winnie-the-pooh mugcup collection. / ヒミツのプレゼント

作:或忍

「はぁ…あ…」

得意曲である『魔法をかけて!』の一節ではないけれど、
鏡の中ならぬ765プロ事務所の中で溜息ひとつ吐いた律子のデスクの上に、
チンマリと行儀良く座って、こちらを見ているのは体長10センチ足らずのテディベアのヌイグルミ。

「まったく、回りくどい事をするんだから…」

そう呟いてから、悪戯っぽい表情でヌイグルミの額を「エイッ!!」と突いてみる。
律子に額を突かれて、抗う術を持たないテディベアは「やられたぁ〜」とか何とか
言っている風に後ろに仰け反りながらデスクの上に倒れこんでしまう。

「正体バレバレなんだから、手渡ししてくれれば良いのに…ねぇ?」

倒れたテディベアを両手で起き上がらせてから、ダンスのステップを踏ませてみたり、
ラジオ体操みたいな動作をさせてみたりする律子の表情は、
どことなく楽しそうな表情をしている。
子供みたいにテディベアを玩(もてあそ)びながら、
ふと湧き出た思いが律子の口から言霊となって世界に産まれ落ちてくる。

「ソウダヨネ。ソノホウガ、オネエサンモ、ウレシイモンネ?」
「もう、何を言ってるのよ。この仔は…あ、でも…やっぱり嬉しいかな…フフフ」

声色を変えた一人芝居という「もう一人の自分」の問いかけに、
ちょっとだけ困った表情をしながら答えた律子の頬が紅潮していく。
空調を効かせて適性な室内温度にしている筈なのに、
何故か身体の芯からジワリジワリと火照ったような熱が湧き出てくる。

「まあ、仕事上のパートナーだし。気遣いしてくれるのも嬉しいもの…それに…」

パタパタと忙しそうに動いていたテディベアの動きが徐々に鈍くなっていき、
それに反比例する様に律子の頬の赤味が増していく。

「それに…なんていうか。どこか頼りないトコがあるのよね。
 服装とか髪型とかキチンとしてないし、スケジュール調整もいい加減だし
 あと…えっと…その…うぅ…あ〜、もぅ!!!」

恥ずかしさに耐えられなくなって「はぅあ〜」みたいな感じで、
デスクの上に突っ伏してしまった律子を、
再びデスクの上に座らされたテディベアの瞳がまっすぐに見つめている。

「な…何よぉ? 言いたい事があるなら、ハッキリ言いなさいよぉ」

ふ…と、顔を上げてからデスクの上のテディベアに八つ当たりをしてしまう。
その時、空調の低い作動音に混じって、
ボタンみたいな眼で自分を見つめるテディベアの、
聴こえる筈の無い声がハッキリと聞こえたのだった。

『オネエサンハ、アノヒトノコト。スキナノ?』
「えっ…!?」 

声色を変えた覚えも無いし、ましてや自分で声を発した覚えも無い。
先程から事務所に居るのは自分だけだし、
悪戯好きの亜美や真美がやって来た気配を感じても居ない。
それでも聴こえて来るテディベアの問いかけが、
戸惑い気味の律子の心をグラグラと揺らしている。

『アノヒトノコト。スキナノ?』
「わ…私は……彼の事が……」

ふと両手でテディベアを持ち上げてから、
ゆっくりと自分の顔を近づけていく。
徐々に接近してくるテディベアの顔越しに、
想い人の顔がチラリチラリと見え隠れする。

「私は…アノヒトの事が…」

テディベアの顔と律子の唇が触れそうになった時。
ガチャリという音と共にドアが開いて、
元気の良い声が事務所の中に響き渡る。

「じゃっじゃ〜ん!!おはようございま〜す。
 天海春香、ただいま到着いたしました〜!!」
「……っ!?…痛ぅ〜!!!ちょっとぉ、春香ぁ〜。ノックぐらいしてよね。」
「り…律子さん!?ごめんなさい。大丈夫ですか?」

