは無い。
「な……」
自分ではつとめて冷静に行動しているつもりでも、内心かなり動揺していたらしく、
秘蔵のお宝が無いと分かった時、知らぬうちに真は大声をあげていた。
「無いっ!!ボクの……ボクの大事なっ……あの本が、無いーっ!!!」
そして、元々レッスン無しでも声が大きい真のこと。
そのショックの叫び声は、同じフロアにいたプロデューサーにも聞こえていた。 


「どうした、真?大丈夫か!?」
「ぷ、プロデューサー……あの、その……」
あわてて入ってきたプロデューサーに、どう事情を説明したものか一瞬考える。

ちょっとエッチな描写のあるBL少女漫画。しかも主人公はプロデューサーに似ている。
そんなものを見られるのは死ぬほど恥ずかしいのだが、
このまま秘蔵のおたからが行方不明の精神不安定状態で、オーディションなんて受けられない。
そう考えると腹を括れるのが真の長所だった。
恥ずかしさは消せないものの、彼女は正直に事の次第を話す事にした。

「こ、ここに隠してあったボクの少女漫画が無いんですっ!!知りませんか!?」
「いや、知らないが……」
「お願いします、一緒に見つけてください!!!アレを見られたら、ボクのイメージが……」
「うーん……多分持ち出したのは765プロの誰かだろうし、それなら別に見られても…」

プロデューサーの言葉が終わらないうちに、真は彼に詰め寄った。
その表情は真剣そのもので、下手をすればオーディションでも稀に見る気合の乗り方だった。
「ダメなんです!!アレを誰かに見られてると思うと、もう気になって……
腹ペコ状態も感じないし、このままじゃオーディションにも集中できませんっ……
その、あの……ちょっとエッチな感じで、人に見られたくない本だから……うぅ……」

「うわあぁ!!真、ちょっと……泣くなって、落ち着け、な」
真っ赤になって泣きそうな真を見て、はじめてプロデューサーは彼女の気持ちを理解した。
真の家庭事情を知っている以上、家では少女っぽい趣味のものを持ち込めない彼女の事、
アイドルイメージを守りつつ、必死に作っている趣味の時間が大ピンチなのだ。
しかも、オーディションの事を第一に考え、恥ずかしくて言いにくい事を担当Pである自分に
告白してくれたことを考えると、ここは昼飯など後回しにして彼女に協力しなくてはならない。
プロデューサーは、珍しく不安と羞恥で顔を染める真を見て、そう決心した。

「とりあえず今から、一緒にビル中を探そう。いざとなったら、その漫画は
俺が資料として買ったって事にするから安心しろ」
「プロデューサーぁ……ありがとうございます……」
「泣くのは見つかってからだ!!オーディションには遅刻できないから……
今から約50分、手当たり次第に聞き込みだ、行くぞ」
「はいっ、プロデューサー!!」

かくして、昨日いずこへを消えた漫画【アメリカの星】を求めて、
二人の探偵が765プロ内を彷徨うのだった。


PM 12:10 ボーカルレッスン室

(……どうして俺は、こんなところに来てしまったんだろう?)
業績が伸び、自社ビルを構えるまでに成長した765プロは、当然ビル内にレッスン室を持っている。
グランドピアノが置かれ、防音設備も完璧な、自慢の部屋だ。
そして、ここのぬしと化しているのが【歌姫】とも呼ばれる実力派アイドル、如月千早。
今日も食事の前にボーカルの自主レッスンを積んでいる。

「とりあえず、千早は漫画に無縁だと思うんだが……まぁ、とりあえず聞いてみるか」
曲が終わるタイミングを見計らって、彼らはドアを開け中に入る。
「あ……プロデューサーに真。ご苦労様です。この部屋、使いますか?」
「あ、いや……そうじゃなくて、千早に用があってね。ちょっと探し物をしてて……
社内のどこかで、少女漫画らしい本、見なかったか?」
「お願い千早!ボクにとって大事なものなんだ。教えて!!」

