「A great many love」

作:北

 私――秋月律子の、アイドルとしての活動が終了したあと。
 かねてからの夢だったプロデュース業をするため、私の“元”プロデューサーと新会社を立ち上げた。
 それから、しばらくして――

 ――私は、プロデューサーが好きだということに気づいた。

* * *

 意識しだしたのは、私の引退コンサートのあと、新会社にプロデューサーを連れて行ったときからだ
った。
 プロデューサーが、新会社の社長になることを承諾してくれて。
 そのあと、ふと気づいて私は彼に問いかけた。
「これからはもう、プロデューサー、って呼ぶわけにはいかないわね。ね、なんて呼んで欲しい?」
 私がそう聞くと、彼はちょっと悪戯な笑みを浮かべて、
「ダーリン、って呼んでくれ」
 そう言った。
「ど、どうしてそういうことになるわけっ?」
 ……私はそう言いながらも結局、顔を背けつつ、プロデューサーのことを“ダーリン”と呼んだ。

 ――そのとき、気づいたのだ。
 本当は嫌がってなんかないことに。
 そしてふざけながらでも、プロデューサーが私を“そういう”対象に見ようとしてくれたことが――
とても嬉しいことに。
 ……どうしてだろう?
 あのプロデューサーは、はたから見たら頼りなくて、正直、あんまりハンサムでもない。
 だけど、やるときはしっかりと決めてくれた。現に、私をトップアイドルにまで導いてくれたのだから。
 多分……私がもっとも信頼を置ける人だ。
 だけど、それは信頼だけなのだろうか。
 そう考えて――ふと、気づいたのだ。
 彼に、信頼以上の感情を抱き始めている自分に。

 だけど、それに気づいてからは大変だった。
 とにかく仕事に身が入らない。
 プロデューサーと顔を合わせるたびに、妙に気恥ずかしくなってしまう。
 かと思えば、ふとした瞬間にプロデューサーのことを考えている。
 会社を設立したばかりで忙しい時期だというのに、私がこんなことではすぐ倒産しかねない。
 何か策を講じなければ……

 それで、考えた末に思いついたのは――
 ……そうだ。プロデューサーを、オトしてしまえ。
 つまるところ――そんなもやもやを抱えないで済むよう、
私とプロデューサーがさっさと恋人になってしまえばいいのである。
 少し恥ずかしいが……私の会社の発展のためには、きっと、仕方ないこと、なのだ。うん。

 ……自分をそんな風にごまかしながら、私は“計画”を組み始めた。
“参考資料”をぱらぱらとめくりながら。

* * *

 久しぶりに取れた休み――
 私はプロデューサーを呼び出した。
 765プロにいたころからよく利用した駅の前に、十時に集合、と。
 ……私が十五分ほど前から待っていると、プロデューサーは三分遅刻して現れた。
「遅いです」
「すまんすまん。というか律子が早すぎるんだ」
 謝る気ゼロなのね。
 ……ま、こんなことでカリカリしてても仕方ないか。今日の目的は説教じゃないんだし。
「なんだか、こうして話すのも久しぶりだな」
「えぇ。最近二人とも忙しかったからね……ひょっとして、プロデューサーは休みたかったですか?」
「いやいや。俺も羽伸ばしたかったからな、ちょうどいい。
……あと、俺はもう律子のプロデューサーじゃないんだぞ」
「うーん。でも、こっちの呼び方に慣れちゃってて。中々変えづらいのよね。
どのみち人員が足りないんだから、しばらく貴方にもプロデュースを補佐してもらうことになるんだし」
「ま、律子がいいんならそれでいいさ。……俺も実際、社長って呼ばれるとこそばゆいしな」
 いつも通りの会話。こんな何気ない会話でも、すごく心が安らいでいくからとても不思議だ。
 ……まぁ、とりあえずここまでは順調だ。赤面はしてないし、パニックになってもいないだろう。
 あとは計画通りに……。
「で、これからどうするんだ? どっか出かけるのか?」
「えぇ。ちゃんと行く場所は決めてあるわ」
 ふふふ、私が三日三晩かけて作り上げた完璧なデートコースに、プロデューサーをご招待しましょう。
 これで、どんな男でも私にイチコロよ!
 ……多分。
 参考資料(つま先立ちでキス☆)によれば、これが一番ベターなはず。
 うん、大丈夫な、はず……。 