ビックリして勢い良く立ち上がったのは良いけれど、
思い切り膝小僧をデスクの角に打ちつけた律子が涙目で睨みながら春香に抗議の声をかける。
本当の原因を知らないまま、自分のせいで律子が怪我をしたかも知れないと思った春香が、
ペコペコと頭を下げながら駆け寄ってくる。

「ホントにゴメンナサイ。大丈夫ですか?律子さん」
「ええ、大した事は無いわ。私こそ、大げさにしちゃって…ゴメン」
「いえいえ、私が悪いんです。ノックもしなかったし
 今、タオル冷やしてきますから待っててくださいねっ!!」
「ちょっと春香、そこまでしなくても良いわよ」
「そうはいきませんっ!!待っててくださ…うわわっ!!」

大慌てで給湯室に向おうとして、
何故か転びそうになった春香に「気をつけなさいよ」とか声を掛けながら、
床の上にバラ撒いてしまった書類やら何やらを拾い集めていく。

「まったく、どっちが怪我人なのかしらね…」

一通り書類を拾い集めてから、フゥ…と、息を吐いて、
椅子に座りなおした律子の視線の先には、
デスクの上で仰向けになって倒れているテディベアの姿。
キョロキョロと辺りを見回してから、少しだけ「う〜ん」と悩む素振りを見せた律子が、
素早い動作で手に持ったテディベアの鼻の頭に自分の唇を重ねる。

「ご明察。私、カレの事が大好きよ。
 いつから好きなのかは、判らないけれど…ね」

ポンポンとテディベアの頭を叩いてからデスクの上にキチンと座らせ直して、
拾い集めた書類の枚数を数え直してみる。

「ま、相手の方が気づいていないかも知れないけどね」

チラリと視線を向けたテディベアから、
今度は聞こえる筈の無い声が聞こえてくることは無かった。
パラパラと書類の束を捲っていくと、一箇所だけページ数が抜けている場所があった。

「あれ?…一枚、足りない?…えっと…あ、あったあった」

四つん這いになりながら、バラ撒いた書類を拾う為にデスクの下に潜り込んで行く。
悪戦苦闘しながら書類を拾った律子の背後に、いつの間にか近づいて来た人影が、
予告も無しに声をかけてくる。

「お?…またテディベアが届いていたのか?」
「…っ!?…プロデュー(サー!?)…っ!!!…痛ぅ〜!!!!」

デスクの下に潜り込んでいた律子が、
不意に声を掛けてきたプロデューサーに向って振り返ろうとして、
デスクの引き出しに強かに頭を打ちつける。 

「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫か?…じゃないですよぉ〜。
 いきなり声を掛けないで下さい。プロデューサー」
「いや、スマンスマン。どれ、瘤(コブ)が出来てないか見てやるよ」
「えっ!?…大丈夫ですってば、これくらいで怪我なんてしませんよ?」
「大切なタレントを傷物に出来ないだろ?ホラホラ、大人しくする」
「は…はぁ…判りました。それじゃ…」

渋々と椅子に座った律子の頭を、プロデューサーの指が優しく撫でる。
その感触の心地良さに、律子の表情がトロンとした状態へと変わっていく。

「どうやら、瘤(コブ)は出来ていないみたいだな」
「は…はぁ…そうですか」
「まあ、派手な音の割には強く打ってなかったのかもしれないな」
「え…ええ、そうですね」
「まあ、濡れタオルで冷やしておけば治るだろう」

そう言ってポンポンと優しく頭を叩いてから、
律子のデスクの上に居たテディベアを覗き込むプロデューサー。
その表情は、自分の行った行為の結果に満足げな表情をしている。
それから二人は会議室へと移動して、数日後に参加する特別オーデション
『スーパーアイドル』への対策についての話し合いをする事となった。

「じゃあ、ここ数週間のランキング推移の統計の方は、私が纏めておきますね?」
「そうしてくれると助かる。俺の予想だと、ダンス系の曲が受けると思うんだけどね」
「まあ、データがあった方が何かと有利になるでしょ?今後の活動にも利用できるし」
「なるほどね。頼りにしてるよ。秋月プロデューサー」
「ええ、バッチリ頼ってください。私の分析能力に掛かれば楽勝ですよ」