「……ごめんなさい。見たこと無いわ」
予想通りといえば予想通りの結果だった。
これで可能性の一つは潰れたのだから、収穫と思ってポジティブに捉えるしかない。
しかし、事態はこれであっさりと終わってはくれなかった。

「……ありがとう。じゃ、他を当たってみるよ」
「ちょっと待って」
二人を止めた千早は、真剣な面持ちで二人を見つめた。
その顔色には、本気でこちらを心配している様子が伺える。
「私の予定は自主レッスンだけだから、その探し物手伝うわ。
無くなった時間と、本の題名とか内容、教えてくれない?」

順当に成長している千早は、すでに自分の歌だけに囚われるほど幼くも無かった。
他人の気持ちを理解し、必要とあらば自分の人生そのものである歌を一時置いてでも、
皆のために協力する……そんな姿勢の人間になっていたのだが、この時ばかりはそれが仇となった。 


「そ、それは……」
「特徴が分かれば、わたしも探せるわ。もし大事なものなら社内放送を使って……」
ふと、彼が横に視線をやると、青ざめている顔の真がいた。
社内放送であの漫画のタイトルと自分の名前を晒されたとしたら、きっともう生きていけないだろう。
プロデューサーがどんな方法でやんわり断ろうかと思っていたら、
真が凄い勢いで千早を部屋の隅にあるカーテンの側へと連れて行った。

「ごめん千早……ボクたち、他を当たるからもう何も聞かないで」
「え?でも、大事なものなんでしょ?ならなおさら……」

「【大豆の力と女性ホルモン】」
千早の耳元でボソリと呟くと、千早の顔色が瞬時に変わった。
「ま、真っ……そのタイトル……」
「【超速!一段上のカップへのマッサージ】」
「ひうっ!?」
遠めに見ているプロデューサーからは、不良学生がお嬢様を脅しているように見える……
それくらい千早の普段の性格を知る者には、彼女の顔色の変化は尋常ではなく感じられた。

「ねぇ千早……人間誰しも、触れられたくないものってあるよね?
だから、聞いておいて申し訳ないけど、知らないなら放っておいて欲しいんだよね」
「あ、う……真、でもどうして……絶対見られないようにしてたのにっ……」
「【正しいブラの選び方】……」
「わ、分かった!もう聞かないから!!」

泣きそうになっている千早の表情など、超がつくほどのレアものでしかない。
プロデューサーがあっけに取られてボーっと二人を見ていると、部屋の隅で震える千早を尻目に、
真が戻ってきた。
「プロデューサー……次へ行きましょう。千早は知らないそうです」
「お、おう……」

真のただならぬ雰囲気に、プロデューサーはそれ以上のことを聞きたくても聞けなかった。
(はぁ……実はボクもちょっと買っちゃったんだよな、あの本)
目的のためとはいえ、千早のテンションを著しく下げてしまったことを後悔しながら真は走る。
容疑を一人分消した代償に、二人に新たなトラウマを作ったなど、彼女に言えるわけが無く、
プロデューサーはわけも分からぬままに、次の場所へと急いだ。 


PM12:20 会議室

「こういう時は、こうするのがいちばんや、うん」
「……何ブツブツ言ってるんですかプロデューサー?」
「すまん真。本当は何も考えてない」

推理というものは順序だてて考えていくもので、彼が自らの考えで行動するのはあまりよろしくない。
ここぞというときには使えるコマンドなのだが、そんな話はさておいて。
千早の可能性は消えたという、微々たる収穫を得て、二人が次に訪れたのは会議室。
ここは765プロにとって重要な話があるときに皆が使うから、誰がぬしという事は無い。
比較的良く使うのが、社長、律子、そしてプロデューサー本人である。

しかし、会議室というのは簡素なテーブルや椅子、ホワイトボードなどがあるのみで、
漫画などの嗜好品を持ち込む人は普通いない、そう考えるのが妥当な線である。
「さすがにこれは無いか……」
「いえ、せっかく来たんですから一応探してみましょう!」