* * *

 電車を乗り継いで、最近できたショッピングモールに向かった。
 食料品から宝石店まで、様々な店が集まっている巨大なところだ。
休日ということもあって、人でにぎわっている。
「お、ここか。ちょっと来てみたかったんだよ。律子は何か買うもんでもあるのか?」
「んー、買いはしないわ。今後利用できそうな店探しね。たまにはウィンドウショッピングもいいでしょ?」

 ――プランその1。
 ぶらぶらと歩きつつ、ファンシーなお店なんかに入って、きゃーこれ可愛い! とか言えば、
私のなけなしの乙女っぽさがにじみ出てくるはずよ!
 ……考えてて哀しくなってきた。
 まぁいいわ。とにかく実行実行。
 しばらく歩き続ける。
「……む」
 ふと、向こうに薬屋を発見した。
 ……あ。そういえば、トイレットペーパーの買い置きとか、まだしてなかったなぁ。
 もう765プロにいるわけじゃないんだから、こっちはこっちでちゃんと揃えておかないと。
 緊急時の救急箱の中身も揃ってなかったわね……
 ……はっ!
 ダメよ、ダメダメ。
 これは、その、デートなんだから。プロデューサーをオトすんだから!
 そんな色気のないこと考えてちゃだめよ!
「あ、律子」
 と、突然プロデューサーが話しかけてきた。
「な、なに!?」
「あそこ入っていいか?」
 彼が指差す先は――
「……って、文房具屋?」
「あぁ。もう765プロにいるわけじゃないんだし、スケジュール帳とかを新調しとかなきゃな。
あと、愛用の万年筆もこの前壊れちゃったから」
 色気がないわね……というか、考えることは一緒ってわけ……?
 なんか、悔しい。
「……もう、休みに仕事のことを持ち出さないでください!」
 人のこと言えないけど。

* * *

 ……結局プラン1はまともに進行しなかった。
 ファンシーなお店ががどうこうより、会社の備品を揃えたい気持ちと戦うのに必死だった。
 ダメダメだわ……。
 と、とにかく、プラン2よ!

* * *

 再び電車を乗り継いで別の駅へ。
 私達は今、大きな映画館の前に立っている。
 やっぱり休日だからか、人でごった返していた。
「映画かー。そういえばちょうど観たいやつがあったんだよな。“萌えよドラゴン二重の極み”ってやつ」
 プロデューサーがアクション映画らしき看板を指差すが、無視する。
「これです」
「……いや、俺はこういうB級のほうが」
「こ れ で す」
「…………分かりました」
 私の剣幕に押されて、しぶしぶプロデューサーは折れた。

 私達が観ようとしているのは、「世界の中心で愛を叫んだ除け者」という、今流行の恋愛映画である。
 友人に聞いたり、テレビで特集番組を見たりしても、中々評判がよいので、ちょうどいいだろう。
 つまりプラン2とは、恋愛映画を観て雰囲気を盛り上げる作戦である。

* * *

 そして――上映終了。

* * *

 映画館を出るなり、私は内心首を捻っていた。
「…………うーん」
 微妙すぎた。
 まず、脚本が変だ。テーマが暗示されていながらも、後半でまったく解決されていないし
そもそもご都合主義が多すぎる。
 加えて、主演女優の演技の荒さ。台詞が棒読みで聞いていられない。
 音楽の使い方も変だし、カメラワークも観づらい部分があったし……
 …………。
 はっ、ダメだってば!
 いいのよこれで! 大事なのは突っ込みではなく、「恋愛映画を一緒に観た」という事実なんだから!
「お、面白かったですね〜」
 白々しく笑みを浮かべながら言ってみる。
「……そうだったか? あの映画、律子なら絶対に酷評すると思ってたんだけど……」
 ……う゛。やっぱりバレてる。
「ああ、でも、主演女優のビジュアルはよかったですよね? 新人にしては逸材の美人さですよ!」
 ……なに弁護してんだろ私。
「そうだな。いい魅力を持ってる。実に俺の好みだ」
 なんですと?
 ああいうのが好きなのね、プロデューサー殿は。
 ……く、なんで映画を観て負けた気分にならなきゃならないのよ……。 


* * *

 ええい! プラン3!
 ロマンチックなランチを!

「――って定休日!?」
「……別に俺はハンバーガーでいいんだけど……」

* * *

 プラン4!
 遊園地でなんか適当に乗ってドキドキするようなものを!
 吊橋効果が応用できそうなやつを!

