あぶない日曜日

作:名無し

「プロデューサーさんっ!今度…今度こそ、私のこと、もっと近いところに置いて下さい!!」

 2度目の活動停止を迎えた後、春香の想いは、ようやく実を結ぶ運びとなった。
彼女の想いを受け止めたプロデューサーは、ラスト・コンサートの数日後、
彼女の両親の元を訪れ、正式に彼女との結婚の許しを請い、それは認められた。

 とは言え、春香はまだ18歳、高校3年生である。
アイドルをやっていた間、まともに通えなかった高校を、せめて卒業まで
通わせてやりたいという、両親とプロデューサーとの話し合いにより
高校卒業までの数ヶ月の間、2人は婚約という形をとり、
アイドル活動は停止したまま、春香は実家で学生生活を楽しみながら
花嫁修業に勤しむ事となった。

 そして、今日は日曜日。2人にとって久し振りのデートの日である。 


「春香!いいかげんに起きなさい!」
「ふぁ〜、今日は日曜だよ、お母さ〜ん…。」

 寝ぼけ眼のまま、ボーッとした様子で、ベッドから起き上がった春香を見て、
母親はヤレヤレといった表情をしている。

「あら、その日曜に大事な用があるって言ってたのは、誰なの!?
早く起きないと、プロデューサーさんが来ちゃうわよ。」
「えっ!?うわっ!もうこんな時間!!」

 プロデューサーという言葉を耳にした途端、一気に目覚めた春香は、
傍らの目覚まし時計を見るや、あわててベッドから飛び出した…つもりが、
勢いあまってバランスを崩し…。

どんがらがっしゃ〜ん

と、朝から見事な、ヘッドスライディングを決めて見せた。

「はぁ〜、あんたって子は、何でそんなに転びやすいのかしらねぇ…。
こんな格好をプロデューサーさんが、見たら…。」
「もぅ!お母さん!!お母さんまで、プロデューサーさんって呼ばないで!」 


「何言ってるの!?だったら、春香の方こそ直しなさい。いずれは、ダンナさんになる人でしょ。」
「お、お母さん!!…。だって…だって、ずっとそう呼んでたし、
それに…私だって、まだ恥ず…か…し…。」

 床にペタンと座ったまま、真っ赤な顔をして俯く春香の声は、だんだんと小さくなり、後半は
何を言っているのやら、わからないくらいになっていった。

「はいはい!ごちそうさま。それじゃ、早く着替えてご飯食べちゃいなさいよ。うふふ。」

 それだけ言うと、母親は部屋を出て行ってしまった。
1人残された春香は、赤い顔をしたまま、パジャマから一旦部屋着に着替えながら、
何やらブツブツと呟いていた。

「もぅ!お母さんだってお父さんの事、ずっと名前で呼んで無いじゃない!
私達だって、子供が出来たら、いずれ…。」

 そこまで言った途端、春香の動きがピタリと止まってしまった。 


「子供…赤ちゃん…。あわわっ、私、何考えてんだろ!?」

 あわてて横を向くと、そこにはパジャマの上を脱いで、下着だけになった自分の姿が映る鏡があった。
思わず、自分の胸の辺りを凝視してしまう春香。
しばらく自分の姿を見つめていた春香は、急に部屋のドアに向かい、
鍵を掛けると洋服ダンスの引き出しを開き、中にある色とりどりの下着の中から、
これは!という一式を取り出した。

「こ、これは、べ、別に、期待とか、誘ってるわけじゃなくて、もしもの時…じゃない!!
み、身だしなみよ!身だしなみ!!」

 とまぁ、再びブツブツ呟きながら、今まで付けていた一式を、取り出した物に付け替え始めた。
そして、部屋着に着替えた春香が食卓に顔を出すと、その顔を見た母親が、
不思議そうにこう言った。 


「あら!?春香、顔が赤いわね。さっき転んだとき、顔でも打っちゃったの!?」
「えっ!?あ…あの…私、もう1回、顔洗って来るね!!」

 母親にそう言われ、思わず両手を頬にやる春香。
ほんのり赤みが差す程度だった顔は、見る見る真っ赤になり、
ついには、あわてて洗面所に駆け込む春香だった。

(やだ…私ったら、何考えてんだろ。よ〜し!平常心、平常心!!)