自らの乙女心がピンチな真は、簡素だからこそ要点をついて部屋を探し始めた。
確かに素早く探せばものの五分と掛からないだろう。
「うーん……やはりファイルや資料系がほとんどだな、やっぱりこんな場所には……」
流れ作業でファイルをめくっていくプロデューサーの手に、硬いものがコツンと当たった。
それは丁度単行本サイズの本であり、ブックカバーがかけられている。
中を開いてみると、そこにはいかにも少女漫画タッチの繊細な線で、恋する乙女の純情が描かれていた。

「真、これじゃないか!?少女漫画」
「え!!ほ、本当ですかっ!?……見せてくださいっ」
プロデューサーから本を受け取ると、急いで中身を確認するが、1ページ開いた時点で、
期待感あふれる表情はみるみる曇っていった。

「プロデューサー……これ、違いますよ。これは大ヒット中のメジャーな漫画で、
女の子なら誰が持っててもおかしくありません。それにこれ、すでにカバーがついてるし」
「む……そ、そうか、残念だ。だとするとこれは、誰のだろうな……律儀にカバーをかけて、
会議室に置いとくとは……しかもファイルの中なんて、俺や他のアイドルがまず見つけない場所……」
真からその本を受け取ったプロデューサーは、元の場所に返す前にざっと内容を読んでみる。
彼はあまり少女漫画に詳しくないが、なんとなく王道のラブストーリー的な印象を受ける。
きっと春香やあずさ辺りはこういう展開が大好きだろう。
そんな事を考えながら、カバーを剥がしてタイトルを見ると『つま先立ちでキス』という、
何とも乙女チックなタイトルが表紙に印刷されていた。 


そんな確認作業さえしなければ、丸く収まったのに。
プロデューサーが元の場所に本を返そうとしたその時、何かの気配に気がついて振り向くと、
ショック全開の顔で口をパクパクさせ、持っていた資料の束をバサリと落とす律子の姿が見えた。
比較的良くこの部屋を訪れる彼女のことだ。今日も資料か書類をまとめに来たんだろう。

「な、ななな……なにしとんじゃいこの変態プロデューサー!!」
剣道の踏み込みさながらな速度で彼の間合いに入ると、あっという間に本を取り上げる。
この行動で、この本の所有者は誰の目にも明らかだった。

「うわ、す、すまん律子!!いやその、真の大事にしてる漫画が無くなったから、捜索を……」
「ごめん律子、誰にも言わないから、じゃ、ボクたち急ぐから」

真に引っ張られ、二人は会議室を後にした。
後ろで怪獣が吼えるような声が、だんだん遠のいていく。
「……なぁ、俺たち少しづつ他人の秘密に触れてないか?」
まるで王様の持つロバの耳を連続で見てしまったような気まずさに気が滅入る。
明日以降、何事も無かったように振舞うべきか、あえて謝るか……
真の乙女心とオーディションは大事だが、明日からの苦労は雪ダルマ式に増えるような気がした。 


PM12:30 社長室


「これで律子の線も消えたな。次は……どうして社長室?」
「うーん……社長はいつも事務所にいるし、全体を把握してるかなって思いまして」

確かに真の考え方は分かるが、少女漫画というジャンルと、老年の域に差し掛かった経営者が、
はたして共通項で結ばれるだろうか?
確率的にはかなり低いと思われたが、プロデューサーは可能性の一つを考え、社長室の扉をたたいた。

「失礼します、社長……ちょっと探し物が」
「ム、どうしたね?今日はこれから菊地君がオーディションを受けると……」
「すみません社長!実は大事な探し物が……って、あぁっ!!それ、ボクの!!」
彼の距離からは、社長が今手に持っているものが漫画かどうかも分からない距離。
真は大声を上げると、社長に詰め寄ってカバーごと漫画を奪い取った。