ある程度のオーデション対策の目処が立ったところで、
会話の話題は律子に贈られて来るテディベアの話題へとシフトしていく。

「ところで、あと一体で、テディベアが7匹になるんだっけ?」
「ええ、このサイズのコは6体しか無いんですけどね」
「何て言うか、こうなってくると、まるで白雪姫と7人の小人だな」
「本当に、私が白雪姫なんて洒落にもなってませんよ」
「最後の大舞台だからね。特別なプレゼントを期待しても良いんじゃないのかい?」
「ん〜。どうですかねぇ…『どこかの誰かさん』の懐具合によるのかも」
「そ…そうか?…大丈夫だよ…多分ね」
「そうですねぇ…私の希望としては、
 クラシックテディの1907年レプリカモデルが欲しいかな…なんてね」
「…ッ!?・・・アチチチチ!!!!」

律子の不意打ちの言葉に咳き込んだプロデューサーが、
手にしたマグカップの中に淹れていたコーヒーを溢しそうになる。

「だ…大丈夫ですか?プロデューサー?」
「あ…ああ、大丈夫だ。(あのタイプのテディベアは入荷数が少ないンだよな」
「まったくもう、気をつけてくださいよ(ちょっと意地悪し過ぎたかしら?」
「………」
「………」
「「アハハハハハハハ」」

二人して見つめ合ってから、どちらともなく笑い出してしまう。
嘘を吐く方も、嘘を吐かれる方も、今の状態を心地良いモノだと自覚しているような笑いだった。

「さて、もうちょっと休憩してからレッスンでもしに行くか?」
「そうですね。今日は体調が良いからレッスンの良い成果が出そうですよ」
「それじゃ、俺はレッスン場の予約を入れてくるから」
「じゃあ、私は資料とか仕舞って来ますね」
「それじゃ、10分後に駐車場で待ち合わせと言う事で」
「了解しました。遅れないでくださいよ?」
「ハイハイ、判っております。白雪姫さま」
「もぅ、からかわないで下さいよぉ…ばかぁ」

そんなこんなのやり取りを経て参加したスーパーアイドルのオーデションの数日後に、
律子の部屋に住む同居人が7人に増えたのは言うまでもない事実というか、
ハッピーエンドな結末の当然の結果なのかも知れない。 



−オマケ−

律子とプロデューサーが事務所から出て行ってから数分後。
氷水に浸したタオルを入れたプラスティックの桶を持った春香がトテトテと戻ってくる。

「律子さーん、タオル冷やしてきました〜。
 あれ?律子さん居ないな。律子さー・・・うわわわっ!」

どんがらかっしゃーん

まるで計ったかの様に、床に置いてあった電源タップに足下を掬われた春香が、
予定調和の如くバランスを崩し、その拍子にタライを放り投げて、
お約束の如く桶の中に入っていた氷水を頭から被り、
物の見事に濡れ鼠アイドルになってしまったのだった。

「アイタタタ。うぅ、ずぶ濡れになっちゃったよぉ」

ペタンと床に座り込んで、えぐえぐと泣き出しそうになった春香の許へ、
タオルを持った事務員の音無小鳥が駆け寄って来る。

「春香ちゃん。大丈夫?」
「あ、小鳥さーん。律子さんが何処に行ったか知りませんか?」
「律子さんなら、プロデューサーさんとレッスンしに出掛けたわよ?」
「ええ?そんなぁ!!何処のレッスンスタジオですかぁ?」
「さあ?お姉さんは聞いてないから判らないなぁ」
「教えて下さいよぉ。小鳥さーん」
「本当に聞いてないのよ。ホラホラ、着替えないと風邪をひいちゃうわよ?」
「はーい・・・」

トボトボと更衣室ヘ歩いていく春香を見送りながら、
ホワイトボードの律子とプロデューサーの部分のマグネットを
「外出」から「直帰」に換えて、クスリと笑った小鳥が一言。

「貸しイチ、ですよ。律子さん。プロデューサーさん」

おしまい 






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