とらたんとダイエット

作:名無し

 その日の仕事、テレビ番組『ワクテカ動物ランド』の収録中、
あずささんは大好きな子犬達に囲まれて、終始ご機嫌だった。
番組収録後も、子犬達の放たれたサークルから離れようとせず、
他の出演者達から、その様子を冷やかされても、ニコニコしたまま構い続け、
ついには、撤収作業にシビレをきらしたスタッフが、
「頼むから、連れて帰ってくれ!」と、オレに泣きついて来たほどだった。

 しかし、帰りの車の中のあずささんは、スタジオとはうって変わり、
ずっと窓の外を見つめて、何やら、心ここにあらずといった様子だった。

「あずささん……、あずささん!!」
「あ…は、はいっ!何でしょう!?プロデューサーさん。」
「どうしたんです!?収録、疲れました?」
「い、いえ、とっても楽しかったです…。ただ……」
「何か気になる事でも!?」
「いえ……ただちょっと、実家の“とらたん”を思い出してしまって……。」 


(ははぁ〜、なるほど。)

 あずささんは今日の子犬達を見ているうちに、実家にいる愛犬を思い出し、
ホームシックならぬ、ドックシック(?)になってしまったようだ。

 こんな時は、ヘタに話題をすり替えるより、気になっている事を口に出して喋ったほうが、
逆にスッキリする場合がある。そこでオレは、ワザとその話題を振ってみた。

「とらたんってあずささんの実家で飼っている、犬の名前でしたよね。
あの……良かったら、オレに、その子の名前の由来なんか教えてもらえませんか!?」
「名前……ですか!?」
「えぇ、とらたんってどっちかって言うと、犬より猫のほうが似合いそうな名前じゃないですか!?」
「うふふ、そう言えば昔からよく言われました。それじゃ、聞いていただけます!?
とらたんが家に来たのは、私が小学生の頃。
父親の知り合いの家に子犬が生まれ、その中の一匹を貰える事になったんです。」 


「私、ペットを飼うのも初めてで、嬉しくって…。
それで、その子犬にどんな名前を付けようか、毎日考えていたんです。
それこそ、マンガや物語に登場する人とか動物の名前とか、色々……。」

 あずささんは、先ほどまでの雰囲気とは、打って変わったような嬉しそうな様子で、
とらたんの話をし始めた。

「へぇ〜!じゃあ、とらたんってのは、何かの登場人物の名前なんですか!?。」
「いえ……それが…、母親の実家で飼っていた、猫の名前なんです……。」
「ネコ!?また何で、わざわざ猫の名前を!?」

「それが……名前を考えるのが楽しくって……、ついつい周りの人にも、
聞いちゃったりしたので、名前の候補も、すごい量になってしまって……。」
「すごいって…どのくらい、あったんです!?」
「ノートに……3ページくらい……。」 



(プッ!!)

 オレはノートを片手に、悩んでいるあずささんを想像して、思わず吹き出してしまった。

「もぅ!笑わないで下さい!!あの時は、それはもう真剣だったんですから。」
「いや……、すいません…。それで、どういった経緯で、とらたんに!?」
「結局、子犬が来るまでに候補が絞り込めず、それで…、とうとう本人に決めて貰う事に…。」

「本人!?子犬に??」
「はい。その子の前で、私が名前を1つずつ呼んで行って、
“ワンッ!!”って返事をしたのに決めようって…。」

 ここでまたオレは吹き出してしまった。
たぶん、子犬は名前を呼ばれているうちに、自分を呼んでいる事に気付き
適当な所で、一声上げたのだろう。それが、たまたま猫の名前だったのだ。

 オレは再び、子犬に向かって、真剣な顔をして色々な名前を呼びかける
あずささんを想像してしまい、笑いが止まらなくなってしまった。
笑いのツボに入ってしまったオレは、どうにも運転を続ける事が出来なくなり、
ついには、路肩にクルマを駐めて、しばらくの間笑い続けた。

「ア…アハハ……、はっ!!す、すいません、決してバカにしているわけじゃ……。」 



 突然、クルマを駐めて笑い出したオレを、あずささんは驚いた顔で見つめていたが
やがて、オレの笑っている理由がわかったのだろう。

「もぅ!知りません!!」

 そう、ひとこと言うとプイッと横を向いてしまい、すっかりむくれてしまった。
落ち込んだ様子から立ち直らせる事には、成功したにはしたが、
どうやら、ちょっと調子に乗り過ぎたようだ。