「な、なんだね!?いきなりわたしのコレクションを……」
「真、この漫画で間違いないのか?」
「はい!これです!!あぁ……ボクの乙女の秘密、やっと取り戻せた」
「良かったな真。それにしても社長、この漫画は事務所のどこで見つけたんですか?」

目的自体が達成された今、今度は原因の究明とばかりにプロデューサーが聞くが、
社長はなにやらわけが分からないといった風で、頭の上に【?】マークを浮かべている。
「コレクションと言わなかったかな?……昔、プロデュースしていた女の子の影響で、
少女漫画を見ることがあってね。その娘の好みを知るという意味で読み始めたのだが、
感動する作品も沢山あってね。知らぬうちにはまってしまい、この有様さ。

社長のデスクの脇に、スライド式の本棚があり、そこをずらすと一面のカラフルな表紙。
真もあきらかに敵わないレベルの、圧倒的な量の少女漫画がそこに並んでいた。
「……ってことは、コレは……」
「無論、わたしが正規に買ったものだ。本屋さんで【プレゼントですか?】と聞かれたときは、
さすがに恥ずかしかったが……誇りを持って【自分用です!!】と言ったものだよ。うむ」 


「あああ……また振り出しかぁ」
落ち込む真を背に、プロデューサーは例の本をめくって内容をざっと読んでみる。
さっきの純情系少女漫画とは確かに方向性が違っており、今で言う【腐女子系】の絵柄と、
イケメンの男性が不自然に肌の露出を高めている内容のストーリーが伺えた。
(うわ……確かにコレは目の毒かもな。真が愛読してるなんてファンに知れたら……)
そう思っても声に出さないのは、プロデューサーの優しさか。

この重苦しい雰囲気を打ち払うために彼が出来るのは、さっさと次の場所へと移動することだった。
「行くぞ、真。まだ時間は半分ある。希望は捨てるな!」
「は、はいっ!!」
これで、最悪の事態が訪れた時は社長のものだと言い張ることは出来る……
が、真のイメージを守るためとはいえ、そんな手段はなるべく使いたくない。
なにやら部屋を訪れるたびに、開けてはいけない扉を開けているような気がするが、
ここまで来た以上、見つかりませんでしたで済む問題ではない。

「……話がまったく見えないのだが、わたしはどうすれば良いのだろうね……」
嵐のような時間が過ぎ去り、社長室には新たなる趣味を見られた初老の紳士が一人、
呆然と立ち尽くしていた。 


PM12:40


「プロデューサー……こんな場所に来る意味は?」
浴室に来てから、真の視線が痛い。
それもそのはずで、女性アイドル事務所である765プロには男性用の入浴施設は無い。
ゆえに、プロデューサーにとってここは憧れの場所であり、不可侵領域でもあった。

温かみのある壁紙に、大きな鏡のある脱衣場。そして無性に気になる、女の子の匂い。
本能に任せて来てしまったはいいが、さすがにここには無いかもしれない。
そんな欲望を必死に抑えながらも、プロデューサーはさらりと答える。

「いや、アレだよ。お風呂に漫画を持ち込む事とかあるかもしれないし」
「……普通、偶然見つけた漫画をお風呂にまで持ち込んで読む人はいないと思うけど」
「ま、まぁほら。社長室から近いし!可能性の一つとして潰しておこうかなと」
「言っておきますけど、絶っっっ対、入っちゃダメですからね!!」
「わかってるさ。ざっと探して無かったら次へいこう」

さすがに乙女の園への侵入は真が許してくれなかった。
しかし、入り口付近を見られただけでも彼にとってはなんだか幸せな気分であり、
ここであずさや美希がシャワーを浴びて、汗を流しているなどと想像しただけで、
湧き上がってくる妄想を抑えるのは難しいと思えた。

