レッスンの帰り道

作:名無し

「うわぁ、もう降り出しちゃったのかぁ…。」

 その日、レッスンを終えて事務所に向かおうとした菊池真は、
すっかり曇天に覆われた空を見上げて、思わず、こうつぶやいていた。

「そういや、朝出掛ける時に、父さんも言ってたっけ…。」

 真の父親は、レーサーという職業柄、天候の変化には敏感だ。
その日の朝も、傘を持っていけと言われたのを聞き流し、
学校の授業終了時もにも、まだ降る気配が無かったため、
真はタカをくくって傘を用意せず、そのままレッスン場に来てしまっていた。

(どうしようかな…。とりあえず、プロデューサーに連絡してみようか!?
それとも、一気に事務所まで走って行っちゃおうか!?)

「あの…真…ちゃん!?」
「えっ!?」

 空を見上げたまま、考え込んでいた時、いきなり名前を呼ばれた真が振り返ると、
そこには、同じ765プロに所属する萩原雪歩が立っていた。 


「あれ!?そうか、雪歩もここにレッスンに来てたの!?」
「うん。レッスンが終わって、帰ろうとしたら、真ちゃんがいるんだもん。
あの…真ちゃん、傘持って無いの!?」
「ヘヘヘ…。実はそうなんだ。さっきから、プロデューサーに連絡しようか
それとも、事務所まで走っちゃおうか、考えてたんだ。」
「雨の中走っちゃ、危ないよ…。そうだ!私、折り畳みだけど傘持ってるから…
良かったら、あの…、一緒に事務所まで…。」

 雪歩はカバンから折り畳み傘を取り出すと、真に見せながら、恥ずかしそうにそう言った。

「やりぃ!さっすが、雪歩!!ぜひ入れてってよ。」

 こうして、2人は雨の中を、1つの傘で歩き始めた。

「あっ、入れてもらうんだから、傘はボクが持つよ。」
「ごめんなさい…。2人だと、ちょっと小さいかも…。」
「う〜ん…。そうだ、雪歩。ちょっと、ボクのカバンも、持っててくれる!?」
「えっ、うん、いいけど…。えっ!ま、真ちゃん!?」 


 真は雪歩に、自分のカバンを預けると、空いた腕で雪歩の肩を抱くようにして
お互いの体を寄せ合った。

「よっと!ヘヘヘ…。これなら、あんまり濡れないかも。」
「ま、真ちゃん……。」

 得意げに笑う真に対して、雪歩の方はと言えば、顔を真っ赤にさせて俯いていた。

「あっ!ゴメン!やっぱりカバン、重たかった!?」
「えっ!?う、ううん、平気。」
「そう!?じゃあ、ゆっくり行こうか。」

(今日は2人共、高校の制服だったけど、もし、真ちゃんがいつものジャージだったら
私たちって、どんなふうに見えるのかな……。)

 肩を寄せ合い、雨の歩道を歩いているうちに、雪歩の中に、色々な考えが浮かんでは消えて行く。
やがて、意を決した雪歩が歩みを止めると、つられて真も歩くのを止めた。

「どうしたの!?雪歩。」
「あっ、あのね、真ちゃん!雨もさっきより強くなって来たから…あの…
どこかで、あ、雨宿りして行かない!?」
「あ、うん、いいね。どこかでお茶でもしようか。」
「じゃ、じゃあ、私、行ってみたいお店があるんだけど、そこ行っていい!?」
「うん。じゃあ、そこに行こう!」 


 こうして、2人がやって来た場所。それは、どこにでもあるような、小さな喫茶店だった。
クラシックだが、落ち着いた雰囲気の店内に入ると、奥まったテーブル席に
向かい合って座る2人。真が珍しそうに店内をキョロキョロ見回していると
やがて、人の良さそうなマスター自らが、注文を取りにやって来た。

「え〜と、雪歩は何にする!?」
「真ちゃん、あの…もう1つ…わがまま…言っていい!?
真ちゃんの分も、あの…私に注文させてほしいの……。」
「あ…う、うん、いいよ。雪歩のお勧めだね!」
「ありがとう…。じゃあ、チョコパフェ2つ下さい。」
「かしこまりました。」

 ニッコリと笑ったマスターが引き上げると、真は再びキョロキョロし始めた。
やがて腕を組むと、今度は何やら一生懸命に考え始めた。

「真ちゃん…真ちゃん…。」
「えっ!?あ、ごめん、ごめん。」
「どうかしたの!?もしかして、甘いもの苦手だった!?」
「ううん。そんな事ないよ。それより…、雪歩は、何度かここに来た事あるの!?」
「ううん。実は、初めて。」
「えっ!?……そう…じゃあ…でも、何でかな?見覚えが……。」

 真が、何やらつぶやいていると、やがて、注文したチョコパフェが運ばれて来た。
やや大きめの容器に、たっぷりのチョコアイス、そしてその上に置かれた、2つのチェリー。
そのパフェを見た途端、真の口から『あっ!!』という声が漏れた。

 そして再びマスターが去って行くと、真はもどかしげに自分のカバンをまさぐり
中から1冊の本を取り出した。 


「これだ…これだよ!喫茶店…1番奥の席…そして、チョコパフェ!
『つま先立ちで、キス』だったんだ!!」

 そんな真の様子に、思わずクスクスと笑い出してしまう雪歩。
その笑い声に、我に返った真も、つられて苦笑いを浮かべていた。

「ちぇっ!雪歩、ボクがこれのファンだって、知ってたんだな!?」
「ウフフ、真ちゃん、ごめんなさい。でも、初めて来たのは本当よ。
私も、ここがモデルになったお店だって、前に教えてもらっただけだったの。」

「前にレッスンの休憩中に、真ちゃんが読んでるのを見て、
いつか、真ちゃんと一緒に行きたいなって、思ってて……。」

 そう言うと、雪歩も自分のカバンを開け、中からブックカバーの付いた
文庫本を取り出した。

「へぇ〜雪歩も、持ってたんだ。…あっ!雪歩はラノベ派かぁ。
ボクはコミックス派だからなぁ。展開が本家のラノベより遅いんだよなぁ…。」
「だったら、真ちゃん。その本読んでみる!?」
「う〜ん、確かに続きは気になるし、ラノベのイラストもマンガも、作者は一緒なんだけど……。
ボク、活字を読むと、眠くなるほうなんだよね……。はぁ〜〜。」

 そのため息と、いかにも残念そうな真の表情に、再び吹き出してしまう雪歩。
そうして、2人が楽しげに話しながら、チョコパフェを平らげた頃には
雨はすっかり上がっていた。 



「あっ!そういや、プロデューサーに連絡するの、すっかり忘れてた!!」
「あっ!わ、私も!!どうしよう……真ちゃん…。」
「と、とにかく、事務所まで走ろう!!」
「あっ、待って、真ちゃん!!」

 雨上がりの歩道を、一緒に駆けていく2人。
その日、連絡もしないで心配を掛けた事で、大目玉をくらった2人が、
やがてユニットを組み、大活躍をするのは、そう遠くもない未来の話であった。

 ちなみに、雪歩に例の情報を教えたのは、誰なのか!?
やっぱり、あの人しか、いないよね(笑)


「な、何よ!?うちらの趣味に、何か文句でもあるわけ!?」


おしまい 



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