「“スーパーウルトラコスモスコースター”二時間待ち!?
 こんなくだらないことにそんなに待ってられないわよ!」
「……お前が乗ろうって言ったんだろうが」

* * *

 プラン5!
 せめてディナーだけはロマンチックに……!

「申し訳ありませんお客様。当店は予約制となっておりまして……」
「なんですってーっ!?」
「……もうファミレスでいいよ」

* * *

 日も暮れて、だんだんと風景が藍色に染まりはじめて――
 私達は行くあてもなく、とぼとぼと人気の少ない道を歩いていた。
 ……というより、私がとぼとぼ歩く後ろを、プロデューサーがとりあえず着いて来てくれている、
といった感じなのだが。
「はぁ……」
 彼に聞こえないように、ため息をついた。
 結局、ロマンチックさも何もないデートだったわ……。
 いえ、プロデューサーはデートと思ってさえいないかも……。
 ……最悪。
 どうして、こうなっちゃうのかなぁ。
 自分のすることに、いちいち計画を立てたのはいつもと同じなのに。
 アイドルやってたころ、ライブの展開を考えるのと同じ要領でやったつもりなのに。
 なんで……今日だけは、上手く行かなかったんだろう?
「……はぁ」
 もうそろそろいい時間だし、今日はもう諦めるしかないかな……。
「……なぁ、律子」
 気づけばプロデューサーが隣に立ち、私を覗き込んでいた。
「え、な、なんですか!?」
「いや……今日一日、ずっと変じゃなかったか?」
「そ、そんなことありませんわ。オホホホホ」
 乾いた笑い声になってしまった。説得力など皆無だろう。
「何か悩みがあるんなら言ってくれよ。俺達、一応付き合い長いんだからさ」
 ……言えたら苦労なんてしないわよ。
 貴方に好かれたい、なんて……。
「まぁ、無理には聞かないけどさ。何かあったら頼ってくれないと、さすがに傷つくぞ」
 プロデューサーは、ふぅ、と息をついて、
「俺達一応、付き合ってんだからさ」
 と、言った。
 ……まぁねぇ。
 私だって、プロデューサーに同じことされたら傷つくかもしれない。
 いや、多分、傷つくなぁ。プロデューサーが落ち込んだ顔してるとこっちが心配しちゃうんですよ
っ! とか何とか言っちゃって――――――
 ――――――――んんん???
 ちょっと待った。今、彼は、何か、変なことを、言った、ような、
「……プロデューサー。さ、さっきの言葉、もう一回、言ってくれない、かしら」
「ん? や、無理には聞かないけど、できるだけ頼って欲しいって」
「そのあと!」
「……一応、付き合ってんだからさ?」
「……付き合って?」
 ちょっと待って。
 なんだそれは。
 どういうことだ。
 どうしてだ。
 いつからだ。
 いつから、私達は付き合ってるんだ!? 

「どどど、どういうことよ! 何でプロデューサーと私が付き合ってるんですか!」
「え? いや、この前なんかそんな雰囲気になったからさ。ダーリンって呼んでくれたし」
「はぁ!? あれがプロデューサーにとって告白に見えたわけですか!? 信じられない!
 馬鹿!マヌケ! トンマ!」
「う……そうか。俺の勘違いだったのか。すまん」
「何言ってるんですか!  勘違いなんて勘違いしないでくださいよ!」
「……訳が分からないぞ」
 頭がくらくらする。状況が、何も把握できない……!
 顔が赤くなっていないだろうか? ああ、景色がなんだかぐにゃぐにゃしてきた……。
「えーっと。なんかお互い食い違いがあるから整理しよう」
 こほん、と彼は咳払いを一つしてから、
「俺と律子は……付き合って……るのか?」
「付き合ってないに決まってるじゃない! あんなの、ノーカウントよ!」
「の、ノーカウントって……」
「やり直しよやり直し! ちゃんと付き合うなら付き合うって言いなさい!
 分からないわよ、あんなんじゃ!」
「……いや、その、別にそんな儀礼的なことを聞きたいんじゃなくてだな、
律子の気持ちがどうなのか知りたいんだが……」
 あああ! じれったいわ!
「好きよ! 好きに決まってるじゃないの、あなたが! 残念でしたね!
 もう好きになっちゃいましたよーだ! 今更謝っても遅いわよ!」
 自分がどんな言葉を喋っているのか、半分も理解できていない。
 でも、言葉を途切れさせるのが無性に怖くて、私は矢継ぎ早に話し続けた。
「ごめんなさいね! 不運でしたね! こんな女に好かれちゃって! 
どうせ私は、仕事と恋人なのが一番なんでしょ! 分かってます、分かってますってば!」
「り、律子……」
「なによぉっ! いっつもいっつも私のことなんか気にしてないフリして……! 
今更、そんなこと、言うなんて……ずるい、よぉ……っ! 今日の計画……無駄になっちゃったじゃない……!」
「り、律子!? お前、泣いて……?」
「ぐす、……そんなわけないじゃないの! ばかーっ!」