 洗面台の鏡の前で、2〜3回深呼吸をする春香。
こうする事で、ライブの開演前や、オーディションの緊張も、乗り越えて来た。
アイドル生活の中で身につけた、春香の解消法である。
しばらくて、やっと顔の紅潮も治まった春香は、無事に(?)両親との朝食を終え、
身支度を整えるため、一旦自室へ戻って行った。

 部屋着から今日のために用意した洋服に着替えると、鏡の前で軽くメイクをし、
薄いリップで仕上げる。
最後に、春香のアイデンティティーでもある、リボンを付けると、
立ち上がって、くるっと1回転してみる。
その後、ニッコリと微笑んでポーズをとるのは、アイドル時代の名残りだろうか。

「う〜ん…このスカート、ちょっと短かったかなぁ…。」 


 笑顔から一転、少し困ったような表情を浮かべる春香。
せっかく今日のために、新しい洋服を奮発したのだったが、
起き抜けの母との一件のせいか、スカートの丈が気になるようで、
横を向いたり、後ろを振り返ったり、色々な角度を夢中でチェックする春香だった。

「……春香……、春香ったら!!」
「えっ!?」

 突然の母親の声に驚いて振り返ったのは、ちょうどスカートの裾をちょっと持ち上げて、
腰を少しひねって…。
いわゆる、“せくち〜ぽ〜ず”(byとかち)と、取られてもしょうがない格好の時だった。
おまけに、母親の背後には…。

「プ、プロデューサー!!……さん!?」
「よ、よぅ!春香…。」

「はぁ……。いくら呼んでも返事がないから、来てみたら……。」
「あ、あの、お母さん、これは…その、違う……。」
「朝から赤い顔してたから、熱でもあるんじゃないかと心配してたのに…。
あんたって子は……。」 


 このまま2人っきりにしたら、ナニをしでかすやら!?
どうやら、完全に(いや、半分くらい!?)誤解されてしまった春香だった。

すでに“怒りモード”に移行しつつある母親に、オロオロする春香は、
ついつい、側にいるプロデューサーに助けを求めた。

「プ、プロデューサーさぁん!」

 が、この一言が、逆に起動スイッチとなってしまった。
母親は、プロデューサーの方へ向くと、ニッコリ笑って、こう切り出した。

「ところで、プロデューサーさん、今日のご予定は!?」
「えっ!?は、はぁ…、今日は…え〜と…。」

 母親は笑顔のままだが、完全に怒っている。このままでは、2人で出掛けられなくなる!
とっさにそう判断した春香は、とりあえず思い付いたウソを口に出してみた。 



「き、今日は、映画に連れて行ってくれるんでしたよね!ねっ!!」
「えっ!?い…いや、そ、そうだったよな。」

 春香の真剣な眼差しに、あわてて口裏を合わすプロデューサー。
しかし母親も、笑顔を崩さずこう言った。

「あら!それなら丁度良かった。実はリビングのテレビを、大画面液晶テレビに買い換えたばかりなのよ。
人混みの中に出掛けるより、たまにはDVDでも見て、ゆっくりしていらしたら!?」

 どうあっても、今日は2人で出掛けるどころか、2人っきりにもする気も無いらしい。
さらに、母親は畳み掛けるようにこう言った。

「そうそう!春香のお料理の腕も、ずいぶん上達したのよ。
今日のお昼は、春香の手料理を食べて貰うなんて、どうかしら!?」
「は、はぁ…。」 



 チラリと春香の顔を窺うプロデューサー。
しかし、春香の顔にはすでにあきらめにも似た、乾いた笑顔が浮かんでいた。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…。」
「そう!良かったわね、春香。これで花嫁修業の成果を、披露出来るわよ。」
「ア、アハ…アハハ…。プロデューサーさん…。」
「な、何だ、春香!?」
「お昼…、何か食べたいもの、ありますか!?」

 こうして、春香の密かな期待は、日の目を見ることなく潰える結果と…


あれ?こんな時間に誰か来たみたいだぞ?

おしまい 



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