おふぃすらぶ

作:名無し

「ハニーっ! 美希、今日もお仕事頑張ってたでしょ? ごほうび、ちょうだい?」
 外での仕事を終え765プロに戻ってきた美希ちゃんが、プロデューサーさんに抱きついている。
「ちょっと美希! 事務所に帰るなり何をやっているんですか! 離れなさい!」
「えー。じゃあ事務所じゃなかったらいいの?」
「そういうことを言っているんじゃありません!」
 共に仕事をしていた千早ちゃんが美希ちゃんに注意をするのもいつものことだ。
「あらあら、千早ちゃんもごほうびを貰いたいんですよね。私もプロデューサーさんからのごほうびが欲しいですー」
 そして、あずささんも一緒になってじゃれ合いを始めるのもいつものこと。
 そう、いつものことなのだけれど。
「あずさもこう言ってるしさ。ハニー、一緒にご飯食べに行こう?」
「い、いや、俺にはまだ片付けなきゃいけない書類があってな。今出かける訳には…」
「えー。いいじゃん、そんなのー。あとにしようよー」
 今日のプロデューサーさんはどこかぎこちなく、美希ちゃんのあしらいもいつものようには上手く出来ていないみたい。
 何か気になることでもあるんでしょうか。プロデューサーさんが今すぐ仕上げなければいけない書類なんて、
無かったような気がするんですけど。
 なかなか諦めようとしない美希ちゃんに抱きつかれて、プロデューサーさんが顔を赤くしています。
 …大きいから、当たってしまいますもんね。やっぱり、あの大きさで抱きつかれたら嬉しいんでしょうか。


 今度一緒に食事に行く(勿論俺のおごりだ)という約束までしたところでようやく美希を引きはがし、今日行くことは
諦めてもらった。それは良いのだが、何故か千早とあずささんも一緒という約束になってしまった。…まあ、二人とも
以前にもまして頑張ってくれているし、ごほうびに食事というのもあながち悪くないかもしれない。
 しかし美希にはしっかりと口止めしておかないと、食事のことを言いふらされでもしたら765プロ所属アイドル全員に
おごることになってしまいそうだ。いくらプロデュースするアイドルたちの人気が上がってきたからと言って、俺の給料は
そんなに多くない。出来る限り出費は抑えたいところなのだ。
 ふと視線を感じて目をやると、なんだか小鳥さんが不機嫌そうにこちらを見ていたような気がした。すぐに目を
そらされてしまったので、確証はないけど。
 …焼き餅、なんだろうか。美希はいつもじゃれついてくるからこのくらいなら大丈夫だろうと思っていたんだが、
ちょっと感覚が麻痺してたのかもしれない。彼氏が他の女の子とじゃれあってたら、やっぱり彼女としては面白くないよな。
「すみません小鳥さん。美希のやつ、いっつもじゃれついてきて…。騒がしかったでしょう?」
 何気ない風を装って小鳥さんに話しかけてみるけれど、
「あら、いいじゃないですか。実際美希ちゃんは頑張ってますし。3人あてのファンレター、すごく増えてるんですよ」
と、普通に返されてしまった。俺の勘違いだったんだろうか。 


 何か納得いかない感じで自分の机の方へと戻っていくプロデューサーさんを眺めながら、小さくため息をひとつ。
 確かに人気がうなぎのぼりに上がっている可愛いアイドルが、恋人にじゃれついているのを見てやきもきしないわけじゃない。
ただ、そんなに直接的なことだけが原因では無いのだ。

 他人の思いに鈍感で人の評価なんて気にしていなかったのに、一人の言葉や行動に一喜一憂するようになったことに。
 人を必要以上に近寄せなかったかたくなな雰囲気が柔らかくなり、ようやくみんなに見せるようになったその笑顔と
また違った微笑みが、たった一人に向いていることに。
 何かを探すようにファンを見ていた瞳が、いつしか一人の姿を追うようになっていることに。
 何故彼は気付かないのだろうか。

(気付いてあんまり意識されちゃっても困るんですけどね)
 アイドル活動に関してはとても敏感な彼のアンテナは、自分の周囲のこととなると途端に鈍くなるらしい。
 でも、その鈍さのおかげで自分以外の好意に気付いていないのだから、良いといえば良いのかもしれない。
 とりあえず、とカレンダーを見て、出勤予定に何も書き込まれていないことをまた確認する。
「プロデューサーさん、明日はオフですよね?」
と尋ねる、のでは無く念を押しておく。
 いくらオフの日とは言っても、いつだって彼は誰かしらに付き合って事務所に顔を出すか出歩いているのだ。
ごくたまにしか重ならない休日に、予定を入れるような真似はしないとは思うけれど。そういう自身の態度を何度も
自覚させておかないと、彼はプロデュースするアイドルのことになると周りが見えなくなってしまう。


「私も明日はお休みですから、今夜は軽く飲みに行きませんか」
「は、はい! いいですね! 行きましょう行きましょう」
 どこか切り出しにくかった雰囲気を察したのか、彼女の方から声をかけてきてくれた。
「じゃあ、いつものお店でいいですか?」
「もちろんです!」
 不機嫌そうに見えたのは、やはり気のせいだったらしい。顔がにやつくのをこらえながら、書類を片付ける手を早める。


 私は現場で一緒に仕事をすることは出来ないけれど、貴方が全力で大好きな娘たちをプロデュース出来るように頑張りますから。
 貴方が嬉しい時も、悲しい時も、戻ってきたら「お帰りなさい」って迎えてあげられるように待ってますから。
「あーっ! ハニー! 美希たちとの食事は断るくせに、小鳥とは出かけるのーっ!?」
「いや、これはそういんじゃなくてだな…」
 先程の会話を聞いていた美希ちゃんが、プロデューサーさんに迫っている。
 恋する乙女の嫉妬は怖いんですよ。良く気がついて優しいのは長所ですけど、優柔不断な人にはならないでくださいね。 



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