* * *

「落ち着いたか?」
「……まぁ、それなりに」
 気づけば私は新会社のオフィスにいて、ソファに座っていた。おそらくプロデューサーが連れてきて
くれたのだろう。
 というか、そんなことに気づかないほど私は錯乱していたのか。
 あああ、恥ずかしい。情けない。穴があったら入りたい。人生で一番の失態だ。
「…………」
「…………」
 沈黙。静寂。
 当然ながら、夜のオフィスには私達二人だけだ。
「……ねぇ。プロデューサー」
「なんだ」
「まだ、私と付き合いたいと思いますか」
「……なんで、そんなこと聞くんだ?」
「だって、信用できない」
 信用できない――というか、信じられない。
 私に、“女”としての魅力がないのは重々承知しているから。
 それに、さっきの惨めな私が思い返されて……こんなに弱いところを見せてしまって……。
「私、口うるさくて可愛くないから……」
 ……いつもの強がりが出てこない。
 どうして昨日までの私は、プロデューサーをオトせると本気で考えていたんだろうか。
「…………分かったよ」
 プロデューサーは、照れくさそうに私から目を背けている。
「恥ずかしいから、目を閉じててくれないか」
「……うん」
 言われたとおりにした。
 ――しばらくして。
 私に訪れたのは、言葉ではなく――

「…………ん」

 ――初めてがレモンの味だ、なんて。
 少女小説に書いてあることは、嘘だった。
 さっき食べたハンバーガーの味しかしなかったから。
 だけど……

「ん…………」

 ……その感触は、何よりも甘く感じた。

 時計の針が、少しずつ歩みを遅くしていった。 


* * *

 朝――
 さわやかな太陽の光が、窓から降り注いでいる。
 心なしか、オフィスの空気も新鮮に感じられる。
「さあ! 今日も頑張りましょう!」
「そうだな。まずは人員の手配と、設備の設置と……」
「こらこら、肝心なことを忘れてるわよ。……新人発掘のための、
我が社のオーディションの宣伝もしなくちゃいけないわ!」
「そういえばそうだった。所属アイドルがいないとどうにもならないなぁ」
「ええ。人員と設備のほうは、私がやれるだけやっておくわ。プロデューサーはオーディションをお願い!」
「了解!」

 ……随分二人の息があってきたと思う。
 胸の中のもやもやも消えてくれたし、いい新会社のスタートを切れそうだ。
「吹っ切れた顔してるな、律子」
 ……ま、その。まだ実感は沸いてこないけど、私達一応付き合うことになったんだし。
 ただ――いまだに気になることはある。
「……ねぇ」
「ん?」
「プロデューサーは……なんで私と付き合おうって思ったの?」
 ――後ろ向きなのはこの質問で最後にしよう。
 そう思いながら、私は聞いてみた。
「んー。なんだ、そりゃ、お前……」
 プロデューサーは少し恥ずかしそうにしながら、言う。
「一緒にいて一番心地いいからな。仕事も、プライベートも、気を遣わなくて済むし。それに……」
「それに?」
「……律子、あのとき言ったよな。“自分の弱い顔を見せるのは嫌だ”って」
「えぇ。思い出したくもないわね」
「律子はさ、気づいてないだろうけど。――そのときの律子の顔、死ぬほど可愛いんだぞ」
「…………は?」
「あ。じゃあ俺、仕事に行くから。じゃあなー」
「ちょっ、プロデューサー! な、何!? どういう意味よ――――っ!!」

 訳が分からないわよ、もう……。
 やっぱり、あなたには敵いそうもない。

「――そうそう見せられないわよ、ばか」

 しばらく、プロデューサーと顔を合わせるもんか。
 今も多分、彼が喜ぶような顔になっているだろうから。 



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