 普段めったに怒らないあずささんを、怒らせてしまったオレは内心冷や汗モノで、
この後どうやって機嫌を直してもらうか、その事で頭の中はいっぱいになっていた。。

「あの…すいません……。反省してます。」

 結局、何も思い浮かばず、正直に謝る事で何とか許してもらおうと、素直に頭を下げて、謝った。
しかし、返って来た言葉は、意外なひと言だった。 



「どうせ……、私らしい方法だって、思ったんでしょ!!」
「えっ!?な、何でわかったんですか!?」
「中学の時、初めて友美に話した時も、同じように笑われました。」
「あ…そ、そうでしたか…。」
「その後、私がすっかり怒っちゃったもんだから、そう言って、謝ってました。」

 今更ながら、この話題は何かとマズかったようだ。
あの親友で、どちらかと言うとツッコミ役の友美さんでさえ、謝らせるほど
危険な話題だったとは……。

「あ…あの、ちなみに友美さんは、どうやって許してもらったんでしょう!?」
「その後、友美がおわびにと、パフェをおごってくれたので、それで許してあげました。」
「あ…そ、それじゃ、これから食事でもどうでしょう!?
何でも、好きな物おごりますから…。」
「私…今、ダイエット中です。しかも、それはプロデューサーさんから言われて……。」 


(マ、マズイ……。)

 少し前に、春香とあずささんが、ダイエットについて話している所に、オレも居合わせ
やっておいても、損はないくらいの軽い気持ちで答えたのが、きっかけだったらしい。

「じゃ…じゃあ、食事は後日という事にして……。」

 慌てて、誤魔化したオレに対し、あずささんは急にこちらに向き直ると
いつものように、ニッコリと笑顔を見せながら、いつもの口調で、こう言って来た。

「いえ、せっかくのお誘いですので、ご一緒させていただきます〜。」

 突然の変わりように、オレは少しビビリながらも、
何とか機嫌を取るきっかけにしようと、その申し出に乗ってみる事にした。

「そ、そうですか!?じゃあ、どこかレストランでも…。」
「いえ〜、それには及びません。このまま私のお部屋までいらして下さい。」 


「は、はい!?」
「お仕事を終えて、疲れてお部屋に帰った後、1人ぼっちで食べる
ダイエット・メニューのお食事は、とっても寂しいんです〜。
ですから、私がダイエットに成功するまで、ご一緒にお食事していただきますか〜!?」

「は、はぁ…。」
「じゃあ、今日からさっそく…うふふ。あっそうそう!今日からアルコールもダメです〜。
それから、うちに来たら体重計にも、毎日乗ってもらいます〜。」
「ええっ!?」
「だって、お酒は結構カロリーあるんですよ〜。
だから、隠れて飲んだりしたら、すぐにわかっちゃいますから〜。」

「あ…いや、それは……。」
「あら!?やっぱり、私とご一緒じゃイヤなんですか〜!?」
「い、いえ!とんでもない!!あずささんと一緒に食事なんて、こ、光栄です。」
「あら〜光栄だなんて〜!うふふ〜……。」 


 そう言うと、あずささんは頬に手を当てる、いつものポーズで照れていた。
その無邪気そうな笑顔を見つつ、オレはある事実を確信していた。

(人間は頭に血が上ると、思考がマヒすると言うが、中には逆に、
血の巡りが良くなる人もいるんだなぁ。)


 おまけ

 1ヶ月後、ダイエットに無事成功したあずささん(とオレ)に、
人一倍ダイエットに興味を持っていた春香が、アレコレと秘訣を聞いていた。

「ええっ!?じゃ、じゃあ、1ヶ月間、ずっとプロデューサーさんと一緒に!?」
「えぇ。やっぱり1人っきりだと、どうしても途中で挫けちゃうけど
一緒にやってくれる人がいると、心の支えが出来て、頑張ろうって思えるの。うふふ。」

「で、ですよね〜!!」
(ダイエットが出来て、しかも、1ヶ月間プロデューサーさんと、毎日一緒に……。)


「あっ!!プ、プロデューサーさん!あの…、折り入って相談が……。」
「何だ!?春香。相談って。」
「あのですね……。実はダイエットを………。」

おしまい。 




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