「〜♪」
普段なら聞き逃してしまいそうな音だが、妄想により聴覚を研ぎ澄ませた彼の耳には
確かに聞こえた。浴室での鼻歌が。
(この声……よりによってあずささんか)
亜美、真美もしくはやよいなら、割り切ってこの場を離れることが出来たかもしれない。
が、真に冷たい目で見られる危険も、テンションを下げてオーディションに出るリスクも、
【あずささんがお風呂で……】という妄想の前には無意味な抵抗でしかなかった。
勝手に身体が浴室へ向きそうになるのを必死に押さえ、折衷案として彼は
脱衣場の壁に耳を当て、仕事も忘れて中の様子を伺った。


「……まったくもう。プロデューサーもエッチだなぁ。こんな場所にあるわけ無いじゃないか」
脱衣篭および洗面台を見回して、例の本が無いことを確かめると、彼女はそそくさと
浴室を出ようとしたが、流れるお湯の音と鼻歌から、誰か中にいるのに気がついた。
ならば、ついでに聞いておこうと靴下だけ脱いで、真は浴室の扉を開けた。 


「あの、すみません……あずささん、失礼します」
「あら〜♪真ちゃん、どうしたの?オーディションの前にお風呂?」
「あはは……出来ればそうしたかったんですけどね……う」

身体を洗っている最中のあずさを見て、不覚にも真は言葉を失った。
女性が見ても憧れるほどの艶かしいラインに、濡れた黒髪がまとわりつき、
一瞬目的を忘れてしまいそうになる。
「あ、あのっ……実は、ボクのお気に入りの漫画本が行方不明になっちゃって……
あずささん、昨日から今日までにそれっぽい本、事務所内で見ませんでした?」
「ん〜……どうだったかしら〜」
シャワーで全身の泡を落としながらあずさが考えているが、スローペースな彼女と、
この状況下で変にドキドキしている真とは体感時間がまるで違う。
女同士であるにもかかわらず、シャワーで流された部分から珠のような白い肌が覗き、
事務所的に見えてはいけないゾーンが見えてくると、気まずくて仕方ないような圧迫感が押し寄せた。
それなのに、当の本人は女同士ということで安心しきって身体を洗っている。

「み、見てないですよね?よね!?」
彼女を見ている限り、それっぽい反応は無い。ならば早々に確認を取ってここを出て行きたかった。
「ごめんね。見たこと無いわ〜」
「ありがとうございます!じゃ!!」

目的のものが見つからなかったという事実以上に、なにか強烈なトラウマを新たに背負い、
真は浴室をあとにした。
(ああっ、もう……なんでまったく別のことで落ち込まなきゃいけないんだー!!)
テンションを下げた真が、半ば乱暴にドアを開けたとたん、妙な手ごたえがあった。
何か、硬くて鈍いものがドアにぶつかった感触。
改めて確認すると、後頭部にタンコブ、前からは鼻血を出してうずくまるプロデューサーの姿があった。

「……」
「あ、おい、真!待ってくれー!別に俺は覗きたくてここにいたわけじゃ……」
「知りません!!」
説得力ゼロとは知りつつも、何とか真の機嫌を取り、彼女の後についていく。
もう、時間はほとんど残されていなかった…… 


PM12:50 応接室


「犯人は、現場に戻ってくるものです」
まるでどこかの推理ドラマのような台詞だが、【現場100ぺん】の言葉の通り、
事件の基本となるのがここ、応接室だった。
しかし、それも有力な情報があってこそ生きるもので、4人の無実は証明したものの、
事件の手がかりは何一つ掴めていない。
しかも、オーディションに出かけるまでのタイムリミットはあと10分に迫っていた。

「うぅ〜……結局見つからなかったっ……アレが亜美、真美にでも読まれたら……
どうしようプロデューサー!!ボクのアイドル人生、大ピンチですよ!?」
「気持ちは分かるが落ち着け。俺だって男である以上アレな感じの本は持ってるし、社長の部屋も見たろ?
この会社には、真の趣味を笑ったりする人間はいないってば」
「それはそれですっ!!恥ずかしいことに変わりは無いじゃないですかっ!!
プロデューサーはどうなんですか?男はみんなえっちだって分かってても、
積極的に友達に自分の性的な趣味を見せようと思いますか!?」

そこまで言われて彼ははじめて真の気持ちが分かった。
確かに、自分の性癖の一端を見られたからといって、根本から友情が無くなりはしないだろう。
しかし、何と言うかやりきれない気持ちになるのは当たり前で、
まともな気持ちでオーディションなんて受けられるわけが無い。
真の身になって捜索に協力したはいいが、結局彼女の心を救ってあげられなかったと思うと、
プロデューサーはどうしようもなく申し訳ないという罪悪感に囚われた。

「……すまん、真……」
「あ、いえ……いいんです。元はといえばボクがそんなものを事務所に隠したからだし……
家に置いとくと、父さんに捨てられちゃうから仕方なかったんだけど……
あー!やっぱり個人のロッカーに普通に入れておくべきだったんだ!!」

自分のお気に入りアイテムを何処にも安心して置いておけないというのは不憫な状況だ。
いつも明るい真を見ていると忘れがちだが、彼女も家庭の事情で苦悩しているのだ。
「とにかく、まだ誰かに読まれた確証も無いんだ。だから悪い方向に考えるな!!」
不安を完全に取り除いてあげることは出来なかったが、まだ最悪の事態になると決まったわけではない。

この後に控えているオーディションに向けて、少しでもテンションを落とさないために真を励ますが、
それでも無いよりまし程度の効果しかあがらなかった。 


「おっはよーございまーす♪お料理番組の収録、バッチリでしたよー!!」
そんな屈託無く明るい声が、今は耳に痛い。
春香が、午前の仕事を終えて事務所に帰ってきたのだ。
「おお、春香お疲れ。すまんな、今日はついててやれなくて」
「今日は真の大事なオーディションですからね。だいじょーぶですよ!
今日は転ばなかったし、お鍋もひっくり返さなかったしカンペキだったんですから!
……って、あれ?真……どうしたの?元気ないけど」

真っ白な灰、といえば言いすぎだが真は応接室のソファーに座って、力なく項垂れている。
とてもこれからオーディションに挑戦しようというテンションではなかった。
「プロデューサーさん……真になにか、ヒドイ事しちゃったんですか?」
「いや、うん……ちょっと大事な探し物をしててな。それが見つからなくて。
春香は知らないか?ここに厳重にしまっていた少女漫……」
「知らないです!!」

即答する、という間がなんだか怪しい、実に怪しい。
プロデューサーが春香を見つめるが、彼女は視線を合わせようとしていない。
もう少し問い詰めてみようと思ったが、すぐ後ろに真っ黒のオーラを纏った真が、
『そこをどいてください』とばかりに目に見えない圧力をかけてきていた。


「春香!!ボクの秘密の漫画……【アメリカの星】読んだだろ!?」
「ししし、知らない、知らないってば」
「いや、読んだ、その反応は読んだ!!絶対読んだ!!」
「知らない、見てないー!」
「絶っっっ対、怒らないから♪」
「もう、すっごい面白かった……プロデューサーさんみたいな主人公が♪……あ」

空手かカートかどちらで身に付けた業かは知らないが、
急遽締め上げた後、フッと力を緩める、緩急自在の尋問術で自供を促す凄さに、
プロデューサーはある意味感心し、ある意味ため息をついた。
最後の最後で容疑者は固まったが、残り5分でその足跡を追う仕事が出来てしまったから。

「春香……ちょっと付き合って♪いい子にしてたらすぐ終わるよ〜」
約束通り、真の顔は怒っていないが、その不自然な笑顔はかえって数倍怖かった。
社長を含め、4人もの人間にトラウマを与えたこの騒動、
傍で見ているプロデューサーの願いは【どうかこれ以上、被害が拡がらずに終わりますように】
ただ、それだけだった。


■解決編へ続く。 
 



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